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厚着の王様〜異世界戦役異聞録〜  作者: 伏井出エル
伝説の始まり
12/35

裏切りの戦士



──勇者side──


「さて、どうしましょう? 王都で旅で必要な物買い揃えていきましょうか?」


リリーが王宮を出ては真人に尋ねた。


「とはいえ、こんなはした金で世界を救えるかっての」


クレアは腹立たしそうに20000ムッシェルを短パンのポケットに捩じ込んだ。

確かに、勇者パーティーにしては支援が少ない。

今までの勇者達もお金のやりくりには苦労していたのだろうか。


「あ、お金といえば、倒した魔物の首や耳等を教会まで持っていけば討伐報酬が貰えるそうです。 全身持っていくとさらに貰えるそうです」


「へぇー、そうなのか」


不機嫌なクレアを避け気味に、リリーは真人に話しかけた。

真人はRPGで良くある「モンスターを倒すと何故かお金が貰える現象」が現実的になったのかと、妙に納得した。

歩いている内に、いつの間にか王宮から王都に降りていたようだ。


「もう王都だ。 まだ私の戦死手当がある。 これを三つに分けて旅に必要そうな物を買って集まろう」


クレアが袋から取り出した札束をおよそ三等分し、真人とリリーに手渡した。


「今日はどうせもう日が沈む。 出発はできないから日没に宿屋に集合ね」


クレアはそう言って背中を向けた。

リリーも「では、また」と言ってどこかに去っていった。


真人は手始めに保存食の店に立ち寄った。

看板がずり落ちていて、木造の見るからに汚い店だが、店主のお婆ちゃんは凄く親切そうだ。


保存食という事で物も売れないだろうが、代わりにそんなに入れ替えてないのだろう。


「お兄さん勇者かい?」


真人はお婆ちゃんに声をかけられ固まりながら「はい」と答えた。


お婆ちゃんはそんな真人の様子から察したのか、「じっくり見ていくといいよ」とだけ声をかけた。

お婆ちゃんがそれ以上話しかけて来る事はなかった。


品物には、地球の現代より遥かに便利な物が揃っていた。

一口で一食分のエネルギーを補給できるドロップ。

即効性のプロテインや、それを飴状に固めた物だけでなく、噛むだけで持久力が伸びるガムもあった。


真人はその内、ドロップとプロテイン飴、それから缶詰や干物や漬物を籠に入れて、お婆ちゃんに出した。


支払いを終えて籠を見てみると、何故かそこにプロテイン飴と缶詰がもう一つ足されていた。


「お婆さん、俺これ買ってないよ」


真人が恐る恐る尋ねると、お婆ちゃんは優しく微笑んで、「頑張りなさい、勇者さん」とだけいって、店の奥に戻っていった。


真人は少し嬉しくなりながら、買った品物を袋に詰めた。


次に立ち寄ったのは、薬品店。

現代日本の薬局と言っても差し支えない程整ったビルのような白い建物の中に無数の薬品が陳列されていた。


錠剤の多い現代とは違うようで、全て瓶の中に密閉された液体の薬が多い。


回復薬とラベルの貼られた緑色の液体の入った瓶を次々籠の中に放り込む。


蛍光色で飲めるのか怪しいがまあ売ってるんだから飲めるだろう。


籠を会計に持っていこうとすると、ふと特売の文字が見えた。


「解毒薬……?」


手に取ってみるとかなり大きな瓶に入った青紫の液体だった。

回復薬よりはドロドロしているようだった。


「半額か……買うか」


真人はそれを籠の中に入れた。

彼は気になった者は買ってみる主義である。

流されやすいのかもしれない。


他にも鎮痛剤や風邪用の飴等も買っておいた。

これでしばらくは大丈夫だろう。


外に出ると、向かい側にお目当ての店があった。

これもまた古臭い木造の店だが、今度はカバン屋だ。


手早く茶色のシンプルなリュックサックと、掌サイズまで畳める緑のテントを買ってすぐ出た。


もうすぐ日が沈む。


寝て覚めたら冒険だ。 出発は近い。


真人は市街地を踏みしめて宿屋に向かった。



──王side──


「シン様、そろそろ賢者会議のお時間です」


ヴァイセに呼ばれて椅子から立ち上がる。

鷹狩から帰ってきたばかりの進は疲労困憊だった。

会議室に向かう途中で、ヴァイセが並んで歩き、資料を渡してくる。


「本日の会議の内容です。 多分これで条約の承認は難しくないでしょう」


「ああ、ありがとう。 というか鷹狩って無駄だよな……鷹に狩られる命もそうだし、そもそも貴族って名ばかりで実権はないだろう」


「とはいえ彼等は我々の有力なスポンサーです。 予算も彼らから徴収した税金が大半で、宰相の投票権もお持ちですので……」


「財政と身分の改革が必要だな」


会議室につくと、これまでとは違う面々が座っていた。

尚書官・レメルや大賢者シュバルツは、今まで一度も会ったことがない。


レメルは女性だった。

その働きぶりからして、ヴァイセのようなタイプの若者を想像していたが、想像よりずっと華奢な、眼鏡をかけた黒髪ロングヘアの女性だった。


シュバルツは黒髪の寡黙な老人だった。

老人といえど、ガタイはヴァイセ等比べ物にならない程良く、さすが戦闘職に着いていただけのことはある。


「本日は忙しい中、ありがとう。 本日の会議は条約の承認だ」


中央の席に座った進は、初めての定例会議をシナリオ通りにこなそうとした。


「と言う訳で、皆の意見を貰いたい」


挙手したのは、トルイだった。


「我々王国騎士団としては、今現在リュミエールだけでなく、イルガチェフェの防衛も行っており、我々だけでは人手にも守れる範囲にも限界があります。 ですので、粒幹同盟はぜひとも承認すべきであると思われます」


トルイは意見を述べ、座った。

だが、いつもならここで発言するはずのマホロ、そして共に条約の締結を行ったフェルムが黙っている。


なんだこの異常な空気は……。


進は嫌な予感を感じながらも進行した。


「ヴァイセ、どう思う」


「私としても賛成でございます」


宰相のヴァイセに意見を表明させる事で流れを取り戻そうとするが、重苦しい空気は退かなかった。


そんな中、憲兵騎士団のアレンが手を上げた。


「俺は反対だ」


「何故だ」


進は眉をひそめて尋ねた。

進の中では密かな怒りが沸々と湧いてきた。

しかしこれを爆発させては通るものも通らないと堪えるしかなかった。

アレンはそんな進を弄ぶかのような笑みを浮かべる。


「簡単だ。 エデン大陸にカプチーナが入ってくれば、国内の治安が崩壊する。 兵士というのは野蛮でな。 他所様だと好き勝手振る舞ってくれるんだ」


「だがそれをどうにかするのが憲兵隊の役目だろ」


「いいや、てかアンタ。 そんなに戦争したいのか? それでどれだけの命が奪われるかわかってんのか?」


確かに、進は戦争はしたかった。

それは国益の為、戦争の被害とそれを避ける為に支払う対価を天秤にかけて選んだ方法だ。

だが、名目上、前線に赴いた事もないのに戦争したいとは言えない。


「だいたい魔族もエスプレアもまだ攻撃してきていない。 リスクをおかしてまでカプチーナと手を組みたくはないな」


「イルガチェフェ侵攻は立派な攻撃だ!」


「リュミエールには一ミリも関係ないね! あれはイルガチェフェの問題だ!」


「じゃあ多数決だ。 この条約を承認したい者は拍手せよ」


拍手は疎らだった。

手を叩いているのは、賢者の中で二人しかいなかった。

ヴァイセとトルイ。

マホロもフェルムも俯いたまま動かなかった。


「シン様」


突然レメルが立ち上がった。


「シン様は外交権をお持ちでない。 しかし勝手に条約を結んだ。 これはどういうおつもりですか?」


レメルの質問は妙だった。

さっさとレメルが国璽行使権を進に渡せば、済む話だ。

第一、王位継承順位の一位は進のはずである。

エチオ侵攻等のゴタゴタがなければ間違いなく今頃進は王に即位している。


「父亡き今、余が王になるはずだからだ」


「さあ、そうでしょうか」


ドアが開けられ、そこから現れたのは進によく似た顔の、髪をオールバックに固めた軍服姿の男だった。


「リュミエールの王は俺だよ、兄さん」


進を兄貴と呼ぶ男は不敵な微笑を口元に浮かばせながら、進を見てそういった。


──第1部・完──

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