救出の希望
──勇者side──
「おおー、よくここまで辿り着いたね、嬢ちゃん達」
スキンヘッドの中年は、手を叩きながら現れた。
洞窟の最深部、男の背後には湖が青く煌めいている。
「はいっ」
彼が指を鳴らすと、轟音と共に鉄の扉が出入り口を塞いだ。
「……」
「何をした!」
黙りこんだ真人の横でクレアが怒りに満ちた声で叫ぶ。
男はそんなクレアを鼻で笑った。
「今から君達には二つに一つの選択をしてもらいます」
男の言葉を真人が遮った。
「お前を殺して、ここに囚われた人々を解放する代わりに俺達も蒸し焼きになるか」
「もしくは、お前に降参する代わりに、囚われた人々の命だけは助けるか」
「……!?」
男は凍りついたかのように押し黙る。
真人の言葉は、今男が言わんとしていた言葉そのままだった。
「真人?」
クレアとリリーは真人を不思議そうな目で見つめた。
彼はそんな二人には視線を合わせずに佇んでいた。
「勿論、お前を殺して全員助ける!」
真人は男の懐に飛び込んで剣を抜いた。
男は素早く後ろに飛んで斬撃を躱す。
クレアもそれに続いて跳ね上がる。
拳に炎を纏わせ、男に殴りかかろうとしたその時、真人がクレアを抱きかかえて後ろに下がった。
「コイツは蒸気を操る。 下手に近付くと蒸し焼きにされるぞ!」
手の内を読まれた男は舌打ちをした。
真人は攻撃を避けて逃げ回りながら、男の魔法について考えていた。
クレア曰く蒸気を操れる魔法はない。
とすれば何か仕掛けがあるはずだ。
蒸気とは水を炎などで熱した物だ。
使っているのは水か炎、どちらかだろう。
部屋中どこからでも襲い来る熱い熱風を躱しながら、クレアと背中合わせになる。
「クレア、もし魔法に源があるなら」
「どうした?」
「それをどうやって潰す?」
「え?」
二人は寸分も呼吸乱れず、次に向かってきた蒸気を避けた。
「見つけたんだ、アイツの弱点。 どうすれば魔法の源と使用者の魔力を断絶できるんだ?」
「それは……」
二人が立っている地面が膨張し爆発する。
クレアと真人はそれを見越してその場から離れた。
「魔法の源には必ずそれを司る者がいる。 でもそれは大抵は使用者本人。 でももし体外に源があるなら……」
「別に司ってる奴がいる」
真人はその言葉を聞いた瞬間、自らを追う水蒸気爆発を避けながら走り、男の後ろにあった湖に近付いた。
湖は真人が睨んだ通り、沸騰して煮立っていた。
男がクレアとリリーを攻撃している隙に、真人は自らの手に魔力を集め始めた。
真人は魔術の練習などした事ないが、やはり身体が勝手に動く。
真人の行動にはこれで魔術を使えるという確信があった。
集まった魔力がやがて電気を帯び始め、それはやがて小さな雷まで大きくなっていった。
「コイツで決める!」
真人は最大限の叫びと共に、その魔力を全て湖へと放った。
「ゼイン!」
真人の手から放たれた雷は、湖中に拡散した。
出来る精一杯の魔力を放ち続けると、やがてリリーとクレアを襲っていた水蒸気がただの炎へと変化していった。
「? どういう事だ?」
男が後ろを振り向くと、そこには真人を見つめる巨大な魔獣が湖から這い出ているのが見えた。
「……貴様!」
どうやらビンゴだったようだ。
男の魔法で沸騰した水はこの怪物の魔法により男に送り続けていた。
男はそれを更に熱く熱して攻撃手段として使っていたのだろう。
現れた魔物は超大型の犬だった。
その体長はおおよそ真人の3倍程度もある。
犬は真人を睨みつつ、湖から這い出て動かない。
真人はそんな怪物にすっかり怯え、腰を抜かして見つめ合っている。
先程まで余裕ぶっていた男は、水の魔法が消えて、クレアの巧みな格闘術に押され気味になっていた。
高温の水蒸気での一撃必殺に頼っていた男に、クレアの鍛え上げられた鮮やかな武術を目で追うことは出来ないようだ。
膝蹴り、裏拳、回し蹴り。
男は一つも避ける事なく宙に打ち上げられた。
「冥界の魂となれ」
「クレア! ダメ! 今殺しちゃったら!」
クレアの手に炎が滾る。
「紅蓮拳!」
必殺の正拳突きが男の身体を纏っている炎ごと貫いた。
血が舞いちってクレアへ雨となって降り注ぐ。
雨は爆発しながら、洞窟内を破壊し尽くした。
リリーは怯えながらその様子を見ていた。
きっと彼女にとって人を殺す事は禁忌なのだろう。
熱風は洞窟内の温度を上げることなく、過ぎ去っていく。
リリーが振り返ると、鉄の扉は知らぬ間に開放されていた。
一方で魔物は今まさに真人を喰らおうと飛びついた。
そのとき、空中から目にも止まらぬ一筋の光が真人の眼前を駆け抜けた。
するとその魔物は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
真人の目の前に着地したのは、クロノスを担いだクルトだった。
「ご苦労だ勇者たち。 捕まっていた人達は俺が全員助け出した。 この魔物は俺が始末する。 もうすぐこの洞窟も崩れるから早く逃げろ」
「はい!」
クルトの言いつけどおり急いで元来た道を急いだ。
通路にはボロ布を羽織った人達が右往左往していた。
おそらくルネッサンスの構成員だろう。
彼らも命が惜しくて仕方ないのだ。
「きゃ!」
目の前で転んだのは、真人達と同じくらいの年齢の女の子だった。
「リリー、クレア、先行っててくれ」
リリーとクレアは真人の意思を察したのか、気をつけて、とだけ言い残して走り去っていった。
真人は彼女に近づいて、大丈夫?と手を貸すと、女の子は手で眦の雫を拭い取りながら手を取って立ち上がった。
足中に痣があり、まともに立って歩けないようだ。
「行こう、もうここは崩れちゃう」
真人は意を決して女の子をその背に負った。
ずしり、と重みが体中を駆け巡る。
女の子どころか男も背負った事がない真人にとっては珍しい経験だ。
人の重みと暖かみを感じながら、先に行くリリーとクレアを追った。
「君、名前は?」
真人は前へ前へと走りながら、自身の背中に身を委ねている女の子に尋ねた
「……佐倉美鈴」
その名前を聞いた真人の足が、ゆっくりと停止する。
「君、どこから来たの?」
それから数十秒後、クレア達がようやく洞窟の外に逃げ出した後、ルネッサンス構成員達は皆クレアとリリーに王都で買い置きしていた紐で木に縛り付けられていた。
疲れ果てた二人が音もなく寝転がると、遠くから馬の駆ける音が耳に入ってくる。
起き上がって見てみると、馬から降りたその男は、盾使いのレイリーだった。
馬には大きな荷車が取り付けられており、奴隷を運ぶ用の物なのか、人一人分程度の仕切りで区切られている。
「すまないね、勇者一行。 我々の職務怠慢だ。 後処理は我々に任せて先に行ってくれ」
振り向きざまにクレアはレイリーの背後を一瞥したが、背負われている盾は、それまでの盾ではないようだった。
真人は生きているだろう、という確信を持ちつつ、乗ってきた馬を口笛で呼び寄せ、それに跨りピアへと向かった。
「クルト〜」
レイリーが洞窟内に声をかけると、一人の男がふらふらと小さい穴から出てくる。
「ちっ、やはり一人はキツかったな」
「言わんこっちゃねぇ」
よろけたクルトの肩をレイリーが支えた。
「中々手強かった。 さあ、行くぞ。 これが終われば退職だ」
クルトとレイリーはその場に捕らえられたルネッサンス構成員を荷車に放り込み、その場を後にした。
真人は瓦礫の中から這い出し、クルトとレイリー、両人の後ろ姿を黙って見ていた。