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2nd Record:aircolor③

ついにミエンとの競争が始まった。最速の操縦者に対し、リリスは何とか技術で奮闘する。二度目の”光の航空路(AIRLINE)”が刻まれる中、どちらが勝者となるのか――。

【5th Flight】

 競争当日。放課後に行われることになった二人の勝負には多くの観客が付くことになった。大天使階級の飛翔する姿が見物できる。そして最速の操縦者との競争。彼らは未知の経験を求めて集ってきている。

 だが、当の本人は緊張で蹲っていた。

「うにゅ~」

 操縦席内部でリリスは弱音を小さく吐いた。ここまで大事になるとは考えていなかったのだ。自分が立ってしまった舞台の規模に今更ながら緊張する。

『えー、僭越ながら1―D委員長である私……アネット・レンヴェルフがこの競争の審判を務めさせていただきます』

 リリスの右横からアネットの声が響く。リリスはまだ操縦関係以外の機器をうまく使いこなせていない。映像通信を用いての実況は残念ながら音声のみで我慢するしかなかった。

『両者、位置についてください』

 前方のモニターが景色を映し出した。リリスが前面に広がる蒼天を視野に収める。

 ――始まる。

 広大な空を正面に置き、自分の心に火が灯ったのが分かった。

 操縦桿を強く握り、鮮明な意識を入力するリリス。その脳裏では光輝く翼が幾本も描かれており、やがて想像の中で質量を伴っていった。

 右に六本。左にも六本。計十二本の翼が空色の小鳥に生える。

『……リリス・エレフセリア』

 競争に集中しようとする神経をある通信が遮った。リリスは若干敵意が籠っている声から相手が誰か導き出す。

「何ですか、ミエンさん?」

『気安く名前で呼ぶな』

「はい……」

 今日の競争相手であるミエンだ。彼女は相も変わらず友好的な態度を自分に見せてくれない。つっけんどんな返しにリリスは消沈する。

 では、何と呼べばいいのか。この場にてリリスは彼女の名字を未だ尋ねていないこと気づく。

 ミエンの名字を訊こうとリリスが口を開いた。

『首は充分に洗っただろうな、大天使階級』

「……」

 すかさず口を閉ざした。物騒な言い回しにリリスは小さな体を更に萎縮させる。

『アタシは……お前には絶対に負けない』

 彼女の断言に挟まれた静かな合間を機械の稼働音が取り持った。ヴン……、と震えるような音響にリリスは鼓膜を刺激される。

「何故、そこまで私と競争をしたいのですか?」

 彼女が突きつける敵意。リリスはその原因を自分では理解できなかった。後は彼女に直接訊くしかない。

 絞り出したかのようなか細い声が右側のスピーカーから聞こえた。

『あんたには分からないさ。大天使階級の、お前には』

 ――どういう意味だろうか、リリスが更なる追及を発しようとする。

 前方のモニターで縦に三つ並んだ丸いランプの点灯がリリスの意識を奪った。前回とは違うカウントダウンだ。おそらくは競争独自の仕様なのだろう。リリスは仕方なく目の前のことにだけ集中した。

 右端のランプが宿していた光を失う。――三。

 中心のランプが発光を止める。――二。

 最後のランプが、消えた。――一。

 ゼロ。

 アネットの合図がリリスの出発と同時に鳴り響いた。

『スタートオオォォォ‼』


 この日、この空、この瞬間。二度目の“光の航空路(AIRLINE)”が蒼天に刻まれた。


 全身に降りかかる強烈な衝撃に耐え凌ぎ、リリスは機体を空中に飛び出させた。

「行きまあああああす!」

 十二本の翼が生み出す推進力で前へと駆け抜ける。地を足で踏み抜くような感触が、自分の意識に浸透していった。

 しかし、リリスは思いも寄らぬ光景を目にする。

「……速いっ⁉」

 深紅色の機体が既に前を疾走していた。

 鋭い外形が空気を切り裂き、全身に熱く纏わせた光の膜によって推力を押し出している。

 ミエンの小鳥は完全に速度特化だった。光の翼を二本とも後方へと折り畳み、溢れ出すエネルギーを一点に溜めている。この集中した圧力がミエンの途轍もない速さの源だ。

 直線状に真っ赤な軌跡が描かれる。

 リリスはミエンの残した赤と光の軌道を視線で追いつつ、口元に僅かな笑みを作った。

「凄いです」

 純粋な感想が飛び出ていた。それを気にすることなく、リリスは彼女を追い抜こうと操縦に力を込める。

 ――確かに速いですが……まだ、勝てる余地はありますっ。

 操縦者に呼応するかのように、十二本の翼が光の度合いを強めた。


 深紅色の隼型を駆るミエンは後方を確認した。

「いない。――当然か」

 快勝であるが、ミエンはつまらなさそうに舌打ちをついた。ここでリリスが操縦に関しては素人だと思い返す。「勝って当たり前だ」と冷静に告げる自分の声が聴こえた。

首を前に戻し、操縦桿に不必要な分だけ力を込める。

「くそ、何でもっと速く飛べないんだ、お前は! どうして全力で飛べない⁉」

 機体そのものにミエンが悪態をついた。

 ミエン本来の速度は今日に限って出ていなかった。大天使階級を引き離したものの、曇った心は妥協を許さない。

掌と操縦桿の間から悲鳴が漏れていた。ミエンは唇を噛みしめ、機体を走らせ続ける。

気づくと、隼型の小鳥は緩やかなカーブに差し掛かっていた。外側に設置された仮想のガードレールが機体に迫る。

進行方向をずらし、次に訪れる上方への直角コーナーに備えようとミエンは速度を落とした。

小鳥の操縦者は黒雲の抑制を任務とする。その際に黒雲がいかに接近するか予測は出来ない為、あらゆる方向への飛行を想定しなければいけない。いわば、三次元的操縦の技術が要求されるのだ。

競争範囲はカエルム一周。ありとあらゆる地点で上下左右のコーナーが用意されていた。

「く……そ……」

 スピード低減の不満を垂れ流しながら、ミエンの小鳥がガードレールすれすれに上部へ駆け上がった。

「え?」

 急に自分の全身を影が覆った。ミエンは身体各部に落とされた影を眺める。真下のレールにも愛機の黒い影がくっきりと模られていた。

 ――強い光が自分の真上にある。

 単純な理屈にミエンが気づいた時、スピーカーから思いも寄らない声が届いた。

『よ……ようやく追いつきました!』

 驚愕した顔で上空を仰ぎ見ると、十二本の翼を掲げる空色の小鳥が自分と並行して飛翔している。序盤で大きく距離を開いたはずのリリスが追いついたのだ。

 甘かったっ。――こいつは、本物だ。

 ミエンはコーナー寸前での注意の欠落を後悔した。


 リリスの機体がついにミエンを追い抜く。光の線を十二本ずつ刻みながら、空色の鴉型はコーナーを脱出した。

 降り注ぐ重圧から逃れたリリスは喰いしばった唇を自由にする。

「ふう、やっとここまで来ました」

 機体の全方位に展開していた翼をリリスが収集させる。

 大天使階級の中で最も目立つ十二本の翼。それら一本ずつは通常の操縦者が顕現させる翼より小さい。だが、全体を統括した規模は比較にならない程大きい。

 この特徴を利用して、リリスはコーナーにおいてミエンを圧倒したのだ。

「やっぱり、あの速度では直角コーナーを曲がり切れませんね」

 速度特化のミエンに真っ向から勝つのは無理だとリリスは開始直後に判断していた。ならば別方面から攻めるしかない。

 この後、リリスが思いついたのはコーナーでの勝負だった。

 ミエンの機体は確かに速い。しかし、速すぎるのだ。急なコーナーでスピードを維持したまま曲がることは不可能である。実行してしまえば、慣性によって即座にレールへ追突してしまう恐れがあった。

 反対にリリスは推進力を全方位へ向けられる。幾らか速度を維持したまま、コーナーやカーブを曲がるのも可能だと考えられた。

 一発勝負の着想だが、リリスの実践は成功した。

「でも」

 歓喜も束の間。自分に戒めを言い渡す。

 コーナーは抜けてしまった。直線状のコースではすぐに抜かれ返されてしまう。

 案の定、リリスは機体の後ろで圧力に似た振動を感じとった。おそらくは機体と空気の間で生じる抗力の波だ。ミエンが間近に迫っている。

 ちりちりっ、とした感覚が烈火の如くリリスの思考を加速させた。

 ――楽しい、です。ここまで思いっきり飛べることが出来るなんて――。

 ここ最近は仮想訓練をずっと繰り返してきた。空の再現度は確かに高かったが、リリスにとっては何処か物足りなかった。

 規定されたコースを規定された通りに飛ぶ。その連鎖が自分を囚われの身にさせていたのかもしれない。

 今は違う。リリスは自由に飛ぶことが出来る。

「最後まで頑張ります。ミエンさんを知るには、一緒に飛ぶのが一番です!」

 勝っても負けても、良い競争だったと握手を交わしたい。リリスの胸中はミエンとの友好を深める目的だけで満杯だった。


 観客一同は白熱した競争に盛り上がっていた。

 ミエンがまたリリスを追い抜く。隼と鴉の隔たりは大きくなるが、リリスに有利と思われるコーナーが再度迫っていた。勝負の行方は不明だった。

 二人の実力は拮抗している。当初は速度特化のミエンが圧勝するかと考えられたが、伝説の天使階級は伊達ではなかった。

「……ミエン」

 そんな熱狂した勝負を目撃する中。一人だけ冷めた瞳で友人の名を呼ぶ少女がいた。

 アネット・レンヴェルフ。今回の審判を務める少女だ。

「やっぱり、あの子……いつもの調子じゃないわね」

 実況用のマイクを片手で握りながら、アネットの声音が少々低くなる。彼女は二人の接戦から一度目を逸らした。そして制服のポケットから紙を丸めたような物体を取り出す。

 丸まった紙を広げ、紙面上に指を触れさせた。

 甲高い稼働音が鳴る。アネットが使い始めたのは曲折可能な携帯デバイスだった。紙に似た薄さを持ちつつ、従来の製品より大きい画面を用いられる便利な代物である。曲げられるので、携帯性も高い。

 アネットはデバイスの画面上にコース全体の地図を展開させた。二人の現在座標が赤色と空色の光点で示されている。競争はもうすぐ終盤に差し掛かっていた。

 二つの光る丸に勝敗を決定づける差は出来ていない。

「どちらが……勝つのかしら」

 レンズの表面に二つの機体が映った。細い無数の線と一本に太く密集した線が光を放ちながら軌道を描いている。

 ずん。

 不意に、アネットの聴覚を低く耳障りな衝撃が支配した。彼女はそれだけの小さな響きに鳥肌を立てる。

「今の――まさか」

 慌てて携帯デバイスに焦点を移動させるアネット。

 不遇なことにコースが展開された紙面には、雑音と共に乱れた画像が貼られていた。カエルムから直接引き出しているデータなのだ。容易に不具合が生じるはずがない。

 ただ、カエルム全体を危機に陥れる何かが迫っているなら、話は別だ。

「まずいっ」

 周囲の観客は熱気に埋もれて何も気づいていない。アネットがマイクを口元に近づけ、観客にも聞こえるよう大声で叫ぶ。

「ミエン! リリスちゃん!」

 一瞬にして静寂が波紋のように広がっていく。アネットは意に介さず、真っ先に伝えるべき情報を口にした。

「逃げて! 重力の嵐グラヴィティ・ストームが発生してるっ‼」

 蒼天に浮かんだ暗雲の塊。それらは紫煙とも呼べる不吉な光を発しながら、勝負の場へと近づいていた。


どうも、華野宮緋来です。今回はちょっと分量が少なめです。次回でおそらく2ndRecordは終わりになると思います。その区切りを良くしたかったので、5thで切ってしまいました。妙な展開になりましたが、きちんと勝者を決めるつもりです。ちなみに、ここまででミエンが敵意を抱く理由が分かった方がいたら嬉しいです。次回も頑張って執筆しようと思います。

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