ボルタ編 その1
新しいヒーローを創りたい。
無敵の戦士を描きたい。
そんな思いで書き始めました。
残酷な表現もあるけど、きっとこの物語は面白くなる。
きっとだ、ぜてぇーおもしろい!
こうご期待!
1 プロローグ
バンナの森は深い。
北に広がる大森林の奥は人を決して寄せ付けぬ妖魔の森と呼ばれている。
巨木が森を作り、巨木が闇を従えて君臨する森。
昼となく夜となく奇怪な叫び声が、鳴き声が森に響く。
開拓民と名乗る人々は精々森のほんの入り口付近を、耕す程度であった。
開拓民と言えば聞こえは良いが、普通の民間人の筈がない。
都会で生きられない変人、ならず者の集まりに近い。
いわく付きの腕に覚えのある猛者達ではある。
その者達が世間から遠くはなれた、バンナの森で開拓民をやているが、それでも森の入り口付近で生活するのがやっとなのだ。
それ以上奥に行けばどうなるか?
試したいとは誰も考えなかった。
冬が終わり、春の兆しがはまだ少し遅れている。
森の中には、まだ雪が大量に積もっていた。
巨木の枝に積もった大量の雪が、重みで枝をへし折り下に積もる。
陽が届きにくいため、雪は氷つき、またその上に積もる。
冬の間その繰り返しであった。
まだ冷風が辺りを支配している。
北の大森林は春が遅い。
バンナは妖魔の住む恐ろしの森。
一度奥に足を踏み入れれば二度ともどれぬ、人喰の森。
人外の魔境に何があるのか?
北に続く大森林の奥から、人が戻れぬ筈の人喰の森の奥から、何者かが道無き道を歩いてきた。
まだ若い顔立ちの旅人であった。
中肉中背の、そこそこ身長があるスラリとした若者であった。
荒くれ揃いの開拓民が見れば、きっと腰を抜かすであろう。
年若い少年の様な姿の人間が、バンナの森の奥を平然と歩いているのだ。
彼らはきっと信じないだろう。例え自分の眼で見ても。
妖魔の変じた姿にしか見えないであろう。
暗い森の奥から来たとは、とても思えぬいでたちをしていた。
軽装である。
頭に黄土色が黒く変色したテンガロンハットを目深にかぶり、やはり長年の汚れで、黒く変色したマントを羽織っている。
テンガロンハットの山の左右に一本づつ、バロー鳥の大きめの白い羽根をキザっぽくさしてある。
そのテンガロンハットの後ろから束ねた髪が、背のマントの中ほどまで垂れている。
全体的な服装は普通の吟遊詩人を連想させる、チェニック風の上着とズボンを身に付けている。
腰には小さな銀の短剣を携えているが、武器と言うより何か料理するときに使うナイフであろう。
とても武器には見えない。
左手には少し大きめのリュックを抱えている。
軽装に見えるが、服装の汚れが長旅を連想させる。
元はそれなりに、綺麗な色だったのであろうが、全身が黒ずんでいた。
寒さを防ぐ為か、厚手のグローブと膝まであるブーツを身につけついる。
上等の皮を使っているのか、汚れてはいるが濡れてはいない。
撥水性があるのだろう。
普通の旅人と一点違うのが、彼が背にする武器であった。
袈裟懸けに背負うそれは、鋼鉄の丸い棒である。
マントの下にあるが先が右肩口から斜めに突き出していたが、棒の両端は布に巻かれている。
滑り止めであろう。
彼は長さは15~6リーグ程の、金属の只の棒を背負っていた。
普通、剣士とか戦士てかであれば、長剣か、大剣を装備する。
重ければ細身のレイピアを腰に差すだろう。
少なくとも、剣士でなくとも、腕に覚えがあれば剣が標準装備だ。
棒は武器と認識されない。
人から見ればだいぶ変わった風体に感じられるだろう。
まだ闇が濃い森を行く。深夜を過ぎて行く旅人はこの世界にはいない。
青年は一際巨大な木の根元で足を止めた。
『・・・」
少し考えてから腰をおろした。
リュックから紙袋を取り出す。
中から切り分けた干し肉をだした。
何時間ぶりの食事であった。
『・・・」
何か、一言呟くと右手の人差し指と中指を突き出す。
とボンと小さな音を発し、小さな火の玉が出現した。
辺りは少し明るくなる。
火の玉は炎になり揺らめく。
青年は初級の魔法を使ったようだ。
火炎球。
銀の短剣で干し肉を一口サイズに切り、刺して炎に当てる。
肉を少しあぶり、口に放り込む。
肉を咀嚼しながらリュックから金属製の細い筒状の水筒を取り出した。
一口飲むとまた肉を焼き食べる。
『!」
リュックに荷物を手早く片付ける。
同時に目の前の闇が裂け、真っ赤に燃え上がる赤い眼の巨獣が現れた。
ついさっきまで気配は無かった。
突然の出現。
耳をもつんざく凄まじ叫び声を上げ、立ちはだかる。
熊に似た異型の怪獣。
30タールを優に超え、灰色の剛毛を逆立て、以外な速さで襲って来た。
閃く爪が青年を襲う。
青年の姿は消え、爪はあっさり巨木を削り根こそぎ破壊した。
巨木は傾き、倒れてくる。
青年は空中にいた。
背の鋼鉄の棒を両手に持ち、振りかぶる。
異型の怪獣よりも速く、棒は振り下ろした。
裂帛の気合と共に、鋼鉄の棒が風を切る。
一閃!
怪獣は頭の先から叩かれ、真っ二つになった。
断末魔の叫びと共に、二つに裂けていく。
剣でもないのに、たかが鉄の棒で、できる芸当では無い。
血飛沫が上がる。
また闇が広がる。
バンナの深遠。
『たいしたものですな、ジタン殿」
出し抜けに背後から声をかけられた。
ジタンと呼ばれた青年は驚く様子も無く、振り返った。
そこには闇より暗い衣に身体を包んだ人影がたたずんでいた。
頭からすっぽりと頭巾をかぶり、表情も判らない。
その様子から、魔法士としれる。
『用か?ガラン?」
知った仲の様だが、険悪だ。
『貴様の差し金か?」
さっきまで何も気配が無かった。
行き成り現れたのだ。
『まさか!何故私が?」
ー ヌケヌケと。
青年の殺気が増す。
『まあまあ、そんなに熱くならなくとも、私はただ依頼がちゃんと行われるかを確認しに来ただけですよ。ジタン殿」
暗い頭巾の奥の、ミドリ色の瞳が揺れる。
『貴様から依頼など受けていない」
『私の依頼を蹴って、夢見の姫の依頼を受けられたのしよう。結果は一緒です」
声の無い含み笑いが聞こえる。
青年の棒が俊速の速さで、暗い影を水平に打つ。
ガランと呼ばれた影は四散した。
『おぼろを使うか、」
気配は既に消えていた。
ー 逃げ足も速いな。
棒をマントの下に担ぐとリュックを手に持ち直し、再び歩き始めた。何もなかったように。
どこかで鳥のさえずりが聞こえる。
夜明けが近いのか?
彼は今が夜だったと改めて確認した。
辺りに陽が刺してきたのか、明るくなってきた。
バンナの森の出口が近い。
青年、ジタンは足を一層速めた。
2 祟り神ボルタ
北の大陸ザーン、三つの王国の中で最北端の位置にミルザーン王国がある。
最北端と言えども巨大な土地を有する大国であった。
その王国の東側、ザーン山脈を背にアンバルの町が栄えている。
交易の要になる街道が幾つか交差していたため、自然に大きくなった町であった。
東から山脈を越えて国境を渡る商隊の基地になり、西から王国の荷馬車隊が山脈を越える前の中継地にしている。
どちらの街道もキチンと整備されてはいるが、それでも商隊を組んでいくならば荷馬車を守る護衛やら、身の回りの世話をする者やら、水先案内人やらを雇わないわけにはいかない。
どうしても人数は多くなる。
人の行き交いが増える。
行き交う人が多くなれば町は自然と繁栄し、人口も増える理屈であろう。
他の小さな街道も幾つか、交差している。
そこも次第に人の流れが増えてきていた。
発展が早すぎる為、小さな街道筋まで、なかなか手がまわらまわらない。
町は次第に大きくなり、もう少しすれば都市と呼ばれる位になるだろう。
アンバルの町。
最初は観光が主であった。
小さな町の真ん中に、丸く白い巨石があった。
観光の目玉である。
巨石の周りに自然と洋々な店がたち、家がたち、村になり町になっていったのが本当のところであろう。
なぜここにあるのか?
誰も知るよしもない。
王国の偉い学者らが何人も来て、何日もかけて調べた時期があった。
結果がでて、すぐに発表された。
『第八の祟り神の遺跡であろう」
その後、
第八の祟り神ボルタを封印した要石としてしられるようになった。
ただの巨石ではない。
丸い白い石である。
汚れもなく、傷一つ無い。
晴れた日に陽が当たると反射して、美しく輝く。
近くで見てると、頂上が見えない。
少し離れて遙か上がやっと見える。
度肝を抜かれる大きさであった。
さらに。
その石は浮いていた。
決して軽くて浮いている訳ではない。
小山程の重量があると推測された。
僅かではあるが地面と接していない。
押しても引いてもびくともしない丸い巨石は千年以上同じ場所に存在していたと考えられていた。
紙一枚がやっと入る位にではあるが、確かに浮いていた。
千年前からここに浮いていると言われる要石が、人気を呼んだ。
『ボルタの要石」そう呼ばれている。
要石が人を呼び、街道もつながり発展してきた。
アンバルの町は交易都市へと変貌し、人口はすでに50万を越えようとしていた。
巨大都市に変貌していくアンバルの中心に、祟り神の巨石が微動だにせず鎮座していた。
◆◆◆
『北の大陸ザーンが滅ぶ」
預言の賢者、夢見の姫からの依頼をされるために青年ジタンはわざわざ呼び出されていた。
『アンバルの町に血の雨が降る。それが兆しよ。ジタン」
『兆し?」
まだあどけなさが残る顔に大きな瞳で、ジタンをみつめる。
中央大陸ゾーンの最南端の王国エンガイヤ。
城は七つの離宮と五つの宮殿に囲まれている。その美しさは圧巻である。
美しき巨大なる城を持つ大国であった。
白亜の宮殿の奥、夢見の姫の預言の行われる一室。
エルザの部屋。
若い美少女が豪華な寝台に横たわり、薄衣を気にする風もなくジタンに語った。
下には何も着ていない。
透ける肌をわざとジタンに見せつけている。
当のジタンは気にする風もない。
従者すら人払いをし、ジタンと二人で話しをしていた。
普段は考えられない事であろう。
ー どうせ、また無理を言ったのだろうなぁ。
いつもの事だと、割り切る。
エルザの悪い癖だ。
『ボルタが復活する」
『!」
行き成り本題を切り出す。
『判るでしょう。ジタン、あなたなら。ボルタが復活すれば大陸ザーンは滅ぶわ、でもボルタは止まらない。他の大陸に飛び火し他の眠れる祟り神が反応して同時に蘇る可能性もある。
そうなったらもう誰も止められない。この世界は簡単に滅ぶわ」
『そこまで見えているのか?」
『可能性の未来を垣間見るだけよ、でも現実性はあると思う」
姫は薄く笑う。
ー 軽く言う。この世が滅びる話しをしているのに。
『兆しを調べるのか?アンバルに向かい、滅びの引きがねを調査することか?」
『そうね、ちょんと調査費は払うよ」
『高いよ」
『ふふ、それと同じ様な依頼があったら、そっちは断ってね」
『?、」
『ふふ」
『こんな重大事はちゃんと魔法省に伝えなくてもいいのか?」
『お気遣いありがと、魔法省にはキチンと筋は通してあるわ。でも、ジタンに頼んだほうが速く現地調査にいけるでしょっ」
にたりと笑う。
憎たらしい。
それが半年前であった。
夢見の姫エルザの言う祟り神とは、古代から伝承される災いであった。
世界に千年に一度、天より来る災いあり。
この世に祟り、人を亡ぼす神が舞い降りる。
古い伝承は今に伝える。
ジタンは早々に北の大陸に向かう事になった。
彼はだれよりも速く大陸を渡る方法を知っていた。
3 前兆
夢見の姫がジタンに依頼をしていた頃。
アンバルの町、いやアンバル交易都市と言ったほうがよいかもしれないが、人々の認識はまだ町である。
急激に発展した為であろう。
この町の有力者の一人娘に結婚話が持ち上がり、とんとん拍子で話しが進んだ。
相手は隣国出身の学者候補の優男で、名をランスといった。
有力者の知人の紹介で、夕食を兼ねた晩餐会で引き合わされた。
王国に研究の為、留学してきたと言うふれこみであった。
二人とも合うとすぐに、相思相愛になった。
皆が皆お似合いだと褒めちぎる。
一人娘の両親もその青年をいたく気に入り婿入りの話しがすぐにまとまった。
結婚が決まると彼女の両親は郊外に新居を建てる計画を早々に決めてしまった。
豪邸を建てる。金ならある。
町に気に入った式場や会場が無かった為、急遽会場から作る事が決まってしまった。
金にものを言わせる。
大量の作業員が集められた。
近隣の町や村に募集をかけ、集められるだけ集めた。
千人を越える職人が町に溢れた。
祝賀ムードが盛り上がり、華やかな空気が町に広がる。
なんと言っても町一番の有力者、大金持ちのひとり娘である。
出来ることは何でもする。
町の北側の小高い山の木が大量に切り出された。
それでも足りず、隣の北東の山の木も切り出された。
大量の木材は職人の手であっという間に建築材料に変貌し、新居に成っていく。
町の中に豪華な式場が姿を現した。
結婚話が、決まってからまだ二カ月程の事であった。
千人越える職人が集められた為、宿泊用の宿屋が足りなくなりすぐに建てられ始めた。
山の木はいくらでもある。
すぐに伐採し建築資材にする。
いわゆる建築ラッシュと言うわけだ。
食事をする食べ物屋に飲み屋、居酒屋があっという間に増える。
便の良さから同じ場所に集まるのか。繁華街になるのに時間はかからなかった。
いろいろな店が、軒を並べはじめる。
煮物屋、揚げ物屋、野菜に果物屋、魚屋、菓子屋、異国の珍しい食べ物を扱う店まで出はじめた。
夜になると繁華街に色を売る女達やはたまた男達?が、現れ始めた。
繁華街は一層賑やかに、華やかに変貌していく。
金の匂いに連れられて、賭博場が幾つも現れた
まるでお祭り騒ぎのようである。
そして三カ月が過ぎ、婚礼の準備が整った。
祝賀ムード一色に染まる。
お祭り騒ぎも最高潮に達する頃。
幸せな結婚式が行われるはずであった。
婚礼の前日。
何の前ぶれも無かった。
早朝から猛烈な暴風雨となった。
町を豪雨が襲う。
爆風が吹きすさぶ。
数十年に一度あるかないかの嵐であった。
町外れを小さな小川が流れているが、今は轟音をたてて濁流が流れている。
堤防などあるわけがなく、あっても役になどたたなかたっであろう。
あっと言う間に川は決壊し濁流は町に勢いよく流れこんできた。
手の施しようがなかった。
濁流は鉄砲水となり、町の住民を襲った。
洪水が人をたちまち飲み込んでいく。
強風は止むことを知らず、町を根こそぎ吹き飛ばそうとしていた。
家屋の屋根は吹っ飛び、板塀は木の葉より軽く舞い上がる。
暴風雨は破壊の限りに暴れ回る。
人々は身を寄せ合い、嵐が過ぎるのを待つしかなかった。
◆◆◆
やっと昼を過ぎた頃、豪雨は収まり始めた。
雨足は緩やかになってきた。
水かさも気持ち引いてきたかのようであった。
しかし、なぜが風は収まらない。
ー 一体どうなっているんた、この天気は?
ー 雨が止んできたのに、風がやまぬ。
ー 何かの祟りであろうか?
強風は人々をあざわらうかのように、ますます勢力を強めているようだ。
そして、火が出た。
皆が一番恐れていた事であった。
町の有力者が娘夫婦の為に新築をした豪邸から火がでたのだ。
火は炎になり、強風に乗って渦を巻き、火災旋風に変貌した。
豪邸を灰にしながら、その炎は風にのり一気に町に降り注ぐ。
洪水で疲弊した町を火災旋風が容赦なく襲った。
炎のうねりはまるで生き物のように暴れ回る。
炎の竜巻が幾十本立ち上がり、家々を灰に変えていった。
風はなかなか止まず、炎は翌朝も収まらなかった。
火災は二日間続き、町の三分の一を焼失した。
新しく出来た繁華街や式場などことごとく灰になった。
死者は実に一万人に達した。
有力者夫妻と花嫁に成るはずの一人娘は、新居の火災の中にいた。
娘が花嫁衣装を取りに行き、炎に包まれた。
両親は新居の二階にいて、逃げおくれた。
新居と共に灰になった。
新郎のランスは助けに行こうとしたとき、増水した水に流された。
目撃者がいて材木の大量に流れる濁流に飲まれた、と救助をたのんでいた。
捜索の手が回るはずもなかった。
王国からの救援活動もまだ何も始まらない。
道が土砂崩れで寸断されているのだ。
騒然とした被災地で、ある噂がたった。
この火災は付け火だ、と。
放火である。
火を付けた男を見たと証言する者まで現れた。
『ギム.ゾルが火を付ける所を見た」
『俺も見たぞ」
『俺も!」
幾人もの証言が湧き起こる。
町の住人は再び、騒然とした。
4 ギム.ゾルと言う男
ギム.ゾルは流れものであった。
人集めの波に乗ってアンバルの町にやって来た。
痩せた身体は貧相である。
ヒョロリとした風情であるが、一見して力仕事には向かない事は明らかであった。
髪はざんばらで頬はこけ、眼は落ち込みいつもギラギラしている。
何が得意とか、何が出来るとか、技術があるとか。
そう言うものが、彼は何も無かった。
出来ることは限られていた。
子供にもできる言づてに、人足の用足し、資材調達の運搬の手伝い。
ほんの片手間のお手伝い程度であった。
それでも金が手に入る。ご祝儀で意外に多く貰えた。
大工の手伝いをするともっと実入りが良い。
後片づけや、掃除でも意外に重宝された。
得た金で酒を買う。
夜は常に酔っ払ていた。
酒を飲みながら博打をする。
金はそれで全て消えた。
日銭を稼いで酒を飲み、博打でする。
毎日の日課であった。
ある日の夕刻、仕事した帰りに一緒になった四、五人の連中と酒場で飲んだ時であった。
顔見知りではなかったが、
『おごるぞ」
その一言で、ひょいひょいとついて行った。
あまり声をかけられた経験がなかったが、ただ酒が飲めるとあって喜んでついて行ったのだ。
この日は皆羽振りがよかったのかもしれない。
近くの繁華街にある行き付けの居酒屋に入った。
繁盛している店であった。
すでに八割方席が埋まっている。
空いている席に陣をとると、宴会が始まった。
皆、程良く酔いがまわりにぎやかに話しが盛り上がり、大声で笑ったり、歌ったりしていた。
酒飲み話しの話題の成り行きで、出身の話しになった。
『俺は隣村のサギの出身だ」
『おー、サギか、俺はその先の山向こうの村ラソンだぞ」
『なんだ隣村かーぁ」
などと、話しが弾む中、誰が彼に話しを向けた。
『ギムはどこの出だね」
『さて、どこかね」
『んー、あんた、あまり聞かない訛りがあるよなぁ、さて」
酒を飲みながら皆で首を捻る。
それがおもしろかったのかギムが重い口を開いた。
『隣の国の南端の村だ」
飲んでる中で一番かっぷくの良い男が、笑い飛ばした。
『ばかを言え、隣の国へ渡るのにザーン山脈を越えにゃあならん、お前の足で越えられるもんか!」
『う、嘘じゃない!」
『は!隣の国バンザーンまでいくのに、その先に幾つも難所があると聞く。まして南端だと?何十年かかる?」
ばかばかしいと付け加える。
まわりの者まで首を振りやれやれと両手を小さく広げる。
突然ギムは立ち上がり、男に殴りかかろうとした。
しかし、あっさりと払われ、跳ね飛ばされた。
壁にぶつかる。左足に痛みがはしる。
そんなに強くいなしたつもりではなかった。
『おいおい、どうした?」
皆が唖然とするなか、ギムは店を飛び出し路上に転がり出た。
ー くそ!
痛む足をひきずりながらギムはねぐらに帰るしかなかった。
どこに向ければよいのか、言いようの無い怒りがわきあがってきた。
ー くそ!くそ!
ー みんな、ぶっ殺してくれる!
不気味な事を考えながら帰路についた。
◆◆◆
その日を境にギムは仕事場に顔を出さなくなった。
が、ギムがいなくとも誰も気にかけなかった。
誰にも気にしてもらっていない。
別段いなくても誰も困らなかった。
彼が宿屋にしているのは、北の山の中腹にあった小さな社であった。
こりゃいいわ、と転がり込んでいた。
何かを祀る社であろう。
そこを宿屋にしている、罰当たりな男である。
社の中にには備え付けの燈明が設置されており、灯り用に油も蓄えられていた。
奥の壁に棚があり、その上に一抱え程の古い素焼きの瓶が置いてあった。
蓋には、かすれた字が書かれた紙が貼ってある。
封印の護符であるが、ギムに判るはずもない。
が、さすがにその瓶には手を出さなかった。
最近の好景気で社にお供え物をする信仰心のあつい者がいるようで、時々食べ物があったりする。
わざわさこんな所まで来て、もちだたったり、パンだったり、たまに酒を置いてあったりする。
ギムは有難く頂く。
足が痛む事もあり、お供え物を摘まみながら社の中で過ごした。
左足首が紫色に腫れていた。
倒れた時に捻って、捻挫でもしたのだろう。
少し蓄えていた食料、干し肉とか、ハムとか、そしてお供え物を当てに酒を飲む。
日がな一日、社の中で過ごしていた。
左足首の腫れが脈打つ感覚を感じながら寝たのだろう。
微熱があるかもしれない。
夢を見た。
何処かの村外れだろうか。
誰かに追われていた。
大勢に追われていたかもしれない。
なぜ?追われている?
悪さをしたのか。多分そうだろう。
村にいられなくなる程の悪さをしたのた。
追い詰められた。
後ろは断崖絶壁だ。
下には川が流れているが、目もくらむ高さである。
追ってが迫り来る。
鬼の形相で、手に手に鎌や鍬を持ち振りかざしている。
ー 俺はどんな悪さしたのだろうか。
『覚えていないのか?」
だれの声か?
『お前は村の娘を襲い、犯し、殺した、そして」
ー そして?
『喰ったのだ」
何かが頭の中でパチンと弾けた。
足元が崩れ落ちる。
ー あ!
身体が中に浮く。
轟音と共にに目が覚めた。
5 ボルタの血
一瞬、場所が判らなかった。
身体が本当に浮いていた。
思いっきり天井に頭を打ちつけた。
そのまま下に叩きつけられる。
激痛に声も出ない。
骨の折れたような嫌な音がした。
どこが折れたのか、あっちこっちが悲鳴をあげているため、検討がつかない。
まだ部屋は揺れ続けた。
身体をあちらこちらにぶつける。
やっと収まりかけて眼を開ける。
周りが赤い。
頭の何処かが切れたようだ。
血が眼に入った。
眼が痛い。
服の袖で眼をゴシゴシと拭く。
額から血が滴り落ちる。
血だまりが広げる。
汚い服をたくし上げ顔を拭う。
血臭が社の中に漂う。
痛む身体をで何とか這い上がる。
明かり取りの小さな格子から外を見る事が出来た。
『な!!」
巨大な岩石が、目の前に幾つも転がっている。
地面は荒れ、亀裂が走り、しみ出した水が流れを作っていた。
社が揺れる訳だ。
動転し壁ずたいによろける。
すると目に入ったのは奥の壁の棚に置いてあった瓶であった。
この激しい揺れの中、棚から落ちもせずしっかりとそこにあった。
揺れてもいないようだ。
不思議に思い、手に取ろうとしたときまた激しく揺れた。
弾みで手が瓶に触れた。
触れたと思ったと同時に瓶が床に落ちた。
『あ!」
素焼きの瓶が割れたと思った。
が、瓶は割れなかった。封印の汚い紙が破れ蓋が外れた。
すると瓶の口から何か、黒い液体の様な物が流れ出てきた。
コールタールのような密度のある濃い黒い液体であった。
あっという間に床にドロリと広がる。
『?!」
こんな大量の液量が入っていたのか、驚く。
床に溜まった血だまりに触れた。
黒い液体はまるで生き物のように、ブルっと震えたように感じた。
突然額の傷口にかじり付く、何かがいた。
反射的に右手ではらう。
バサリと何かが床に落ちた。
黒い生き物であった。
『鬼蜘蛛?」
この地方に棲息している小指の爪先より小さい蜘蛛の一種であるが、ギムがはらった生き物は確かに似てはいた。
背中にあたる部分に鬼面に見える紋様が紅く浮き出ている。
その模様から鬼蜘蛛と呼ばれているが、実際は小さな土蜘蛛である。
土に穴を開け、身を潜め自分より小さな昆虫を餌にしている。
毒も無く、まして人を襲う事も無い。
ギムを襲った鬼蜘蛛は似て非なる生き物であった。
大きさは人の拳大ほどもある。
足と思われる部分も両脇に五本づつ、十本もある。
先端に鋭い爪が光る。
背中の模様だけが鬼面に似ている。
胴体に小さな頭をが付いている。
口があり、牙すら見える。
眼が赤く光っている。
ー 鬼蜘蛛もどき。
ギムが手ではらった時、鬼蜘蛛もどきの牙が頭の皮膚を食い破っていた。
血が止まらない。
床にボタボタと落ちる。
その血だまりに黒い生き物が群がる。
数がいきなり増えている。
黒い液体は黒い鬼蜘蛛もどきに変わったのだろうか?
気がつくとギムの周りは幾つもの赤い鬼火が、びっしりと埋め尽くしていた。
上から腹の上に落ちてきた鬼蜘蛛があった。
上を見る。
天井にも赤い眼が満天の星のように閃いていた。
『!」
左手に激痛が走った。
鬼蜘蛛もどきが左手中指に食いつき、噛み切った。
『ギャッ!」
悲鳴をあげた。
ちぎれた指先から鮮血が噴き出す。
それが合図だったのか。
周りを取り囲む巨大な鬼蜘蛛もどきが、一斉にギムの身体に群がった。
腹に群がった鬼蜘蛛もどきは鋭い爪であっさりと腹を断ち割った。
内蔵がゾロリとはみ出る。
黒い塊達は一斉に群がる。
内蔵が喰われる。
胃が消え、腸が消えた。
悲鳴をあげようとする口に何匹も潜り込む。
舌が消え、喉に潜る。
顔に群がり、眼が喰われ鼻が消える。
ギムの身体は黒い生き物の絨毯の中に埋もれていった。
その時、地鳴りがした。
山が崩壊する。
斜面がズレ不気味な轟音が響く。
山の3分の2の土砂が一気に動き始めた。
止まらない。
社が大量の土砂の中に消える。
山津波であった。
麓にあった三つの村が山津波に飲み込まれた。
一瞬の出来事であった。
逃げる暇などありはしない。
五千人を越える人命が土砂の下に消えた。
◆◆◆
同時刻、夢見の姫エルザは、自室のベッドの上に跳ね起きた。
『要石の封印がやぶられた」
全身汗びっしょりであった。
ー 四つの聖なる社の一つが消えた。まずい、まずいわ。
要石の四方を四つの聖なる社で結界を張る。
東西南北、凛、星、香、嘆、の聖者の紋で縛る。
復活を阻止するための、封印の要石の力を強化している。
何千年も封印ができるのはこの仕掛けのせいである。
ー まだよ。まだ間に合うはず。
暗い部屋の中て一人呟く。
ー ジタン、まだ間に合うはず、そうよね。
6
三匹の従者
に続く
物語は佳境へ
いざ!