運命の不思議
──勇者side──
「これは……?」
真人は扉の空いた金庫から取り出された書類を捲りながら、その隣で黙り込んでいる女の子に尋ねた。
枯草色の和紙にインクでも墨でもない物で書かれた図式が記されていた。
一応文系男子の真人には何のことかさっぱりわからないが、これはどうやら兵器か何かの設計図なのかと予測できた。
振り返ると女の子──美鈴は外の背景を呆然と眺めながら呟く。
「私もこれが何かわからない。 この世界に来ていきなりあの男達に襲われたものだから、この世界が何なのかもさっぱりだわ」
あの時、真人がその名を聞いてから知ったのは、彼女は自分達と同じく地球から来た人間で、転生後すぐにルネッサンスに囚われた事で、実質身寄りも財産もない状況になってしまったということだ。
彼女が在り処を知り得た唯一の財産も、ただの設計図。
おそらくこれは売ったりしてはいけないものだろう。
「お母さんらしき人が奴等に襲われる前に相性番号だけを教えてくれて。 それ以外はあの女性の事も知らないのよ」
美鈴は年齢の割にだいぶ大人びていた。
聞くと妹が一人いるらしい。
村から洞窟までの間に捨てられていた、綺麗な石は彼女の家にあったもので、特になんらかの効能などはないらしい。
「これを信頼できる人間に見てもらいたいんだ。 君も来てくれない?」
真人は腕を組んで佇む美鈴に恐る恐る懇願するように言った。
美鈴はまんざらでもなさそうに、「家だった所」の扉を開けて出て行った。
馬に乗ると、ピアにはあっという間に着いた。
途中、廃墟を占拠しているドロイムやゴブリンに遭遇し、戦闘になったが、新しく覚えた雷魔法、ゼインや何故か身体が勝手に動く剣さばきでどうにかなった。
見た感じ彼女に戦闘のスキルはなさそうだった。
宮殿に着いたのは夜だった。
闇夜に紛れ宮殿の庭を横切り、月の光がよく当たる馬車庫に辿り着いた。
降りるとそこではヴァイセが待っており、一礼してから背を向けた。
ヴァイセに付いて行って着いたのは進の部屋だった。
──進side──
「乙」
お疲れ、といった意味のネットスラングを一言だけ口にした進は、楽にベッドに寝転んでいた。
進は部屋に入ってきた真人を見るなり起き上がる。
真人の後ろには何者かも知れぬ女性が追随しており、進は警戒心を強めた。
「真人、その者は?」
進は王としての生活に慣れ始めたのか、現代語っぽいタメ口と、貴族っぽい自尊敬語の混じった言葉を喋る事が多くなっていた。
『者』というより、『人』と言うべきであるのは、進自身もわかっている。
真人はちょっと首を傾げてから頷き、この人も地球から来た人だ、と進に告げた。
「佐倉美鈴さん。 転生した人間の村が人攫い集団に襲撃されて、もう身寄りも財産もないんだ」
「よろしくお願いします」
美鈴は頭を深々と下げ一礼した。
しかしその顔はどこが不満げがあり、愛想の良かった伶子とは正反対の、進が苦手とするタイプだった。
無礼にならぬよう取り敢えず頭だけ下げて自己紹介をする。
……美鈴は興味なさそうにそれを聞き流す。
「リュミエール王族に転生した志島進だ。 こっちではシン=クラヌスと呼ばれている。 進と呼んだ方が違和感はないだろう」
「……質問いいですか?」
美鈴は何やら引っかかるところがあったらしくて、恐る恐る聞いてきた。
「なんでリュミエール王国とかいうとこの王様がここにいるんですか? というかリュミエール王国ってなんですか?」
──イルガチェフェ公国side──
「ご苦労様」
伶子の部屋に、武装を解除したクルトとレイリーが現れる。
クルトは小さな椅子に腰掛け、手で口を抑える。
あくびを手で隠しているが、目の隈を見るに彼の疲労は相当なものだろう。
「まさか勇者一行が先にルネッサンスと戦っていたとは」
レイリーが運んできた紅茶を口にし、クルトはあつっ、と顔を歪める。
猫舌のクルトは熱い紅茶が苦手だった。
「それに人攫い集団のアジトと違法魔族移民の住居が同じだったとはな。 勇者達もやってくれたもんだ」
レイリーは頭を掻いた。
曰く、先のエチオ侵攻事件でこの大陸に残った魔族は、違法集団と手を組む事で住処を手にしてきたらしい。
違法集団は魔族の戦闘力を得て、その力で略奪と殺戮の限りを尽くした村や集落に魔族が住む。
そういったWin-Winな関係によって、違法魔族移民は跡を絶たないといったところだろうか。
「姫、御用は果たしました。 これで……」
クルトが伶子に向けて跪く。
だが伶子はそれを赦さなかった。
「いえ、まだです」
クルトが顔を上げて、愕然とした表情で姫君を見つめた。
レイリーも眉をひそめ、懐疑的な目で伶子を観察している。
「つい最近、リュミエールでクーデターが起き、開戦派の王太子・シン=クラヌスが指名手配されてしまいました」
「!?」
任務にあたっていた二人に、その情報は初耳だった。
「今、リュミエール国内では反戦運動が高まっています。 それは即ち、軍縮を行ってイルガチェフェを見捨てんとしているのです」
「……では、その反戦派の始末が我々の仕事と」
伶子を見つめるレイリーの瞳にはどこまでも疑り深い、深淵が垣間見えた。
レイリー達は任務を受けた時点で契約違反だ。
二人が姫へのお願いの例として引き受けた仕事はもう終わっている。
「いえ。 それには及びません。 任務はリュミエール王国騎士団・トルイ=アオフリティの救出とします」
伶子はレイリーの置いた紅茶を啜って一息つくと、任務について説明し始めた。
「今私がリュミエール王宮に嫁いだ所で、彼等の主流な政策は反戦を掲げたリュミエール民族の団結でしょう。 それをイルガチェフェからきた私が止める事はできません」
「開戦派の人間を復権させる為に、トルイを救出すると……」
クルトが鞘に収められたクロノスを握りしめた。
「そうです、救出したところで政界に戻る事は難しいでしょうが、処刑という最悪の事態は免れます。 その任務を貴方達に託したいのです」
クルトとレイリーは顔を見合わせた。
二人はエチオ侵攻事件でトルイに命を救われていた。
今度は自分達が助ける番なのでは?と。
ここで逃げれば軍人としてのプライドが廃る。
クルトはゆっくりと立ち上がった。
「お任せください」
──リュミエールside──
「ウワァー!」
鉄の鎧を着込んだ剣士達は、弾丸に貫かれ血飛沫を上げながら倒れ付していく。
重い装甲をものともせず突っ込んでくる騎士達を淡々と始末していく軽装の憲兵騎士達。
憲兵騎士の誰もが、無駄な事を、と呆れていた。
トルイ=アオフリティが存在しない時点で、今の王国騎士は市民から見ればただの逆賊。
その上魔術師団の協力がないので、銃弾に対してなんら対抗策を打てていない。
そんな無謀な謀反を企てる王国騎士の『騎士道』とやらに憲兵騎士達はうんざりしていた。
「さて、そろそろ一時間が経過したが、まだ終わらんのか?」
戦場になった王宮の様子を、憲兵騎士団長室の窓から眺めるアレンが呟いた。
頬杖をついてペン回しをし、憲兵騎士の一方的な虐殺が終わるのを待ちぼうけていた。
「諦めろ、王国騎士」
アレンの低い呟きは、団長室の中を木霊していた。
心臓を鉄塊に破壊された騎士達が転がる王宮の庭に向かおうと、彼はようやく重い腰を浮かした。