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第1話   高見ケンイチ

 右を見ても異世界。

 左を見ても異世界。

 異世界。

 異世界。

 異世界。


「くだらない」高見ケンイチは誰にも聞こえない声で呟いた。


 クラスメートたちは、プレイしていなければ仲間はずれ必須といわれている、VRMMORPG、リピドー・クエスト、通称、異世界ゲームの話で盛りあがっている。

 エアーがどうとか、西のタイトナがどうとか、魔王イドがどうとか、高見にはさっぱりわからない用語が教室内を飛び交っていた。


「クソだな」口もとを拳で隠し再び毒づく。


 国がひとつ動くほどの資金が投じられ開発されたリピドー・クエストは、脳波を受けとりコントローラーなしでアバターを自由に動かせるゲーム機、ヘッドマウントディスプレイVRとF社から同時発売された。

 現実と見まがうようなグラフィックに、ゲーム機の特性によって得られる高い没入感から瞬く間に世界中で大ヒットし、いまではやっていない人間を探すほうが難しいほどプレイヤー人口を獲得していた。

 当時、僅かにいた高見の友人たちは、リピドー・クエストが発売されるやいなやその話題で持ちきりになる。

 ゲームというものに興味がなく、天の邪鬼な性格の高見はリピドー・クエストをやることを拒否し、友人たちは徐々に離れていった。

 高見が孤独な学園生活を送るようになり、リピドー・クエストを敵視するようになってから、二年目の夏を迎えていた。

 クラスメートたちのくだらない会話は無視して、一番前の席の窓際に座る、黒髪でショートヘアの少女に視線をやる。

 朝の新鮮な陽を受けて全身の輪郭が光っており、神々しく見える。

 高見はこの美しい少女に合う表現を考えた。


 砂漠に湧いたオアシス。

 緑ばかりの草原に咲く一輪の白い花。

 隣国のお姫様。

 異世界バカたちの話には加わらず、静かに小説を読む姿は、山頂の空気のように澄んでいて、見ているだけで黒く濁った心を浄化させる。


 中島美貴さん、今日も知的で美しく、そしてカワイイですね。


「ふぅー」高見の口から感嘆の溜息が漏れる。

 

 クラスメートたちよ、好きなだけバカな異世界ゲームの話をしていればいい、俺には関係のないことだ。

 高見の顔に余裕の笑みが浮かぶ。


「おっはよー、ミキ」


 教室に二人の女子が入ってきた。中島は読んでいた小説を机に置くと、元気な挨拶を返した。


「おはよう、サチ、ユキ」


 中島は黙々と小説を読む、おとなしくてカワイイだけの女子ではない。

 社交性のある人間でもあった。

 そのために中島は、高見と同じくリピドー・クエストをやっていなかったが、沢山の友人がいた。

 高見の周りにはバリアでもはっているかのように人がいない。


「ははっ………」高見は自嘲気味に笑った。


 さらに人が離れていく気配を感じる。


「ミキも異世界、冒険しようよ」


 サチがミキの後ろから抱きついた。

 手が胸に触れている。

 高見の目が獲物を狙うハンターになる。一瞬も逃すまいと、まばたきをしないで覗き見た。


「わたし、そういうゲーム興味ないっていってるじゃん」

「ミキなら女剣士とかいいんじゃない、運動神経いいし、モテるよ」


 ユキが顔を近づけて言った。


「もう、やめてよ」


 中島の頬がほんのり赤らむ。

 二人は中島の肩に腕を回して「いこう、いこう」といいながら体を揺らしている。

 中島さんを無理矢理、誘うんじゃねぇ、この異世界ヤリ○ンどもが。高見は心のなかで二人を罵倒したがすぐに思い直す。

 仮にも二人は中島さんのご友人だ、ヤリ○ンは言い過ぎだな、ヤリガールとでもしておこう。

 どうでもいい訂正をしていると授業開始のチャイムが鳴った。

 リピドー・クエストの話をしていたクラスメートたちは、名残惜しそうに席に着いていく。

 やっとバカどもの口が閉じたか。

 高見は教科書を開いた。

 学生の本分は勉強である。中島さんに嫌われないよう頑張るぞ。

 高見は気合いを入れてペンを握った。


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