神様のキスを
今の私には何もできない。
「以上で、発表を終わりにします」
夏休みを利用して行った、東南アジアへの研修プログラム。孤児が多く通う小学校、託児施設、私より年下のシングルマザーもいる職業訓練所、様々な施設を視察した。
国際関係学を学べる大学を受験するつもりだったけど、見れば見るほど、私には何もできないと思えてきた。
「発表しながら泣いてたわね」
研修の報告会の後、引率だった先生に呼び止められた。
「…はい。自分の無力さを思い出して」
「何かあったの? 託児所でもずいぶん塞いでたようだけど」
本当に生徒をよく見てる先生だ。
「ひとり皆の輪に馴染まない子がいたので、気になってかまってたんです」
「うん」
「その子ずっと無反応だったけど、私たちが帰るって時に…、急に無言で私にしがみついてきて…」
また涙が出てきた。
「でも私は行かなきゃならないし、私、何もできなくて…、その子のほっぺにキスだけして、出てっちゃって、なんでこんなに無力なんだろうって…、すみません」
「いいよ」
「私、進路考え直します」
「どうして?」
「もっと、手に職をつける系に変えます。どうせ何もできないんです…」
何かしたいって思っても、力になりたいって思っても、私には何もできない。
「私はクリスチャンじゃないんだけどね」
急に先生は話題を変えた。
「すべての子どもは神様から祝福されてると思うのよ。ただ、その祝福を受ける方法を知らない子が世界中にいるんじゃないかな」
「はぁ…」
「だから誰かが『あなたは神様から愛されているのよ』と教えなくちゃならないわけ。神様のかわりにキスしたり、抱きしめたり、語りかけたり、勉強を教えたり」
「……」
「それは、いっぺんに大きなことをやらなくてもいいのよ。小さな愛情を積み重ねて、いつか大きな愛になれば」
私にも、
「できることはあるんですか…?」
「もちろん。少なくとも、その託児所で会った子に咄嗟にキスしたのは、慈悲深さと行動力がある証拠よね」
「…ありがとうございます。勉強します」
先生はマリア様みたいに微笑んだ。
勉強しよう。考えよう。今の私には何もできない。世界中の子どもたちに、神様のキスを届けられるように。