序章2
宇宙歴53年
命令を発令してから、帝国の行動は速かった。
僅か3ヵ月後には軍団長を筆頭に侵略軍を編成し、使者と共に太陽系へ送り出したのだ。
帝国軍は、地球が帝国の偉容に恐れをなして降伏するならするでよし、しなければその時は虎の子である惑星破壊兵器の威力を確認するために実験台にするだけだと、気炎を上げつつ一路太陽系へ舵をとる。
太陽系に到着した彼らはまず、使者をそれぞれの国へ送り降伏するかどうか決断を迫った。大人しく属領と成り果てるか、それとも無駄と知りつつ帝国軍に抗い無駄死にするか二者択一だと。
地球側としては当然受け入れ難い事案だ。何とか時間を稼ぎ、銀河連邦やディーテ組合に庇護を求めようと、彼らは帝国にこう提案した。
「このような重大案件を今すぐに決められません。よく話し合い検討したいので10日、いや5日間だけ待っていただけませんか?」
地球側からの提案を帝国は受け入れた。どんなに足掻こうが地球はもう手中に収めたも同然なのだ。
例え、今から銀河連邦やディーテ組合に庇護を求めても、地球に駆けつける事が出来るのは、冥王星付近のコロニーに常駐している銀河連邦軍所属の500隻程度の一個師団体だけ。ディーテ組合は、国交が開かれようが帝国と敵対してまで、組合に加盟していないコミュニティのために戦力を貸す事は絶対にない。連邦軍一個師団体と地球軍だけが相手ならば遅れを取ることはないだろう。新兵器にはそれだけの自信があった。
帝国の使者は内心ほくそ笑みながら、しかしそれを表に出さず、5日後月で返事を聴きましょう、と慇懃無礼に言い残し去っていった。
使者が去った後、地球側は早速行動を開始した。まず銀河連邦とディーテ組合に緊急通信で事情を説明し、救援を要請した。ディーテ組合には戦力不足を理由に断られたが、銀河連邦はそれに応えコロニーに常駐している三個師団体の内、一個師団体を地球へと向かわせた。そして各国の首脳陣達は事ここに至って漸くこの危機を乗り越えようと結束し、地球混合軍を編成し月へと派兵した。
月の人工都市に住む人々は、戦争が始まり巻き込まれない内にと地球や火星の人工都市、そしてコロニーへと避難を開始した。少しばかりのトラブルや混乱が巻き起こったが、人は誰しも命が惜しい。比較的速やかに避難は完了した。
そして運命の5日後、地球人達からの返答を貰おうと帝国軍と使者は共に月へとやって来た。
古来より地球に寄り添い続けた月。今その月に地球混合軍と銀河連邦所属の一個師団体、それに対し200隻程の帝国軍隻とその後ろに新兵器である惑星破壊兵器がその巨大な姿を晒していた。数の上では地球側に軍配が上がる。数では倍以上の差が在るのを確認した地球側は、多少の犠牲は出るだろうが我々の国を護る事は出来る、と安堵した。
一方銀河連邦は帝国に対し、困惑を隠せないでいた。何故なら、帝国対地球という構図ならともかく一軍だけで連邦の一個師団相手にするにはどう考えても力不足なのだ。
帝国も馬鹿ではない。腹立たしいが今迄、この宇宙で狡猾で強かに生き残ってきた能力と力はある。その帝国が連邦軍がこの場にいるのを確認しても退散する処か近づいてくるという事実に今更ながら警鐘が鳴り響く。そんな彼らの予感は、最悪の形で実現した。通信越しに交渉決裂を確認した帝国は、銀河連邦やディーテ組合に対しての牽制と、太陽系に存在するコロニーや火星の人工都市に、降伏しなければお前達も同じ運命を辿るだけだという警告を兼ねて、月と地球に対し新兵器を使用して見せたのだ。
惑星破壊兵器、その威力は凄まじいの一言である。地球軍と連邦軍をまるごと呑み込んだ絶望の光が月に降り注いだ時、そのまま月も一緒に消し去ったのだ。だが帝国の悪意は月を消し去る程度では留まらなかった。月を破壊した兵器を地球に撃ち込んだらどうなるのか知りたがったのだ。そうして放たれた第二射めの光は地球と、何が有っても最後まで戦おうとする地球人達の闘志を砕いて薙ぎはらった。
地球を破壊した後、帝国は太陽系に存在しているコロニーや人工都市に対し降伏勧告を行った。
新兵器によって地球の破壊を確認した連邦軍は自分達のコロニーを破壊した後、帝国の侵略を恐れた移住希望者の地球人達を連れて太陽系を脱出、ワープ航宙技術を駆使して連邦勢力の星系へと向かった。
ディーテ組合も同じく、帝国が支配する太陽系から脱出したいと移住を希望する地球人達を連れて本拠地であるミルダ星系にワープしていった。そして最後に、故郷である太陽系を捨てられない者や移住を希望していたが帝国の侵略の方が遥かに速く脱出する事が出来なかった者達は、帝国の領土となった太陽系で隸属しながら生きていく事を選ばざるを得なかった。
新しい時代の幕開けだと、喜びに満ちていたはずの地球は月と共に無惨な骸をさらし、宇宙歴という呼び名は太陽系から消え失せた。
あれから千年。太陽系外へ旅立った地球人や、太陽系に残っていた者達の血は、異星人の血と交わり淘汰され、もはや純粋な地球人類は殆どいなくなっていた。