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厚着の王様〜異世界戦役異聞録〜  作者: 伏井出エル
王政奪回
22/35

進撃の悪魔



──勇者side──


気がつくと、真人は壁に全身をめり込ませていた。

全身が軋むように痛み、壁と肉の隙間から粉塵が舞いちる。


腹の辺りは焼き焦げ、火傷となり化膿している。


荒く喘ぎながら、真人は壁から自らの肉体を引きずり出した。

肉は壁との間で裂け、そこから血が滴る。


「どうしたァ? そんなものかァ?」


ヘルツは嘲笑と共に這いずる真人の頬を蹴飛ばした。

彼の脚にはクレアとは比にならない程の猛火が噴き出しており、一瞬ではあるが気絶する程の熱さに襲われる。


血を吹きながら地面に叩きつけられる真人。

額からは汗を滝のように流しながら、辛そうに呼吸を続けた。


真人の手には柄だけの剣が握られていた。

剣だったソレの刃は、すでに粉々に砕かれ、辺りの土に紛れてしまっている。


彼は歯を食いしばりながら、立ち上がろうとする。

だがその身体にはもはや力など入るはずがなかった。


その時、目の前に直径2m程の魔法陣が現れた。

唐突な出来事に真人はその場で固まらざるをえなかった。

ヘルツも不審そうにその魔法陣を睨みつけている。


次の瞬間、魔法陣から黒い波動が放たれた。

波動は地面を抉り取り、その上その後ろの建物を跡形もなく消し飛ばした。


ヘルツはその場に炎を押し固め、それを盾とすることで持ち堪えた。


「やめろって、ゼロ」


魔法陣からは一人の男が姿を表した。

顔から身体まで全身を黒い鎧で覆い尽くし、大剣を二本担いでいるその男は、ヘルツの呼び名から察するに『ゼロ』なのであろう。


ゼロはヘルツのヘラヘラとした返しに、抑揚のない無機質な言葉を漏らした。


「持ち場を離れるな。 お前に勇者の討伐は任されていない」


「言うねぇ? 俺もお前も同じ立場。 好き勝手やらせろよ」


「……規則に従え」


「俺は指示されるのが一番嫌いなんだよッ!」


ゼロは黒いオーラを、ヘルツは炎を纏って互いに突進した。

両者ともに顔面めがけて渾身の拳を向けるが、掠めるか、或いは全く当たらないかのどちらかで勝負はつかない。


だが、時間が経てば経つほど辺りは熱風や爆炎と共に更地と化していく。


真人はそんな世界の終わりともいえる光景を目の当たりにし、そこから動く事すら出来なかった。


「閻魔紅蓮拳ッ!」


ヘルツの正拳突きがゼロの胴体めがけて放たれる。

しかし、その正拳突きはゼロを吹き飛ばすことなく貫通した。

ゼロの胴体は透けており、その攻撃を意にも介していない。


「チッ」


ヘルツの舌打ちと同時に、ゼロはヘルツの腕を掴みあげ、そのまま魔法陣の中へ消えていった。


真人はそんな彼等を見届けていると、その意識はゆっくりと闇の中に吸い込まれていった。


目覚めたときには、三人並んで病室のベッドに寝ていた。

どうやら首を切るだけでは殺せないらしい。

両脇のベッドに置かれただけの二人は、死んだ魚の目をしたまま、呼吸だけしていた。


病院は木製の建物で、ヒノキに似た匂いが充満している。

何から何まで木製でできたこの病室には、ところどころ魔法陣が浮かび上がり、またその近くには魔石の嵌った石碑が立っていた。


石碑は無尽蔵に三人へ魔力を送っている。

治療法がなんとも独特である。


真人を挟むように両隣で横たわっている二人の目には、生気が籠っていない。


起き上がってみると、すぐに体中を激痛が走った。

骨が折れているのだろうか。

全身にギプスがつけられており、火傷なのか体中に包帯が巻かれて、これではまるでミイラだ。


真人はため息まじりにベッドで横になった。

ヘルツもゼロもいずれは戦わなきゃならない。

しかし今の俺達で、アイツ等をなんの犠牲もなしに倒せるだろうか。


芽生えてきた自尊心は、完膚なきまでに叩きつぶされた。


──進side──


「ようこそおいでくださいました」


進は客間のソファに座って、机を挟んで反対側の椅子をヴァイセが引いた。

カプチーナの外務大臣・ガベット=サイフォンがその席に着く。


「いえ、シン王太子こそご無事で何よりです」


「それで、早速本題に入るのですが……どういう要件でしょう?」


美鈴がヴァイセに言われたのか、コーヒーを二杯持ってきた。

片方ずつ、ゆっくりテーブルに置く。


「まあ、端的に言えば我々もクーデターを阻止したく、お手伝いをしに参りました」


「ですが何故ここを?」


ここは亡命先である。

進やヴァイセ、イルガチェフェ王宮の人間以外はこの事を知らないはず。


「お恥ずかしい話ながら、我々カプチーナは全世界にスパイを送りこんでいます。 同盟国、中立国、敵国。 どれであっても無差別に」


「なるほど……」


カプチーナが暗号解読に長けた国家である事は知っていたが、その秘訣はスパイにあったのだろうか。

それまでカプチーナは大抵の戦争を美しいまでの連携で切り抜けていた。

スパイは外交、軍事双方で部類無き力を発揮するのだろう。


「我々の調査の結果、憲兵騎士団長のアレンはエスプレア人でした」


驚きのあまり、進はコーヒーを溢した。

美鈴が反射的にヴァイセからひったくった手ぬぐいで拭いとるが、そこは多分女性が安易に触れちゃいけない場所だ。


恥ずかしさで顔から火が出そうだが、同盟国の外相がいる手前、そんな事はできなかった。


「エスプレアのスパイがどうやって……」


「私も気になりまして。 調査をさせたところ、アレンの戸籍にはドリポード出身、身寄りは居ないと書かれていました。 おそらくはドリポード人の誰かの戸籍を盗んだのでしょう」


言われてみれば、ちょうどその時、ドリポードは領土の一部を不当に割譲させられていた。

もし、その地域に住んでいた人間の戸籍を盗んでいたのなら、立派な不当行為だ。


「これは私個人の予想ですが、アレンはエスプレアの経済支援を受けており、それを元に銃を量産したのではと思っております」


ガベットは身を乗り出して主張した。

目はギラギラと輝いており、何らかの意図があってこの事を伝えに来たのだろう。

進はその意図を何とか探ろうと食い下がった。


「仮にそうだとして、カプチーナはどうするおつもりですか?」


「リュミエール王国騎士団への経済支援です」


そうは言うものの、仮に経済支援をしたところで今の王国騎士団の軍事力では憲兵騎士団には叶わない。

その上もしそんなことしたら、反戦派に加担している市井の人々の反感を買うのは間違いないだろう。

法を破り、気鎧を纏った王国騎士団はテロリスト扱いされ、威厳と共にその権力のすべてを失う。


「もしもそれで負けたとき、カプチーナは少しでも責任を負ってくれるでしょうか?」


進のしつこい問にうんざりしたのか、ガベットは小さくため息を吐いた。

だが、すぐに顔を引き締め自然な笑みを浮かべる。


「そうですね。 負いたいのはやまやまなんですが、もしカプチーナが経済支援をしている事がバレてしまえば、国際社会からの批判は免れません。 最悪、カプチーナ一国でエスプレアと開戦しなければなりません。 大袈裟かもしれませんが負ければカプチーナは滅亡し、ドリポードはエスプレア領になるでしょう」


「……では経済支援は結構です。 ただ、してほしい事が」


進は横に佇んでいたヴァイセに顔を向け、目を合わせた。

ヴァイセは進の意図を汲んで、小さく頷く。


「エスプレアに働きかけ、イルガチェフェを独立させるよう圧力をかけてください」


ガベットの瞳孔は途端に大きく揺れ始め、乾いた唇を舌で潤した。

進の言ったことは、ガベットからしてみれば理解不能だったのだ。

父が命懸けで勝ちとった領土を自ら手放す。

意味不明な依頼に、彼は戦慄を隠せなかった。

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