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2nd Record:aircolor②

ミエンとの競争が決まった三日後。リリスの元へ専用の小鳥がようやく届いた。喜ぶリリスは急いで小鳥の元へ向かうが、思わぬピンチが立ちふさがる。そんな時、思わぬ人物がリリスを救って――

【3rd Flight】

 学園に転校してから約三日後。リリスは自分専用の小鳥が完成したと連絡を受け、早速格納庫へと向かった。操縦者は誰もが自分専用の機体を持てる。意識入力イメージプットにおける回路は繊細な為に、個人ごとに用意しなければうまく稼働しないのだ。

 リリスは待ちわびた愛機の元へと急ぐ。元整備士だった経験が幸いし、迷うことなく目的地には辿り着けた。だが、思いも寄らない障害が待ち侘びていた。

「……が、学生証⁉」

 少女の悲痛な叫びに格納庫前に居た女性は淡々と告げる。

「はい。ここから先は関係者以外立ち入り禁止ですから」

「そ、そんな」

 リリスの幼い顔立ちに絶望の青さが漂った。自分は学園の制服を着ているのだ。学生証など必要なのだろうか。そんな疑問が湧き出るリリスの頭上を、女性が目頭を寄せて凝視した。正確にいうとリリスの全長を確かめている。

 同じ障害に何度も突き当たってきたリリスは一瞬で女性の心情を見抜いた。彼女は自分が幼い少女だと勘ぐっているのだ。彼女はリリスの年齢疑惑が晴れない限り、頑固として先へ行かせないだろう。

「う~」

 唇を尖らせてリリスが小声で唸る。――ふと、彼女はつい最近にも同じ状況に陥ったことを思い出した。よくあることなのだが、前回だけは特別な思い入れがある。以前もこうして子供扱いされた。だが、その誤解が奇跡的な幸運を招いてくれたのだ。忘れようにも忘れられない日であった。

「はい、これでいいですか?」

「あ、はい。大丈夫です」

 女性が打って変わって格納庫へ続く道から退いた。リリスが覚醒した日もこのようにして次々と物事が進んでいったものだ。

「……って、へ?」

 瞳の焦点を合わせ、リリスは何が起こったか理解しようとした。間を置かず、自分の頭上に質量を感じた。感触からして誰かの掌だった。

「この子、こんなに小さいですけど……一応僕の後輩なんです」

 手を乗せたと思しき人物が苦笑しながら答えた。温和ながら丁寧な口調が混じっており、どこか安心感を与える物言いだ。受付の女性も半信半疑を保ちつつ、納得したような表情をリリスの方へ向けた。

 彼女の視界上部では提示された学生証がちらついていた。少し目を凝らせば裏面に書かれた名前が判明しそうである。けれどもリリスは目を一切細めずに、受付代行を承った人物の正体を直感した。名前よりも、温和な口調と失礼な形容詞の方が有利な証拠であった。

「カ……カインドさんっ⁉」

 首を上向けにした途端、リリスの眼には金色の髪を携えた背の高い青年が映った。自分と同じ制服を着ており、首元には黒いネクタイが結ばれている。声音通り温和な面持ちで彼はいリリスを見下ろしていた。口元の端が緩やかに吊り上がっているのが見えた。

「やあ、久しぶり。相変わらず小さいね」

 先手の嫌味を口に含みつつ、彼はリリスの頭上を掌で撫でた。

「や、やめてください。私は子供じゃありませんっ」

 リリスが頭を振って幼児用の扱いから逃れる。やはり彼は身長で路頭に迷う自分を面白がっているのだ。リリスはカインドの意地悪さを心底実感した。

 だが、同時に彼の優しさにも深く感謝する。

「……でも、ありがとうございました」

「ん?」

 カインドが不思議そうに首を傾げた。

「おかげで助かりました。これでようやく私の小鳥を見に行けます」

 礼を述べるリリスを前に、カインドは納得がいったように首を数回縦に振った。

「ああ。どうして君がここにいるのかと思ったが……専用の小鳥が今日届いたのか」

「はい、その通りです。……では、私はもうここを通っていのですね?」

 二人のやり取りを横目で眺めていた女性に、リリスは急に話題を振った。自分に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。受付の女性による返事は数秒間待たされた。

「は、はい。大丈夫です。えっと……次からは学生証を忘れないでくださいね」

「にゃ……!」

 明らかに最後の言葉はリリスに向けられたものだった。心外だ、とリリスは心の中で憤慨する。

 そんなリリスの心情を知ってか知らずか、カインドが反論するように事情を申し立てた。

「この子は忘れた訳じゃないんですよ。つい最近、この学園に通い始めたばかりなのでまだ貰ってないんです」

「…………え……ええっ! じゃあ、こんな小さな子があの……大天使階級…………?」

 女性がリリスを凝視する。誰も自分が大天使階級なのだと外見からでは分からないのだろう。流石のリリスも怒るのを超えて呆れてきた。リリス自身、身長が低い事には対策をしているのだ。平均以下の身長は最早どうしようもないことである。

「行きましょう、カインドさん」

「あ、ああ……」

 金髪の先輩を引き連れ、リリスはずかずかと奥へ踏み込んでいった。カインドが小声で「余計なことを言ったかな」と呟く。一方で、リリスは「それよりも私に余計なことを言わないよう努力して下さい」と少し強めに戒めた。

「やっぱり怒ってるな……」

 急ぐリリスはカインドの指摘を聞き流すことにした。


 ――三日前。リリスがミエンという名の少女から競争を申し込まれた日。競争という単語を水切りに教室内にざわめきが広がっていった。

「な、何馬鹿なこと言ってんの⁉」

 アネットが真っ先にミエンを制止した。大胆不敵な布告を取り下げるよう、勇ましい彼女の背中へ向かって叫ぶ。

「ミエン、一体どうしたのよ? いつもの貴女ならクラスの誰よりもリリスちゃんを歓迎するじゃないっ?」

 その説得に赤い髪の少女は全く引き下がらなかった。

「……悪いが、今のアタシはこいつが気に入らないんだ。何の努力もしないで……急に大天使階級になったんだぞ。それで簡単に周囲からちやほやされるだあ? ふざけんな⁉」

 悪化する語気にアネットが承諾しかねるよう言い返す。

「努力も何も……天使階級の有無は運に任せるしかないじゃないの」

 眼鏡を軽くずり落としながら、アネットは無駄のない正論を突いた。実際に天使階級の取得は生後の審査で発覚するかどうかにある。努力という要素が貢献することは一切ないのだ。

 だが、努力が似合いそうな少女は委員長の言葉を跳ね除けてしまう。

「うるさーい! とにかくだ! 一週間後、アタシと競争しろ!」

 盛大に首を振り回し、ミエンは目にもとまらぬ速さでリリスの眼前に人差し指を突きつけた。

「…………」

 当の本人は事態についていけず、双眸と口元をだらしなく開放している。無言というより何を答えるべきか見つからなかったのだ。吊り目の挑戦者は異論がないと誤解してか、確かめるよう再び申し立てる。

「アタシが勝ったらお前は大天使階級を二度と語るな! ……仮にお前が勝ったらなんでも言うことを聴いてやる。奴隷でも下僕でも好きにしろ! ――場所はカエルムの疑似訓練-領域フィールドだ。いいな⁉」

 ずい、とリリスの瞳に指先が大きく映った。正常な思考を忘れたリリスは驚いて反射的な返事を口から出してしまう。

「ふ、ふぁい!」

 その途端、リリスの周りで混雑した人の声が一層明確になった。勝負がクラス全員を証人として成立したのだ。至る所で勝者と敗者の予測が立てられる。

「リ、リリスちゃん! 本当にいいの⁉」

 アネットの切羽詰まった顔がリリスに近づいた。機械の如き動作で首を彼女の方へ向ける。リリスは自分の無自覚を呪い、顔を真っ青に染めた。

「あ、ちょ、待って」

 すかさず訂正を加えようとする。

「よし、その首を洗って待ってろよ‼」

「くださ……い」

 ミエンは短い髪と深紅のリボンをなびかせ教室から去って行った。

 暴風の通過をリリスは比喩的に感じ取った。自分の提言を受け取ってもらえた様子はない。彼女が乱暴に開け放った扉を眺め、悲痛な後悔を一斉に吐き出した。

「あー、どうしましょう。……私、まだ専用の小鳥も届いてないのですよ……?」

 懇願するようにアネットへ潤った視線を向ける。

「本当に? でも、ミエンはああなったらもう後戻りしないわ。あの子……どうしたのかしら? 普段はとても人懐っこい性格なのに。あんな嫉妬深いミエン初めて見たわ」

 自分よりも付き合いが長そうなアネットさえ理由を知らないようだ。

「それに……言っては悪いけど、貴女がミエンに勝つのは絶対無理よ」

「ふえ?」

 リリスは少々驚いて顔を上げる。

「あの子の機体は深紅色の隼型ファルコン

 彼女は少しの間を空け、逡巡のそぶりを見せてからリリスに教示した。

「学園では右に出る者がいない……最も速い操縦者なの」


 薄暗い通路を闊歩しつつ、リリスは三日目の出来事を密かに思い返していた。先程の受付だった女性とのやりとりがミエンとの邂逅と似ていたのだ。記憶が関連して油断の果てに認可した競争のことまで再生してしまっていた。

「はあ」

「おや、君が溜息とは珍しいね」

 抱え込んだ悶着によって飛び出た溜息をカインドが耳にしていた。自分を気遣ってだろうか。さり気ない心遣いがリリスにとって有難かった。

 カインドに相談しようと、彼の穏やかな瞳をじっと覗きこむ。

「…………いえ、大丈夫です」

 喉元まで出かけた悩みを何とか飲み込むリリス。自分は既に前回の覚醒事件で迷惑をかけているのだ。カインドには恩返しをもたらすべきであり、厄介事にまで巻き込むべきではないとリリスは判断した。

「そう?」

 いまいち納得ができないようにカインドが首を傾げる。リリスはひとまず専用の小鳥を確認しようと前方に意識を投げかけた。

「あ」

 長い通路が途切れ、前方に巨大な影が視認できた。

 リリスの足が前へと踏み出す速度を上げる。大股の徒歩から、足音が幾重にも響く奔走へと変化していった。カインドが慌てて駆け出す音も遅れて寄り添う。

 だが、最早リリスの聴覚には何の音も届いていなかった。

「わあ……」

 幼さが揺れる相貌を輝かせ、リリスは前方上部へ顔を合わせた。続いて自分の足が走ることをやめた。自分の頬が興奮と歓喜で熱を帯びてゆくのが理解できる。人前でなければリリスは小躍りしていたかもしれない。

 そこまで魅了する程の機体がリリスを出迎えていたのだ。

「へえ、この色にしたのか。君らしいな」

 跡を追ってきたカインドが率直な関心を漏らした。

 学園では操縦者専用の小鳥を用意する際に、個体識別の為に各々が好むカラーリングを施してくれる。リリスはその話を聴いた時から、ある一つの色だけを心に決めていた。

「私はこの色が大好きですから」

 リリスが自慢げに専用の小鳥を背景に振り返る。

 大天使階級の後ろでは空色エアカラーの小鳥が格調高く位置していた。まるで主の登場を待ち焦がれていたかのようだ。伝説の操縦者に恥じない威圧感が周囲へと放たれている。

 機体の外見を数十秒目撃した後、カインドがリリスに尋ねた。

「……これ、鴉型クロウ? 成程ね、君は丁度中型のサイズを選んだ訳か」

 小鳥のサイズは主に小型、中型、大型の三つに分かれている。またその三つにしても隼や鴉といった現存する鳥の種類を元に分類されていた。最新の航空機が小鳥と名付けられているのもこの名称に由来する。

「そういえばあの日乗ったのも鴉型……って、これもしかしてあの日と同じ機体じゃないか⁉」

 カインドは気づいた事実に驚愕の表情を出現させる。

「そうですが……。あ、でももちろん色々なパーツを新品の物と替えてもらってますよ。スペック的には最新型と全く同じですから安心してください!」

 リリスが親指を立てて先輩に保障する。

 あの日とは、リリスが大天使階級に覚醒した事件当日のことである。その時に乗っていたのはリリスが格納庫で見つけた廃棄処分が間近に迫った小鳥だった。それを今回に当たって特別に再調整してもらったのだ。

 自分にとっては思い入れのある機体だったので、見捨てることが出来なかった。カインドに説明した通り、機体の九割以上は最新型と同等である。何も問題点はない、とリリスがカインドに不審点の皆無を弁明する。

 しかし、彼は眉根に皺を刻んでおり、安心とは縁のない厳しい顔を作っていた。

「……第一世代に第二世代。そして第三世代。でも、この機体は……」

「あの、カインドさん……。どうかしましたか?」

 信頼のおける先輩がこぼす単語をリリスはよく聞き取れなかった。けれども小鳥に出会えた喜びを削ぐには十分な要素であった。

 そんな後輩の様子に気づいてか、彼はすぐさま顔の作りを取り繕った。

「いや、何でもないよ。多分僕の考えすぎだと思う」

 下を向いて頭を右手で掻き始めるカインド。少し跳ね上がった金髪を指先で振り払いつつ、リリスに安心を絶やさぬ微笑を見せる。

「あ、すいません! リリス・エレフセリア……さんっ」

 沈黙を尊ばず、聞き覚えのある声が格納庫内に浸透した。二人の間に割り込むよう、一人の女性が長い通路を駆けてくる。姿を現したのは、受付を承っていたあの女性だった。

「どうしたのですか?」

「はあ、はあ。申し訳ありません。これを先刻お渡しするのを忘れていました」

 息切れしながらも、女性はリリスの前に細長い物体を差し出した。

「これって、もしかして学園のリボンですか?」

「はい」

 リリスは両手でそのリボンを優しく受け取る。自分が身に着けるべき飾りを目の当たりにし、無邪気な様子で格納庫の天井へとかざした。空高くで放たれる蛍光灯の光が空色のリボンを照らす。

 自分がこの小鳥の操縦者なのだ、と確かな実感が湧いてきた。

「えっと……」

 届けてくれた女性が通路を引き返していった。見送った後に、早速リリスが結んであったリボンを解いて首元にかける。そこではたと手を止めた。

「どうしたの?」

 カインドの呼びかけにリリスは顔を上気させて答える。

「あの……これはどう結べばいいのでしょうか?」

 恥ずかしそうに制服の襟に通したリボンを握るリリス。自分はかつて整備士学校に通っていたのだ。そこでは男子生徒の割合が多く、リボンといった洒落た飾りははやることはなかった。また作業服を着ることが多いので、制服は主に自由だったのだ。

 結果的に、リリスは今日までリボンの結び方を良く知らない。

 何度か試してみたが、うまく形を保てずに結んでしまう。リリスは困り果ててしまった。

「仕方ないなあ。ほら、僕がやってあげるよ」

 苦笑交じりのカインドがリリスの前へと進み出た。彼はリボンの両端をつまみ、やけに慣れた手つきで結び始める。

 先輩に委ねた首元の前で、リリスは彼の手にうっすらと残った手の傷を視界に収めてしまった。おそらく覚醒事件時に傷ついたのだろう。

「ほら」

 目を逸らそうとした寸前に傷跡は自ら離れていった。

 そこでリリスは綺麗に整ったリボンが結ばれていると気づく。男性にしては妙に上手であった。

「これで君も操縦者の仲間入りだ。改めて言うけど……」

 一仕事を終えたカインドがわざとらしく咳払いをする。どんな嫌味が飛び出るのかとリリスはつい身構えてしまったが、内容は百八十度違うものだった。

「リリス・エレフセリア。ネア・セリニ学園へようこそ」

 銀髪の少女は大きな瞳を瞬きさせる。

 その口元が何処か誇らしそうな笑みを刻んだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします」


【4th Flight】

 ――競争まであと一日。大体小鳥の操縦にも慣れてきたリリスは一人教室の中に残っていた。授業の復習に時間を費やしていたので、時間はもう放課後を過ぎている。他の生徒は帰宅か部活動に参加するかの二択を選びきった。

「私は放課後には何をしましょうかね?」

 誰もいない教室を見回し、リリスはぽつんと疑問を口にする。

 現在はミエンとの競争が間近に控えている。それを思いやってか、自分を部活動へ誘う生徒には出くわさなかった。

「ふむ……。そういえばカインドさんも部活に入っているのでしょうか?」

 直後、リリスは窓の外から人々の掛け声を聴く。近寄ってみると、陸上部によるランニングの光景が見下ろせた。スポーツ系ではないでしょう、とリリスは親しい先輩の心理を推測する。

「あれ?」

 立体映像ホログラフの夕日が反映されるグラウンド。そこを走る集団に潜んだ不審な点にリリスが気づく。

「あの人も陸上部でしょうか? でも、なんであんなに離れて走っているのでしょう?」

 赤いジャージを纏ったある部員が集団の遥か先を走っていた。およそランニングとはよべない速度だ。すぐに体力を消耗しつくしてしまう恐れがある。

「あ」

 危惧していた通り、突っ走る部員が足を引っ掛けて倒れてしまった。疲労が祟ってだろうか。体を起こしても中々走ることを再開しない。地面に腰を張り付かせた部員の顔に赤い夕陽が更に重なる。

 グラウンドに座り込む部員の顔がくっきりと浮かんだ。

 赤い短髪の少女――ミエンだ。

「何故……そこまで頑張るのですか」

 走っていた人物がミエンだと判明した途端、リリスは無意識に訊ねていた。アネットが言う通り、極限まで速さを追い求めているようだ。だが、今のミエンには何か別の思惑があるようにリリスは感じる。

 彼女の傍へタオルを持った部員が駆け寄る。しかし、真っ白なタオルを手の甲で払いのけてしまった。まだ走ろうとするのか。頼りない足つきでミエンは立ち上がった。

「…………!」

 ミエンの鋭い双眸がリリスを真っ直ぐに射抜いた。瞬間的にリリスは窓の下へ身を隠す。彼女にとっては自分の居る教室を眺めただけかもしれない。それでも自分があの敵意を正面から受け止めきれる自信はなかったのだ。

 リリスは机に乗った鞄を抱え、急いで教室を出た。逃げる、という行為に相当するかもしれなかった。自宅に戻れば優しい母の声に迎えられるはずだった。

 大天使階級の一足が踏み越えたのは格納庫と通路の境界線。リリスは前方にそびえる空色の小鳥に素早く乗り込む。

 操縦席に座り、両脇に設置された二本の操縦桿を強く握る。周囲に光の線が広がっていった。ここ数日繰り返した疑似訓練をこれから開始するのだ。

「第三次仮想訓練、開始スタートです!」

 リリスがいる全方位が空色に塗り替えられる。当然発進もしていない。だが、リリスが口にした命令によって飛行艇の外と同じ状況が再現されたのだ。細部には欠けるが、リリスはこの仮想空間での蒼天で競争の準備を行っていた。

 最速と称される少女との競争。この響きはリリスを最終的に熱中させた。発端には困惑させられたが、このような機会はめったにない。

 自分も頑張って精一杯飛ぶだけだ。

 内心で覚悟を決め、リリスは空色の小鳥を出発させた。


「ちょっと、ミエンちゃん! 大丈夫?」

 自分に近づく部員を睥睨しつつ、ミエンは手でそのタオルを払いのけた。

「いらない。アタシはまだ走れる」

 休憩の拒否を訴えたミエンにタオルを持ってきた部員が言い返す。

「でも、明日はあの大天使階級と競争するんでしょ? ちょっとは休まなきゃ」

「いい。せめてあと少しは走らせろ。もっとスピードにのらなきゃ、アタシは駄目なんだ……」

 部員はタオルを拾い、再度ミエンの傍に立った。

 ミエンは彼女の手を借りて何とか立ち上がる。ふと、誰かの視線を校舎から感じたので振り返った。自分の教室にてさっと動く影が見えた。

「ねえ、ミエンちゃん。……最近おかしいよ」

 影の正体を気になりもしたが、彼女の言葉にミエンは眉をひそめた。

「…………何がだ」

「いつも不機嫌。それに、普段からも先陣切って走ってたけど……近頃は無理してるような感じがする。それもあの大天使階級の子と関係あるの?」

 汗が伝う額を手で拭うミエンは押し黙った。自分が無理をしているつもりはなかったのだ。限界まで走ることは既に癖へと変化している。

 ただ、最近はミエンが部活の練習に合わせられなくなってきたのだ。本来ならば、全力走行の練習が陸上部にもある。いつもはその時間帯に疾走で燃え尽きていた。集団のランニングはまだ本番として走るべきではないのだ。

「そうだな。……アタシ自身、この頃変な気がする。無理してるわけじゃないんだけど……なんか変だ」

 自分でも感じる不調にミエンが愚痴を漏らす。

 空を見上げると夕焼けの色が一面に広がっていた。綺麗だと評価できるが、この景色は全て誰かの手によって作り上げられたものだ。そう考えると、ミエンの心は批判寄りの感想を抱く。

「何で計算づくめの綺麗な空が、汚いって思えるんだろうか」

 かつてあの人が言ったことを口調ごと再現する。

 だが、自分を頼ることなくあの人は迷走から立ち直ってしまった。ミエンは今になってあの人からの助言を耳にしたいと考える。憧れでもある人物に自力で抜け出す方法を尋ねる。冷静に考えると矛盾していた。

 それ故、ミエンはあの人に相談せずに走りきることを決意する。

 大天使階級リリスとの競争まであと一日を切っていた。


どうも今日は。華野宮緋来です。AIRLINE三話目となります。今回はアクションシーンを終盤に入れて終わらせようと考えていたのですが、すいません。うまくいきませんでした。次回こそは序盤からじゃんじゃんアクションを入れていきたいと思います。伝説の操縦者vs最速の操縦者。一体どんな結果が待っているのか。読者の皆様に楽しめるよう精一杯書いていきたいと思います。

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