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-4- 冷徹な瞳

 後日、シャルゼルトは、アンネリーゼの家を突き止めた。

 そして、これまで同様、気に入った女性にそうしてきたように、連日手紙や花束、美味しい果物やお菓子を、従者に命じて贈り届けさせた。

 しかし、贈り物のすべてがその場で突き返されたというのだ。

 シャルゼルトは、なぜ彼女が拒否するのかがまったくわからなかった。喜びこそすれ、あんなに貧しいのだから、貴族からの贈り物は泣いて喜ぶこそすれ、嫌がる理由がわからなかった。

 考え抜いてある理由に思い至った時、シャルゼルトは自分の導き出した答えに苦笑いを禁じ得なかった。

 「彼女は私のことを知らなかった」

 贈り物に添えたカードに記した名前のは、ニックネームの「S」のみ。

 貴族の女性であれば、見知らぬ男性からの贈り物でも受け取るのが礼儀とされているし、もちろん「S」と名乗る相手がシャルゼルトだとわかれば、周囲に吹聴して回るほど有頂天になり、彼のために寝室の扉は開け放たれる。

 自分を知っている世界が当たり前すぎて、庶民のアンネリーゼが自分の名前を知らないことに考えが及ばなかったのだ。

 自分を知らない女性。

 それは新鮮な響きだった。

 彼女まだは「S」の相手を知らない。

 ならば、シャルゼルト・ボルガーではなく、別人として会ってみるのも面白いと思いつく。

 彼女の見た目はともかく二十四歳という年頃ならば、自分に夢中にさせてから、さらに正体を明かして、驚かせるという仕掛けもまたロマンチックなはずとシャルゼルトは酔う。

 あの仕立屋の大店主相手にする可愛げのない態度とは異なり、シャルゼルトに見つめられて頬をバラ色に染め、父親から聞いたココ王妃の思い出話を彼の腕の中で語るだろう。

 シャルゼルトにはそんな確信があった。


「誰なの?」

 彼女の家の扉をノックすると出てきたのは、あの時と同じく、櫛を通してもいなさそうなボサボサの長い髪、長い前髪の中年女。

 前髪で隠れた瞳は見えないが、固く結ばれた口元が警戒している様子を示している。

 やはりどう見ても、二十代半ばには見えない、よくて、その母親という年頃だ。

「アンネリーゼ」

 シャルゼルトは、数えきれないほどの女性を一瞬で陥落させてきた低くややハスキーがかった美声で名を呼びかける。

 次いで、誰もが気絶するほど魅力的だと賞賛する、色香漂う天使の微笑を浮べ彼女を見下ろす。

「覚えていてくれたかな?」

「覚えていないわ」

「…………」

 即座にそっけない言葉を返されて、一瞬言葉が止まる」

 しかも予想に反して、彼女はシャルゼルトを見ても、まるで意に介していな様子だった。

「仕立て屋だよ」

 それでも、シャルゼルトは茶目っ気をまじえた表情を作る。

「ぼくたちは出会った」

「知らないわ」

 あまりに毅然と言い返されて、シャルゼルトは再び言葉に詰まった。

 自分の微笑みにこの至近距離で出会えば、女性は年齢問わず、潤ませぼうっとして言葉を失う。

 シャルゼルトはそうした女性の表情がたまらなく愛おしく好きだった。

 どんな女性も思い通りの反応をし、自分の天使の微笑みに恋に堕ちると信じて疑ってなかったのだ。

 なのに、アンネリーゼの反応はまったく想像外の冷たい対応だった。

 動揺しそうになるのを堪え、微笑を浮べる。

「君に会いたくて訪ねてきたんだ。先日から、挨拶をかねて使いの者に贈り物を届けさせたのは僕だ」

 アンネリーゼの口元から表情が消える。。

「何者なの? 目的は?」 

「用件は何ですか? 仕立ての話なら、あの店を通して下さい。それから今後は届け物はしないで下さい」

 扉を閉めそうな彼女の動きを察知して、シャルゼルトは素早く扉を右手で押さえた。

 次ぎの瞬間、体が勝手に動いていていた。

 扉を押さえたまま体が一歩踏み込み、左手でアンネリーゼの前髪をかき上げ顔をのぞきこんでいた。

「なにを・・・」

「やっぱりそうだ」

 そこに、碧く海のように大きく美しい瞳があった。

 あの日、錯覚としか思えなかった瞳が、同じ近さで彼と見つめあっている。

「何をするの」

 アンネリーゼは彼の手を振り払い、家の中へと後ずさる。

「すまない」

 自分でもどうしてそうしてしまったのかわからないが、理由があるならたった一つだった。

「その碧い瞳を近くで見つめたかった」

 微笑が上手く作れなかった。

「あなた一体誰なの? 何をしに来たの?」

 前髪からのぞくアンネリーゼの碧く美しい瞳が、冷たくシャルゼルトを刺すように見る。

 穢れがなく吸い込まれそうな美しい瞳は、見たこともない宝石を見つけたように彼の心を捕える。

 足がさらに一歩前に出た時

「出て行って」

 鋭い叱責が飛んだ。

 シャルゼルトは扉から手を離し、一歩、二歩と後ずさる。

 少なからずショックを受けている自分に、また驚く。

 物心ついてから、人から拒絶されたことがなかったのだ。

 まして相手のその瞳が嫌悪の色を浮べて自分を映し出しているのを見て、どう反応していいのかわからなくなる。

「帰って」

 再びそう言われてシャルゼルトは、目的を思い出す。

 ココ王妃の肖像画を心に蘇らせ、彼女こそが自分の目的であることに励まされ、深く考えないように、いつもの自分を取り戻そうとやわらかな微笑を浮べる。

「私は、隣国ナイアデス皇国の者で、シャルゼ・ファーネと言う。神々の物語、神学を研究するためにこの国に滞在しているんだ」

 他国からの旅人と名乗ったのは、当初から考えてきたシャルゼルトの作戦だった。

 ゴラ国の貴族とわかれば、昔、宮廷に出入りしていた彼女の父親のことを聞き出すにしても余計な警戒与えるかもしれない。

 他国の学者ならば、いずれ国からいなくなる人間であり、ほんの少しでも土産話として話してくれる気がしたのだ。

「私には関係ないわ」

「ゴラ国の守護妖獣に関して調べていて、王妃ココと知り合いだったという君の父親のことを知った。王妃ココに関して少しでも、どんなことでもいいので教えて欲しくて会いに来たんだ」

「人違いです」

 止める間もなく、扉が音を立てて閉まった。


 それでもシャルゼルトは、あきらめなかった。

 その後も、時間を見つけてはアンネリーゼの家を訪ね続けた。

 けれど、彼女は扉の向こうにシャルゼルトの顔を見つけると、無言のまま扉を閉めた。

 

 その頃、宮廷では奇妙な出来事が起きていた。

 ある伯爵夫人が、結婚の際にお祝いとしてオルト王から贈られた豪華な宝石があしらわれた髪飾りが盗難にあったと大騒ぎをしたのだが、何故か翌日には、警備隊に届け出た被害届を引き下げたのだ。

 伯爵夫人は、自分が留守の間に夫の愛人が屋敷に訪れて、自分の髪飾りを盗んだとばかり思っていたが、それは勘違いで紛失などしていなかった、と説明をしたというのだ。

 それでも念のために、警備隊が髪飾りを見せるように求めたのに対して、伯爵夫人は頑なに拒んだという。

 その不自然さに、やはり本当は紛失したのではないか、愛人が予想していた相手とは別人でさらに大事になったとではなどと、周囲が騒ぎ出し、やがてオルト王の耳にまで届く事態となった。

 ついに伯爵夫妻はオルト王に呼び出され、真偽を尋ねられという噂までが飛び交った。中には、実際に愛人の手に渡っていたが代わりに莫大な資産を受け取ったらしい等、話しは大きく尾ひれをつけて膨らみ、二転三転し、気が付けば捜査自体が自然消滅していた。

 こうしたことは、シャルゼルトが幼い日から時折あったことで、いつもなら関心を持つことさえなく忘れてしまうのに、今回はなぜか心の中に引っかかった。

 関係ないはずなのに、違和感のようなものを感じるのだ。

 けれど、一体それがどうして気になるのかは考えてみたところで、やはりシャルゼルトにはわからなかった。

 そんな時、王妃ココの恋人の情報を教えてくれた友人と神学所で出会った。

「最近、盗賊団メイハーナが古今東西で出没しているらしい。例の伯爵夫人の件にも一枚かんでいるかもしなれいそうだ」

 それは大変だ、と気のない返事を返すと、あまり興味がないのか、と返された

「僕の宝石は美しい女性たちだからね。美しい瞳こそ地上の宝石だ。彼女たちの心が盗まれたのなら関心も生まれるけれどね」

 シャルゼルトの脳裏にアンネリーゼの碧い瞳が浮かび上がる。

「すると君は無関係か?」

 友人の言葉に、シャルゼルトは何を言われているのかわからなかった。

「最近は、盗賊、強盗を総称してメイハーナと呼んでいるが、実際のところは単独なのか、複数なのかはわかっていない。ただ、貴族の一部馬鹿息子たちが徒党を組みメイハーナを騙って、町民や農民、女を襲う遊びが流行ってる。そいつらとは一線を画して、民の間で人気の義賊と呼ばれるメイハーナもいるらしいがな」

「僕は徒党を組むのはごめんだ。ご存知のように金にも、女性にも不自由をすることはないし、戯れに人を襲うなんて悪趣味はもっていない。合意ある愛にしか興味はないから」

 彼はやれやれというように少しばかりあきれた表情をつくる。

「そうじゃない。聞きたかったのは、メイハーナという名前のことだ。神話に出てくる神や登場人物の中にその名はないのか?」

「ないですよ」

 即答したあと、シャルゼルトは質問の意味を考えた。

「その名が、神話に関係あると?」

 友人は口元に拳を当てると、しばらく考え込んだ。

「実は、先日の宝石盗難で大騒ぎを巻き起こした中心の伯爵夫人がいただろう。一瞬で広まり、一瞬で消えてしまった話題だが、実はメイハーナの仕業だと一部では囁かれている。表面には出てこないけどな」

 まるでメイハーナという名に係わること自体を恐れる空気が、年配の貴族たちの間にはあるようだ、と彼は疑問を口にして、忠告をする。

「かの盗賊の名前は宮廷では誰一人として口にしない。特に、いつも偉そうにしているじーさま、ばーさまたちは耳にするのも嫌がるという話だ。かなり以前から、貴族諸侯の館、別荘、愛人宅に至るまで宝石を盗みまくっているのはほぼ事実なんだが、被害届を出した者はいない。中には、代々の家宝や、陛下から頂いた貴重な品が盗難にあってもだ。今回の一件に関しても、伯爵夫人が先走ったもののこれまで同様おそらくメイハーナの犯行のにおいがする」

「ただの盗賊集団を総称する呼称ではないと?」

「先日、冗談交じりにメイハーナという言葉を口にしたらその場の空気が凍りついたよ。年齢が若い世代は興味ありげな顔をしていた」

「メイハーナと言う名に、宝石盗難以上に畏れられる秘密があるとか? 盗賊の正体が貴族の誰か、闇借金の取り立ての隠語、神話に出てくる宝石にそうした名称がないかも時間を見て調べてみよう」

 友人は面白そうに頷いた。

「ところで、ココ王妃の恋人の情報は役立ったか?」

 シャルゼルトは思わず、美しい表情に翳りをみせてため息を吐き出した。

「フォンハーに試練を与えられている気分だ」

「花の神王フォンハーのことか?」

「ココ王妃の恋人だった男の娘は、古樹の乙女ティナそのものだ。彼女の人となりを知っていて教えてくれたのか?」

「残念だがそこまでは調べていない。私もいろいろ野暮用が多くてな。ココ王妃にご執心のお前に、小耳挟んだ話しを提供したまでのこと。ティナとは、永遠の孤独の世界の住人ティナ、古樹のティナのことか? ティナが実在するならば会ってみたいな。」

「分厚い木の皮と幹に隠れて、私に見向きもしない。ティナにも置き換えたくもなる永遠の孤独の世界の住人ティナ、古樹のティナか?」

 ありえないという表情を浮べるシャルゼルトに、友人は声を上げて笑った。

「ティナを落とすには千年はかかるぞ。その唇で一万年の孤独から救ってやれよ」


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