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2nd Record:aircolor④

リリスとミエンの競争の最中に発生した重力の嵐。二人の勝負に決着は――!?

……遅くなってしまいました。AIRLINE2nd最終話です。結構な長文になってしましました。最後までお付き合いいただけたら幸いです。

【6th Flight】


 ――重力の嵐。


 リリスはこの単語の意味を理解するのに数秒かかった。全思考を競争に傾けていたせいで、脳の切り替えに時間が必要だったのだ。

 連鎖的に、対応も遅れてしまう。

「あ」

 空色の小鳥は深紅色の機体を圧倒している最中だった。右曲りのコーナー地点。リリスはモニター奥に漂う黒雲を見つめる。

 どう動く? そんな迷いがリリスの頭を埋めた。

 コーナーを抜けた後は直線のコースが続いていた。リリスは掴んだ勝機を逃さぬよう、スピードを更に上げようとしていたのだ。自分が最も黒雲に近い。

 ここで経験不足が災いした。

「くっ」

 かつての覚醒時事件と同じように、リリスは上昇しかけた速度によって外側のガードレールから離れようとしたのだ。

『――馬鹿!』

 ミエンの怒声が響く。

 直後に、重力をまき散らす黒雲がガードレールを乗り越えてくる。黒と紫の混濁した光を放出し、リリスを引き寄せようとしていた。

 空色の機体は引力によって速度を落とされる。リリスは咄嗟の行動が過ちだったとすぐに理解した。

「重力を抑制――できない⁉」

 小鳥の翼は推進力と重力の抑制という二つの機能を兼ね備えている。リリスに足りなかったのは機能の発動配分である。推進に全力を注いだ小鳥は、重力抑制に力を殆ど回せなくなったのだ。

 正面モニター全面に黒い雲が満ちていた。視線だけを左右のモニターへ向けるが、全く同じ光景が映っている。この間合いでは抑制も間に合いそうになかった。

 駄目です、逃げられませんっ。リリスが胸中で呻き、両目を強く閉じた。

 ガンッ! ――機体全体に衝撃がかかる。

 リリスは粉々になった自分の機体を想像した。だが、体が不思議な浮遊感に囚われていた。

「え……?」

 恐る恐る目を開く。

 モニター上の黒雲に変化はなかった。唯一違っていたのは、黒い背景に浮かんだ深紅色の隼型があること。ミエンがリリスとすれ違いに重力に引き寄せられたのだ。

「ミエンさんっ⁉ どうして!」

 先程の衝撃はミエンの機体がぶつかった音だったのだ。瞬間の速度は彼女の方が速い。衝突しあえば空色の鴉型が吹き飛ぶのは必然だった。

『お――逃げ――、アタシは――夫だ――』

 黒雲が通信を遮っているのだろうか。ミエンの声は途切れかけており、内容を全く聞き取れなかった。

 ミエンが光の膜を厚く張った。これで重力は抑制できるが、抜け出すことは出来なくなった。無抵抗のまま、深紅の機体がリリスから引き離される。

 内側のレールへ飛ばされる機体の中、リリスは黒雲に飲み込まれてゆく深紅色の機体に見入っていた。全容は段々小さくなり、最後に画面は黒一色へと戻る。

 救われたリリスは一人泣きそうな声で呟いた。

「どうして…………」


 重力の嵐発生に警報が鳴らなかった。

 この原因がいったい何なのか。重力抑制に向かう二年生たちは通信で論議を醸していた。

『……とにかく、一人飲み込まれちまったんだ。早く救出しないといけない』

 一人の声が謎の論争を打ち切らせ、緊張感を走らせる。

『なあ、カインド?』

 自分に同意を求めてきたので、組み立てていた推論を崩してカインドは返答した。

「ああ。この話は後でやろう。……それと、僕のことは心配しなくていいよ。退院したばかりだけど、腕は衰えてないから」

『……珍しいな、そんな強気な発言をお前がするなんて』

 意外そうだといわんばかりの声に、カインドは自分でも苦笑した。ここ数日は仮想訓練を繰り返していた。これは確かに自分らしくない。

 本来ならば面倒だと遠ざけるリハビリだったが、脳裏で応援する後輩の笑顔が訓練に駆り立てていたのだ。

「珍しいと言えば……、一年生同士の競争でこんなに観客が集まってるのも珍しいね」

 カインドは出発直前に送信されたデータを読み返した。今回の出動に当たって、どれだけの人命が危機に晒されているかという情報である。幸いにも警報がなくとも避難は早かったらしい。

 だが、競争中だった小鳥が一機、黒雲に飲み込まれたという話だ。

 要請を受けた二年生は大事を取って約十人のチームを組んで出動した。

 この構成メンバーは単純に成績の良い生徒から集められている。カインドはその中で五本の指に入る実力を持っていた。

『ん? ……ああ、何か凄い対決なんだとよ』

「へえ、どんな?」

 右横の通信映像に向かって尋ねるカインド。入院していたので学園内の変化には疎い。話しかけてきた友人が仕入れてくる話題が頼りだった。

『何と! こないだ転校してきた大天使階級とあの最速の操縦者との競争――』

 ゴンッ!

『って、どうした、カインド⁉』

 話の途中でカインドは頭を操縦席の前方へぶつけた。あまりにも唐突な話題であり、初耳だったことが衝撃であった。

「……何、やってんだ。二人ともっ?」

 カインドは唖然とした顔で操縦に意識を注入した。愛機の速度が増加し、先陣を切って現場へ向かう。

 右横から友人が声を投げかけていたが、カインドには届いていなかった。

 黒い大型の小鳥。いわゆる梟型アウルに分類される機体だ。それがカインドの操縦する小鳥だった。速度、機体転回は劣っているが、出力に関しては最も高い性能を誇っていた。

 自分は何も知っていなかった。そんな後悔がカインドを焦らせていた。どちらか一方が危険な状態にある。そのどちらもカインドと関係があった。

 梟型は黒雲に対して有効な機体である。自分が救わなければ、とカインドは胸中で誓う。

……そもそも、何であの二人が競争なんかしてるんだ?

 心底に溜まってゆく不安をよそに、カインドは疑問に思わずにはいられなかった。

 数分後。

 カインド達二年生は黒雲を前に一際強い光を放つ小鳥を視認した。それが噂の大天使階級だと声が上がった時、カインドは率先して彼女に通信を繋げていた。

「リリスちゃん?」

『……その声は……カインドさんですかっ?』

 右のスピーカーが送ってきたのは驚きと不安が両立したリリスの声だった。カインドが瞳を細めて、右の通信機器を何度か操作する。だが、彼女からの映像通信を見ることは出来なかった。

「…………。君がここにいるということは……。黒雲に巻き込まれたのはミエンなのか」

 悲痛な返事が的を射ていると保障した。

『はい、ミエンさんが……私を助けて、くれて。私が、あんな失敗、しなければ……。また、私のせいで。……うぐ、助けに行かないと……!』

 動揺を隠しきれない語勢だった。カインドはリリスの精神状態が安定していないと見極めた。その状態では飛行そのものが不安定になる。

 重々しく首を横に振り、カインドがリリスを戒めた。

「――駄目だ」

『でもっ! 私のせいで! それに大天使階級の私ならきっと』

「映像通信も使えない君では、余計被害が拡大するだけだ」

 リリスの請願を冷たく突き放す。スピーカーの向こうで息を詰める気配があった。事実、操縦に慣れたとはいえ、飛んでいるだけで黒雲は抑制できないのだ。

 前回の覚醒時は単純に黒雲を突き抜ければ良かった。

 しかし、今はミエンという救助者がいる。

 階級の差が実力なのではない。経験こそが黒雲に最たる対応策なのだ。

「……それに、あいつを助けなきゃいけないのは君じゃない」

『……ふにゅ?』

 経験とはまた別に裏打ちされた沈着溢れる口ぶりだった。訝しんだリリスの様子が伝わってきたので、カインドは率直に公言する。


「ミエンを助けるのは……兄である僕の役目だ」


 小さな後輩はしばらく黙り込む。

 幼さの漂う絶叫がカインドの耳朶に完膚なきまで轟きだした。

『……ええええええええぇぇぇぇっ⁉』


【7th Flight】

 子供の頃の情景が目の前に浮かんでいた。

 ――ああ、懐かしい。

 ミエン・エグニームは穏やかな心情で見つめ続ける。

「今日からあなたのお兄ちゃんになるカインドよ」

 自分の両親は幼い頃に他界してしまった。身寄りがなかったミエンは両親と交流があったというエグニーム家に引き取られることになった。

 そこで初めて出会ったのが、エグニーム家の一人息子カインドだった。

「よろしく」

 ずっと一人っ子だったせいか、突然現れた兄にどう接すれば良いか分からなかった。ミエンは唯一心を開けるエグニーム家の当主夫人の後ろへと隠れる。

「あらあら、照れているのね」

 カインドの母は身を潜めたミエンを眺め、微笑ましそうに話しかけた。

「大丈夫よ。……私も、カインドも、皆あなたを大事な家族だと思っているから」

 そんな優しい言葉をかけてくれた彼女は、数年後に病で没した。

 エグニーム家は深い悲しみに覆われた。しかし、カインドだけは赤くなった瞳を強く凝らして、必死に流涙を耐えていた。

 反対に最も信頼できた義母の死に悲嘆するミエン。

「大丈夫……だから」

 カインドがいきなり投げかけた励行にミエンが顔を上げた。

「僕が、君を守るから」

 ミエンはこの時、初めてカインドを兄と呼んだ。それから自分にとって一番憧れる人となったのだ。

 時は流れ、ミエンは今最速の操縦者として名を馳せている。元は名門のエグニーム家に恥じないよう努力したつもりだった。言わずもがな、敬愛する兄の後を追ったというのも一理ある。

 兄は本当に才能溢れる操縦者だった。操縦者となることを決めた当初の自分とは実力の距離がかけ離れていた。ミエンが速度を追及するのはその差を一刻も早く埋めたいからだ。

 だが、もう追いつきたい兄はいないのである。

 彼はあの背の小さい大天使階級の後輩につきっきりだ。かつてカインドが誰にも相談せずに悩んでいたことを知っている。それをいとも容易く解決したのがリリスだ。

 最速と称えられ、兄と同等の立場に来れたと思っていた。

 ――だからこそ、カインドはもうミエンを守ってくれないのだろう。ましてや、自分を頼ることさえないのだろう。

こんなことなら速さなど求めなければよかった。

 悔恨に後押しされて暗転した視界の中、空色で満ちた風景が広がる。

 十二本の翼で飛び立つ灰色の小鳥が見えた。

 あの機体に兄が乗っていると知り、そして自分ではない誰かが傍にいると理解した時。ミエンは心で何かが枯れてしまった気がした。

 乾いた声でミエンは自分に背を向けたカインドへ尋ねかける。

 ――ねえ、もう一緒に飛んではくれないの?


 熱い何かが皮膚を伝う。くすぐったい感触は感覚を揺さぶり、記憶の海を漂っていた操縦者を奮起させた。

「――――っ!」

 ミエンは途切れていた意識を覚醒させる。

 ついで、自分が涙を流していたことに気づいた。鬱陶しげに眼の隅を指先で拭い、急いで状況を確認する。

「確かアタシは……あいつを助けて……。そうだ、ここは黒雲の」

 モニター全てを埋める黒い雲を認識した瞬間、握っていた操縦桿から伝わる重くざらついた感触が蘇った。ミエンの目覚めに応じて神経の鋭さが戻ったのだ。

 奇跡的に、気絶中に操縦桿から両手は離れていなかった。不幸中の幸いだ。もしも手が触れてさえもいなかったら、この機体は操縦者ごと潰れていたはずだ。

「くそっ、ここはどこなんだ……?」

 操縦桿を掴む掌にじんわりと汗を滲ませつつ、ミエンは一先ず通信機器の操作に努めた。前方モニターに設置されたレーダーを頼っても効果はない。黒雲の反応だけで全範囲が埋め尽くされている。位置座標さえも判明しなかった。

『――エン! 聴こ――か⁉ ミエ――』

 ザザッ、と不鮮明な音を弾きつつ、スピーカーが聴き慣れた声をミエンに届かせた。

「兄貴かっ?」

『ああ――、ミ――、だ――夫か⁉』

 何を言っているか不明だったが、一番親しい人物の発言は声の雰囲気だけで読み取れる。

「なんとかな……でも、脱出できるかどうか……」

 そう口走り、ミエンは自分の弱気を自覚した。

 実を言えば、かなり危険な状況下であった。エネルギー残量は充分だが、隼型はそもそも重力の抑制力が小さい。大きな重力が機体にかかってしまえばひとたまりもなかった。

「くそっ」

 ミエンが左右の手に神経を集中させる。光の膜を強化するのではない。この場から脱出しようと推進力を極限まで溜めているのだ。

 だが、ミエンの意識が途中で途切れてしまった。

「……んで、……何で飛べない!」

 片足を振り上げて操縦席に踏みつける。脚力がものを言って機体全体を振動させた。

 ミエンは諦めて他の脱出方向を探そうとする

 スピーカーに新たな通信が入ったのはその直後だった。

『――エンさん! 大丈――か⁉』

 紛れもなくなく対戦相手である大天使階級の声だった。自分の体調を窺うような声音がミエンの心をかき乱す。

『私のせいで――』

 彼女の発言にミエンが目くじらを立てた。

「うるさい。アタシは別にお前を助けた訳じゃ」

 では、何だというのか?

「…………」

 閃いた疑念にミエンは口を開けて呆ける。

 リリスを黒雲から遠ざけようとしたのは事実だ。黒雲を抑制する操縦者としては当然の行為であった。しかし、ミエンが不思議に感じたのは別なことである。

「ああ……そうか」

 自分は、何も考えていなかった。

 自然に、反射的に、操縦を行っていたのだ。

 その瞬間こそ、ミエンの機体は最速の名に応じた速度を出していた。

 心中にかかっていた靄が晴れていく気がした。自分は迷いすぎていたのかもしれない。いつの間にか前を向くことを忘れていたのだ。

 後ろを振り替え続けていた。だからこそ目の前が見えなくなり、駆けるべき足にきちんと力が入らなかった。

 純粋にもう一度走ってみよう。あの大天使階級みたいに……全力でぶつかってやろう。

 ミエンは転校生であるミエンのことを転校以前から知っていた。カインドの見舞いに訪れた際に彼が話してくれたのだ。

 カインドは彼女をこう表していた。――純真で自由だ、と。

 視界の両端で光が強くなった。愛機がミエンの心情に共鳴しているのだ。

「……おい、大天使階級」

『どうし――た、何かあり――たか⁉』

「アネットと……兄貴にも伝えておけ!」

 暗黒の正面に気力を宿した瞳が迎え撃つ。


「これから……アタシの全身全霊のスピードを見せてやる‼」


 ミエンは光る双翼を再度後方へ折りたたんだ。愛機の後端にて推進力が貯蓄されていくが、いまだ発進はしない。

 陸上のクラウチングスタートの如く、両手で地を掴み、初めの一歩で全力を解き放つ。

 最速の操縦者は叫んだ。

「行っけえええええええええええええええっ‼」

 解放した推力によって加速され、深紅色の隼は一瞬にして姿を掻き消した。


 急に途切れた妹の通信にカインドは不安を隠せなかった。

「おい! おいっ、ミエン!」

 どれ程呼びかけても右横のスピーカーは反応しない。最後にリリスが話していたはずだが、それ以降音通不審となっている。カインドは最悪の事態を如実に胸中に忍ばせていった。

『カインドさん。ミエンがどうかしましたか?』

 切羽詰まったカインドの耳にスピーカーからの呼びかけが入った。今回、リリスとミエンの競争での審判兼司会を務めたアネットだ。

「……分からない。リリスちゃん、君が話した時はどうだった?」

『は、はい。全身全霊のスピードを見せてやる、と急に伝えて通信が切れてしまいました』

 リリスが取り次いだ言葉にカインドはぴくりと眉を動かした。

『……リリスちゃん、ミエンが全身全霊と言ったの?』

 どうやらアネットも同じ意見を抱いたらしい。通信回路を二人同時に開いている為、カインドにもやり取りが伝わった。

『なら大丈夫よ』

 アネットが親友の意図を短く翻訳する。

『ミエンはもうすぐここに来るわ』

『ど、どういう』

 ブォン、と轟音が一切のざわめきを吹き飛ばした。

 競争会場にいた全員が音源の方を振り返る。

 黒い暗雲の中。空気を叩く響きが空を浮遊する小鳥達に近づいていた。

「……あの、馬鹿」

 カインドは無意識に毒づいた言葉を出していた。矛先は良く知る操縦者へと向けられている。今や自分さえも追い抜いた最愛の家族でもある少女のことだ。

「相変わらず世話が焼ける妹だ!」

 両脇の操縦桿へ意識を流し込み、カインドの機体が黒雲の近くへと羽ばたいた。

 黒雲の一点が膨れ上がる。

 まるで中から押し出されるかのように、黒雲はどんどん膨らんでいった。

 ついには槍の如く鋭くなったところで弾ける。

 ――赤い軌跡を描き、深紅の隼が烈風を纏って姿を現した。翼の残像と機体の色が混じり合い、真っ赤な航空路が真っ直ぐ刻まれる。

 重力の檻に開いた穴からは強い風が吹き荒れ、近づいたカインドはもちろん、遠くに待機していたリリスまでもが耐え切れずに悲鳴を上げた。

『うにゃ……! これは、まさか……、高速飛行で発生した風圧⁉』

 聴覚の片隅で流れる推測を肯定しつつ、カインドは閃光と比喩できる速度の隼型へ必死に追いつこうとした。

「もっとだ……!」

 額に疲労の汗を滲ませつつ、カインドは機体を更に加速させた。

 あの機体は確かにミエンのものだ。本来なら脱出できたと喜ぶべきだが、新たな問題が迫っている。

 現在の速度はミエンの過去最高記録でもあろう。しかし、それを出す為にミエンは残量エネルギー全てを使い尽くしたのだ。スピード、この一点を求めきったことで黒雲の分厚い壁は突破できた。

 問題なのは、言葉通り全身全霊を使い尽くした後だ。

 機体の全エネルギーを消費した故、ミエンの機体はもう飛ぶことが出来ない。現状は高速飛行の慣性が働いているだけだ。

 もしもカインドが追いつかなければ、ミエンは黒雲が蔓延る地表へと墜落してしまう。

「間に合ええええぇぇぇ!」

 隼型の小鳥が徐々にスピードを落とし始めた。カインドは降下を見定め、距離を一息に詰める。

 黒い梟型の表面に、赤い影が重なった。

 ガクン。

 カインドが機体を上昇させる。その手ごたえにはもう一機分の重みがあった。

「ふう……」

 張っていた双肩を落とし、上方のモニターへと面を向けるカインド。

 その先には深紅色の小鳥が乗っており、無傷の状態が操縦者の無事を示していた。自分の背に乗った妹を眺めつつ、カインドは労わる様に彼女へ話しかけた。

「お前をおんぶするのも……久しぶりだな」


【8th Flight】

 黒雲の発生という緊急事態を踏まえた上、リリスとミエンの決着は意外な形でついた。

「私の負けです。参りました!」

 自分の意向を堂々と示し、リリスは目の前のミエンへ頭を下げた。

「…………へ?」

 対するミエンは疲れのせいか格納庫の壁へだるそうに寄りかかっている。全身全霊というのはやはり体力を消耗するのだろう。

 リリスは顔を上げ、赤い短髪の少女へ語り掛けた。

「私……ミエンさんのすっごい操縦を見て考えたんです。こんな速く飛べる人に、私じゃ勝てません……て」

 二匹の小鳥をしまった格納庫。リリスとミエン、アネットは競争の発端についてカインドに聴衆されているところだった。

 だが、リリスは唐突に自分の敗北を宣言した。本人を除く全員が口を開いて困惑している。

「お、おい。お前は自分の言っていることが分かってんのか?」

「はいっ」

 訳が分からない、といった表情でミエンが追及する。

「お前が負けを認めるってことは、お前が大天使階級じゃなくなるってことだぞ⁉」

 勝者となったはずのミエンが何故怒っているのかリリスは理解できなかった。ふと、ミエンが近くのカインドを流し目で見たのに気づく。

「…………」

 彼女の兄は微笑を浮かべたままで無言を貫いていた。

 話に参加しないカインドを見限ったのか、ミエンは俯いてやるせない溜息をついた。

「ミエンさん」

「ん?」

 銀髪の少女の声にミエンが顔を上げる。

「私……別に大天使階級なんてどうでもいいんです」

「どうでもって……だって、数少ない貴重な才能じゃ……」

「――飛べればなんだっていいじゃないですか」

 リリスが両腕を頭上へ伸ばし、左右に振って飛行のイメージを伝える。

 そこには満面の笑みが浮かんでいた。迷いもなく、ただ飛ぶことに喜びを感じる操縦者の笑みだ。

「………………ああ、そうか」

 ミエンが自分を見つめて些細な笑みを作った。

「兄貴が言っていたこと……分かったよ」

「カインドさんが何か言ったのですか? ……まさか、また私の悪口じゃ⁉」

「いやいやいや、ミエンにはそんなこと言ってないよ」

 いきなり降りかかった追及にカインドが首を振って否定する。リリスは彼の動揺っぷりが信用ならず、瞳を細めて短く威嚇した。

「あはははははっ」

「ふにゅ?」

 耳に飛び込んだ笑い声にリリスは驚いて振り向いた。

 声の主はミエンだった。今まで自分に見せていた敵意は微塵もなく、本当に楽しそうな様子が伝わってきた。

「ははは、……いいよ。今回の競争はアタシの負けだ。お前は大天使階級を名乗り続けていい。つうか、お前だからこそ大天使階級なんだ」

 清々しい雰囲気でミエンが敗北を主張した。一変したミエンの空気を感じ取ってか、アネットが安心したように彼女の名を呟く。

「ミエン……」

 次の瞬間、リリスの発言がアネットの安堵を塗り替えた。

「いえ、私の負けです。ミエンさんが今回の勝者です」

「あ?」

 主張を曲げない強気な発言に、ミエンが不機嫌な口調で言い返した。

「違う! アタシが負けたんだ! お前の勝ちにしとけっ」

「いーいーえ! 私が最初に負けだと言ったんです! ミエンさんが自分の勝ちを認めるべきです!」

 何故か二人は自分こそが敗者だと言い争い出した。傍観者であったカインドは掌を両眼に当てて頬を引き攣らせている。アネットは二人の間を取り図ろうと、積極的に割り込もうとした。

「ね、ねえ。もう勝ち負けとかいいじゃない」

「お前! 小さいんだからアタシの言うこと聞けよ!」

「小さいのは関係ないじゃないですか! ミエンさんだって私と同じぐらい小さいです‼」

「ねえ……リリスちゃん、ミエン……」

「何だとぉ!」

「何ですかっ!」

 取り付く島もない程二人はむきなっていた。向かい合う二人は身長が同じ位で眼光が交差しやすい。気性も近いのか、似たような表現が互いを飛び交った。

 そんなやり取りに熱中した二人の頭を、強烈な圧迫感が襲う。

「……もういいって言ってるでしょうが…………」

 怒りが溢れ出た低い音量がリリスの耳元を掠めた。頭の違和感もさながら、自分の真横からかつてない寒気が発せられている。

 ゆっくりと、リリスとミエンは首を横に振った。

「ア、アネット……?」

「アネット……さん……?」

 自分達の頭を手で絞めつけているのはクラスの委員長であった。

 リリスは穏やかだった彼女を目撃した瞬間、全身に鳥肌を立てた。眼鏡の奥から威圧感を備えた眼力が自分を突き刺す。

 豹変したアネットはミエンさえも怯えさせており、圧倒的な恐怖を二人に擦り付けた。

 気のせいだろうか。リリスは彼女の周辺が黒雲にも匹敵しうる力を帯びているのを感じ取った。

「リリスちゃんは大天使階級のまま。勝ち負けは未定。これでいいわね」

「お、おい! アネッ」

 文句を口に出しかけたミエンをアネットが睨み付ける。

「何でもない」

 強気な少女があっさりと引き下がった。

 リリスは胸に誓う。

 アネットさんにだけは逆らわないようにしよう……。

「さて、リリスちゃん」

「は、はい!」

 硬い義手で頭を圧迫されたリリスは声を裏返らせつつ返事をした。

「ミエンが負けた時の権利だけど……どうする?」

「権利って……ああ!」

 ぽん、とリリスは合点がいったように手を叩いた。

 ミエンが何でも言うことを聴く、という話が確かにあった。それを思い出したリリスは正面のミエンを改めて見つめる。

「な、何だよ」

 気づけばアネットの手は頭から離れていた。圧力が離れた思考で、リリスは精一杯の思いを彼女に伝える。

「また、私と一緒に飛んでくれますか?」

「――――っ」

 学園で初めて会った少女は両目を大きく見開き、やがて不敵に笑った。

「ああ、当然だ!」

 二人は口を挟まず、腕を突き出して強く握手しあった。そんな光景を眺めるカインドとアネットが微笑みを浮かべている。

「これで……万事解決か」

 カインドが握手を交わした二人を余所に肩を回す。今回の出動が堪えたらしい。

「ま、良かったよ。二人とも仲良くなれて」

 握手を解いたリリスとミエンの頭上に彼は掌を乗せた。リリスが常にやられている行為だ。これもミエンという妹がいるから身に付いた行為なのだろう。

「だあ、やめろって。兄貴」

「何だよ、昔は喜んでいたくせに」

「いつの話だ!」

 ミエンが恥ずかしそうに顔を赤く染めた。その事実をカインドが更に指摘する。耐え兼ねた妹がついには兄を追いかけ始めた。

 格納庫が騒音で満たされてゆく。

 ――キィン、とリリスは自分の耳に奇異な音響を覚えた。最初はカインドとミエンによる瞬時の音だと思ったが、次第に音響は強くなってゆく。

「……?」

 ささやかな声を、リリスは聴いた。

 ――おねえちゃん。きをつけて。

「あなた……はっ?」

「リリスちゃん?」

 自分の異変に気付いたアネットが声をかけてくる。リリスは彼女に答えることもせず、謎の声に耳を傾けた。

 かつて覚醒事件時に響いた声によく似ている。しかし、声の調子が以前よりも若かった。

 ――くるよ。

「何が来るのですか……」

 自分より幼いと考えられる少女は何も答えない。

 残念ながら声は途切れてしまったらしい。横でアネットが心配そうにリリスに視線を送っていた。「大丈夫です」とリリスは笑顔を見せる。

 その心境は、不安で波立っていた。


「……今、何と仰せられた?」

「もう一度言おう」

 二人の男が向き合う会議の場で、それは断言された。

 それがリリスの生活を引き裂くことになるとは、この時誰が予想できたのだろうか。


「リリス・エレフセリアは、貴国『カエルム』の住人ではない」


要するに、速度ではミエンが勝利したことになります。

今日は、華野宮緋来です。すいません、遅くなってしまいました。ですが、それに代わるボリュームで書き上げてきました。最後に伏線を引いて終えたので、AIRLINEそのものはまだまだ続きます。

ですが、諸事情により次の二週間は投稿できそうにありません。その上、次回の3rdは4thを含めてセットなので長くなってしまいます。なるべく読みやすいよう執筆してみせます。

まだ読んで下さる読者の期待に応えるよう、頑張っていこうと思います。次回は色々な謎が解決されるので、色々と楽しみにしていてください。

では、また次回に会いましょう。

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