夜明けの出発
──王side──
「どういうつもりだ! ラテ!」
ラテ=クラヌス。
リュミエールの第二王子にしてシン=クラヌスの弟。
遊び回っており、王位継承等には全く興味がないと聞いていたが、地位を欲して王になろうとしているのだろうか。
「兄上はこの国を戦争という地獄に引きずり込んで破滅へ導こうとしている。 それを俺が止めるんだ」
ラテは白々しく綺麗事を並べた。
「そんな……だが俺がいる限りお前に王位は譲られない」
「残念だが、今から王位継承順位第二位のラテくんは即位するんだ。 お前の王位継承権はここで終わりだ」
アレンは懐から三つ折りにされた紙を取り出し、開いて見せた。
「先のエチオ侵攻事件を画策した真犯人はシン=クラヌス。 つまり只今より、売国奴のシン=クラヌスは指名手配犯だ。 指名手配犯が即位なんて出来るのか?」
「貴様……罪を捏造か!?」
「さて? 冤罪かどうかは取り調べで聞かせてもらうとして」
アレンの言っている事は間違いなく嘘だ。
従えば裁判もされずに、豚箱で惨めになぶり殺しにされるだろう。
「何故だ、ラテは王位継承権を捨てたはず……」
「そんな事実、ありましたっけ?」
レメルが見せた書物には、王位継承順位が記されていた。
だが、ヴァイセ曰く、ラテの王位継承権破棄は公式の手続きも済んだ上で、進の王位継承は確実だったはず。
文書改竄……。
尚書であるレメルなら容易であろう。
その時、アレンは嬉しそうに三段笑いした。
その笑いは次第に大きくなり、アレンの目に涙が滲みはじめた。
何がそんなにおかしいのか。
「救国の王を装い国を売ったシン=クラヌスは、憲兵騎士団に事実を暴かれ逃亡、逃走中に抵抗し、名もなき憲兵騎士の正当防衛で因果応報の末路を辿ることになる」
「アレン貴様まさか!」
トルイは咄嗟に立ち上がり、イノセンスを抜刀した。
目にも止まらぬ速さで振りぬかれたイノセンスは、アレンが左手に隠し持っていた投げナイフを弾き返した。
軽い金属音と共に弾き返されたナイフがナイフに深く刺さる。
もし進に当たっていれば、ただでは済まなかっただろう。
「チッ、聖騎士かぶれが……」
「シン様、ここは私が引き受けます。 お逃げください」
アレンは忌々しそうに顔を歪めてつばを吐きすてた。
トルイが剣を構えてアレンに向けている。
それを進が呆然と見ていると、ヴァイセは急に腕を引っ張って会議室を出た。
バタンと大きな音を立てて会議室の扉が閉まる。
アレンはため息をつきながら、トルイ向けて歩き出した。
「聖剣で人を斬れるのか? 元聖騎士さんよ」
悔しそうにアレンを見つめながら、イノセンスを納刀するトルイ。
会議室は静まり返っている。
その時だった。
発砲音と共に、トルイの肩から血が噴き出した。
「おっとクソエイム。 人思いに殺せずすまんな」
アレンの手には、銃が握られていた。
鉄の塊を吐き出して煙を上げるソレを投げ捨て、アレンは倒れたトルイの腹を踏み付けた。
肩の痛みに悶えるトルイ。
トルイは止めどなく血が流れる患部を抑えながら、アレンを振り払って立ち上がった。
「なぜ銃を……」
「アンタのクソアマ主君が呑気にイルガチェフェ攻めてる時に、秘密で全部隊に銃を配備したんだよ。 俺達は世界で唯一、魔物と戦う事がない武装集団だからな」
「聖騎士の後ろに隠れて卑怯な真似を……」
「お前は前から嫌いだったんだ。 聖騎士から逃げた癖に、騎士道の権化みたいな顔をした愚か者が。 お前と長く話すのは耐えがたい苦痛だ」
アレンが「おい」と叫ぶと、扉を蹴開けて憲兵騎士達が現れた。
「捕らえろ。 武装は解除して地下牢にぶち込んでおけ。 イノセンスはルーデルにでもくれてやれ」
ルーデルとは、現聖騎士団団長である。
オルテンシアとトルイの後輩で、二人と交流があった唯一の人物。
オルテンシアが消え、トルイが王国騎士になった後になし崩し的に団長になった人間である。
憲兵騎士団に群がられ、身動きがとれなくなったトルイの手は後ろに回され手錠がかけられた。
「じゃあな、英雄さん」
憲兵騎士に両腕を掴まれ、立たされるトルイ。
そんな彼を見てマホロは泣き出した。
「さて、ラテ様」
アレンが微笑みながら振り向いた。
「お仕事です」
──シンside──
「いたぞ! シン=クラヌスだ! 追え!」
ヴァイセに腕をひかれた進を追う憲兵騎士達。
ヴァイセは馬車目指して王宮内を駆け抜けた。
進は廊下で立ちふさがる憲兵騎士達を蹴り倒す。
武道には元の世界で親しみがある。
この位なら朝飯前だ。
王宮を出た二人は、馬車庫に向かった。
「見つけ次第撃て。 生死は問わん」
王宮の窓から容赦なく発砲してくる憲兵に見つからぬよう、一気に庭を横断した。
庭師達が懸命に育てた草木花は、奴等の鉄の弾丸でめちゃくちゃに荒らされた。
急いで馬車に飛び乗って、走らせる。
それを食い止めようとする憲兵騎士達が、門を閉じようと押している。
ヴァイセは懐からナイフを取り出し、馬車から上体を出して、それを投げた。
ナイフは的確に門を閉じようとする二人の騎士の眉間に刺さった。
崩れ落ちる二人を尻目に、走り出した馬車が門をくぐり抜ける。
さらに追おうとする憲兵騎士を轢き殺し、馬車を全速力で走らせる。
「ヴァイセ、逃げたってどうするんだ」
「イルガチェフェに亡命します。 あの国の大公は開戦派の人間。 匿ってもらえる確率は高いです」
「何言ってる保護国だ。 いずれ反戦派に総入れ替えさせられるだろ!」
「ですが! それに賭けるしかないのです……」
ヴァイセは辛そうな面持ちで馬車を走らせた。
日がもう直ぐ沈む。
今日は一年で一番日が短い日だそうだ。
空の星々がくすんで輝く。
──勇者side──
「すみませーん」
勇者が訪れたのは翌日だった。
宮殿のあちこちに銃弾が転がり、血が垂れている。
クレアはやたら不審がるも、もうここには大して要はない。
どうせ革命派とかが宮殿で暴れて、憲兵騎士団達が殲滅したのだろう。
真人には関係ない。
対応したのは憲兵騎士団だった。
なんだか余所余所しいが、彼等の手引でヴァイセさんに会わずに馬を貸してもらえた。
コミュ障の真人にしてみればこれ以上の幸福はない。
二頭の馬が貸し出され、真人の後ろにリリーが、クレアが一人で乗ることになった。
リリーの買ってきた緑の防寒マントを羽織って馬に跨る。
良く手入れされた毛並みの良い馬だ。
鞍も高そうに見える。
馬を走らせ、ひとまずクレアの故郷に向かう。
「ようやくか」
股下でうねる馬の暖かい背中を感じながら、しんみりと感じた。
ここまで勇者らしい事をした事がなかった。
RPGでよくある冒険だとか、魔物と戦うとか。
ゲームが好きな真人はこんな冒険に軽いあこがれを持っていた。
星空のカーテンをくぐるように、どこまでも続く道を駆け抜けていく。
馬を駆るクレアを見ると、美しいブロンドの短髪を揺らしながらまっすぐと前を見つめている。
その横顔がとても綺麗で、夢中で見入ってしまった。
後ろのリリーは腰に手を回して眠りについている。
女性に触れたことのない真人は、妙に胸がドキドキしてしまう。
というかどちらかというと、女性には避けられていた。
彼女らと共に戦う事を考えると心が踊った。
俺が、俺達が平和を取り戻す。