失望の大賢者
──王side──
後からラテが聞いた報告は、凄惨な物だった。
対応に向かった五千の憲兵騎士は逃げた者を数えなければ、一人残らずカプチーナ軍に殺害された。
死亡三千、遺体は見つかっていないが、この様子ならアレンも恐らく死亡しているだろう。
「このままでは、リュミエールは滅びるぞ」
王宮ではそう言って亡命の準備をし始める役人や召使も現れ始めた。
確かに、今現在、王国騎士団の代わりに地上戦を担当している憲兵騎士団がカプチーナ帝国軍に大敗したのだから。
ラテは王座に座り、その重みを感じながら考えた。
対策を打たなければならない。
だが、出来る事はし尽くした。
もうする事といえば……。
「エスプレアと同盟を結びましょう」
そう言ったのは、尚書官のレメルだった。
それは、途方もなく無謀なことだ。
勿論、政治があまり得意ではないラテですらそれはわかっている。
だが、戦争をすれば民が死ぬ。
それだけは避けねばならない。
弱体化した政権を戦争を推し進める『奴ら』に奪われるのなら……。
ラテは王座から立ち上がった。
──勇者side──
全身に包帯を巻いた真人は、病院食の熱い珈琲を啜りながら、新聞を読んでいた。
思えば、病院の珈琲は美味しくなかった。
進が休日、家に邪魔すると淹れてくれるこだわりの珈琲の方が美味しい。
熱いティーカップをベッドに備え付けられた木のテーブルに置き、彼が珈琲好きであるのに猫舌なのを思い出した。
「世界各国の緊張状態、か……」
捲る新聞から、インクの匂いがする。
科学より魔法の発達したこの世界で、版画やコピー技術が発達しているのかは謎だが、元の世界の新聞と比べても遜色ない出来である。
真人達勇者パーティが魔族四天王の手によって病院送りにされたその間には、カプチーナの支援するイルガチェフェとリュミエールによる「形式上の」独立戦争が行われた。
しかも宣戦布告はなかった。 だが各国はこの戦争犯罪を認めてはいない。
結果は当然ながら、王国騎士団のいないリュミエールの大敗であった。
これにより、世界各国に超大国リュミエールの弱体が知れ渡ってしまった。
こんな姑息な外交手段を使えるのは、教科書で植民地政策を、童話を見るかのように読み耽っていた進だけだろう。
ただ、真人は進がなぜそこまでして「対魔戦争」に拘るのかわかった気がした。
魔族四天王ですらあの強さだ。
魔王はきっとリュミエールの全軍を突撃させても叶わない。
一刻も早く、世界をまとめ上げて戦わなければならないのだ。
反戦派とのまともな議論等してる暇がない。
真人もすぐにここを出たかった。
先日の戦いでピアは壊滅的被害を被り、エチオは未だ魔物のせいで首都機能を取り戻していない。
三回も遷都すれば、もはやイルガチェフェはボロボロになってしまうだろう。
そうなれば、進の目標が更に遠のく。
ならば、今エチオを解放しなければ、チャンスがなくなってしまう。
今ここで真人がエチオを取り戻せるか、それはエデン大陸全体の問題である。
隣の二人の回復には、後一日はかかりそうだった。
ふと、クレアの頬に一筋の涙が伝う。
真人はその涙をふと疑問に思ったが、きっと悪い夢を見ているのだろう、と優しく拭った。
早く、彼女たちには戦いから離れて幸せになってもらいたい。
引き込んでしまったのは自分だ。
だから早く終わらせないと……。
──進side──
イルガチェフェのピア宮殿でも、それほど損壊の少なかった会議室に向かい、扉を開けると、そこには懐かしい顔ぶれが待っていた。
大神官カルマと、大賢者シュヴァルツ。
カルマはマホロに頼んで呼んでもらい、そしてシュヴァルツは休戦協定の締結を目的としてイルガチェフェに指名してもらった。
ヴァイセと伶子、モカ大公、さらに美鈴が見守る中、進はゆっくりと席に腰を下ろした。
「では、会議を始めましょう」
シュヴァルツが四角い岩の様な険しい顔で、唸った。
黒い髪に軍の帽子をかぶって眼帯をかけた彼は、他者を圧倒する貫禄を持ち、それでいて余裕を持っている。
「お待ちください」
シュヴァルツは進の呼び止めに怪訝な顔をした。
「なんだ」
「まだ解決していないじゃないですか。 リュミエール国内の問題が。 だからカルマ様を呼んだのです」
進はシュヴァルツにそう訴え掛け、白髪を生やした老齢の男の方に振り向いた。
「カルマ様。 貴方が本当に過去を見通す能力をお持ちでしたら、真実をこの場で公表していただきたいのです」
カルマは目を閉じて俯きながらしばらく考え込み、頷いた。
「……私の役目はいつだって公平な審判それだけです。 お伝えしましょう。 シン様、こちらに」
カルマは椅子から立ち上がり、進の頭に手を触れた。
「イクーナ・シャリテ・トゥタンク・ゼルス」
ふん、とカルマが力を込めると、魔力が一気に身体の中に流れ込んだ。
魔力は身体中のありとあらゆるところを巡り巡って、最終的に口に手を当てたカルマの指の中に吸い込まれていった。
カルマはその魔力そのものと会話しているのか、しばらくの間相槌をうっていた。
黙りこんだカルマは、しばしの沈黙の後、やっと口を開いた。
「彼──シン=クラヌスは王位も捨ててらっしゃらず、エチオ侵攻事件にも一切関与していません」
当然だった。 だが、進は心の中で歓喜を叫んだ。
今にも舞い踊りそうに、そして自信に満ちた顔でシュヴァルツを見つめた。
しかし、シュヴァルツは表情一つ変えずに、首を横に振った。
その瞬間、辺りには冷たい空気が張り詰めた。
進の冤罪は全て晴らされた。 だが、何故かそれを認めようとしないシュヴァルツ。
その場にいた人間──カルマも含め──全員が困惑した。
「それは……私の心眼を疑っている……という事ですか?」
カルマは恐る恐る、しかし怒りを交えて問い直した。
シュヴァルツは組んでいた腕を解いてから、机の上で指を組み直して答えた。
「いえ。 カルマ様の心眼に我が国は幾度となく助けられてきました。 しかし、貴方が見ているのは過去だ」
「過去……?」
進は半笑いで首を傾げ、シュヴァルツの言葉をオウム返しした。
「貴方が見ているのは過去だが、私は常に未来を見ている。 シン=クラヌスが王になる事については、強く反対する。 リュミエールを守る王は、戦争とは如何なる物かを深く理解し、そしてどこでそれを使うかを理解しなければならない」
如何なる物かを理解……つまり、戦争に直接参加しなければ、王として認めないと言うことなのだろうか。
だとすれば理不尽すぎる、そう思って進は訴えた。
「どういうつもりだ!」
「静粛に。 ここは外交の場だ。 リュミエールの王位継承の話をしにきた訳ではない。 弁えろ」
尤もな論理を前に、進は俯いて黙りこんだ。
彼は進が罪を犯したから王から外したのではなく、元よりラテを王にしようとアレンやレメルと手を組んでいたのだろう。
イルガチェフェ外務大臣が入室し、進の代わりに席に着いた。
進はもはや何が何だかわからぬまま、部屋からゆっくりと引きずり出された。
視界から消えていく会議室を虚ろな目で見つめながら、進の意識は遠のいていった。




