王家の罪
話
「やっぱりか……だが、貴様……アンタには敵わんよ」
ゆっくりと溜息を吐きながら、ラテはその場に座り込んだ。
誰もいなくなった部屋はしんと静まり返っている。
「アンタは、俺が兄上の唯一認めてた──いや、羨ましかった『根気強さ』を持ってる上に、俺の追い求めてた全てを持ってる。 戦略家としての頭脳、政治家としての利口さ、そして皆を魅了し引っ張る強さ。 それでいて俺は今の今までアンタの正体に気づかなかった。 悔しいがアンタの勝ちだ。 処刑するなり何なりしろ」
進が首を横に振りながらラテの元まで歩み寄る。
そしてその場にしゃがみ、手を貸した。
「お前は、余、いや、俺の正体を見破った初めての人間だ。 その推理力は、他にも生かすことができるはず。 いずれお前には、力を貸してほしいと思っている」
「馬鹿言うな、俺は反逆者だぞ! それに見てわかるように器だって小さい!」
「……当然、罪を見過ごすわけにはいかない。 ちゃんと一回牢獄には入ってもらう。 ただ、お前は腐っても王族だ。 俺が元の世界に帰った時、この世界には王が必要だ。 お前が、その王になるんだ。 だから自分についてもう一度考える時間をやる。 俺はその時間を作るために王を務め続ける」
ラテは確信した。 進の言うとおり、この世界から進が出てしまった時、リュミエールに王は不在となる。
キリはどういうわけか子供を二人しか儲けなかった。
もしかしたら、キリは賭けたのかもしれない。
少ない兄弟だったからこそ、王位継承では揉めなかった。
でも、シン=クラヌスは行方不明のまま。
そんな時必要なのが、ラテ=クラヌスなのかもしれない。
だが、仮に進が元の世界に帰り、その時シン=クラヌスの意識が戻らなかった場合、自分はその王の務めを果たせるか。
……ラテにはそう思えなかった。
でも、だからこそ、進が自分を立派な王に育てようとするのだと。
その為に、自分の罪を自覚し、償い、そして改めなければならないと。
ラテが全てを察して微笑を浮かべると、部屋には憲兵隊の隊員達が突入してきた。
そして、再びラテの手に縄をかけた。
立たされるラテ。 進はラテに強く睨むように視線を送った。
だが、その視線は憎しみでなく、期待を含んだものだ。
調子づいたラテはそれに口角を上げながら頷き返し、地下へと連れていかれた。
「シン君!」
突如として進に何かが覆いかぶさる。
でも、進は迷惑そうにしながらも、その声が懐かしくてつい笑顔が溢れる。
この温もりをまっていたのかもしれない。
進は恥ずかしがりながらもそう思った。
「マホロ、おまたせ」
「そこはただいまでしょ!」
進を強く抱きしめながら、顔を赤くして涙をこぼす彼女は、まるで子供のようだった。
マホロがあまりに強く抱きしめるもんで、進は軽く彼女の背中を叩いて、力を緩めてもらった。
「ごめん。 でもあと1日でラテの嫁だったんだろ?」
「そう! もう本当に辛かったんだから!」
マホロの膨れ面を、呆れたようにトルイが一瞥する。
「私も、処刑まで既の所でした。 クルトとレイリーを派遣してくれたイルガチェフェの姫には感謝せねば」
「無事で何よりだ、トルイ。 あの時君が助けてくれなかったら、今頃余は死んでいただろう」
「ありがたきお言葉」
トルイは最高位の敬礼を進に贈った。
リュミエールの敬礼は、左胸に拳の上側を添える方式だった。
それをしゃがみながらするのが最高位である。
「さて、再び国家を転覆される前に、即位を行いましょう。 『神王の王冠』も用意できております」
魔石のはめこまれた金色の王冠を、ヴァイセが木の盆に乗せて運んでくる。
「ああ!」
進は強く頷いた。
彼が外套を翻して儀式の間へと歩み出すと、ヴァイセやマホロ達は跡をついていった。
革靴の小気味よい音が、廊下を響き渡っていく。
扉の先の着衣室で、美鈴の持ってきた服に着替える。
おそらく、これが王の正装なのであろう。
手触りのいい白いガウンに、真紅のローブ。
どちらも生地がしっかりとしていて、とても重い。
触ると溶けてしまいそうなほど重厚で、滑らかだ。
何よりも長い。 着替えた進はそれらを煩わしく感じつつ、ローブを引きずりながら儀式の間に向かった。
儀式の間は静かな時が流れている。
そこでカルマ大神官が神王の王冠を持ち、進を見て頷いた。
周りでは大司教レベルの聖職者達数名が、ゼルスに祈りを捧げている。
跪き視線を下に向けた進に、大神官は王冠を持って一歩ずつ前に進む。
そして丁寧に、厳かに、その王冠を頭に乗せた。
それから大神官は振り向いて、その場にいた者に向けて囁くように宣言した。
進はその場から立ち上がり、皆を見渡した。
皆じっと進の方を見つめながら、嬉しそうに微笑んでいる。
キリ=クラヌスの死から即位は長かった。
アレンのクーデター、レメルの裏切り、憲兵騎士団との戦い、そして亡命生活。
苦しかった。 人目につかぬよう部屋にこもり続け、気がおかしくなりそうだった。
必死に捻り出した解決策はシュヴァルツによっていとも簡単に握りつぶされた。
そんな時支えてくれたのは、マホロやヴァイセ、美鈴などの仲間達だった。
彼らを死なせたくない。
今まで家族や恋人以外に抱いた事のない感情が、進の身体を満たしていく。
それに加え、今まで現代日本の教室で遠い昔の話として習った「クーデター」という言葉は、以前より重みを増したように感じる。
せめてこれからは、革命を起こされぬよう、民に優しい政治をしなければ。
「皆の者、祝いたまえ。 新たなる王の誕生を」
拍手が巻き起こる。
「シン陛下、パレードの準備がたった今整いました」
パレードは元々、ラテが即位しマホロとの結婚を発表する際に使おうと用意されていた。
本来パレードにはかなりの準備期間が必要なので、幸運と言えよう。
進がパレードで民衆に手を振っている間に、他の仕事の準備はすでに行われていた。
朝、パレードを終わらせて眠りについていた進は、ヴァイセに呼ばれてすぐまた王宮を出る事になった。
「陛下、レメルとフェルムの処分に関して、何かご意見はありますか?」
差し出された紙には、処刑方法が堅苦しい文章で事細かく綴られていた。
だが、そんな事どうでもよかった。
レメルだって、フェルムだって、思想や思考が違うだけで同じ人間だ。
進が目的を遂行する上で障壁となったから排除しただけで、殺すのは明らかにおかしい。
フェルムに至っては、首謀者のアレンの死亡で首班の人数が減ったが故のカサ増しだった。
レメルたった一人を見せしめにしても、単独で国家を転覆できるという情報を敵に与えてしまう。
悔しいが、国家転覆を試みた点で彼らを処刑しなければ、「リュミエール」という国が他国から、テロリストから舐められ続ける事になる。
「何でもいいさ。 苦しまないように銃殺刑にしてやれ」
「しかし、銃殺刑は見せしめとしては効果が薄い気がします。 陛下。 お言葉ですが、下手な情けは彼らにとって失礼かと」
ヴァイセの反論に押し黙り、進は唇を噛んだ。
誰にもバレぬよう、ひっそりと。
彼は命を理不尽に奪わなければならない現実を憂いた。
「わかった。 レメルは魔法で処刑しろ。 フェルムは火炙りに。 処刑の際は私も見に行こう」
「畏まりました」
処刑はすぐに行われた。
フェルムが先に火炙りにされ、そして次にレメルが連行されてくる。
外務大臣を勤め続けてきた男の最期は、怨嗟の声と悲痛な叫びに包まれていた。
火の中で糞尿を漏らし、絶叫とともに黒く焼け落ちていくのを、進は目に焼き付けた。
彼の犠牲を無駄にはしない。
レメルは運ばれ、処刑台の上に立たされ、両手足を棒に巻き付けられる。
憎しみの目が、進に突き刺さる。
彼女は進という男にとって悪い事をした。 それだけなのに、死刑となる理不尽さへの憎悪を剥き出しに、王たる男の顔を見つめていた。
「シン=クラヌス!」
レメルが叫んだ。 処刑を担当する騎士はルールに従ってレメルを黙らせようと蹴りつけた。
レメルの苦悶の声が漏れる。
「……私は、お前ら王族に人生を狂わされた!」
騎士の暴行は続く。 だがレメルは引かなかった。
「クラヌス家の、グフッ……無茶な政策で……私の両親は死んだ……」
騎士が渾身の蹴りをあびせようとしたその時、進は咄嗟に「やめろ!」と叫んだ。
騎士はバツが悪そうにその場から一歩下がる。
「はぁ……はぁ……『身分法』……お前の祖父が制定した法だ……母は生きてたら……今日でちょうど50だった……」
「身分法」とは、かつてリュミエールにて施行されていた法律のことだ。
財産により階級を作り、貧民の政治参加による社会主義的思想の政権への流入と、市民の団結による反乱を防ぐ目的で作られた法律だ。
だがその目的以上に、階級差別は次第に憎しみを生み、過度ないじめによる死者が増えただけだった。
もちろん、レメルが尚書をしていた現在は廃止されている。
「……」
「専制君主は……リュミエールを滅ぼす……きっといつか……だから変えたかった……」
「全人類の自由を取り戻したかった……ただそれだけなのに……」
これ以上感情移入してはいけない。
進は反射的に察した。
そして騎士に合図を出し、下がらせた。
横の魔術師団員三人が一歩前に出て、エネルギーを彼女の体内に注入する。
その体は急激に膨れ上がり、今にも弾け飛びそうだった。
「地獄で待ってますよ、シン=クラヌス」
魔術師団員達は一斉に魔力を着火した。
瞬時にそのエネルギーは魔力を通じてレメルの体内に入り込む。
爆発は内側から起こり、レメルは無残に爆発四散した。
「陛下、ご苦労様でした。 これで王国の威信は守られました」
ヴァイセは労ってくれるが、とても喜ばしくは思えなかった。 今の状況を、全世界の人が生で見たらどう思うだろうか。
きっとバッシングの嵐だ。
幸いにもこの世界には生中継を求める人は少ないようで、新聞でこの処刑を報じれば、それで済む。
もう、後戻りはできない。
進はそう決意した。