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夏雪

作者: 藍澤李色

即興小説から。お題は「早い冬」で制限時間30分でした。

 しんしんと降り積もる綿が、まるで雪のようでした。

 これから夏の盛りを迎えるというのに、この並木道だけ早すぎる冬が来たようです。

「だからねぇ、あんたの名前は『ゆきか』なの」

 私の名前は雪夏。ゆきか。夏なのか冬なのかはっきりしないこの名前は、母がこの並木道を見て思いついたものでした。

 六月の終わり、北海道も春っぽさがすっかり消え失せてどこからどう見ても夏の色に変わるこの季節。

 この街、札幌のいたるところで見かける背の高い街路樹は、夏の雪を降らせるのです。ふわふわとした真っ白いそれは、この街路樹の種なのでした。

 母と一緒にこの並木道を歩きました。病院の脇にあるこの並木道を、度々歩く機会があった理由を私が理解したのは、小学校も半ばを過ぎた頃でした。


 中学に上がった頃に、私はあの並木道を一人で歩くようになりました。背の高い街路樹の隙間から見える窓に、母の姿をみつけて手をふっていました。

 高校に入学する頃には、私はもうあの並木道を一人でもあまり歩かなくなりました。大事なことが他にもたくさんあったからです。

 高校を卒業して、大学を出て、もっと都会の街で就職して……いつしか私はあの夏に降る雪を、北海道の短い盛夏の前の、一瞬の夢のような冬のことを忘れていました。

 次に私が早い冬のことを思い出したのは、皮肉にも私の誕生日が迫った六月、母が雪が降るよりも遥かに高い空へと旅立ってしまった日のことでした。

 街路樹の降らす雪に白くおおわれていくアスファルトと同じように、あの時、私の心にも早い冬が訪れました。

 だけど私は知っています。冬の後に春が来ることを、早い冬は本物の冬ではないことを、今はもう、ちゃんと知っているのです。

 私はもうすぐ、子供を産みます。

 そう遠くない未来、歩くのでしょう。この並木道を、今度は私が小さな手を引きながら。母の想い出をたどって。

 夏に生まれてくるこの子に、私は『雪』の字を与えようと思います。

 この街には真夏が来る一足先に、雪が降るのです。

 あれほどに暖かくて優しい雪を、私は他に知りません。 

 半袖を着て触れても冷たくない夏の雪を、私はこの子に教えてあげたいと思います。


 背の高い街路樹が、タンポポの綿毛を大きくしたような種を風に乗せていきます。

 しんしんと降り積もる綿が、まるで雪のようでした。

 溶けない雪は、ふわふわと優しく、白くてきれいで、まるでいつの日か見た母の笑顔のようでした。

大昔にポプラ並木で有名な大学の近くに住んでいたことがあるのですが、あの辺はやたらとポプラが植林されているので、季節になると本当に雪のようにふわっふわ白いのが舞っていたのを今でもたまに思い出します。

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