最後の一太刀
──王side──
1月18日、朝。
いつも通り公務を執り行う為、ラテは王座に着いた。
そんな彼の元に、伝達魔術師が慌てて現れた。
「失礼します!」
「どうしたんだ?」
ラテは至って冷静に尋ねたが、魔術師は慌てすぎて口ごもっている。
落ち着くのを待っていると、ついに魔術師は深呼吸し、ゆっくりと言葉を選んで噛み締めた。
「イルガチェフェがカプチーナ、エスプレアと国交を樹立。 イルガチェフェは粒維協定を破棄しました。 現在復興を名目に南イルガチェフェに駐留していたカプチーナ帝国軍が武装し北上中。 国境付近に展開中です」
ラテは呆然と魔術師を見つめ続けた。
今現在、王国騎士団は父からシンへと継承されてきた全盛期より遥かに弱い。
数も少なければ、法によって気鎧の装備生産も制限されている。
ラテの瞳はあっちを見たりこっちを見たりで、目まぐるしく回転していた。
「現時点でイルガチェフェに軍は無い……。 無血で北上しているのか……?」
「その様です」
「なんて事だ……聖騎士団は!?」
「トルイ=アオフリティへの冤罪を理由に参加を拒否していまして……」
ラテは反戦派として国内で支持を得ている。
このままいけば大規模な戦争が起き、いくら最強クラスの国力を誇るリュミエールでも、現時点でまともに取り扱える軍隊が憲兵騎士団だけであり、そのまま戦争をしていれば敗北は決定的だ。
そうすれば自分達の政権が破綻するのは時間の問題である。
「アレンを呼べ!」
ラテは髪の毛を荒々しく掻き、辺りの召使達に怒鳴り散らした。
──イルガチェフェside──
「シン陛下、唐突に謁見などどうしたことかね」
「大公にお願いがありまして」
それは、ガベットが自国に戻ったすぐ後の事だった。
マホロと数分の連絡を取り合ってから、起死回生の一手を打ち出す為、進は政策の提案に現れた。
「どうぞおっしゃってください」
「はい。 提案というのは、イルガチェフェ公国の独立です」
「どういう事でしょうな。 我々イルガチェフェ公国は粒維戦争の後、粒維協定によって保護国化されました。 今我々には外交権もなく、即ち他国の協力無しに独立はできませぬ。 その上、私としては対魔戦争の先陣を切るリュミエールの支配下という現状には、それなりに満足しているのですが」
「もちろん、つてがあります。 ……カプチーナと手を組むのです」
進は首を傾げる大公に説明を加えた。
今日カプチーナが来たこと、そして我々対魔開戦派への支援の約束を取り付けたこと。
即ち、カプチーナとの国交を結ぶ事で、粒維協定を破棄し、強引に独立を推し進める。
これで反戦派のリュミエールからこの国を切り離し、大公を動きやすくするのだ。
そして名目上軍を持たないイルガチェフェが侵攻を受けた体を取り、カプチーナが「エデン大陸の奪回」を名目に、一気に北上。
現在のリュミエール王国政府は反戦派に支持された層なので、ここで戦争を仕掛けられても大半の条件は呑むだろう。
ただカプチーナだけでは心細い。
そこでエスプレアとも国交を樹立するのだ。
いくら現在のリュミエールが親エスプレアだとしても、エスプレアもイルガチェフェが独立した方が領土を奪いやすくなると考えるだろう。
「ですが、それは国境を接するリュミエールと緊張状態となる事を直接意味します。 ですが我々には軍がありません」
モカ大公はサンタクロースのような立派な白髭を撫でながら、躊躇うように呟いた。
「問題ありません」
進は大公にそう言い切りながら、自信に満ちた笑みを溢す。
大公は怪訝な顔をしながら、どういう事でしょうか、と尋ねる。
「今、リュミエール内で大弾圧されてるリュミエール王国騎士団は、独立すれば恐らくこちら側に亡命してくるでしょう」
元々リュミエールの軍事力の一端を担ってきた王国騎士団には、やはり開戦派は圧倒的に多い。
しかも歴史を塗り替える程の英雄であるトルイも開戦を推していた。
今も小規模ながら武装蜂起を起こし続けているので、万全な装備を使って国内を制圧できる組織が編成されれば、ほぼ確実にこちらへくるであろう。
それに北上するまでは、カプチーナ軍が引き受けてくれるそうだ。
エスプレアの黙認も、イルガチェフェがリュミエールから独立するとなれば得ることができるだろう。
──アレンside──
「何だこれは……」
背中に二本の剣を交差させて背負い、腰に二丁の拳銃を差し込み、馬から降りたアレンは、その異様な光景に異様さを感じながら震えていた。
ただ足が竦み、恐れているのか、それとも武者震いなのか。
……それは傍から見れば明白だった。
国境付近で整列しているカプチーナ軍は、目視できるだけで2個師団はある大軍勢だった。
しかもその大多数が気鎧を装備している。
「参ったな……」
アレンの呟きが口に出る頃には、憲兵騎士団は怖じ気付いていた。
絶望に打ちひしがれ、青ざめた顔で剣を抜く。
すると、対面している軍の一番戦闘の大男がその場で振り返って叫んだ。
「皆の物!」
「この戦争はこの世界の為、魔王を排除する一番槍である! 故に我々は大いなる使命の元、悪を倒す! 祖国の家族を守る為、必ず勝つぞ!」
俺達は「悪」って訳か、とアレンはため息を吐く。
アレンの瞳には、何に対してなのか、憎しみの篭った闇が潜んでいるようだった。
だが、それに気づかないリュミエール軍の志気はボロボロになっていた。
「オオッー!」
カプチーナ軍はどっと湧き上がる。 この軍勢と装備なら必ず勝てるという自信に満ち溢れ、反魔王という思想の元団結したカプチーナの兵士達は、憲兵騎士団にとって残酷なまでに恐ろしい物だった。
「行くぞ! 進めーっ!」
国境付近で待機していた大軍勢が突如として突進してきた。
アレンもそれに抗うように叫ぶ。
「行くぞ! 剣を抜け!」
アレンの命令を聞き取れなかった憲兵騎士達は必死に銃を発砲するが、カプチーナ兵を一人として殺す事も出来なかった。
気鎧に阻まれ潰れた鉄屑が平野の低い草花の中に吸い込まれていく。
アレンが先陣を切って敵陣へ突撃していく。
剣を抜いた部下達がその後に続いた。
アレンは夢中で剣を振るった。
たった一人でカプチーナ軍の中、百戦錬磨の猛者の意地を見せつけた。
「島国の猿共め……くたばれェ!」
アレンの双剣に反応する事もなく、あっという間に数個の小隊が崩れ落ちていく。
迫り来るカプチーナ兵の剣を弾き、剣を突き刺し、更に突撃してきた兵士の頭を散弾銃で吹き飛ばす。
死体に刺さった剣を抜き取り、その血を服で拭いて、再び襲い掛かってきた兵士を一撃で斬り伏せた。
「進めぇ! 恐れるな! 数では勝っているぞ!」
カプチーナ軍の勢いが増す。
それでもアレンは兵士の濁流相手に耐え続けた。
その様子は正に鬼神。 目の当たりにしたカプチーナ兵士はアレンに畏怖した。
しかし、彼の部下はカプチーナ軍の曲刀に薙ぎ倒されていき、開始数時間もしない内に散り散りに逃げ始めた。
中には鎧を脱ぎ捨てて逃げていく騎士もおり、それは尚の事不利な騎士団の志気を下げていく。
アレンの剣は人の身体の油でもはや切れ味を失っており、その上数時間研いでもいない鈍らでは、とても使用に耐えられなかった。
アレンは最後にその双剣をカプチーナ兵二人の頭に投擲し、見事に当てた後、散弾銃を自らの身に向けた。
──その時だった。
凄まじい爆発とともに周囲のカプチーナ兵士は消し炭となり、気付くとアレンは大地を破りながら空へと昇る黒い龍の頭に乗っていた。
「……アプロか」
アレンの背後には、金髪を靡かせる高い鼻筋の美しい少女が立っていた。
白い肌に青い目、抜群のスタイル、一見ミスマッチではあるが、それらに白のローブが良く似合っている。
彼女はアレンに同情するように、金色のショートヘアーを揺らしながら、首を傾げて悲しそうに笑みを浮かべた。
「……帰りましょう。 貴方にはまだまだやる事があります」
アプロはアレンの前に出て、どこまでも広がる曇天を見つめた。
薄く漏れた日の光を背に浴びた二人の姿は、すぐに地平線の彼方へ消えていった。