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【この世界にすくう闇】

魔の森深淵部 グスマン居城


玉座に座る巨大な魔物。人よりも遥に大きく、他を圧倒する威圧感を持ちあわせ、凶悪な姿をしたグスマンである


彼は置かれている自身の現状苛立っていた


辺りにはグスマンに使い捨てられたのであろうか、おびただしい数の人間。女性の亡骸が無造作に転がされている


「ジークよ。いつまで待たせるのだ。いい加減、待ちくたびれたぞ 」


苛立った様子のグスマンがジークに叱責を飛ばす


「エレクシアーナの結界はあと少しで破れそうです。もうしばらくお待ち下さい 」


深々と頭を下げるジーク


「奴の結界さえなくなれば、この俺様が人間界を制圧してくれる 」


そう言うグスマンの巨体を数名の裸の女性が、丁寧に舌で舐めている


「現在、部下に結界を破る工作を命じておりますので、吉報をお待ち下さい 」


「もう失敗はゆるされないぞ 」


グスマンは片手で自身の身体を舐めていた1人の女性の頭を鷲掴みにし、目の前に持ち上げる


宙に浮かされたような感じになった女性が、必死にもがくのだが、頭を視点に左右にブラブラと動くだけである


「いや……た……助け…… 」



……グチャ……



「フンッ! 脆いな 」


その女性の頭を潰れたトマトのように片手で握りつぶすグスマン


「ひぃぃ 」


それを見ていた他の女性が、恐怖に恐れおののき、さらに一心不乱になってグスマンの身体を丁寧に舐め始める


ある種、ジークへの警告なのだろう


失敗するとお前もこうなるぞと


「もちろんお任せ下さい 」



……スッ……



一礼したジークの姿がその場から消える


「ゴォォォ 」


グスマンの雄叫びが場内に響き渡った




アスカの家を出発した一行は、一路魔の森深層部を目指す


闇の魔石を持ってきたマイは、東の王国ガイナブラストから召集されたギルドランカーらしく、傷が治るまでアスカの家で療養し、その後自身の在籍するギルドに帰ると言っていた


今後魔物の脅威が強くなることが予想される為、ここからはエレーナも戦闘に参加する予定である


それでも微量の神力を使った格闘程度しか使えず、アスカの地下施設で見せたような、圧倒的な力は期待できない


さらに竜太も新たに武器を入手している


先日エレーナとの修行? で才能の無さを嘆いた竜太であったが、アスカが見るに見かねて、魔導銃を渡していた


この魔導銃。アスカ特製でこの世に1つしかない特殊品


現在流通してる魔導銃は、もとはアスカの製作の量産品。コスト的に安く抑える為、使用出来る魔法に制限があり、火炎弾(ファイアーボール)などの一般的な魔法しか使用できないが、竜太のそれは違う


プロトタイプの物で、魔法の制約なし。ただし強力な魔法は反動が大きく、銃にかかる負担がその分でかいので、いつ壊れるかわからないとのことらしい


しかしながらこれでパーティー的には、大幅な戦力増加となっている



……グォェァ……



言葉にならない声をあげ、リリアの魔法で一匹の魔物が無と化す


アスカの家を出てしばらくはそれほどでも無かったが、2日ほど進んでからは、魔物との遭遇率が非常に高くなっていた


エンカウントする数も多くなったが、魔物自体の強さも上がっていて、普通にエルグニストで戦っていた頃の魔物なんかと比べると格段強い


「もう! 次から次に鬱陶しいです 」


エレーナの回し蹴りで、沈黙する一匹のギガント


さらに加速をつけて別にいたギガントに肘うちをくらわす


「く……来るな、来るなよ 」


魔導銃で竜太が一匹の魔物を狙撃するが、大きく外れる



……オォォォ……



咆哮をあげて竜太に襲いかかってくるギガント



……ヒュン……



……ザシュ……



その首を彼の近くにいるファリオが一刀両断する



……イギャャォ……



さらに竜太に走りよって来ようとする、リザードマンを一足の元に斬り捨てる


「めんどくさいです~ 」


片手に剣を持ち愚痴るファリオ


「文句言ってないで手を動かす! 」


そのファリオの近くに走り込んできたリリアが、本日6体目の魔物となるオーガを剣で斬り捨てる



……クォォォ……



一匹の魔物の雄叫びに辺りにいた魔物達が次々と逃走していく、どうやら引き上げたようである


「逃げました? 」


少し離れた場所で戦っていたエレーナが、皆のもとにやってくる


「みたいね。しかし最近魔物の数が多くなってきたわね 」


「それなりに奥に入ってきましたから~。めんどくさいですけど~ 」


魔物によってついた剣の返り血を払って鞘に納めるファリオ


「しかし貴方本当に成長しないのねぇ 」


魔導銃を今日も上手く使えなく意気消沈気味で、その場に力なく座り込んでいる竜太を女三人が見下ろしていた


それから少し先に進んだ場所に今日はキャンプを張る


いつもはリリアが、侵入者警戒用の結界を張っていたが、一度夜に襲撃されファリオが大激怒。それ以降、夜に襲われるのが嫌なファリオが、さらに強力な結界を張り、魔物自体の侵入を防ぐようになったのである


結界を張り終えて帰ってくるファリオ


「ファリオってやる気になれば凄いよね。その気になればなんだけど 」


「私、やる気なんてないですよ~。ただ寝てる時に襲われるのは許せないだけです~ 」


どうやら全然やる気になっていない様子のファリオであった




「もぅ! 落ち込んでないで、しっかりして下さいよ 」


エレーナが、竜太に檄を飛ばしている


実は竜太。まだこの世界にやって来てから、一度も魔物を自分で倒せたことが無いのである


ある時にはリリアに、さらにはエレーナが、最近ではファリオなど周りの人間に助けられてばかりなのだ


「これから頑張れば成長しますから 」


いじけて体操座りしている竜太の肩に、両の手のひらを軽く触れさせてエレーナが慰める


「…… 」


「二人とも肉焼けたから早く食べないと無くなるよ 」


遠くの火のそばでリリアが呼んでいる


「竜太さん。ほらいきますよ 」


エレーナの言葉に落ち込んでいた竜太が、渋々リリア達の元へ向かう


竜太が成長するのは、まだずっと先のことなのかもしれない


こうして今日も森での激しい1日が終わるのである




魔物の脅威にさらされながらも一行は、魔の森深層部の外れ辺りに差し掛かる


この辺まで来ると森は広大な荒廃へとその姿を変え、辺りは邪気に満ち溢れている


空はどんよりとし、紫がかった色を写す


森と比べ視界が広がった分、常時警戒をする必要が無くなったが、遭遇する魔物の大多数が上級と呼ばれる者の為、生存の難易度は比べられないほど跳ね上がる


まさに地獄とも言える場所であろう


ここで一行は、ジークとブライトの群れと遭遇する


彼らはとある任務の為、偶然この場所に訪れていたのだが、リリア達を見つけやって来たのである


「またあなた達? いい加減しつこいんだけど 」


「まぁそう言うな。ここに来たのは本当に偶然なんだが、やはり見かけたら挨拶ぐらいしとかないとな 」


リリアにブライトが答える。正直面倒くさいことこの上ない


ジークにしろ、ブライトにしろ、連れまわしてるサイクロプスにしろ、普通に手強いのである


「また貴女ですか、しかしながら私には相手にする時間も余裕も無いのですよ 」



……スッ……



ジークが空間を飛んだ。逃げるつもりである


「すぐ逃げるんだから~ 」


……フッ……



言ってファリオが、怪訝な顔を浮かべ、次元を飛んで追いかける


「おっ……おい! 」


「ファリオは放っておきなさい。竜太は周りの雑魚に集中して 」


今回は、2匹程度しか連れていないようだが、どちらにしても竜太にとっては荷が重い


「エレーナどっち行く? 」


「私は変態男に、アジトで貧乳扱いされた恨みがありますから 」


「あれ人間でしょ? 大丈夫なの? 」


気になったリリアが彼女に問う


「あの方は、もう辞めてますよ 」


言って、一気にエレーナがブライトとの間合いを詰める


「竜太は雑魚……からできるだけ逃げて 」


リリアがサイクロプスに向かい走る際、魔法をオークに仕掛け一体減らしていく


これで全員1対1


エレーナが、軽く跳び蹴りをブライトの身体に当てバク宙の要領で一回転し、後方へ着地する


当てられたブライトは、数歩後ろにたたらを踏み、よろけながらも体制を立て直す


「しかし無いチチのお嬢ちゃんが、これほど強かったとは思いもよらなかったぜ。本当に化け物だな 」


「人間を辞めてる貴方に言われたくありません 」


「!? 」


ブライトが人間を辞めた、というより辞めさせられたのは、確かである


ジークによって魔物の種を植え付けられた為である


しかしそれを知ってるのは、ジークのみで他の者は知らない筈である


それがわかるのなら人間以上の存在しかいない


「あんたも人間辞めてるくちか 」


「違います。もともと人間じゃ無いだけです 」


エレーナの物言いに同類か何かだとブライトは思ったのだが、目の前の少女には魔物特有の黒さが見当たらない


「あんたまさか女神とかじゃねーだろうな 」


「さぁ? 」


ブライトは自分で言って、それが正解なんだろうと理解していた


「しっかし(いにしえ)の女神様と戦うことになるとはね。人生いや魔生かな俺の場合。生きてると面白いこともあるもんだな 」


斧を握りしめその場で軽く振るう



……!? ……



エレーナの周りを風が包み込む


それが弾ける!


が、彼女にはさしてダメージを与えられてるようには見えない


「やっぱ無駄かー。反則だなオイ 」


嬉しそうにブライトは笑った




魔法を仕掛けたリリアは、ハンマーを持って向かってくるサイクロプスの攻撃に、腰から剣を引き抜きハンマーの一撃を受け流す



……ギィィィン……



「やっぱり重い 」


間に合わない為、仕方なしに受けたリリアであったが、パワータイプの魔物が相手になると接近戦は、やはり分が悪いのである


反転すると剣を構え直し、サイクロプスと対峙する



……クォォォ……



ハンマーを振り回し、リリアに迫るサイクロプス


「あっぶな! 」


間一髪避けると追撃をかわす為、後方に軽くジャンプする



……フー……



「氷の爆撃(アイス・バーン)


魔法を発動すると氷の刃が無数に召喚され、サイクロプス目掛け一直線



……ゴォォォ……



魔法が命中し、サイクロプスの体に無数の穴があく


「やってない? 」


致命傷だと思われたサイクロプスにできた空間が、急速に再生していく


「何あれ? 気持ち悪い 」


あっという間に傷が完治する


「なるほど驚異的な再生能力なのね 」


再び距離を稼ぎ、精神を集中


「怒りの雷爆(サンダーボム)


緑色の魔力球体が対象に高速移動。着弾と同時に限定範囲に誘爆を起こす



……ドォォン……



サイクロプスの頭から腕にかけてを、爆発で吹き飛ばした



……!! ……



「嘘でしょ 」


信じられないことに、吹き飛ばされた頭から腕の部分が、蠢きながら再生し始める


これだけ威力のある魔法が効かないのであれば、他の魔法で決定打になるような魔法はリリアには無……いやあった


女神の魔法である


あの魔法は、意外と集中力を要する為、多少時間がかかる。なによりあれが効かなければ、もう通用するものは、今のリリアには無い


「問題は集中の時間を稼ぐことよね 」


リリアがサイクロプスを見た時には、そろそろ再生が終わりそうだった




竜太は高い岩の上によじ登っていた


リリアによる魔法攻撃で、魔物が怯んだ際に爆走したのである


慌てて追いかけて来たが、後の祭り状態。既に竜太は、魔物の背丈の3倍くらいある、高い岩の上に登っていた


それを必死に叩きつけるオーク。流石に破壊出来ないようで悔しがっている


実は後ろの方に竜太がよじ登ってきた若干の凹凸があるのだが、魔物がそれを使ってくるとは考えにくい


後は、エレーナかリリアのどちらか、またはファリオあたりが帰ってくるのを待てば、死ななくて済むはずである


しかし彼は思ってしまったのだ


『今なら殺れるかも 』


アスカに渡されていた魔導銃は弾丸が3種類


一つ目は通常の魔力弾で威力はそこそこの物。大抵の場合はこれで対応出来る


二つ目は雷撃弾。威力もそこそこで対象を痺れさせる効果を持ち合わる


最後の一つはアスカに手渡された際に念を押されていた禁断な魔力弾。いざという時にしか使うなと言われている。下手をすると魔導銃自体が壊れる可能性大


この3つである


この魔力弾は魔力精製能力も兼ね備えており、自然と回復する優れものである


竜太は既にセットされた通常魔力弾で頭上から狙撃


オークの左腕を破壊することに成功する


「当たった! 」


喜んでいる竜太とは対照的にオークは激怒


裏に回り込むと凹凸を使って登り始める


「ヤバい! 」


慌てて魔力弾を変更


雷撃弾をセットした時には、オークの顔が岩の部分から出てくる所であった


「うおー 」


気合いとともに雷撃弾を発射


ほぼゼロ距離でオークの顔面が弾け飛ぶ


断末魔もなくオークは下に落下する


「やった。やったぞー 」


この時初めて竜太は自分で魔物を倒すことに成功したのである




ブライトはエレーナに押されていた


武器も持たないこの少女が、斧を持った男を圧倒するのである


「こいつぁまじーな。ここまで攻撃が当たらないのは厳しい 」



……ブン……



斧を彼女に向かって放り投げるが、エレーナにいとも簡単にかわされる


「武器を捨てて諦めるつもり? 」


「いんやぁ。あれじゃ当てれないからな 」


言って腰から剣を引き抜き、エレーナと対峙する


「そうですか。ならいきますよ 」



……スッ……



エレーナがブライトの視界から消える

早すぎて彼の目に捉えられない



……ドス……



「ガァ 」


エレーナの側面からの蹴りにまともに吹き飛ばされるブライト



……スッ……



さらに追撃


「そこだろ 」


剣の速度は斧時の倍以上。その速さで一閃する



……ドスン……



「うぐっ 」


エレーナの肘が鳩尾に叩き込まれる


よろけながらも体制を立て直すブライト


『こいつぁ本当に洒落にならねー 』


目の前の少女にただの一発も攻撃があたらないのだ


「もう降参しますか? 」


「ふざけんじゃねーよ! 」


反論して精神を集中させるブライト……魔法だ


「闇の波動(ダークフォーム)




……グォォォ……



再生が完了したサイクロプスが、激怒しリリアにハンマーの一撃を繰り出す


「えっ速い! 」


間に合わない為、あえて剣で真正面から受ける



……キィィン……



「くっ 」


力を殺せずまともに剣で受けた為、後ろに吹き飛ばされるリリア



……ドンッ……



「ゲホッ 」


背中から地面に叩きつけられるリリア


しかし倒れたままではいられなかった。サイクロプスは既に追撃の構えを見せている


「ヤバっ! 」


手をついてかろうじて起き上がろうとするリリアだが、既にサイクロプスは向かって来ている



……ドォォン……



……グゴォォァ……



「!? 」


自身に向かってきていたサイクロプスが、何者かの狙撃を受けてお腹の辺りが、空洞化している


体制を整えたリリアが、辺りを見回すと、サイクロプスから少し離れた場所で、魔導銃を構える男の姿が


「竜太!? 」


さらにもう一発竜太が、魔導銃を撃ち、魔物の腹部の穴を押し広げる


「今なら 」


リリアは精神を集中し直す


サイクロプスの再生が始まっているが、溜めのいらない竜太の攻撃にそれが追いついていないようだ



……カチッカチッ……



立て続けに使いすぎたのか、魔導銃が虚しい音を奏でる


魔力切れのようだ


竜太は魔力弾を詰め替えようとするが、慌てていた為落としてしまう


サイクロプスは今にも穴が塞がりそうである


その時それが発動する


「女神の大激怒(アークブースト)


音が揺らぎ大気が震える。辺りは一瞬で暗闇に支配され、身体の大きさ程ある青いそれが高速で、サイクロプスへと向かう


「うぉっ! 」


雷が竜太を襲うが、結界のような物に包まれていて、それを通さない



……ウォォォン……



着弾すると同時にうねりをあげたそれが、対象を飲み込み雷に似た光を四散させる



……カッ……



まばゆい光が収まり消えた時には、対象は無と化していた




ブライトが発動させた魔法とリリアの魔法は、ほぼ同時に発動された


「えっ!? 」


不意にエレーナの力が抜け、膝から下に崩れ落ちる


「ん!? 」


ブライトから見れば、魔法が着弾する前にいきなり彼女が崩れ落ちたのだ


そこにブライトの魔法が命中する


「うっ 」


呻き声を漏らすエレーナ


好機と見た彼は、投げ捨てられ放置されている斧を拾い上げ、そのままエレーナ目掛けて強打


力が入らないながらも、腕をクロスさせ斧の一撃を受けとめるエレーナだったが、弾き飛ばされて彼女の小さな身体が、宙に舞い地面に激突する


「ゴフッ 」


倒れて嗚咽を漏らすエレーナの顔の上に足をのせグリグリと踏みつけるブライト


「急に弱くなったなーお嬢ちゃん 」


リリアの発動させた魔法が、彼女の神力を低下させたのである


「さてトドメを 」


気配を感じ慌ててその場所から大きく離れるブライト


先程まで彼の居た場所、エレーナの倒れている上空に魔法がはしる


「エレーナさん大丈夫ですか~? 」


ジークを追っていったファリオが、戻ってきたのだ


サイクロプスを倒したリリアと竜太も、こちらへ駆けつけてくる


「チッ! あれはやられたのか。まぁいい 」



……スッ……



ブライトが空間を飛んで姿を消す


ファリオは、倒れているエレーナの身体を抱き上げるのであった




火が揺らめく


固形燃料を燃やすそれは、勢いよく炎を巻き上げている


ブライトが逃走し、エレーナを回収した一行はそこから少し離れた場所にいた


「うぅ……ん 」


エレーナは焚き火から少し離れた場所で横になって気を失っている


魔法と斧による一撃を受けたにもかかわらず、傷一つない状態というのは流石、女神といった所である


「結局彼女が急に弱体化したのは、私が魔法を発動させたことが原因? 」


チューブ式の食料を口に含むリリア


「要因の一つだと思われますけど~ 」


「じゃあこれは使わない方がいいのかな? 」


言って指輪を眺めるリリア。その手には以前のそれとは違う青い宝石がついている


「残り一回なら全然問題ないですよ~。それに~ 」


そこまで言ったファリオが辺りを見回す



……ズゥゥゥン……



腹の底から響くような感覚の音が辺りに響き渡る


今までよりさらに張り詰めた空気が、辺りを支配する


「なに!? 」


「なんだ地震か!? 」


大気が震え辺りが揺れている


「結界が破られましたね~ 」


「それって大丈夫なの? 」


結界が破られたということは、力のある上級と呼ばれる者達の制約が無くなったに等しい


となると、人間界に押し寄せる可能性が非常に高く、多くの村や町の人々が、魔物の被害にあうことを意味するのである


「大丈夫ではなさそうですね~。そうならない為にエレーナさんは、必死に動いていたようですから~ 」


結界が破られてしまったのは仕方ないにしても、今後どう動くかによっては人類の未来が変わってきそうである


「アスカが結界の道具作っているんだろ? なら俺らは結界破った奴らをどうにかしないとマズいんじゃないのか? 」


「そうですね~。ちなみに結界を破ろうと画策していたのは、グスマンという魔物の一味ですよ 」


竜太の質問に答えたファリオが、気を失っているエレーナをお姫様抱っこの要領で抱きかかえる


「アスカのとこ? 」


リリアの問いに無言で頷くファリオ


「ちょっと待って。ジークみたいなのが出てきたら、私と竜太じゃ手に負えないわよ 」


リリアからしてみると、ジークは普通の魔物とはどうも違う気がしているのだ


「大丈夫ですよ~。あれには一撃当ててますから~。逃げられてしまいましたけどね~。暫くは治療も兼ねて大人しくしてると思いますよ~ 」


リリアに答えながらエレーナを抱え直すファリオ


「エレーナを抱えて飛ぶってことは、他に誰かいても飛べるってことよね。なら他の人間も 」


リリアの言葉にファリオが頭を左右に揺らす


「次元を飛ぶのは凄く付加がかかるんですよ~。女神のエレーナさんならまだしも、人間なんて連れて飛んだら恐ろしいことに~ 」


「そう…仕方ないわね 」


少し残念そうなリリアを見て



……フッ……



ファリオとエレーナの姿が、その場から居なくなった


「リリア俺たちこれからどうするんだ? 」


「ブライトが来るでしょうね 」


そう言い切るリリアの横顔は覚悟を決めたような面もちに竜太は見えるのだった




先に進むことに決めたリリアと竜太の二人は、ファリオと別れて2日目に突入していた


さほど魔物との遭遇もなかったおかげで、それなりに進むことが出来たのではあるが、事態はリリアが言っていた通りの展開となる


柄の長さまであわせると背丈の半分くらいある斧を逆さに置き、それを両手で抑え、腰くらいある岩にどっしりと座って待ち構えているブライトの姿があった




ブライトが二人の姿を見つけると、ゆっくりその場に立ち上がる


その雰囲気は今までのものとはあきらかに異なり、魔特有の独特なものを醸し出している


「やっと来たか 」


「貴方随分雰囲気が変わってない? 」


リリアの言うように彼の状態は普通のそれとはあきらかに違う。目は充血し、顔も少しどす黒い。纏わりつく空気は邪気をはらみ、この辺りに生息している魔物に近いものがある


「結界を解いたら、感情は不要とか言われて奴に弄られてな。お前らとはどの道ここで決着つけるつもりだから、どうでもい……い……が……な 」


言葉を発するのも辛そうにしているブライト


「そう辛いのね。なら早く解放してあげないと。いくわよ竜太 」


リリアの言葉にその場を離れて竜太が距離をとる


魔導銃は近接戦闘には向かない為、ある程度間合いを稼がないといけないのである


攻撃の命中精度がそれ程高くない竜太は、なるべく二人の戦闘を邪魔しない方が、得策なのだ


ブライトが斧を振り上げその場で一振りする


リリアは以前これを一度見ていた。魔法だ


理解している分反応は早かった


バックステップでその風魔法をかわす


しかしブライト自身が、魔に近づいたこともあり威力が格段以前のそれより上がっている


「くっ 」


腕に切り傷が出来る


かわしてこれならまともに受けると、一撃で致命傷になりそうであった


腕が痛むが今のリリアにそれを気にしている暇はない、次の攻撃が来る!


斧を両手で握りしめ真っ直ぐリリアに向かうブライト


しかし彼女も初手の後の追撃は予想済みであった


氷爆殺(アイスバースト)


氷の爆撃(アイスバーン)の上位魔法である。無数というより覆い尽くすような数の氷の柱状のものがリリアの周りに召喚され、一斉に突撃してくるブライトに迫る


「!? 」


避けることもせず、それらにぶち当たる



……ドスッドスッ……



氷の爆撃(アイスバーン)に比べると、威力はあるが貫通力のないそれが、ブライトにすべて直撃するものの、その足を止めるまでにはいたらない


「ぐおぉぉ 」


足止めにならないとみるやリリアは、腰から剣を引き抜き振り下ろされる斧を、かろうじて受けながす



……パキッ……



右に受け流していたリリアだが、斧の威力に耐えきれず剣が折れそうになった瞬間その手を離し左へと飛ぶ


それにブライトは反応し、無謀ともいえる体勢から逃げるリリアに蹴りをおみまいする


「ゴハァ 」


身体の右側面に蹴りを受けて、地面へ叩きつけられるリリア。今の攻撃でかなりのダメージを負ったようだ



……ドンッ……



動きの止まったブライトに竜太の魔力弾が炸裂する


「グォォォ 」


ブライトの腹部辺りに着弾したそれは彼の身体を貫通し、大きな穴を開けている


穴の周りには闇のような魔力の痕跡が残り、威力の凄まじさをまざまざと見せつけていた


そう竜太が使用したそれは、アスカからいよいよの時にしか、使うなと言われていた魔力弾である


『このままではリリアが殺される 』


そう思った彼は、すぐに禁断の魔力弾を躊躇せず、使用したのだ



……グォァォァ……



発狂するような悲鳴にも似た雄叫びをあげ、ブライトがその場で苦しみ悶えている


「竜太助かったわ 」


ブライトの攻撃により倒れていたリリアが立ち上がるのであった




竜太が使った禁断の魔力弾とは闇の侵食である


この魔力弾は、ダメージを与えるとそこに痕跡が残り、そこから侵食されていき最終的には対象を滅ぼすもので、効果は相手の魔法抵抗力によりさまざまであるが、一度受けてしまうと闇を解除しない限り、延々と侵食を続ける恐ろしい魔力弾なのである


どうやら魔物化したブライトは自己治癒機能が備わっているらしく、その全てを使い侵食を食い止めているようであった


それだけそれの力が強いのであろう


幸い竜太の持つ魔導銃は壊れることなく、正常に機能を保っているようだった



……ガァァァ……



魔力弾の効能なのか、威力が強すぎたのかはわからないが、ブライトの魔物化がかなり進んでいるようである


最初の頃と比べるとすでに会話が出来なくなっていた


「竜太貴方の剣貸して 」


リリアに言われて竜太が剣を渡す


彼女の剣は先の戦闘で折れて使えなくなって捨てていたのだ


剣を受け取りその場から少し離れると、彼に間合いを確保させる


少し前にレオンハルトから売って貰った剣である


戦闘に不安のあった竜太に渡していたのだが、彼は魔導銃を所持したことによりなかなか使われる機会に恵まれてこなかったのだ



……ゴガァァ……



ブライトが動けるようになったのか、リリアに向かって走る


しかし時間の猶予がたっぷりあった彼女はすでに精神を高めることが出来ている


「怒りの雷暴爆(サンダーウォーム)


怒りの雷爆(サンダーボム)の高位魔法である


対象を限定爆破するサンダーボムに比べ、威力も範囲も数段上がっている。さらに球体は、二つ発生し追尾機能を有し、相手を補足。魔力が尽きるまで、どこまでも追って行くのである


二つの緑色の魔力球体が、発生しブライトに向かい高速移動。着弾と同時に誘爆する



……ドォォン……



よけきれず爆発の中にのまれ、煙がはれた時、ブライトはその場に立ち止まっていた


身体中が焼けたように黒ずんではいるが、まだ動けるようだ


ここまで高位の魔法や魔力弾をその身に受けながらも、未だに動けるというのは恐ろしいものがある



……ドォォン……



……ドォォン……



……ドォォン……



間髪入れずに竜太の魔力弾が、数度炸裂する


竜太の射撃性能はここに来て飛躍的に上昇している。彼は剣や魔法ではなく、射撃にその才を隠し持っていたのかもしれない


魔力弾は通常弾に入れ替えられており、対象に与える威力は下がっていたが、それなりの効果は見せているようで、ブライトの身体は崩壊寸前まで追い込まれている



……ウゴォォ……



「あの身体でもまだ動けるの? 」


一歩ずつ歩を進めるように、魔力弾の威力におされながらも、今度は竜太に近づいていく


その様子を見て、剣を構えリリアが全速力でブライトに向かう



……カチッカチッ……



ここに来ての魔力弾(たま)切れである


しかしブライトは竜太に迫っている


背中に手を伸ばし、最初にリリアに買って貰ったダガーを構え、ブライトを迎え撃つ


格闘面において素人の彼では、魔物化したブライトの速度に動きが追いつかない


……ゴスッ……



「ガァッ 」


一撃を受けその場に崩れ落ちる竜太


当たった場所が良かったのか、致命傷にはいたらないが、まだ次の攻撃がある


両手を握りしめ、一気にブライトが振り下ろそうとした瞬間に、一本の剣が彼の背後から胸の辺りを貫通して飛び出した



……グォォェ……



……ズゥゥン……



断末魔とともにブライトだったそれが、力を無くし、その場に崩れ落ちた




ブライト・ベール


人間から魔物に姿を変えられた可哀想な男である


当初は賊の用心棒をやって生計をたてていたが、賊の誘拐者護送をきっかけにエレーナや竜太、リリアらと出会うことになる


ここから彼の人生は転落の一途をたどることとなる


エレーナに悪戯しようとしたことで、リリアにやられて以降執拗に彼女を追うことになる


ごろつきを連れての接触(ファリオに撃退される)


エレーナの誘拐

目論みが上手くいかずジークにさらわれる(ジークにより魔物に無理やり変えられる)


その後ジークにいいように使われて、最終的にはリリア達に魔物として討伐されることになった


「結局ブライトって可哀想な奴だったわね 」


彼との戦闘を終えたリリアと竜太の二人はしばらく先へ進み、今日はこの何もない荒廃した場所で休息していた


目の前の固形燃料が、火をあげて燃える様子を正座を崩した形の女性座りで眺めているリリア


「そうだな。しかし自業自得だなあれは 」


竜太がその隣でリリアに答え、チューブ式の食料を口に咥える


「それはそうなのだけど、なんとなく可哀想だなって 」


食べ終えたチューブを、固形燃料が勢いよく燃える火に、リリアが投げ入れる



……パチパチ……



音をたててそれが燃え尽きる


「俺たちだっていつああなるかわからないからな。最後まで気をつけないと 」


竜太の言うようにまだ大元のジークが残っている。あとファリオをが言っていたグスマンとかいう魔物も……


「そうだね!? 」


そう答えたリリアの視線の先に、二人の女性が近づいてくる姿が見える。エレーナをアスカのもとに送り届けに行ったファリオと見たことのない女性


「エレーナの状態はどんな感じ? 」


「一度目は覚ましましたが、しばらくは安静にしてないと駄目だと思いますよ~ 」


近くまで来たファリオがリリアに答える


「それでそっちの人は? 」


「自分はこの次元を管理しているミリィ・チルダーと申します。宜しくお願いします 」


竜太の問いかけに、返答し丁寧に頭を下げるミリィ。礼儀正しい人のようである


「貴女がミリィ? それじゃファリオが手伝っているって言ってた人じゃないの。彼女の上官にあたる人なのかしら? 」


「はっ!? とんでもありません。ファリオ様は私程度の者とは比べものにならない……いえ何でもありません 」


ミリィの言葉をファリオが目で制する。その凍てつくような鋭い視線に彼女が少し震えて言葉を濁す


「私は単なる使いっぱしりですから~。そういえば魔の森を調べていたミリィさんが、グスマンの居場所を突き止めたそうなので今日はここでゆっくり休み明日そこに向かいましょう~ 」


いつもの表情に戻ったファリオがリリアにそう告げる


いよいよこの仕事も大詰めを迎える予感がしたリリアであった



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