表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

ボルタ編 その2

6     三匹の従者




アンバルの町が、まだ災害の始まる少し前。


青年ジタンはやっと王国の城下町に到着した。

城下町は活気に溢れ、城に通じる大通りには多種多様な店が立ち並び、人の往来も多い。

巨大なミルザーン王国の眼下に扇状に広がる城下町。


ジタンがたどり着いたのは、三つの門のを持つ城下町、最大規模の大きさを持つ中央大門であった。


少し赤みがかったレンガ石で敷き詰めれた町中、荷を山積みした馬車が車輪を軋ませながら走り抜けいった。

何台もの荷馬車が間断無く行き交う。


今朝も、街に活気が溢れ始めた頃には既に人の波ができていた。

あちらこちらの店先から呼び込みの声が聞こえる。

一番に着いた朝駆けの行商人達が、飲食店の軒先で朝飯に何かのスープと固焼きのパンを黙々と食べている。

隣に徹夜開けであろう城の衛士数人が、大盛りのパスタらしき麺を頬ばっている。

露天で野菜を売りに来た近くの農村の夫婦がいたり、手作りの民芸品や小道具を売りに来た母子(おやこ)がいたりする。

様々な光景が観られる。


その入口、城下町に入る前に巨大な中央大門がそびえ立ち、門の左右に銀の鎧に銀の兜、両刃の剣を携えた衛士が二人づつ、検問をしていた。


門の奥に仮設のテントを張り、行き交う商人や旅人をいちいち呼び止め、あれこれ調べている。

テントの中にも、検問の衛士が四人いる。


『何で荷物を調べるんだい!」

『昨日まで、こんなことしたことないだろ?!」

『まあまあ、命令なんで、協力してくれ」

『菜っ葉なんか調べてどーすんだ!?」

『はは」


行商のおばちゃんと若い衛士のやり取りの声が、辺りに響く。


門に入る人通りが多い為、ひとりひとりの検問をやっているだけであっという間に行列が長くできてしまった。


当然、衛士とのこんなやり取りが幾つも見られる事になる。

農家の野菜売りの者等は新鮮な内に売り切りたいところを、訳の分からない検問で余計な時間を取られるものだから、尚更不満が口にでるのだ。


国境を越え、街から街に移動する荷馬車隊もさっさと荷を渡して、さらなる荷を積んで次の街に行かねばならない。

間の悪い検問に付き合っている時間など無かった。


それでも衛士達は時間のかかる検問を辞める訳にもいかず、まして手を抜く訳にもいかず、列が長くなるのを我慢するしかなかった。


検問の人数を八人から二十人に増やすが焼け石に水であった。


その検問を待つ列の中にジタンが混ざっていた。


朝早く着いた割には、陽は頭の上を通り過ぎていた。

まだまだ時間がかかりそうだ。


ノンビリ待つジタンの順番がやっと回ってきた頃には更に時間が過ぎていた。

諦めて『今日はやめだ」といって帰った連中も随分いたようだ。


衛士の前にジタンは立っていた。

『・・・」

一目見て若い衛士は彼を『怪しい」と思う。

ジロリと睨むとジタンに向こう行けと顎をしゃくる。

二人の衛士が腕を組んで待っている。


ー まぁ、そうくるだろうなぁ。

『こっちだ」

二人の衛士に連れられる。


テンガロンハットにバロー鳥の羽を左右に指し、マントを羽織り背に鉄の棒を担いでいる。

旅の吟遊詩人のように見えるが印象が違う。

更に軽装のわりには随分汚い。

長旅をした感じである。

正にアヤシイ。


仮設テントの奥、尋問用テントに通された。

四人の衛士が待っていた。

『マントを外して、身につけている物を全てここに出せ」

若い衛士が剣のつかに手をかけ、テーブルの上を指さす。

『・・・」

ジタンは言わるままにマントを外し、身につけている物をテーブルの上に置き始める。

テンガロンハットをテーブルの上に置いてたジタンの顔を見て、衛士達は改めて驚いていた。

ー 若い。

それが第一印象であった。

物腰や雰囲気から大分年配と、勝ってに思い込んでいた。

ほっそりとした醤油顔と言えばわかりが良いか?

美形の部類には入るであろう。

長い黒髪を後ろに無造作に束ね、背の中程まで垂れている。

瞳のダークブルーが印象的であった。


だが衛士達はそれ以上にジタンの余りにも若い立ち姿とは別の何かに圧倒されていた。

若い割には貫禄があるのだ。

敢えて言ば、生まれながらの王者が纏う絶対的なオーラがある、であろうか。


しかし、ここでジタンが少しでも変な行動をすれば、衛士達は剣を躊躇なく抜くであろう。

彼ら衛士達の緊張感がよくわかる。

ー 茶目っ気を出すと面倒くさい事に成ること間違いなしだな。


背に袈裟懸けに担いでいた鋼鉄の棒をテーブルの上に置いた時は、さすがに衛士達は響めいた。

人の身長程の金属製の棒を背負う者など存在しない。


懐から物を出そうとするとき、少し年配の衛士が『ゆっくりとだ」と、どすの効いた声で言った。

ジタンは薄く笑うと懐から巾着風の袋を幾つか出した。

袋には紙片の束が以外と多く入っていた。路銀の入った袋もある。

一つの袋から一枚の紙を出し、衛士に渡した。


ミルザーン王国が出した通行手形であった。

羊半紙に魔製インクの文字が書かれている。

左端に王国印の割り符が朱でしっかり押されていた。


『これは、・・・」

やけに古い手形である。


『衛士長のゴルディン殿に渡してもらえれば良いが」

『ゴルディン?・・・・」

『なにか?」

『いや、またれよ。」

年配の衛士が通行手形を持って仮設テントを出て行った。

仕方が無いのでジタンは残った衛士達とつったたまま待つことにした。

残された衛士達はそれでも緊張感を解くこと無く、剣の柄に手をかけたままじっとまっている。


ー よく訓練されている。

こっそりジタンは考えている。


さほど待つことなく、テントの外が慌ただしくなると格の高そうな鎧を身につけた、体格の良い衛士が飛び込んで来た。

身長がある分無駄な肉も無い。見事な逆三角形をこの年で維持していた。


ジタンの記憶より随分老けたゴルディンであった。


『ジタン殿ではないですか?!」

通行手形を手にして老けたゴルディンは歓喜の声を上げた。


他の衛士達とは違い、明らかに威厳が備わっている。

銀を大量に使用した特注の鎧だ。

高い身分を誇示している。

さすがに兜は外してあるが、きっと高価な品物であろう。


ゴルディンの額は見事に禿げ上がっていた。

ー 随分と出世したのかな?

ー 高そうな甲冑だなぁ。

ジタンの感想である。


若い衛士達は只唖然とするだけであった。

こんな風に興奮した彼を見たことがなかった。


思わずであろう、彼はジタンの両手を握り感極まっていた。


『総司令官閣下、あの~ぉ、お知り合いですか?」

皆の唖然とする様子に気づいてゴルディンは、一つ咳払いをして。

『この通行手形は紛れもなく我が王国が発布した通行手形だ」

ー だから怪しい者では無い、と言っている。

『ジタン殿は古い知り合いでな、よいな?」


『よいな」と言われれば首を立てに振るしかない衛士達である。


衛士達の頭の上に?が立つ。

総司令官閣下ゴルディンは既に50の後半の坂の下である。

そろそろ後任を選出し引退をささやかれ始めている。


しかし、彼はどう贔屓目(ひいきめ)に見ても20代前半であろう。へたをしたら10代かもしれない。

閣下の古い知り合いとはとても信じられなかった。

年代がかみ合わない。


そんな衛士達を尻目に、ジタンはさっさて荷物をまとめて、ゴルディンの後についてテントの外にでた。


テントから出てゴルディンはジタンと並んで歩くおのれが不思議でならなかった。

生きているうちに、二度と会うことはなかろうと思っていたからだ。

ー 30数年ぶりだろうか?ジタン殿はたったく変わらん様子。まさに不思議よ。


『話しは聞いております、ジタン殿。すぐに城に上がりますか?」

かりにも総司令官閣下のゴルディンがジタンに対してこの口調である。旅人に接する態度にしては大仰過ぎる。


ジタンもさすがに困った顔をしたが、言葉にはできなかった。

少なくとも新参者が登城するためには面倒くさい仕来りや手続きが山とある。

ゴルディンはそれら面倒くさい事を全部すっ飛ばして国王陛下に面会すると言っているのだ。


『いや、この汚れた格好ではいくら何でも無理でしよう。側近に追い出されますよ」


事態は急ぐ必要はあるが、ここでルール無視をするわけにはいかなかった。

貴族相手にそれをやると事態は別の方向に行ってしまう。

国王陛下に謁見するとなると、もっと複雑な話しになる。

国が滅ぶ話しなど二の次になってしまう。

彼には苦い経験があった。


ジタンは笑顔で言う。

ゴルディンは前の記憶を引っ張り出し、側近の顔を思い浮かべた。

『あー、レインが、、」

『それに午後の謁見の時間にも間に合わないでしょう?」

ゴルディンは陛下の御尊顔を思い浮かべながら。

ー まーそのへんは何とかするのだが、陛下もすぐに合いたいと言うはずだ。


ゴルディンはジタンの様子を眺め、さすがに長旅の汚れは気にするだろうと考えていた。


『では宿を」

『前の時の宿に行くから大丈夫だよ」

『赤と青のレンガ亭ですか?」

『うん」

『あそこは既に代替わりをしております。先代の店主はもう四、五年前に亡くなりましたが、代を引き続き、息子も嫁をもらい店を手伝っていますし、二人の娘も良い所に嫁ぎました。」

『あのハナタレが?店主?」

ゴルディンは大きく笑った。


『うまい飯を食わせますからね、時々部下を連れて行きます」

『そうかぁ」

ジタンは少し感慨深そうに肯いた。

ー あの頑固親父はもう。


ゴルディンは宿の前までジタンを送ると。

『では明日朝一番に迎えの者を寄越します。陛下もお会いするのが楽しみのはずです、では」

と言って(きびす)を返し城に戻っていった。

ー 側近の従者も付けずによくやる。

ジタンはゴルディンの後ろ姿を見送りながら独りごちする。


城下町の大通りから脇道に入ってすぐの路地にそれはあった。


赤と青のレンガ亭は30数年ぶりにも関わらず、高い赤レンガの煙突から白い煙を立ち上らせ、厨房の半分開けた窓から今日の夕げの準備と思われる湯気が溢れていた。

月日が過ぎても変わらね光景であった。


木製の古びた年代物の扉をあけようと手を掛けたとき、扉は勢いよく開かれた。

中から若い娘が開けたのだ。

『あら、お客様?」

『はい」

『ごめんなさい、まだ食事の準備が、、」

『いや、宿泊をお願いしようかと」

『あらやだ、泊まり客の話しね、ゴルディン閣下から近々来るだろうって、そのお客様?」

娘は一気にまくし立てる。


年頃で言えばジタンと変わらないであろう。

丸い顔につぶらな瞳、ブルーアイだ、ー に赤毛を三つ編みにした可愛い娘であった。

白い割烹着がよく似合う。


『まぁ~、そうですね」

思わず頷く。

ー ゴルディンめ、先手を打つとは、小癪なり。


すると店の中から彼女に声がかかった。

『ルー、お客様をそんな所で立たせておくもんじゃないよ」

女性の声だ、母親であろう。


『はーい!」

ルーと呼ばれた娘は以外に大きな声で返事をするとペロッと赤い舌を出しー どうぞ、と言って店に招いた。


娘はすぐに外に飛び出して行った。急ぎの用があるのだろう。


店内は意外と言うと失礼になるが、ー 口にはださない、小奇麗な店であった。

テーブルや椅子は新しくなっているが、四、五年は使い込んでいそうだ。

四人掛けのテーブルが8、八人掛けの大テーブルが2、厨房に向かってカウンター席が8、設けてある。

昔より広く感じる。

席数も増えているかもしれない。

後でわかったこてだが、実際改装して奥行きを広くしたそうだ。


まだ開店前で客はいないが、既にシチューのコトコトと煮込まれる香りや、野菜スープのニオイ、パンの焼き上がる時の美味しそうな音、厚切りの肉が皿に盛られる。

全てが店内に合った。


『すいません、待たせちゃって」

厨房から年配のおばちゃんが出てきた。

女将(おかみ)さんだ。


『ゴルディン閣下から聞いてますんで、良い部屋準備させてもらいました。あ、あとお代も全部まとめて頂戴してますから」

『え?」

驚いているジタンをよそにして、女将さんは宿帳を引っ張り出しテーブルにのせた。


『記帳お願いします。名前だけで、はい」

ーゴルディンめ、先回りし過ぎだろう。


備え付けの羽ペンで宿帳に名を記入した。


『ジタン・ウイングハット」


女将は目を丸くしてその名を見た。


ー はて?この名前は、はて?


昔の懐かしい名。


ー そんな筈は、・・・・



◆◆◆◆◆




食堂に使う(むね)の奥に宿が併設されている。

元は宿屋が本職であったが、出す飯がべらぼうに旨いと人気になった。

そこで宿に併設し食べ物屋を開店させ、今に至っている。

赤い宿と青い食べ物屋のレンガ亭、名の由来になっている。


ジタンは宿の中で一番良い部屋に通された。

総司令官閣下の予約客と言う触れ込みだから、まぁ~しかたがない、と割り切る事にした。


二階の東側、広い、清潔な部屋であった。

多分VIP専用の部屋として用意したのだろう。

高級そうな家具、テーブルや椅子は、何やら高い木材を使用しているのはわかる。手の込んだ彫り物がしっかりしてある。


ベッドルームとシャワールームまであった。

ー こりゃぁ、まいったな~。

薄汚れた若者が使う部屋ではなかった。


ゴルディン閣下の手前部屋を変えたくれとは言えない。


入口付近で突っ立ついると、ドアをノックする音がした。

『はい?どうぞ」

『あのー、すいません、お客様?」

ドアを開け顔を出したのは、さっきのルーてよばれていた娘であった。手に大きめのかごを抱えている。


『洗濯物、このかごに入れて下さい。洗っておきますから」

『いや、洗濯なんか、自分でやりますよ」

『閣下からしっかりお世話をするように、と言われいますんで」

『はぁ~」

ー ゴルディン~ン。

『ベッドルームに部屋着を用意させてもらっていますんで、洗濯物をだしたらそちらに着替えて下さい。

 あと食事はどうします?こちらで」

『食堂で食べますよ。時間は?」

『お客様の都合で、はい」


彼女はゴルディン閣下の紹介だと言うだけで緊張しているのだろうか?

母親から多分何か言われてるか。


『ん、ではシャワーを浴びて、着替えてからにしましょう。あぁーそれと、お客様はやめて下さい、ジタンでいいですよ」

『でも、そのお客様、は」

『ジ・タ・ン」

『ジタン、さまー」

『ジタンさん、で」

『ジタン、、さん」

そう言ってかごを置き、出ようとする娘の背にジタンは声を掛けた。

『ルーさん、でしたっけ?こちらの娘さん?」

『え?あー、いえ、嫁です。ここの長男坊の、幼馴染みなんです」

『ルーはあだ名?」

変な事を聞く人ねーと思ったが、余り気にした風もなく。

『ルーミー・フォーリングスで、ルーです」

彼女はそう告げると慌ただしく、早足で下に降りていった。


ジタンは顔には出さなかったが、その名に覚えがあった。


ー フォーリングスだと?まさか、彼女の娘?すると最後の生き残りになる。


ー だからゴルディンは時々部下とこの店に食事に来るのか。話しが出来過ぎだ。


『まだ尾を引いているのか?ゴルディン」

ジタンは小さく呟いた。


◆◆◆


暫くして、旅の垢を落とし、清潔な部屋着に着換えサッパリとした顔で食堂に降りた。

部屋着はまだ寒いからだろう、厚手の綿で作られた上物である。

新品の上下であろう。

立派な衣装だ。

ジタンはしょうが無いのでそれを着て食堂に降りたのだ。


食堂はまだ半分程度の入りであったが、酒の客もまだ少ない。

ジタンの席は部屋の隅に陣取り、一枚扆(ついたて)を置いてあった。

大きめのランプをテーブルの上に吊るし、周りを慎ましく照らす。

既にお通しのサラダが少し、総菜が少し皿に盛り合わせてある。


テーブルに着くとすぐに、ルーが酒と料理を運んきた。


『おまたせしました。どうぞ」

元気な声で挨拶をし、皿を置く。手際よく酒瓶を並べる。

酒を頼んでおいて、あとはおまかせにしていた。


酒はこの地方独自の自家製蒸留酒だったり、発酵酒だったりする。

国の使用許可証を買えば誰でも作り販売出来る。


ジタンは店でよくでる自家製蒸留酒『ラナン」を頼んでいた。

度数もそれ程高くなく、口当たりも良い。

一般に『火酒」があるが、あれは酔っ払う為の酒である。

今夜のような日はやはりラナンであった。


ジタンは料理を適当に摘まみながら、酒をちびちびやっていた。

厚切りのハムを軽くあぶり、秘伝のタレにつけた物や、ジックリ煮込んだシチューは絶品であった。


小鉢も幾つかあり、酒のお代わりを頼んでしまった。

酒瓶も小さくない。

一つの瓶でもかなりの量がある。お代わりは飲み過ぎる。


店がそろそろ込んできたころ、首筋にチリチリとする感じがした。

『!!」

ー 着いたようだな。

ジタンがあらかじめ、簡単な結界を店の周りに仕掛けていた。


見る物が見れば、何のための結界か判る仕掛けにしてあった。

わさと結界を犯して侵入者の存在を知らせたのだ。


ジタンは薄く笑った。

ー 意外と早かった。さて、どうするか。


ジタンの席にコックコートをきた男が近づいてきた。

今は亡き頑固親父ブロンの息子、店主のバスであった。

忙しい合間にわざわざ抜けてきたようだ。

親父似のがっちりした体格、両肩は筋肉質で盛り上がっている。

コック冒の下から見えるブラウンの髪は少し白髪が混じっているが、顎を覆う髭ほまだ立派であった。


『店主のバスです。この度は店をご利用下さいましてありがとう御座います」


ゴルディン閣下からの紹介と言う事で挨拶に来たようだ。

『いやー。過分は接待に恐縮してます」


ジタンは遠い日の彼を、若かりし日のバスを知っていた。


当時15、6のバスは、やはりまだ若い衛士長ゴルディンの部下であった。

その後彼は衛士から父親の家業を継ぎ現在に至っている。

バスも見覚えがあるはずであろうが、変わらね姿のジタンとは、重ならなかった。

違和感はあったはずだ。


『料理は如何でしたでしょうか?」

『大変美味しく頂きました。特にこのシチューは格別に旨いですね」

『そう言って頂くと手前の女房も喜びます」

一礼すると厨房に戻っていった。

その背を見送りながら、ジタンはバスの息子がルーを嫁に迎えている現実を不思議に感じていた。


バスの息子の嫁、ルーミー・フォーリングス。

改めて考えてみるが、思考が停止してしまう。


ー 今更、そう、今更どうする。


ジタンは食事を終えて部屋に戻る事にした。


店はいよいよかき入れ時にさしかかっていた。

忙しくテーブルの間を往き来するルーに『ご馳走様」と声を掛け、席を立った。

背中に『ありがとうございました」とルーの元気な声が聞こえた。


二階の部屋に入る時、中に何者かの気配がした。

先程の結界が教えた存在。ジタンの知る存在であった。


薄暗い部屋に入ると窓際の隅に人影らしき『もの」が三つ。じっと待っていた。

灯りを付けるまでもなく、三つの影はジタンの従者であった。


部屋の灯りをを点ける。

壁に備え付けのランプに灯がともる。


ぼっと辺りがほんのり照らされる。


明かりに照らされ影はハッキリと形になった。


人に似て人ならざる者、獣の姿を連想させる者。

従者ではなく、獣士と呼んでもよいぐらいだ。


一匹は猿に似た顔を持つ獣士。

呼び名を飛び(モンキー)。針金を仕込んだ鎖帷子(くさりかたびら)をきている。背に巨大な十字手裏剣を担いでいた。

身体は成人男性の半分程度しかない。

背中が少しマガッテいるから、尚更猿にしか見えない。


一匹は猫に似た顔を持つ獣士。

呼び名を猫娘(キャット)。やはり金属製の糸を織り込んだ、忍者風の黒装束を衣装に身体を包んでいる。

腰に小刀が差してある。

身体もやはり小さく、人の半分程度である。


一匹は犬に似た顔を持つ獣士。

呼び名を犬丸(ドッグ)。金属製の胸当てに脚半、手甲に身を包む。

背に巨大な2枚刃の戦斧を担いでいる。

身体は人の倍はあろうか。


『ジタン殿、遅くなりました」

飛び猿が口を開いた。


『猿がもたもたしているから、遅くなるんだ」

猫娘が猿に噛みつく。

『お前が遅いんじゃ!」

『おまえだにゃー」

猿と猫がやり合う。


『......」犬は無口を決め込む。


『まあまあ、ちゃんと着いたんだから、ねぇ、仲良くやろう」

ジタンがなだめる。


人の形をした異型の獣士。


数十年前、ある国の魔法省の実験室で処分されようとしていた三匹を、ジタンは無理を言って引き取った。

実験動物として死ぬ運命であった。


三匹とも衰弱し、虫の息であったがジタンはある術を施し救ったのだ。

ー 式 ー と呼ばれる、今では既に失われた方術の技の一つで、三匹の命をつなぎ止めた。

ー 式 により人の知性が練り込まれ、能力も超人化する。

『式」は三匹を『式神」に変貌させた。


それ以来、三匹の従者はジタンを(あるじ)とし、そばに付かず離れずいるのだ。



『それで?」

ジタンか問う。


口を開いたのは、意外にも犬丸であった。

『来る途中、近隣の村でいろいろ聞き込んだのですが、やはり、アンバルに人が流れ込んでいるようですね。婚礼の準備とかで」

『でも、あの大騒ぎは度を超えている、誰も彼もがお祭り騒ぎよ」

あきれた声で猿が言う。

『婚礼の準備にしてはなんとも行き過ぎよねぇ~」

猫娘が首を横に振る。


『婚礼があると言う話しは聞いている。だがそれが祟り神にどう係わってくるのか?その辺がわからない」


ジタンの問いに三匹は一緒に首を傾げる。


『アンバルの町に入り情報をできるだけ集めて欲しい。もしかしたら、何かがすでに、....」


ー やな予感めいたものがある。


要石は祟り神を封じた守り石である。

祟り神の核の部分を特殊な力て地中深くに封印した。

要石は祟り神の核を上から蓋をした物が物質化した巨石である。

その要石を四方に聖なる社を設置し、結界を敷いた。

祟り神が決して目覚めないよう、二重の鍵を掛けている。


『すぐに向かいます。予感が外れれば良いのですが」

犬丸が立ち上がると、飛び猿と猫娘が続く。


行動は早い。


ジタンはその三匹の背に声を掛けた。

『危険だと思ったらすぐに逃げるんだぞ」

『わかってます」

三匹は同時に答える。

ドアが開くと、三つの従者の影は闇に消えた。


ー 聖なる社を人の力で破壊することなど不可能だ。

ジタンは自分に言い聞かせるが不安は消えなかった。





7     黒い絨毯(じゅうたん)




『うちの子を見なかった?!」

母親の悲痛な叫びが町中に響いていた。


災害の復興もまだままならぬ夜、町の三分の一が灰になりどれ程の死者が出たのか、確認できはしない。

近くの山で大規模な土砂崩れが発生したとの一報が、町の災害対策本部にもたらされたが、捜索隊を出すことも出来ない。


情報が錯綜するなか、被害の無かった南側の住宅街から『子供がいない」と言う通報が入った。

一件や二件では無かった。


悲鳴のように、何件も飛び込んできた。


対策本部の町役人達も、さすがに異常事態である事に気付いていた。

青い顔した親同士が呼びかけ合い、本部になだれ込んできた。

仮設の対策本部に人が溢れた。


『子供が急に見えなくなった」

『さっきまでいたんた」

『うちの子が消えた」


役人達はわめき散らす親達をなだめすかし、なんとか手分けをして町中を探す事になった。


暗くなった町中を松明が走る。

子供の名を叫びながら、親達が走り回る。


暗い町中を飛び交う螢の如く、松明の灯りだけが浮かび上がっていた。


町の中心、要石にさしかかった時、誰かが気付いた。


『?」

暗がりで最初はわからなかった。

『なんだ?」

『どうした?」

気付いた人間が松明を巨石に近づけた。


『あ!」


見上げる程の巨石を松明の灯りで照らした。


照らし出された巨石の面を見て、集まった者達は声を失った。

『これは?」

真っ赤であった。


異変に気付いた何人かが各々が松明で照らす。

赤い巨石がそこにあった。


『血だ」


誰かが言った。

小山程ある丸い巨石全体が血で赤く染まっていた。

大量の血液か使われている。


『わ!」

誰かが足を取られて転んだ。


巨石の下部に血溜まりが出来ていた。

そこに足を突っ込んで転んだのだ。


周りに集まった全員が黙り込んでしまった。

ー まさか、まさか?


その時、頭上から、巨石の上部から、何かが落ちてきた。


落ちてきたのは人影であった。

血溜まりにストンと立った。


異形であった。

全裸ある。

全身血で真っ赤であった。


骨が浮き出る程瘠せている。

髪はザンバラで、眼は落ち窪み骸骨にしか見えたい。

眼窩に瞳が無い。

暗い穴に小さな赤いちらつきが幾つも光っている、


更に痩せた両手に生首を掴んでいた。

生首の髪を無造作に掴み、フラリとと立っている。


ギムであったもの。


右手に持った生首を頭上に掲げる。

顔を上に向け口を開ける。

異常な大きさに口が空き、生首を一呑みにする。


左手の生首も一呑みにする。


ギムであったものは、そのまま血溜まりの中に沈んでいく。

身体全部が沈んでいった。

浅い血溜まりの筈なのに。


周りの者達はあまりの光景に身動きができなかった。


すると、男が沈んだ血溜まりの辺りからいくつかの泡が、ボコボコと浮かび上がってきた。

黒い泡だ。


泡に見えた。松明を近づけてみると泡でない事がわかる。

ー 鬼蜘蛛?

ー やけにでかい!?拳程もある?

泡のように湧き出る。

血溜まりから黒い塊が、まさに吹き出るように増える。


辺りが黒い塊に埋め尽くされていく。


気が付くと足元からはい上がって来る。


『ひっ!」

逃げる暇などなかった。


周りを見ると、他の者はすでに全身が黒い塊におおわれている。

腹まで上がって来る鬼蜘蛛もどきを手で払うが、払う手に食らいついてきた。

顔を覆う。

払う手が無くなっていた。


叫ぶ事も出来ず、鬼蜘蛛もどきに食われていく。

黒い絨毯の中に沈んでいった。


黒い染みはザワザワと不気味な広がりを始めた。




◆◆◆






スエは誰かに呼ばれた気がして、目か醒めた。

なんだろう?

また風が吹いたのか?

あの大風は怖かった。


耳を澄ますが、風の音はしない。


まだ夜明けまで時間がある。

二階の子供部屋の中は暗い。

屋根裏を改造して子供部屋にしている。


隣に幼い弟が寝ている。

もう一度寝ようかと思ったがやめた。

なぜが目か冴えてしまった。


スエは今年やっと7才になる。

弟は3才。



『もうお姉ちゃんなんだから」と母から最近言われるようになった。

ちょっとは反発したくもなるが、両親が朝から晩まで忙しく働く姿を見ていると、わがままを言えない。


野菜作りと酪農を半々でやっている。


幸い、洪水の影響は少なく被害はほとんど無かった。

強風が吹き荒れた時はさすがに肝が冷えたが、被害は最小限で収まった。


今は季節の変わり目の為、旬の野菜のニーズが高くなってきていた。葉物や根野菜の出荷の最盛期にさしかかっている。

まして災害の後の為、物資が不足している。

国からの要請も程なく、来るであろう。


それも含め、連日家族総出の忙しさであった。


出来た野菜は町中の市場に持って行く。

生鮮野菜は、今が一番喜ばれていた。


彼女一家でまかなえるわけがなく、親戚一同が結束してやらねばたちゆかぬ。

今日も早くから起きて準備をするはずだ。


『先祖の守ってきた土地と命をおとんは守らにゃいかん」

父の口癖である。

町の南側の外れにこの辺では広い農地を持っていた。

家族と伴に守ってきたのだ。


火酒をちびちびやる父親の横顔をスエは思い出す。

普段は無口なおとん。


ー 何でこんな事を思い出すんだろう?


朝の支度時間には、まだ早過ぎると思う。


ー スエ!


下から、自分を呼ぶ声がした。母の声に違いない。

でもおかしい。


手製のベッドを静かに降りる。

白いワンピース一枚を夜着にしているため、少し寒い。

階下に降りる為の梯子式の階段がかけてある、四角い穴から下を見る。

真っ暗で何も見えない、と思った。


『?」


何か、黒い何かが蠢いている。目をこらすとちらちらと赤い小さい光が夜空の星のように光っている。


不信に思い、梯子を数段降りた。


『スエ!逃げな・・・い・・・」


母の声がハッキリと聞こえたが最後まで聞き取れなかった。

闇の中に母の白い顔が見えた。

顔の下は蠢く闇があるだけ。


母は闇に沈んでいった。


離れた場所に父が闇に向かってナタを振るっていた。

胸まで闇に浸かっている。


ナタを振るたびに水を叩くような音がする。

しぶきが上がっているのか?


だが、父も闇に沈んでいく。


『にげ・・ろ・・」


声が聞こえたかどうか。


スエは恐怖に引っ張られ二階に戻る。

梯子をつたい、蠢く闇が上がってきた。


恐怖で腰が抜けた。

ー 喰われる。


気が付くと蠢く闇は、上からも落ちてきた。

弟の寝ていた場所は既に闇が覆っていた、

少し盛り上がりが動いたが、すぐに闇に溶け込んでいく。


『かあさ・・」


蠢く闇は人の拳程もある。

鬼面模様の蜘蛛に似ていた。

群れが押し寄せてくる。

速い。

身が縮んた。


『諦めないで」

女の声がした。


同時に身体が浮いた。

『え?」

窓枠が派手な音を立てて破壊される。

浮いた身体は破壊された窓枠から飛び出していた。


ー 飛んでる?!

自分が抱きかかえられて、空中を移動している。

目の端に若い女性の横顔が見えた。

なんだか猫によく似ている。


『天足の術」を用いて、猫娘は空中を移動した。


家屋から離れた場所に、細い用水路がある。

飲み水や畑などに使う為に引いた水路だ。

人が簡単に渡れるように、丸太の橋がかけてあった。


その用水路のはじにフワリと舞い降りた。

雑木林まで飛びたかったが、子供一人を抱えてはここが限度であった。

まだ暗い空に天足用の凧が浮いている。

鳥に似せて、大型のカイトを連想させる凧であった。


糸を緩めて上昇させる。


隣に飛び猿と犬丸が姿を現した。


音一つしない。


『まずいぞ!」

犬丸の声が緊張している。

『アンバルは蜘蛛の群れに沈んだ。あれでは、・・・」

飛び猿の声は力がない。

『北の社はどうだった?」

猫娘が犬丸に問う。

『山が消えていた。土砂崩れより規模がデカい、山津波が起きたのかもしれぬ。社は跡形もなかった」

『社が、」

『北側から一面、あらかた森が消えていた。いくつもの山がはげ山よ。景気よく切ったもんだ」


話しをしている間にも黒い絨毯はザワザワと押し寄せてくる。

絨毯は用水路をものともせず、簡単に渡る。


『ジタン殿には鳥型の式を送り、手短に状況を書いておいた。間に合えばよいが」

飛び猿の報告を聞きながら、猫娘は問う。


『犬丸、彼女を背負える?」

『うむ」

動転し言葉もない少女に猫娘は語りかけた。

『彼に背負ってもらい、脱出するわ、しっかり掴んで離さないで」


縛り紐を魔法のように取り出すと手早く少女の身体を犬丸の広い背にくくり付ける。

『急げ!」

飛び猿が催促する。

犬丸は二本の戦斧を両手に持ち変えた。


『名は」

『スエ」

犬丸の短い問いに、スエはハッキリと答えた。

犬丸の背の温もりで少し落ち着いたのかもしれない。

『よし、スエちゃん、安全な場所に絶対つれていくから、しっかり掴んでいなさい」

『うん」

ー まるで夢の中みたい。


三匹は風の如く移動した。

目にも止まらぬ速さである。

風を切る音が耳に痛い。


そろそろ夜が明ける。

しかし黒い絨毯は動きを止めない。

しかし、三匹の移動速度が勝っている。

追いつかれない筈であった。


雑木林に入り三匹は木から木へと高速で移動していた時,飛び猿は異変に気付いた。


『?」

黒い絨毯だった物が塊を作り始めていた。

鬼蜘蛛もどきの小さな生きものが寄り集まれり、大きくなり始めている。


『まさか?」


拳大の鬼蜘蛛もどきが何倍も大きく成っていく。

合体している。


人の数倍はあろうか!?、鬼蜘蛛もどき、いやすでにボルタもどきであろう。

巨大な生物が辺りを埋め尽くそうとしていた。


移動速度も数倍に跳ね上がる。


『!」

一気に距離を縮めて来る。

『ばかな!」

飛び猿が吠える。


有象無象の黒い化け物が、十本の長いかぎ爪を見えない速度で振り回し、木々をなぎ倒す。


速度を上げながら、追いすがって来る。


『ちっ!」飛び猿が背の巨大十字手裏剣を投げる。

ボルタもどきの足を次々と粉砕するが、効き目がない。

すぐに再生してしまう。


『ほい!」

犬丸に伸びるかぎ爪に、猫娘のクナイが突き刺さる。と同時に起爆術が起動し爆発する。

起爆術『爆破」の魔法が仕込まれていた。

間髪を置かずクナイを連続で投げる。

爆炎が広がる。

雑木林が燃え上がった。


犬丸は娘を背負っているぶん、若干速度が下がる。

そこを狙われていた。


気が付くとスエの反応が弱くなっている。

背に生暖かい感触がある。

血だ。

『!」

声をかけるが返事が無い。


ー 爪が!?


こんな事で時間を取られているわけにはいかない。

『まずい」

出血の量が多い。


ボルタもどきは合体を繰り返す。倍々で膨れあがっていく。

すでに3、40ダールを有に越えている物もいる。

巨大化したボルタもどきが絨毯を作り押し寄せてくるのだ。

合体しているにも係わらず、数が減らない!


林の中を駆け抜ける犬丸にボルタもどきの苛烈な攻撃がおこなわれる。

飛び猿、猫娘が援護を行うが、攻撃速度が次第に上がる。

もうすぐ、雑木林が終わり街道に出てしまう。


ー ふりきれない!

犬丸に焦りが生じる。


街道に出てしまうと、行商に行き交う人が大勢いるだろう。

民家も点在する。


被害が拡大してしまう。


だが、逃げる速さを遅らせることは出来ない。

それは死を意味するからだ。



雑木林が切れた。

『あれは?」

猫娘が気付く。


街道の上空に八人の黒衣の一団が横一列に並んで浮いていた。

正確には、円盤状の台座に手摺り用の取っ手が付いた乗り物に乗って浮いている。

ー 浮遊の術 ー を装填した術式(マジックソース)を台座に装備し使用している。

黒衣の肩の部分に金色(こんじき)の紋章が縫いつけてあった。


ー 国王直属の近衛魔法師団。


手には白銀に輝く両手杖(マジックワンド)ー 通称、(いかづち)の杖を携えている。


八人が一斉に杖を振る。

雷鳴とともにいくつもの稲妻が黒い絨毯の化け物に落ちる。


ー わぁ、高価なマジックアイテムを簡単につかうわぁ。

猫娘の素直な感想であった。


この攻撃でボルタもどきの移動速度を下げる事に成功した。

雷撃の爆音が辺りに響きわたる。

作戦は一時的にでも成功した。

ボルタもどきの足をとめたのだ。


この隙に、三匹は危険地帯をすり抜けていく。


『!あれは、」

魔法師の一人が気づく。

『ジタン殿の従者だ、構うな」

『ほう、あれが、なるほど」


三つの影が走り過ぎて行く。


『まだ気を抜くな、作戦はこれからだ」

『承知してます。」


下で蠢くボルタもどきに苛烈な電撃が加えられた。







8 再会




国王陛下との謁見は、ゴルディンの差し金、もとい(はか)らいですんなりといくことになった。


朝からルーがそれを知らせにドアをノックしてきた。

ついでに朝食を運んできていた。

焼きたての丸パンと柔らかいバター、野菜スープ。卵とベーコンの盛り合わせと豪華な食事である。


朝食を終えた頃に迎えの馬車が来たのには、流石(さすが)のジタンもたじろいだ。


4頭立ての豪華な馬車であった。

多分身分の高い賓客用に仕立てられた特別な馬車であるのは、誰が見てもわかるところだ。

近所の連中が何ごとかと集まってきたぐらいだ。


『陛下の大切なお客様」とでも言いふらしている可能性を考えてしまう。

先導する従者の緊張した態度から、ジタンは確信した。


ゴルディンとは城の城門を入り、馬車を降りてすぐに落ち合った。

国王陛下に謁見する割には、いたって軽装であった。

『普通の格好でこい」と言われました。

正装甲冑を付け損なったゴルディンは『しょうがないです」と頭を掻いた。

宮廷用の革製の鎧ー紋章入りーに金糸の刺繍が入ったマントを羽織っている。

たいするジタンは最初の風体と少しも変わらぬ。

二本の羽を両脇に刺したテンガロンハットをかぶり、背には鋼鉄の棒を袈裟懸けに担いでいる。

吟遊詩人風の上下にグローブとブーツ、そして綺麗になったマントを羽織っていた。



城内に入るとすぐに中央庭園が広がる。

色取り取りの季節の美しい花々が辺り一面に敷き詰められていた。


ゴルディンとジタンは緊張する二人の従者に連れられて東の塔に向かった。


陛下とは30数年前ぶりの再開となる。

そのため息の儀式ではあるが、時間を掛け過ぎたきらいがある。


王の側近から、謁見の場は通常の獅子の広間ではなく、東のラキエウスの塔に変更したと聞かされた。

ー ラキエウス、意味親な名を付けたものだ。

ジタンは隣を歩くゴルディンを横目でチラリ見しながら、こっそりと考えた。

ゴルディンもジタンがチラリ見をしているのを察しているだろう。

が、しらっと()かしている。


ー 何も語らぬが真実を(つむ)ぐ。


ー たしかレインが言った、?け、たしか。


王の意見(わがまま)で謁見ではなく、再会なのだと言い張った為、この場所になったとゴルディンかは告げられた。


ー とーぜん、仕切っているのは、国王陛下の右腕、魔法師神官レインに違い無い。

ゴルディンと共にジタンはラキエウスの塔に入った。

従者はここで待機する。


随分古い塔ではある。


たしか最初の名は魔法師の塔であった筈だ。

後で少し離れた場所に魔法師の塔は新しく建てられたのだ。


そして魔法師の塔はラキエウスの塔になった。

何故変える事になったのか?

当時を知る者は余りいない。


ジタンも知る一人ではあるが、語る言葉を持たない。


塔の螺旋階段を昇ると中程が広めに作られた部屋になっていた。

元は会議室であった部屋を改装し、王の私室にしたようだ。

部屋の入り口にも誰もいなかった。

護衛も下げたらしい。


ゴルディンは察したであろうが、構わずドアを軽くノックした。

中から(いら)えがあり、ドアを開けた。


だだっ広い部屋に豪華な家具が置いてある。

中央に手の込んだ模様がされたテーブルがドンとあった。

数脚ある椅子も同じ模様がされている。


そのテーブルの上位、椅子に座る人物がいた。


この国の最高権力者、現国王陛下であるラディオン三世その人であった。


◆◆◆◆





60の坂に掛かっているのに今だに衰える事を知らず。

世間の評判である。


ダークブラウンの髪にはさすがに白い物もまじるが、老いは感じさせない。

青い瞳の輝きは昔と少しも変わらない。


私室に居るため服はいたって簡素である。

一応マントを付けているが、軽めの簡易マントである。

中肉中背であったが、最近はあちらこちらに脂肪が付いてきているとゴルディンなどにもらしてはいるが。


王はジタンに気づくと思わず立ち上がり、自ら手を差し出した。

慌ててジタンが手を握る。


『陛下、ご無沙汰しておりました。お変わりなく」

『久しいなジタン、そなたはあの時と少しも変わらぬ」

王はジタンの変わらぬ姿にさほど驚かなかった。

ジタンの秘密の一端を理解しているし、レインから予め事情を聴いている。


部屋にはもう一人、神官レインが居たのたが、憂っそりとフードを深めにかぶり、窓際に立っていた。

ー 相変わらずたね、レイン。

30数年前の記憶が蘇る。

ここにいる四人で、よく遊んだものだ。


ラディオン三世が王位に付いて30年以上が過ぎる。


幼名はトール、当時は王位継承順位は第3位であった。

その彼が王位に就く事になった。

第3位であるトール王子はお気楽者で通していた。

そのほうが何かと都合が良かったのだ、


将来はどこかの領地を拝領して、公爵辺りで余生を送れると考えていた。

既にある子爵の娘との婚約も済ましていた。


妾腹の彼であるからそれで十分であった。

と言っても、正妻の子、第1王子や王女の二人と仲が悪い訳では無い。幼い頃からよく遊んだ仲であった。

母も側室ではあるが、特に迫害を受けた事も無く。

宮廷内も派閥争いが有るわけもない。


たが30数年前、ある事件が起こりトール王子の人生は急転する。


その事件の解決にジタンが大きく関わったのだ。

事件解決後ジタンはこの国を離れ、今に至る。


『陛下、昔話は後ほどにして、本題を先にされたほうがよろしいかと」

レインが静かに、されど厳しく言う。

『レイン、少しは良いではないか?」

『だめです」

レインはにべもない。

『陛下、私もその方が良いかと」

ジタンも助け船を出す。

『やれやれ、皆真面目過ぎる」

ゴルディンは後ろで、ただ頭を下げ恐縮している。


『ジタン、陛下はやめてくれ」

『は?」

『ラディで良い」

『陛下!」と、すかさずレインが注意しるが、王は手を上げて。

『誰も聞いてなどいないよ」

ー こまった王様だ。


『とりあえず、席にお座りくださたい」

仕方なくレインが仕切る事にしたらしい。


皆が席に付いたのを見計らい、レイン神官がジタンに促した。

ジタンは末席から立ち上がり、本題を切り出した。


『事態は深刻です。下手をしたらザーン大陸の危機になりかねません」

ジタンの第一声であった。







9 龍の(ドラゴンズアイ) へ続く
















































































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ