落魄の騎士
「仕事? 何するつもりなんですか! 盗みは私がさせません!」
「ちょっと静かにしてろ」
オルテンシアが憤るリリーを宥める間に、ラフレシア盗賊団一味は着々と準備を進める。
ボロ布の上に皮のベルトを全身に張り巡らせ、その上に謎の装置を背負う。
「これは……」
リリーが机の上に並べられたオルテンシアの装備を眺めながら目を丸くすると、オルテンシアはそれを取り上げて装着し始める。
「俺が開発した。 自動飛行装置だ。 魔力を動力源にワイヤーの巻き取り能力で建物や飛行物体さえあれば高い機動力で敵を翻弄できる」
「カシラ──ッ!」
オルテンシアが呼ばれた方に振り向いて、ほくそ笑む。
「迎えが来たようだ」
リリーは訳も分からぬまま、盗賊団の波に押し流されてドラゴンの背に飛び乗った。
ドラゴンは軍用養殖個体の黒いドラゴンでも、また緑のドラゴンでもない、真紅のドラゴンだった。
「野生のドラゴン……? 野生の捕獲は違法なのに……」
「法なんて守ってたら俺らとっくに全員死んでるだろ」
手懐けた紅き竜は、天空へと羽ばたき、そのまま高速でリュミエール魔術師団の飛行船を追った。
オルテンシア達は、胸で紫に輝く飛行ユニットの起動ボタンを押し込むと、手に持った操作トリガーを引いた。
勢いよく射出されたワイヤー。 その先のアンカーが飛行船の鉄に食い込む。
「いくぞ! 野郎ども!」
ワイヤーに引かれる男達は、歓喜の声を上げながらドラゴンから飛び降りた。
その刹那、飛行船の近くまで吸い込まれるように追いつく。
飛行船の壁に十数人で張り付いた後、団員の一人が熱線の魔術を繰り出して、鉄のボディを円形にくり抜いた後中に飛び込んだ。
「嬢ちゃん、ソイツ横につけといて」
無精髭の中年男は、握っていた手綱を放し、それをリリーに押し付けて雲の中へ姿を消した。
リリーが耳を澄ますと、飛行船の穴から嬉々とした声と、悲鳴の二つが漏れてくる。
凄まじい物音と、何かの割れる音。
それら全てが、今この場で起きている犯行を物語っている。
だがこのままでは、進の身に危険がおよび、世界は魔王の手に落ちてしまう。
リリーは唇を噛み締めて、この破戒を正当化する他なかった。
そう思考する間に、ラフレシア盗賊団は仕事を終えて戻ってきた。
ドラゴンの胴体には、特殊な素材の鞍が着けられており、盗賊団の飛行ユニットは、そこにアンカーをかけて高速でドラゴンまで戻ってくる。
各々ありったけ盗んできた武器・補給品をドラゴンの背に置いて、険しい顔つきを緩めずそのまま帰投した。
ドラゴンが羽ばたく中、突如として鉄の円盤が雲を切り裂いてドラゴンの羽を貫いた。
さらにオルテンシアの頰を掠め高速回転するシールドは魔力によって吸い込まれるように地上へ戻っていく。
ドラゴンはバランスを崩して傾き、急降下を始める。
地面に突っ込んでドラゴンから投げ出されたオルテンシア。 その腕の中にはリリーが抱かれていた。
土煙で何も見えない中、現れた影は二人を見下ろすように歩み寄る。
「ラフレシア盗賊団。 不法入国および強盗・窃盗罪で逮捕させてもらう」
「レイリーか。 未だに政府の犬をやってるのか」
黒い髪に赤いバンド。 高身長、細身かつ筋肉のついた肉体。
その腕には、イルガチェフェのシンボルであるワシを象った円形シールドが握られている。
頰には擦り傷や煤が、腕は返り血で染められている。
察するに、先程侵攻してきたリュミエール魔術師団員をごく少数のカプチーナの駐留陸軍に協力を仰ぎながら、たった一人で対応してきたのだろう。
世界最強海軍のおよそ一個師団をこの少数で片付けるなど、まさしく彼はバケモノである。
「俺が従っているのはいつだって『イルガチェフェ家』だ。 あの時も政府の命令でじゃない──んで、お前は聖騎士やめて盗賊となって、今度は女か? 破戒もその辺にしとけよ」
「……言いたいのはそれだけか? 何しにきた」
レイリーの軽口に、流石に堪忍袋の尾が切れたのだろうか。 オルテンシアはさらにレイリーを睨みつけた。
「お前の逮捕と事情聴取だ。 確かにリュミエールの侵攻を食い止めてくれた功績は大きい……が、これじゃ国際問題だ。 お前を見せしめに逮捕すりゃ、全て丸く収まるんだよ」
イルガチェフェとしては、オルテンシアの行為が違法であったことを証明しないと、事実上の宣戦布告となってしまう。
ついこの前までリュミエールの属国と化していたイルガチェフェのような小国に、世界最大の国の一つであるリュミエールと単独で戦える準備はまだできていない。
今回の攻撃はカプチーナへの報復であるのだから、イルガチェフェは無視を貫かなければならないのだ。
「問答は無用。 悪いが今日はもう営業終了だ。 帰ってくれ」
「そんな冷たいこと言うなって、8年前、ガルネシアの戦いで『矛盾する英雄』と呼ばれた仲じゃねぇか」
8年前。 大国リュミエールといがみ合えるほど勢力を伸ばしていたイルガチェフェ国は、リュミエールに大規模侵攻を行った。 通称粒維事変。
最初こそ優勢だったイルガチェフェ国軍だったが、亡国の危機に立ち上がったリュミエール聖騎士団の尽力により巻き返され、遂にはイルガチェフェは撤退したのだった。
その後のクーデターで政府は転覆。 一転して王族であるイルガチェフェ家の人間を皇帝として祭り上げ、貴族を中心としたイルガチェフェ帝国が成立したのだった。
「だがクルトがいなければお前は負けていた。 盾は矛に負けただろ」
二人はその粒維事変最大の激戦「ガルネシアの戦い」で両軍の先陣を切る英雄だった。
──矛盾する英雄。 つまり、両陣営に最強がいる事そのものを矛盾と表現した呼び名。
しかしながら最終的に、命は助かったものの、実質的な一騎打ちにレイリーは敗れた。
「でもその矛は誰にも買われなかった」
「お前、本当にうるさいな。 軽口か皮肉かしか言えないのか」
オルテンシアは眼の辺りを引っ掻きながら低い声で威圧する。
右目の十字傷。
レイリーの盾での横薙ぎと、クルトの剣の振り下ろしでできた傷だった。
「お前が来てくれりゃそれで十分だ」
「お断りだ」
「じゃ、実力行使で」
レイリーが盾を構える。
オルテンシアも腰のベルトに掛けてあるナイフに触れた。
「俺に勝てるか?」
「衰えてなきゃいいけどな!」
二人は同時に走り出す。
オルテンシアの鮮やかな回転斬りをレイリーが盾で受け流す。
逆手に持たれたナイフの切っ先は、シールドの上に直線を描いて通り過ぎていく。
華麗にかわしたレイリーはその勢いでオルテンシアの背中を蹴り飛ばす。
オルテンシアは転がりながらも受け身を取り、身体のバネを最大限に活かし両手を使わず瞬時に跳ね起きる。
投げつけられたシールドを後ろ回し蹴りで弾き返し、ナイフを投擲する。
その間にレイリーの懐に潜り込む。
鳩尾にアッパーを入れようとしたその時、レイリーの体勢からはありえない膝蹴りがオルテンシアの腹を持ち上げた。
悶絶するオルテンシアを、レイリーの盾によるブローが吹き飛ばす。
地を転がりながら苦しそうに咳き込むオルテンシアに、レイリーは鞘に収まった剣を投げ渡した。
レイリーの後ろで待機しているカプチーナ陸軍の小隊は、息を飲んでそれを見守っている。
投げ渡された剣はカプチーナ陸軍の装備だった。
「ひさびさにワクワクしてんだよ。 ガッカリさせんな」
オルテンシアは剣を掴むと立ち上がり、腰に当てて沈黙する。
目を開けた瞬間に稲妻が走るような速さで、剣を抜きレイリーの懐に潜り込む。
「神速剣!」
「来た来た……! これを待ってたんだよ」
凄まじい速さの抜刀術。 リリーは何が起きているのか把握できぬまま、それを盾で受け止めているレイリーに安堵することくらいしかできていなかった。
「何……?」
オルテンシアはこの抜刀術で魔族・人間問わずいくつもの敵を葬って来た。
その神速剣を、霊剣を持たない人間で今初めて受け止めたのが、レイリーだった。
「カシラーっ!」
その時、遠くから鉄球が投げ込まれた。
瞬時に判断したレイリーとオルテンシアはその場から引いて間合いを取るが、爆発の土煙が収まった頃、リリーもろともオルテンシアは姿を消していた。
「ちっ、逃げられたか。 しゃーなし。 早くクルトと合流しなきゃな」
レイリーはため息混じりに叫ぶと、トルイ救出の為、カプチーナ陸軍と別れて引き上げていった。




