怒涛の猛追
──勇者side──
「そこまでだ!」
鎧を纏い上空から現れたもう一人の男の手にはグレーに近いシルバーの剣が握られていた。
赤い長髪を一つに束ねた侍の如き霊験使い、クルトだ。
「ちっ、クルトの野郎だ、逃げろ!」
スキンヘッドの男は、後ろに待機していたらしい子分と共に全速力で逃げていった。
クルトは後ろに振り向くと、倒れ伏していた真人に手を差し伸べてくれた。
「ありがとうございます……」
「こちらこそ、この前は助かったよ、新米勇者」
クルトは真人を引き起こすと、自分の乗ってきた馬に跨った。
「ピアはすぐ近くだ。 護衛しよう」
クルトは馬の綱を引いて、先に行ってしまった。
真人とクレアは言われるがままに、馬に乗ってその後をついていった。
着いた城はかなり古びていた。
しかしながら宮殿としてはかなり大きく、申し分無かった。
イルガチェフェがこんなに大きな第二都市を持っていたとは、真人は知らなかった。
それはこの世界に元々住んでいたクレアやリリーですら同じようで、興奮気味に入っていった。
門兵は老いていたが優しく、クルトの顔パスで入る事が出来た。
木と石で作られた城に足を踏み入れる。
迎え入れてくれたイルガチェフェのリーダーことモカ・イルガチェフェ大公は、白髪のふくよかなお爺さんだった。
愛想の良いほのぼのとした雰囲気を醸し出す、いかにも優しそうなお爺ちゃんといった感じだ。
しかしながら、イルガチェフェの高齢化は深刻なようだ。
宮殿を見渡しても若い人は少ない。
勇者として真人は、彼とぎこちない握手を交わす。
そして椅子に座るなり、「よくぞおいでくださいました」とご馳走が並び始めた。
クレアは「すぐ出発する」等と遠慮したが、寝間着も部屋も用意してくれた。
いたれりつくせりといった感じだ。
「すみません、では今晩だけお世話になります」
クレアも諦めたように目の前に出された焼肉を頬張り始める。
食べ物の誘惑には勝てなかったか。
クルトは三人の様子を見届けてから、静かにその場から去っていった。
真人はそんなクルトが気になり、トイレに行くふりをしてクルトを追った。
クルトが奥の部屋をノックしたのが見え、それを追いかける。
「……霧島さん?」
クルトが叩いたドアから顔を出したのは、親友の元カノの顔によく似ていた。
ドアは閉じられていく。
「待ってくれクルト」
ドアノブを握ったクルトが反応する。
「勇者か」
クルトはため息をついてから、「早く入れ」と命令した。
「全く、いくら勇者といえど覗き見とはいい度胸だな。 バレると面倒だから入れてやったが」
クルトの言い方を聞くに、恐らくこの部屋に姫がいる事は内密な事柄なのだろう。
事実、扉の見た目はトイレやその他の部屋と同じである。
普通、王やその血族の部屋は扉が違うのだが。
「すみません……でもなんで隠しているんですか?」
「姫はその美貌を噂に聞きつけた者からの求婚が耐えない。 そいつ等が乗り込んでくる等の万が一に備えて隠しているのだ」
クルトは恐る恐る質問した真人に答えた。
「狩野くん?」
奥のベッドに腰掛けていた伶子は、現れた勇者に尋ねた。
勇者はそれを肯定する。
「姫様、もしかして彼とは」
「ええ、知り合いよ。 彼なら信頼できる。 要件は?」
「いえ、報告に。 未だ首都から離れるにつれて魔物は出現するそうです。 なのでしばらく姫様のご命令は果たすことができなさそうです。 申し訳ない」
「そう……。 あっ、それでは彼に任せましょう」
伶子は真人を横目に微笑んだ。
「彼なら魔物の殲滅が簡単にできるでしょう」
「しかし、大公の命令に背いて行動するのは」
「なら私はリュミエールには行きません」
クルトはその言葉に押し黙った。
伶子の言う事は最もだ。
元々はクルト達がお願いしたのだ。
「わかりました。 すぐに向かいます」
クルトはイルガチェフェ式の敬礼をすると、ドアを開けてそこから去っていった。
小さな音を立てながら、扉が閉じる。
真人は緊張して一言も話せない。
「貴方も来てたのね、狩野くん」
「あ、その、はい」
「私から貴方に、頼みがあるの」
真人は女子というだけで途端に離せなくなってしまう。
元の世界の人なら尚更だ。
こちらの世界ではそこそこ自分を出せているが、元の世界の人は未だに苦手なのだろう。
真人が拒否する事はできない。
「イルガチェフェ西の郊外に、大量の魔物が発生してる。 その巣窟がどこかにあるんだけど、どこか特定できなくて。 クルトが元々やってた仕事なんだけど、人攫い集団を懲らしめる為にそこを離れるから、探して根こそぎやっちゃってほしいの」
「あ、はい、わかりました」
真人が間髪入れずに了承したその時、扉が勢い良く開いて、真人の後頭部を直撃した。
真人は悲鳴を上げながら崩れ落ちる。
「伶子? ……ってあれ、真人、来てたのか」
扉を開けたのは、進だった。
伸びてしまった真人を見下ろして、しまったと頭を抱えた。
「なんでこんな所に進がいるんだよ……」
看護室で頭にできた瘤を冷やしながら、真人が尋ねた。
「クーデターが起きた。 俺は今指名手配犯だ」
「それってまずくないか? 俺一回リュミエールに戻ろうか?」
真人は驚いて患部を氷にぶつけてしまう。
慌てて進は真人を寝かしつける。
「何やってんだよ……。 そんな事しなくていい。 お前はお前の役割を果たせ」
「そうか……」
進に宛があるわけではない。
もしかしたら捕まって八つ裂きにされるかもしれない。
このままこの世界で死んで、二度と元の世界に帰れないかもしれない。
だが、あれほど血が滾る真人を見たことがない。
そんな彼を邪魔したくない。
「じゃあな、俺はすぐにでも政権を取り戻す。 お前は退魔の鏡を手に入れろ。 退魔の鏡はレイリーが持っている。 直にソイツは伶子の手に渡る」
進は真人にそう言い残して看護室を出た。
──???side──
「勇者がイルガチェフェに到達したようです」
スーツを纏った蒼白い肌の男が、何も座ってない玉座に話しかける。
「そうか……『奴』はまだ動かんのか」
何もない玉座から声が聞こえてくる。
だが、目を凝らすとそこに紫の湯気のような物が漂っているようにも見える。
「その様ですね。 何か考えがあるようにも思えますが……」
スーツの男は無念そうに顔を歪めた。
「そうだな、そろそろ私は冥界に行く」
「次はどのくらいで戻られます?」
「……三ヶ月はいないかもな」
男は信じられないと言わんばかりに驚いた。
だが、玉座はそれを無視して話を続けた。
「人間にも手練が増えてきたようだ、そろそろ魂を蓄えて殲滅せねばならぬ」
「そうですか、行ってらっしゃいませ」
「留守は頼んだ」
──進side──
「ご調子はいかがでしょうか、シン様」
部屋に入ってきたヴァイセが、一礼してから入口付近に置かれていたスツールに腰掛ける。
用意された貴族のベッドに寝転がる進は、ため息まじりに口を開いた。
「……俺が王に戻る方法は三つ、一つは武力、二つ目は政争、三つ目は俺の無罪を証明する」
「そのようですね。 ……一つ目は出来れば避けたい所ですが」
「だけど、二つ目の政争は無理だろう。 駒が少なすぎる。 とすれば三つ目」
進のボソボソとした呟きを聞いてヴァイセの顔が暗くなる。
「しかしながら、アレンもレメルも罪など好きなだけ捏造できます」
「大神官は過去を見通せる能力で異端審問を引き受けている。 彼の力を借りれば」
「ですが証明した所で二人の意見は翻りません。 それどころかシャリテ教が弾圧されてしまうので、カルマ様は中立を保つでしょう」
黙りこくった後、腕を組んで目を瞑る進。
何か無いかと必死に脳を回転させる。
──そういえば、あれだけ進の事を可愛がっていたマホロはあの時黙っていた。
進の頭に、前に聞いた噂がよぎった。
「……なあ、確かマホロってさ、大賢者と何か繋がりがあったような気がするんだが、気のせいか?」
「はい、大賢者シュヴァルツ様はその通りマホロ様の師匠でございます」
「それでマホロは黙ってたのか……なるほどな……」
進は上体を起こしてニヤリと笑った。
「この勝負、ワンチャンあるかもな」
聞きなれない言葉に首を傾げるヴァイセ。
そんなヴァイセを尻目に進はベッドから降りた。
勝機が見えた進は、走って部屋を出ていった。