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厚着の王様〜異世界戦役異聞録〜  作者: 伏井出エル
王政奪回
21/35

灼熱の鎮魂歌



──リュミエールside──


「どういうことだ……?」


アレンは激しく戦慄した。

王宮の窓から覗いたとき、王国騎士団は憲兵騎士団を一人として殺す事もできていなかった。


それなのにアレンが王宮から庭に出るまでの間に、その場にいた憲兵騎士の大半は、喉元を掻っ切られて息絶えていた。


その場に佇んでいた怪しげな男は、残った憲兵騎士団に銃を向けられながらも剣を鞘に収めた。


「何者だ」


アレンは珍しく声を低くして男に尋ねた。

その眼光はトルイに向けられたそれの比ではなく、如何にアレンが彼を警戒しているのかは容易に想像がついた。


「ご無沙汰してます団長」


男はフード付きのマントを羽織り、マフラーを巻いていた。

隙間から覗く凛々しい眼差しが、アレンの目を焼き尽くす。


「貴様……王国騎士ではなさそうだな。 出身と名を名乗れ」


「……なにいってるんですか。 貴方達が国境閉鎖したんだし、俺が国外から来たなら警備がザルって証明されちゃいますよ?」


「……」


アレンは怒りに任せて引き抜いた銃の引き金を引いた。

しかし、その銃弾は男に届く事無く地に落ちた。

弾丸は潰れて鉄の塊となって、煙を上げた。


「『気鎧』? いや、『魔鎧』……魔族か」


「さあ?」


アレンと男の睨み合いは静寂と共に少しの間続けられた。

普通、魔族は魔力を常時から垂れ流しており、その魔力は遠距離からの物理攻撃を無効化する役割を担っている。

これが「魔鎧」と呼ばれる特性である。


よって魔族には銃が通用しない。

それ故に全世界の軍は近接物理攻撃の「剣」、或いは遠距離特殊攻撃の「魔法」を用いるのである。


一方人間も人間で、研究によって魔族の魔鎧を再現する「気鎧」を用いて魔族の一方的な遠距離攻撃を未然に防いでいる。


その為魔族も剣と魔法で戦うのである。

現在リュミエール国内では王国騎士の反乱を防ぐ為。一切の気鎧の装備・生産を禁止している。


気鎧生産ラインは王国政府の管理下に置かれており、憲兵騎士しか装備していない。


「……まあなんでもいいけど、あんまり王国騎士いじめちゃ駄目だよ〜」


謎の男はそのまま踵を返して去っていった。

血みどろの戦場には、彼の口笛が木霊し続けていた。



──進side──



一通り説明を終えた後、真人は部屋から出ていった。

おそらくは姫との面会があるのだろう。

部屋に取り残された美鈴を前に、進はどうするべきかと困惑するばかりであった。


「茶菓子とか、どうだ?」


ヴァイセの運んできてあったマカロンがテーブルの皿に乗っていた。

進はコーヒーは好きだが、マカロンをあまり食べる方ではない。

興味はあるが、皿に乗った量を平らげるほどかといえば、話が別だ。


甘ったるい菓子とは裏腹に、辺りを包む空気は冷え冷えとしている。

肌寒さを感じるのは気のせいなのだろうか。

美鈴は無機質な表情を浮かべたまま、マカロンを手に取った。


それを口に運ぶと、膨らんだ頬にそっと乗せられた柔らかそうな唇が少し綻んだ。

その物憂げな表情がいつか見たような気がして、進はハッとした。


「マカロン、好きなのか?」


進の問いに、美鈴は遠慮がちに頷いた。

彼は近くにあったポットを手に取り、微笑んだ。


「コーヒーも一緒にどうだ?」


手に握ったソレは冷めたお湯を内包している筈なのにひどく熱く感じた。

進の瞳孔は開き、彼女の冷たい瞳を捉えていた。


「ありがとう」


美鈴は進の発する不思議な雰囲気に気が迷い、親切に対してついぶっきらぼうな返しをしてしまった。

と、同時に彼に対する言いようのない興味も湧いてきていた。


やがて日が沈む。

昼間から輝く月は、いつの間にか空の中心にいた。


「失礼します」


扉を開けたのはヴァイセだった。

急な事に二人は驚いて、呆然としたが、進はすぐに切り替えて、用件を尋ねた。


「どうした?」


「来客です。 カプチーナ外務大臣のガベット様が面会を希望しておられます」


「通してくれ」



──勇者side──


「この度はありがとうございます」


キリコこと伶子は真人に感謝の意を述べた。

同時にまだ冒険を始めて間もない彼に重荷を背負わせた事を反省する。


「いえ」


「もう一つお願いがありまして」


「なんでしょう?」


真人は何を言われても受け入れるつもりだった。

だが、伶子の依頼は思ったより軽いものだった。


「エチオに蔓延る魔物達をできるだけ減らしていただきたいのです。 これは謝礼と前金を兼ねる者です」


彼女が差し出したのは、レイリーの持っていた装飾の付いた白い盾だった。

──『退魔の鏡』。

進の言っていた最強の盾だ。



「レイリーに礼として戴きましたが、私達が持っていても宝の持ち腐れです。 この盾は勇者にこそ真価が引き出せるとのことです」


「ありがとうございます」


真人は、こんな貴重な物をいとも簡単に貰った事に困惑しつつも頭を下げた。

水晶のように穢れなき輝きを放つ純白の丸盾は、信じ難いほど重かった。


だが不思議な事に、ふとした時に軽くなる。

この重さの変化には何の意味が?と、真人は伶子にわからぬよう首を傾げた。


「では、失礼します。 またお世話になるかもしれません」


「念の為、大公への挨拶を忘れぬよう」


「はい」


そういえば、大公へはクルトが話を通しておくと言って、真人は会ったことすらなかった。

一晩泊めてもらったのだから、何かしら挨拶はしておいた方が良いだろう。


「大変だ!」


部屋を出てぼんやりと歩いていた真人の耳に、突如として悲鳴が入った。


反射的に駆け出した真人と、すれ違う召使達。

彼等は戻るべきか逃げるべきかで逃げ惑っている。

おそらく現場は玄関に近い。


戸を開けてみると、そこには無数の死体が転がっていた。

街の建物はほとんど風穴が空いており、辺りには瓦礫が転がっている。

瓦礫は人々の上から覆い被さり、それを圧殺した。


唖然としながら辺りを見渡していると、そこにはただ一人、異質な者が佇んでいた。

肌の色は赤で、髪の色は白。

剥き出しの八重歯は血に染まっている。

鎧も着ていない巨大な上半身は筋肉で覆われており、鋭い眼光を卑しく歪めて、舌なめずりしていた。


その魔族は妊婦の首を持ち上げ、その腹を鉄拳で貫いてから引き離した。


「遅かったなぁ、勇者」


「何者だ!」


魔族が三段笑いをしながら真人へ歩み寄る。

真人は後退りしながら剣を抜いた。

だが、次の瞬間真人は戦慄した。

魔族が投げつけてきたのは、クレアとリリーの生首だった。

赤い血が滴るのを見るに、まだ殺されて間もない。


「……!?」


余りにも突然な出来事に困惑する。

その後、強烈な吐き気が真人を襲った。


「ソイツは手土産。 俺の名は『紅蓮のヘルツ』。 魔族四天皇の一角だ」


掲げた右手から烈火が噴き出す。

ヘルツはゆっくり歩み寄りながら、右手を覆う炎を全身に宿した。


「さぁ、『ゲーム』スタートだ」

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