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第九話   学校

教室に入った高見は、つまらない一日を乗り切るための栄養剤である、中島に目をやった。朝日を受けながら小説を読む姿が今日も美しい。これを見るために毎日、遅刻も欠席もせずに学校へ通っているようなものだった。

 不意に顔をあげた中島と目が合う。高見は恥ずかしさですぐにそらした。視界の隅には、天使のような微笑を顔に浮かべた中島がいる。耳が熱くなっていくのを感じ、高見は中島に気づかれる前に急いで自分の席に着いた。

 いつもとは違う今日。

 昨日の夜、コンビニで話をしたことで距離が縮まったのかもしれない。途中から話題がなくなり、おかしな空気になってしまったが、中島の表情を見るかぎり、特に気にしている様子はなかった。安堵の息を高見は吐いた。

 クラスメートと異世界ゲームの話をしていたノボルが輪から抜けて、高見のところへやってきた。


「どうした、なにかいいことでもあったか」


 高見を苛立たせる笑みをつくっている。


「いいことなんてなにもありゃしねぇよ、アホな夢を見てぐったりだ」


 リピドー・クエストとおぼしき世界に、暗黒騎士とかいう名のモンスターとして登場し、生意気なガキと戦った夢が瞼の裏に甦る。タクミと呼ばれていた少年の顔を、拳で吹き飛ばしたときの感触がいまでも手に残っていた。

 高見は手にまとわりついていたグロテスクな記憶を消そうと、机の下に隠れたズボンに擦りつけた。


「アホな夢ってなんだ、中島とキスでもしたのか」ノボルが平然という。

「ばっ!」


 勢いよく立ちあがった高見は、ノボルの胸ぐらを掴んだ。

 妄想では中島とキスをしたことはあったが、夢のなかでしたことはなかった。そんなことより中島さんとキスをする夢がアホなわけがない。

 高見はノボルの肩越しから中島を覗いた。サチ、ユキと楽しそうにお喋りしている。ノボルとのやりとりは聞こえていないようでひとまず安心する。


「そろそろこの手を離してくれないか、服がのびちまう」

「ふんっ」


 高見は椅子に腰をおろした。


「それで、どんな夢を見たんだよ」  


 ノボルがしつこく訊いてくる。


「たいした夢じゃねぇよ、生意気なガキどもに人生の厳しさを教えてやったんだよ」


 リピドー・クエストの夢を見たなんていえば、バカの仲間入りをしたと思われるため、高見は内容を濁して答えた。


「ほう、お前は夢のなかだと偉いんだな」

「夢のなか以外は、偉くないみたいな言い方だな」

「はずれたか?」

「まぁいい、お前も夢のなかに登場したら、なんちゃらクエストとかいう、バカなゲームを早くやめるよう説教してやる」

「説教するのはかまわないが出演料はしっかりいただくぜ」


 授業開始のチャイムが鳴り、ノボルは席に戻っていった。 

高見は鞄から教科書を出した。頭に取り憑いていた嫌な夢の記憶はいつのまにか薄らいでいた。ノボルとの会話が気分転換になったようだった。

 友達というのは悪くないな。学級委員長の「起立」の号令で高見は腰をあげた。



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