将来
ディーテ組合加盟コミュニティ、ラディッシュ。
ラディッシュの行政区画の一つ学術都市ターヤには、かつてガルシア帝国との戦争に敗れた後、組合に連れられて太陽系を脱出した地球人が移り住んだコロニー群がある。
その内の一つ、かつては日本人と呼ばれた人達が集まって住み着いたコロニー〔10〕が、運び屋〔ヤタガラス〕の活動拠点となっていた。
仕事を終えコロニーの実家に戻って来た翔を、リョウが玄関で待ち構える。
「わたしもお父さんみたいに宇宙をとぶ」
玄関の扉を開けて入って来た翔に向けて、希望ではなく断定で言い放つ言葉は何時もこれだ。
「駄目だ」
お前はまだ四歳だろうに…。
可愛い娘からおかえりなさいと、言われない現実に少々傷つきながらもそう返す。
「なんで?」
父親から即座に断られるけれども、諦めきれない。宇宙を飛びたいのだとその瞳が強く父親に訴えかける。
翔はリビングへリョウを促し、歩きだす。
「…あのな、俺みたいなフリーの運び屋は、安全な航路を使う訳じゃない。
宇宙海賊が出る危険な航路を使ったりしてんだぞ」
ため息をつきながら、追いかけてくるリョウに少しでも躊躇してほしくて、危険だという事を強調してみる。
案の定、効いてないのだろう。瞳は強い意志を宿したままだ。
「コロニーに居るよりも、宇宙に出たい」
リビングの椅子に腰掛けた翔の前で突っ立ったまま、執念深く何度も繰り返す娘を見て、普段リョウの面倒を見てくれている父、勇が見ていられないとばかりに口をだす。
「別にいいじゃねえか。お前だってリョウと同じ事言って、俺を困らせてたんだぜ。
挙げ句、勝手に学校をサボって俺の船に密航までしたじゃねえか」
勇からの助け船に、_余計な事を、と翔は顔をしかめる。
勇は普段からリョウと共に過ごしているので、リョウの宇宙を翔ぶ事への執着心を目の当たりにしている。
それはまるで、かつての翔の姿と瓜二つで、その愚直なまでの真っ直ぐさは勇に既視感を感じさせた。
あぁ…、これはコロニーに繋ぎ止められんな_。
勇にとってリョウは守るべき孫でもあるが、同時に宇宙を翔ぶ姿を見てみたいと思わせる存在でもあった。
「…男である俺と一緒にしないでくれよ。
第一、あの頃は既に十三歳だったんだ。リョウはまだ四歳の女の子なんだぞ。危ない目には合わせたくない」
わざわざ危険だと知りながら、自分の子供を連れて行く馬鹿はいない。ましてや女の子なのだ、男に比べると身体的なハンデもある。
「…大して変わりゃしねえよ。女だろうと子供だろうと、宇宙にでちゃなんねぇ理由にはならんぞ。実際女の運び屋や、子供の運び屋見習いがいる事ぐらいお前だって見ているだろう」
見てないとは言わせんぞ…、と目が語っている。
…そんな事、解っている。
かつて自分の船でも、十に手が届かない子供を雇った事があるのだから。
だが、自分の娘なのだ。赤の他人ならここまで駄目とは言わない。
「お願い、父さん。
わたしがんばるから、宇宙をとびたい」
強い意志で一歩も退かない娘に、これ以上断っても無意味だと悟り、翔は幾つかの条件を提示する。
一つ、学校の学力テストで規定ラインを達成する事。
一つ、翔の課したトレーニングメニューをこなす事。
一つ、運び屋見習いとしてヤタガラスで働く事。
一つ、ヤタガラスに居る間は艦長である自分の命令には従う事。
一つ、十六歳から三年間学校に通う事。
ディーテ組合に加盟しているコミュニティは、銀河連邦とは違い一つ一つが国として機能しているので、子供の教育については各コミュニティの法律に従う必要がある。
ここラディッシュでは、学校に籍を置かなければならないが定期的に学校で学力テストを受けて、規定ラインを達成すれば通う義務は無い。
何はともあれ、条件付きだが許可を貰ったりょうはよほど嬉しいのか、普段の無表情が嘘のような、花が咲いたような笑顔だ。
「良かったな、リョウ。_だが運び屋家業は楽じゃねえ。
仕事が出来ようが女というだけで馬鹿にされる事もある。そう簡単に認められる事も無い…。
まあやっと許可を貰ったんだ、努力するこったな」
「うん!」
勇の言葉に握り拳を作り、力強く返事を返す。
「…にしても、何で十六歳から三年間学校に通えなんだ?そこは普通なら子供の頃から行かせて、十六歳から働けじゃないのか?」
「あ-、咲との約束なんだ。
もしりょうが、俺みたいに子供の頃からフリーの運び屋を目指すなら、十六歳から三年間学校に通わせてくれってな」
「母さん?」
既に亡くなった母親の話が出たので、気になったのかリョウが食い付く。
咲はリョウが生まれてから一年後、事故に会い儚く逝ってしまった。
ここターヤでも比較的裕福な家庭で生まれ育った、才色兼備を地で行くような人物で、嫁に欲しいと望む者は幾らでもいた。
だが翔に出会い、彼を愛した彼女は、家の反対を押しきって運び屋である彼に嫁ぎ、翔が運び屋として働くのを公私ともにパートナーとして支えた。
運び屋として働いていた翔もまた、一緒に宇宙に出る事は無かったが後方支援に徹してくれる彼女を愛し、大切にしていた。
「あぁ、_子供の頃から運び屋見習いになる子は、珍しいがいない訳じゃない。でも、学校に通わず子供の頃に選んだ道だけで完結してしまえば選択肢が狭められて良いとは思えない。
だから、もしリョウが運び屋を目指すのなら一度は普通の道も経験させる意味を込めて学校生活させてくれ_ってな」
翔は目を閉じ、在りし日の彼女の言葉をなぞるように声に出す。
「成る程ね。…たしかに俺もお前も運び屋の道しか知らねえもんな。
俺はそれで充分満足していたが、自分の子供に別の道が在ることを知って欲しい気持ちも解る」
望んで選んだ道とはいえ、子供の頃からその道しか知らない。
それは意外と選んでいるようで、未来への路を自ら狭めているのかもしれない。
一度は立ち止まって自分の未来を考えて欲しい…、咲は空を見上げながらご機嫌な様子のリョウに、翔と同じ運び屋という未来へ、脇目もふらずにひた走る姿を見たのかもしれない。
その上で運び屋になる事を選ぶのならばその時は認めよう…。
そんな想いを込めてこの条件を翔に告げたのだろうか。
既に亡くなっているので、咲の意思を確かめる術はないが。
「…話は終わりだ。ご飯と風呂は済ませているんだろう?
…もう寝ろ」
トレーニングは明日から受けてもらうぞ。
リョウにそう告げ、手を引きつつ部屋へ寝かしつけに行く。
リョウは、父親の言葉に望む処と言いたげに強く、その手を握り返した。
翌日から翔は宣言通り、身体作りの為にトレーニングを課した。
リョウが五歳になる頃には運び屋としての知識と、学校の学力テストに備えて勉強もさせ始めた。
宇宙でフリーの運び屋が死ぬなんてざらにある話だ。余程特殊な状況でもない限りニュースにすら成らない。それほどフリーの運び屋は死と隣り合わせなのだ。
己の危機に直面した時、今まで培った物が自分を助けてくれる。それを翔は見に染みて知っている。だから、リョウに一切手加減しなかった。
リョウもそんな父親に応え、辛くとも苦しくとも食らいつく勢いで、貪欲に付いていった。
そして、学力テストの規定ラインを達成した後、授業免除の権利を使い、七歳から運び屋見習いとしてヤタガラスの乗組員となった。
定期的に学力テストを達成する必要があるが、ひとまず夢の第一歩を踏み出せたのだ。
運び屋見習いとしてヤタガラスに乗船してから八年後。
リョウは十五歳を迎えた。