運び屋 〔ヤタガラス〕
ディーテ組合はミルダ星系を初め、様々なコミュニティに拠点を設置している。
各コミュニティのニーズと金払いに応え仕事を請け負い、組員に仕事を斡旋している組織だ。
仕事は大きく分けて二つに分かれている。
一つは、各コミュニティに設置している拠点に寄せられた、人手を欲しがっている処への適材適所な人材派遣。
コロニー建設や娯楽施設からの警備依頼、個人営業の事務所への人手の貸し出しや宇宙港へ運ばれて来た物資の運搬などがこれに当たる。
所謂、様々な星系を又に掛ける巨大な派遣会社としての顔だ。
もう一つは一般市民に必要とされている物資や生活雑貨、退屈な時間と金をもて余している者達の欲に応える為の高価な嗜好品や娯楽。
日々研究に従事している者達の求める本や、研究に必要な道具類など、ありとあらゆる物を必要としている星系へ運ぶ運び屋。
安価な物から高価な物、運ぶ物はピンからキリまであるが、交易する星系が多いディーテ組合にしてみれば、大きな収入源となっている。
交流が増えるに連れ、運ぶ品物を狙って宇宙海賊が出るようになっている今、各コミュニティも安価で請け負ってくれようがあまり信用出来ないフリーの運び屋に頼むよりも多少高価でも比較的安全な航路を翔ぶ上に護衛付き、おまけにアフターケアも充実している組合に頼むのが多くなっている。
その中に置いて未だフリーの運び屋を営んでいる者達がいた。
星明かりしかない暗闇の中、一隻の小型戦艦〔ヤタガラス〕がその漆黒の船体をゆったりと走らせている。
小型といっても、ディーテ組合の定めている標準値は直径4500mから5000m、それに照らし会わせるとヤタガラスは直径1090m。小型に分類されるのだ。
小型戦艦〔ヤタガラス〕はディーテ組合には所属していないフリーの運び屋である。
今の時代フリーの運び屋は、組合に客を取られ余り儲からないのもあって殆どいない。
だが持ち出しが禁止されている非合法な物資や、急ぎで運びたい物がある時にはフリーの運び屋が重宝される。
何故ならディーテ組合は決められた航路を翔ぶ上に、寄る宇宙港では必ず荷物検査を受けなくてはならないと定められているからだ。それでは捕まえて下さいと看板を掲げているのも同然だし、急いでいる時には時間ロスにも繋がる。
その点フリーの運び屋は、荷物検査をするのは変わらないが組合の目が届かない航路を使って最短で届けてくれる。そうすれば後は荷物検査さえ切り抜けばいい。
もちろん、フリーの運び屋全てがそうでなく犯罪に手を染めない真っ当な仕事人もいる。
それに組合としても少数で海賊の相手をしながら、自分達より遥かに速い彼らに急ぎの仕事を依頼する事もあり、お互いに持ちつ持たれつという関係が出来ている。
だが、組合の目が届かない航路には荷物を狙い海賊が出没するので、海賊相手の荒事が日常茶飯事だ。
そうなると、自然と強面でガラの悪い男達や、おしとやかと言う言葉が次元の彼方へ飛んでいったような男顔負けの、豪快な女達ばかりの集団が出来上がる。
そんな事情もあってフリーの運び屋は、口さがない者達からは粗野で野蛮な犯罪者予備軍と言われている。まあ、その評価を気にするような人物はフリーの運び屋にはいないのだが。
ヤタガラスの一室。無重力状態の展望室において男が一人、目の前に拡がる真空世界を眺めている。いや、腕に幼子を抱いているので二人だ。
「…ったく、せっかくの休暇も仕事のせいで八日も潰れちまったか。」
男は独りごちるように呟いた。
男の名前は青井 翔。
今年で数えて二十七歳になる。無造作な黒髪に力強い黒目の、整っているが野性味のある顔立ちの男だ。その腕に抱かれている幼子は自分の子供である、リョウ。
自分から受け継いだであろう黒髪に黒目の、二歳になったばかりの可愛い盛りの自分の娘。
今回は、休暇で二歳を向かえた娘への誕生日プレゼントで遊覧飛行をしようと考えて来たはずなのに、ディーテ組合から仕事を押し付けられたのだ。
惑星ジープから辺境の星へ一週間で目的地に運べば良かった物を、指定日が違っていた事に依頼人が気付き、慌てて組合に比較的確かで速い仕事をするフリーの運び屋の紹介を頼んだのだ。
お陰で休暇でジープに寄っていたヤタガラスに声が掛けられた。
仕事は断る気だったのだが、その話を持ち込んだのが昔馴染みの友人だった事と、ヤタガラスの速度と最短で行ける航路を考えると六日で行って帰る事が出来る距離だったので渋々引き受けてしまった。
それが間違いだと気付いたのは向こうに着き荷物を卸した後。
サインを貰いに行った翔に相手の担当者がごねだしたのだ。
結局、二日も足止めをくらってキレた翔がお話して何とか帰って来る事が出来た。
そんな翔の思考を遮るように、リョウが翔の服を引っ張る。
まるで自分に注意を向けさせようとしているようで、その仕草にふと笑みが零れる。
「_そうだな。せっかくの休暇だし、気分を切り替えるか」
翔の笑みを見て満足したのか、リョウの顔はまた外の宇宙を眺めだす。
外を眺めるのに飽きないのだろうか。
余り他の事に興味を持たない我が子だが、星を眺めるその姿は心なしか楽しげだ。
星が好きなのだろうか?
それとも宇宙が?
どちらにせよ、リョウが自分に似ていると感じるのはこんな時…。
だからだろうか、気が付けばリョウに話し掛ける自分がいた。
「…リョウ、宇宙ってのは何が起きるか解らない危険な場所なんだぜ。
それでもお前は、俺と同じように宇宙を翔ぶようになるのかね?」
だとしたら、父親としては少し複雑だ。
息子ならともかく、娘には余り危険な事には首を突っ込んでほしくない。だが、娘はきっと将来自分と同じ道を志す事になるのだろう。
漠然とした予感を、翔は感じていた。
そして、そんな翔をよそにリョウは目の前の星を掴もうと手を伸ばしていた。