開幕の熱気
──王side──
「私は第二王子、ラテ=クラヌスです」
広場に集められた民衆へ、伝達魔法を通して演説を始めるラテ。
その横ではアレンが待機し、街のいたる所に憲兵騎士達がうろついている。
「本日は皆様にお伝えしなければならない事があります。 我が兄、シン=クラヌスはエチオ侵攻事件の容疑者となり、逃亡した為、私が王となる事となりました」
民衆がざわつく。
第一王子として次期王として崇められていたシンではなく、名前の上がることのなかったラテが王位に即位する事になったのだから、当然民衆は混乱するだろう。
「ですが、もうご安心を。 私は物心ついてからは戦場で、凄惨な戦いを目の当たりにしてきました」
ざわつきは止み始め、その代わりに期待の目がラテに集まる。
何かすごそうなリーダーが出てくれば、政策や実情には触れずに支持する。
民衆等そんな物だ。
「私が即位すれば戦争は決していたしません。 私は平和を愛しています! リュミエールに平和を!」
歓声が上がった。
これでラテの民衆の支持は厚いだろう。
後はこの勢いで貴族を落すのみ。
「さあどうするシンくんよぉ……」
それを見ていたアレンは、嘲笑気味に呟いた。
──進side──
「なるほど、事情はわかりました。 トルイ様は私の命の恩人。 彼の冤罪が晴らされるまでは私は死ねません」
イルガチェフェ公国の大公であるモカ・イルガチェフェは、召使を呼び寄せて、部屋を用意してくれと言いつけた。
「ありがとうございます。 では私に何か仕事」
「すみません、ちょうど前の執事長が死亡してしまったので、空席なんです。 しばらくお願いできますか?」
ヴァイセの申し出に、モカ大公は申し訳なさそうに依頼した。
ヴァイセは「よろこんで」と、立ち上がり部屋から消えた。
進は大公に感謝の意を述べ、召使に呼ばれて部屋を出た。
イルガチェフェ家の城は破壊されて、首都エチオは依然として復旧作業に追われている。
ボロボロの都市に首都機能は果たせず、遂にエチオから別の大都市であるピアに遷都せざるを得なくなった。
この城はピアにある災害時の為の別荘で、今はここが仮の王宮として機能している。
召使についていくと、廊下の済の部屋に通された。
そこそこキレイだが、やはりリュミエールのソレとは訳が違った。
「なんでこんなめに」と肩を落としていると、尿意が突然襲ってきた。
取り敢えずその場から飛び出すも、どこにトイレがあるのか分からない。
辺りを見渡しても、何故かこういう時に限って召使や執事がいない。
やぶれかぶれになった進は、取り敢えず向かいのドアを開けてみて、そこにいた人に聞くことにした。
ドアをノックし、下腹部に落ちてくる水分を漏らさぬよう堪える。
ドアは音を立てながらゆっくりと開いた。
進はそこから顔を出した人に驚いて硬直した。
「伶子……?」
ピンクのドレスを着ているが、その厚い涙袋や、大きな目、そしてゴムで縛られた長い黒髪。
そのスタイルの良さ、どれを取っても伶子にしか見えない。
「志島……」
再開の喜びより、どうしてここにいるのかという方が、お互いに気になっていた。
いや、進にとっては取り敢えず便所の場所である。
「便所はどこだ」と問われた伶子は、「奥まで行って左」と廊下の果てを指差した。
「……まさかこんなとこで会うとはね。 しかもリュミエールの王太子だったとは」
「俺も伶子が姫になってるとは思いもしなかった」
便所から帰ってきた進は伶子の部屋に訪ね、話していた。
「アタシ、リュミエールに嫁に行く事になってたの。 貴方が王にならなくて本当に良かった。 でも弟っていうんだから、貴方に似ているんでしょ?」
「ああ、そっっくりだ。 顔はおんなじだ」
「それは嫌だ」
「そんなに嫌がらなくても」
かなり長く一緒にいた分、会話は続いた。
ただ、気まずい空気は二人にまとわりついて離れなかった。
「どうやってここに来たんだ」
伶子は天井を見上げて、呟くように答えた。
「何か、つまんなくなっちゃって」
「何が?」
「人生。 そう思って空見てたら、落ちちゃったみたい。 貴方は?」
「俺はトラックに轢かれただけだ」
「ふーん」
伶子が興味がなさそうに相槌をうった。
昔はもっと愛想が良かったのに。
進は頭を掻いて、「変わったな」と溢した。
──勇者side──
「さ、準備は出来たな」
夜が明けて、進は布団で目覚めた。
女の子の家の布団は蜜のような匂いがする。
華やげな香りに包まれ目覚めはとてもいい。
クレアは早く起きて買ったドレスやアクセサリーを片付け、朝御飯の支度をしている。
見かけによらずかなり家庭的だ。
テーブルに並べられたご飯から溢れだす芳ばしい香りに食欲をそそられる。
リリーは寝息を立てながらぐっすり眠っている。
「起きろー、リリー! マサトー!」
リリーが目を覚ます。
小さな欠伸をしてから、目を擦って起き上がった。
「いただきます」
食卓を前に手を合わせる真人を不思議そうに二人が見つめている。
考えてみれば、真人は宿屋などで一度も二人と食べた事がなかった。
入浴時間やら散歩やらで、別々に食べる事になってしまっていたからだ。
この世界では食べ物に感謝するという風習はないのだろうか。
などと考えていたら、リリーが祈りを捧げ始めた。
シャリテ教の物なのか、何を言っているのかわからなかったが、恐らく食物への感謝だろう。
クレアは混乱したように2人を見つめて首を傾げ、肉にかぶりつき始めた。
クレアの筋肉質だがしっかりと肉感のあるグラマラスな身体は好物の肉から出来ているのだろう。
そう思わざるを得ないがっつきぶりである。
食べ終わって食器を片付けていると、妙な物がクレアの家に置いてあった。
禍々しい紫の水晶というべきか?
隠した痕跡がある。 布をかぶせていたのだろうか、水晶の乗っている棚の下には花柄の布が落ちていた。
不思議に思いながらも、水晶に布をかぶせた。
外に出てみると、二人はもう馬に乗っていた。
「マサトー! 早く行くぞー」
「ああ、それじゃ出発だ」
真人は馬に跨り、走らせた。
澄んだ空気に包まれながら、風を切って進む二頭の馬。
これからどんな冒険の旅が待っているのだろうと思うと、引きこもりの真人でも胸が高鳴る。
紺碧の空には真っ白に輝く太陽が昇っている。
日が沈むまでまだまだ時間はある。
現イルガチェフェ首都のピア向けてまっすぐ走らせる。
その時だった。
突如横からの強烈なエネルギーが真人を襲った。
馬から落ちた真人は辺りを見渡した。
地面の芝は一直線状に焼き焦げている。
炎の魔法……?
「ほう、耐えたか坊ちゃん」
焼跡の線が始まっている木の陰から男が出てきた。
無精髭を囃し、ボロ布を纏ったスキンヘッドの男。
右目は眼帯に隠されているが、十字傷が刻まれていた。
「何者だ……」
「ただの陽気なおっちゃんだよ。 それより嬢ちゃん達、今の見たか? 嬢ちゃん達は俺達には勝てない。 大人しくおっちゃんと一緒に来てくれれば、命はとらないよ」
男はクレアとリリーを見て不敵に微笑んだ。
「なるほど、イルガチェフェの人攫い集団『ルネッサンス』か」
クレアは反抗的な目で男を睨みつけた。
「いかにも! 俺達も生活がかかってるんだ、命が惜しくばこっちに来るんだな!」
男は指を鳴らし、手に炎を宿しながらこちらに向けて歩き出した。




