ローネ星にて
ローネ星に滞在している最中、リョウと翔はヤタガラスに搭載されている艦載機で、訓練ついでに周辺宙域を翔んでいた。
ローネ星から少し離れた場所、ローネ星第14宙域で小惑星群の中に突っ込んではどちらがより早くヤタガラスまで戻れるか競争していたのだ。
その競争の最中に、何処からともなくいきなり攻撃を加えられた。
幾つかの光の筋が機体のすぐ側を通り過ぎる。小惑星を避けながら競争していたお陰で鋭敏になっていた勘と、身体に叩き込まれた操縦士としての技量のお陰で、警報が鳴り響くのとほぼ同時に回避行動を取る事が出来た。
探知機に目を通すと小惑星群に隠れる様にして、戦艦が潜んで居るのが確認出来る。しかも一隻だけではない。姿形からして噂の所属不明艦のようだ。
翔は周りの状況を把握すると直ぐに小惑星群に飛び込み、敵を撹乱しながら逃走する事を最優先にした。リョウも後に続いたが、敵も艦載機を出して後を追ってくる。
小惑星群の中で応戦しながら追手を振り切り、外に出るとヤタガラスに戻り、そのまま逃げ道を塞ぐ様に、展開して居た数隻の戦艦を沈めつつローネ星まで戻った。
翔はローネ星に着いたその足で、宇宙港の横の軍駐屯地まで行き事情を説明した。軍は最初、またほら話かと真面目に取り合わなかったがヤタガラスまで連れて行かれて、映像と戦艦ヤタガラスが損傷しているのを目の当たりにして考えを改めた。実は証拠として提出された資料の中に無視出来ない情報があった。
戦艦に囲まれた時に、リョウが熱探知で撮った映像にコロニーと思われる施設が映り込んでいたのだ。第14宙域にコロニー施設は造られていないのでコロニーは無いはず。おまけに所属不明艦がそこに居たという事は、宇宙海賊の拠点という可能性がある。
嘘ならいいが、もし本当なら大変な事だ。
話は直ぐに執政官まで報告された。執政官は軍に出動要請を出し、速やかに第14宙域まで向かわせた。
隠しコロニーでは既に海賊達が逃げ出していたが、逃げ遅れた海賊が居たので、投降するよう全周波で通信を飛ばしたが、応えようとはしなかった。
最後の悪足掻きとばかりに攻撃して来たので応戦したが、海賊達は敗けを悟ると船を自爆させた。
戦闘終了を確認した軍はコロニーを占拠し、施設の中を調査したが、データベースが破壊されていた為、難航するかに思えた。
だが、海賊の生き残りからの情報と、幾つかのデータは復旧させる事に成功したので、話は一気に進んだ。
どうやらこのコロニーは、海賊達の拠点であると同時に商売の場でもあったようだ。扱う品は様々、非合法の物資や盗難品の数々。様々な星系の住人達に保護指定の動物等の密猟だ。
そして、もっと悪い事にこの施設を提供したのが、どうやらデバロ政府高官者でそれに加担した者がいるという事だ。
施設に残されていた情報を元に調べあげ、罪が確定すると、犯罪に加担した者は懲戒免職に処され、保安局によって身柄を拘束された。
拘束された者は、情状酌量の余地がある場合に限り減刑されるが、それ以外では厳罰が課せられるだろう。
デバロ政府は国民の混乱を避ける為、政府高官が海賊に協力して施設を手配したばかりか、国家機密情報を流出させていたのを隠し、表向きは国家予算の使い込みと、人身売買や非合法の物資の密輸に協力したとして逮捕、起訴に漕ぎ着けたと対外発表した。
事件の当事者であるヤタガラス一行には、情報提供料に加え、口止め料として純金を5トンに、戦艦ヤタガラスの外装に使われているシ・ゾーン星製作の特殊合金を、約1トン、譲り受けた。
口止め料を払ったとはいえ、相手はフリーの運び屋。
誰かにこの事を話さないとは言い切れないのではないか、と主張する者が居たが、ヤタガラスが証拠映像を全て提出した後、政府関係者の目の前で残っていた資料を消去し、口止め料を全て現物で支払った事により、仮に誰かに秘密を漏らしても証拠は無く、フリーの運び屋の言う事だ、特に問題は無いだろうと落ち着いた。
ヤタガラスとしても無闇に言い触らせば、自分達も唯では済まない事ぐらい自覚していたので、寧ろこの事件に関与した事を内密にしてくれとデバロ政府に要請したくらいだ。
デバロ星系は、滅多に無い醜聞に沸いたが、それも一時の事。国民の興味は直ぐに新たな話題に惹き付けられる。
高性能なステルス機能を搭載した戦艦や、物資をどういう航路で何処へ送ったのか、など幾つかの謎が残されたが、事件は一応の収束を迎えた。
ヤタガラス一行は口止め料を貰い次第、これ以上の面倒はご免だとばかりに立ち去った。
父が自分を船から降ろそうとするのはこの事が関係しているのか…。
薄々察していたが、フレイの言葉から推測するのは簡単だった。
恐らく、組合の中にも海賊と癒着する者が居て、ローネ星の一件で損害を受けた者が居たのだろう。
それが誰なのか知らないが、損害を受ける原因となったヤタガラスに報復しようとしているのだ。
最近、立て続けに海賊に待ち伏せされているのは気のせいなどでは無く、組合からどの航路を通るのかある程度、聞いているのだろう。
「…相手が誰なのか解ったのか?」
「大体はな。_だが、引っ掛かる事が他にもある。
出来れば、思い過ごしであればいいがな…」
翔の脳裏には、幾つかの筋書きが描かれているのだろう。
翔は父親として、娘に危険な事に首を突っ込んで欲しくない、という想いがある。
そして同時に艦長として、リョウをこの件に関わらせるには危険過ぎると判断した。
苛立ち、喜び、怒りと不安…、リョウの心が複雑な色に染まる。
自分をターヤへ戻そうとするのは心配している証だ。だが、それは同時に自分の未熟さを目の前に提示されるに等しい。
父にそんな判断をさせた自分に怒りを覚えるが、心配してくれているのは、素直に嬉しい。
まだそれだけなら踏ん切りの付けようも有ったのだが、フレイが今此処に居る事実が、リョウに苛立ちを与えた。
父は、公私は別だとキッパリ割り切るタイプだ。
例え昔からの付き合いであるフレイでも、情報を漏らす事は絶対に無い。
なのにフレイが漏らす言葉の端々からは、この件に関わっている事を如実に示している。
父は、組合の運び屋であるフレイから情報を買っているのだろう。十年以上、組合で仕事をこなして来たフレイは、運び屋としての腕を見込まれ、今では組合の頂点に君臨する十二議長から直接、名指しで仕事を依頼されている程だ。
元々、フレイはヤタガラスで雇われていた時には、リョウが担当している戦闘機での先行飛行、情報収集や偵察を担当していた。
そのせいか、観察力に長けている処があり、周りの状況を把握し立ち回る事が出来る。
それはヤタガラスを降りてからも遺憾なく発揮されているようで、組合内部の情報に人一倍詳しい。
それもデータベースに記されている表面上の情報ではなく、生きた情報の、だ。
組合の派閥や力関係、誰がどの役職で、どの程度の権限を有しているのか。その情報を父に詳しく教えているのだろう。
でなければ、フレイがいるこの場で、話しをする訳がない。
自分はこの件から手を引けと、関わるなと、遠回しに宣言されたのに対し、フレイは逆に協力を求められている。
今までどんな危険な事にも一緒に居たのに、それが許されない事に不安を感じた。それだけ危険だという事が理解出来るから…。
…解っている。自分が未熟な事も、力不足な事も、理解しているのに_。
苛立ちと不安に思わず、何か言葉を発しようと口を開いたが、父と目がかち合う。
此方を真っ直ぐに射ぬく視線が、リョウに冷静さを取り戻させた。
_そうだ、自分は知っている。
ただ闇雲に無茶をするのは簡単だ。
だが、それは同時に、痛みと苦しみを伴う結末に自分を引き摺り込むのだということを、自分は覚えている…。
何かを発しようとして開いた口は声を発する事も無く、ただ悔しげに唇を噛み締めた。