第八話 暗黒騎士VSタクミ 2
「やる気になったみたいだぜ、どうする」
「タクミ、おまえもうじきプレイヤーランクあがるんだったよな、こいつ倒して経験値稼げよ」
「そ、それって、ぼくがひとりで戦うってこと?」
タクミと呼ばれた気の弱そうな少年は、緊張をした面持ちになる。
「そうだよ、もしかして怖いのか」
「べ、べつに怖くなんてないよ、こんな雑魚モンスター、瞬殺してやるよ」
「よくいったぞタクミ、チーム三強のなかでおまえが一番ランクが低いんだからな、早くおれたちに追いついてもらわないと困るぜ」
「わかってるよ」ふて腐れた感じでタクミは言った。
高見の前に出てきたタクミは、細長い剣を正眼に構えて立った。鋭く尖った剣先が喉元を狙っている。
「馬鹿なことはやめろ」若干、上擦った声で高見は言った。
夢のなかとはいえ、刃物を向けられると恐怖を覚えた。だが、動揺を見せれば、負けだ。生意気なガキどもに、腹を見せるようなことはしたくなかった。鎧に守られている安心感も手伝って、高見はあくまでも強気に出ていく。
「また、なんかいったぞ」
「命乞いでもしているんじゃないか?」
「コンピューターが命乞いをするとか、ちょーリアルじゃん」
後ろに立っていた、眼鏡をかけた少年と小太りの少年は笑った。強張っていたタクミの顔にも笑みが浮かぶ。
高見の心臓は早鐘を打っていた。
夢のなかで体を刃物で切られたらどんな感じなんだろうか想像する。寝覚めが悪いことだけは間違いない。
「タクミそろそろ、そのモンスターをあの世へ送ってさしあげろ」小太りの少年がいった。
「わかったよ、トシくん」
ぎこちない動きでタクミが向かってきた。剣が頭上へ振りおろされる。
「ていっ!」
「ちょっ、あぶね」
高見は鎧で覆われた腕でブレードをガードした。冷たい音が響き、剣は簡単に弾かれた。鎧には傷ひとつついていない。攻撃のきかない相手を前にして、タクミの表情に焦りが滲む。
「馬鹿かタクミ、鎧を着ている相手におまえの細い剣を振り回してどうするんだよ、鎧の隙間を狙って突き刺していけ」
「な、なるほど、ありがとうテッちゃん」
余計なアドバイスしやがって。高見はとりあえず腹の辺りにある隙間を腕で隠したが、首もとや脚のつけ根、腕の関節部分にも剣をさしこめる場所はあった。
切られるのも嫌だが、刺されるのはもっと嫌だった。高見は全身の神経が皮膚の表面へ浮き出てくるような感覚に襲われた。指で突かれただけでも、叫び声をあげてしまいそうだった。
タクミは足を後ろへ引き、ブレードを水平にして突きの構えになる。怯えの混じった目で高見を睨むと剣先をすべらせてきた。
「ていっ!」
「あぶ」
「ていっ!」
「あぶ」
タクミは鎧の隙間から遠く離れた場所を突いていた。悔しそうに口もとを歪めている。
高見はタクミの顔面を殴り飛ばす隙を慎重に窺っていた。下手に拳をふって、がら空きになった腹の隙間に剣を刺し込まれたらたまったものではない。
「どこを狙っているんだタクミ、しっかりしろ」眼鏡をかけた少年テツがいった。
「わかっているよ、隙間が小さくて難しいん………」タクミは途中で言い淀んだ。僅かに俯くと「そうか、そういうことか………」と独り言を口にしている。
「どうしたタクミ、腹でもこわしたのか」訝しんでいた小太りの少年トシが訊いた。
しばらく固まっていたタクミは顔をあげるといった。
「トシくん、テッちゃん、僕こいつを倒す必殺技を思いついたよ」
タクミの表情は勇気と自信で満ちあふれている。
「なんていう技なんだ」テツが訊いた。
「その名も、タクミスペシャルだ」
タクミの目に光が帯びる。トシとテツは息をのんだ。
「タクミスペシャルか、強そうな技名だ」
「期待できそうだな」
二人は真顔で頷いた。
タクミは真っ直ぐな視線を高見にやると言った。
「きみのおかげで僕は、またひとつ強くなった、ありがとう暗黒騎士、そしてさようなら」
突きの構えをしたまま、タクミが駆けてくる。体からは一切の怯えが消えていた。
どんな技かは知らないが、おまえが隙を見せた瞬間、全力の拳を顔に叩き込んでやる。高見は腰を落としタクミを迎え撃った。
「ていていていていていていていてい!」
タクミは突きのラッシュを高見にしかけてきた。
「あぶあぶあぶあぶあぶあぶあぶあぶ!」
高見は素早く腕を動かしタクミの突きを受けとめた。
「下手な鉄砲も数打ちゃ当たるというやつか、考えたなタクミ」
「あいつを怒らせたらやばいな」
二人は恐怖した眼で、高見とタクミの戦いを観戦していた。
「どうした、どうした、暗黒騎士さんよお、ブルッておしっこちびっちゃたのかい!」
防戦一方の高見をタクミが煽ってくる。
このガキ、調子に乗りやがって。高見はタクミの胸ぐらを掴んで動きを止めようと手を伸ばした。タクミは体をひねり華麗にかわした。胴の隙間が、がら空きになる。
まさかこいつ、これを狙って俺を挑発したのか。体から血の気が引く。
「ていっ、てーーーーーーーーーーーーーーい!」
「あぶ、あぶーーーーーーーーーーーーーーー!」
タクミの剣先が鎧の隙間に滑り込んできた。冷たいものが肌に触れる。夢とは思えないあまりにもリアルな刃物の感触が伝わってきた。高見は目を剥いた。
「あぶねぇって、いってんだろ!」
手で剣を払い、タクミの顔面を殴った。拳がタクミの顔にめり込む。普通、顔を殴ればその辺りで止まるはずだが、高見の拳はそのまま突き進んでいった。骨を砕き脳を破壊し、タクミの頭は爆発したように吹き飛んだ。一拍の後、首から大量の血が噴き出す。
静寂が訪れる。頭を失ったタクミを含め、その場にいた人間たちは、言葉をなくして佇んでいた。
「ちょ、ちょっと強く殴りすぎちゃたみたい………てへぺろ………」
成功する確率は0%だが、高見は場を和ませようとおどけてみた。
タクミの体が倒れると、トシとテツは我に返った。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、ひとごろしぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
腰を抜かしたのか、二人は地面を這い蹲りながら逃げていった。
「こ、こら、誰が人殺しだ、これは正当防衛だぞ」
高見は遠く離れていく二人の背に向かっていった。
魂の抜け殻となったタクミに目を戻すと、体が薄くなっており、地面の苔が見えている。数秒後には視界から完全に消えた。
いったいなんだよこの夢は。高見は気分が悪くなり、傍に立っていた樹に手をついた。タクミの頭が吹き飛んだときの映像が甦り、吐き気がこみあげてくる。
不意に高見は樹の幹の堅さを確かめた。しっかりと中身がつまっている音が聞こえてくる。腕を後ろへ引き、まさかなと、思いながら僅かに力を込めて殴った。
樹の幹は粉々になり、辺りに飛び散った。しばらく茫然と佇んでいた高見は、自分の拳を見つめて呟いた。
「俺、つえぇ」
突然、笑いがこみあげてきた。体の底から楽しさが溢れてくる。高見は我慢できなくなり口を開けて笑った。
「はーっはっはっはっはっはっはっ!」
邪悪な笑い声が、雲ひとつない青い空に轟いた。




