表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

4th Record:together⑧

遂にクライマックス辺りです。男主人公が頑張る回です。

【8th Flight】

「ある筈がない機体なんです。リリス・エレフセリアが操縦している小鳥は。……ですが、僕は確かに製造年月日が三十年より以前の日付だったと記憶しています」

 リリスは、呆然とカインドの話を耳にしていた。

「つまり、重力を抑制するという概念が無かった頃の機体です。言うまでもなく……現代は黒雲を封じる性能が最重要視されています。三十年以上前の技術は応用されてはいないですよね? 当然です。必要な性能の項目が、存在していな時代の技術ですから」

「だ、だが! リリス・エレフセリアの機体は重力を抑制する翼を現に生やしていた! 辻褄が合っていないぞ!?」

 ――その通りだ、とリリスは同意する。

 自分は当の機体に何度も搭乗していた。そして、カインドが目撃したという製造年月日を何度も見て来た。画面のモニターに浮かんでいたのは、第三世代が製造された時期。カインドの推論は間違っているのだ。

 そう思ったのは、間違いだった。

「あ」

 無意識にリリスが声を漏らしていた。

 違うっ。私の空色の鴉は、廃棄予定だった機体を再調整しているんだ!

 最低でも第二世代より前の時代がモニターに記されていなければならない。けれども、第三世代辺りの年月日が表示されていた。データの偽造、と想像するのは容易かった。

「……それは僕にも説明できません。ただ、大天使階級の機体開発に必要な情報は、現状のままではロージナには渡せない。それがこの場における最重要事項です」

 脳裏に瞬いた察しを見据えたかの様に、カインドが自分を再三に見つめてきた。口元は微笑の形を留めているが、瞳は逆に笑っていない。揺らぎが隠れた眼光からは、無音の伝言が読み取れた。

 第一から第三までの世代。そのいずれにしか当て嵌まらない筈の製造年月日が、書き換えられていた。

 ……捏造自体が証拠、という訳ですか。そして、それをここで口にするな、と言いたいんですか、カインドさん?

「大天使階級の機体については、この問題が解決してから存分に考慮できます」

 会議を進めよう、とカインドがクレインに持ちかける。

「…………そうだな。少々、時間がかかり過ぎている」

 同調した低い声音は、ボーデン総艇長が発した物だった。視界の端で覗ける彼は表情を変えずに腕組をしている。印象としては変化がない。それなのに、彼は自主的に会議に口を挟んでいたのだ。

 リリスはカインドの意図を悟る。自分の機体に偽のデータを配置したかもしれない人物が、すぐそこに居るのだ。下手に口を割るべきではない。

「ぐ…………」

 クレインが鋭い双眸の奥で瞳孔を細めた。計画していた目論見が崩れ去った故に、彼は露骨な程に苛ついている。口元を手で押さえているが、その下から歯を擦る音が響いてきたのだ。

 堅牢な一角の崩壊を、カインドは見逃さない。ここぞとばかりに、彼は交渉への着手を推し進めた。

「また、話を最初に戻します。……クレイン副艇長。どうかロージナの鎖国撤廃を決断して下さい。そこから始めなければ、ロージナとカエルムの友好関係はとても成り立ちません」

「鎖国、撤廃。そ、それは……私一人だけでは決められない! ロージナへと帰還し、総艇長や他の副艇長と相談しなければ」

「――――っ」

 胸が躍る、とはこの事なのだろう。

 クレインの心変わりを前に、リリスは大きく双眸を開いた。知的にして冷酷に思えたクレイン副艇長が、長年の悪政を足枷だと判断し、カインドの提案に従おうとしている。このまま上手くいけば、ロージナとカエルムが同盟を結ぶ日も近いだろう。数日の間に悩み続けた別れが、無くなるかもしれないのだ。

 解消されない不安は残っているが、彼ならば大丈夫だと思えた。

「一生徒に過ぎない僕の意見を聞いて下さり、本当に感謝しています。貴方が言う通り、ここから先は幾度かの会談が必要となるでしょう」

 その直後。

 不自然な具合にカインドが視線を逸らした。開いた口から言葉は流れ出ているのだが、クレインから音源を遠ざけようとしている。わざわざ喋り辛い体勢を取ったカインドに、数人の疑問視が向けられた。

「…………いえ、ロージナの鎖国撤廃から決めるのですから、カエルムとの会談は更に先になるかもしれません」

 自分の正面に座っていたクレインが、突如として立ち上がった。次いで、彼の背後で椅子が傾いては、揺れて四本脚を床に着ける。がたん、という大音が何度目とも知れない静寂をもたらした。

「貴、様……!」

 憤怒に近い顔つきで、クレインはカインドを見下ろしていた。

「……なるほど」

 隣の母親が納得した様に呟いた。反対側でも、アネットがしたり顔で頷いていた。

「そういう……ことか」

 止めを刺す様に、ボーデン総艇長が多少柔らかくなった眼光をカインドに投げかけていた。自分でも彼の変化が分かるのだ。ボーデンも左右の二人と共通した何かを認識したのだろう。

 ――え、ええ? 何があったんですかっ?

 リリスが内心で焦った。ここで話し合われている事は、主に自分の境遇が深く関係している。それなのに、当事者である自分が全く理解していない。カインドの性格上、分かり辛く話しているのだろうが、何だか恥ずかしかった。

 ――さっきの一言に、どんな意味があるんですか? 教えて下さい、カインドさん……。

「………………」

 ――あれ?

 心中ではカインドにねだりつつ、熟考していた頭が裏腹に冴え始めた。

 ロージナの鎖国撤廃は、本当に必要な提案だったのか。そう疑った途端、ボーデン達の納得が自分にも感染した。

 鎖国撤廃とは、おそらく全飛行艇との開港を意味している。それを実行しなければ、カエルムとの交渉や承諾が出来ない。そうした言い分がカインドの口から説かれている。

 しかし、ロージナが必要としているのはカエルムとの会談だけだ。全ての港を開く必要はない。――最低限でも、カエルムと言う一つの飛行艇とだけ通じ合えば、万事は解決してしまうのだ。

「鎖国撤廃が出来なくとも、我々は逃げたりはしません。……相手からの交渉を無下に断る理由もありませんよね、ボーデン総艇長?」

 同意を求められた総艇長は、ゆっくりと答えを返した。

「ああ」

 その声色はやはり柔和を帯びている気がした。カインドの策略に感嘆でもしているのだろうか。だが、リリスは何処か違うと感じた。

 正体を突き止める程の差異も無かったので、リリスは何も言わずに視線をカインドへと戻す。

「鎖国の撤廃がどれ程に困難なのか。きっと、僕達が想像している以上の時間と労力がかかるでしょう。……しかし、ロージナがカエルムと平等に交渉しあえる日がいつか来ると、僕は信じています」

 カインドが立ち尽くしたクレインを仰ぎ見る。言い切った未来には、カインドが思い描く希望の色が覗いていた。それらの期待はリリスの手元にまで広がり、理想的な世界を夢想させてくれる。

「どの口が、言っている……!」

 しかし、カインドの正面では真逆の感情が渦巻いていた。ロージナの副艇長が険しい双眸で彼を見返している。必要以上の提案を押し付けられた事に、憤慨しているのかもしれない。

 ――結局は、カエルムとの交渉が必要になるのですね。

 胸の奥で、リリスが現状を整理する。

 ロージナの悪政排除が実現すれば、カエルムとの交渉は断然に行いやすくなる。そして、失敗してもカエルムとの直接的な会談が待っているのだ。どう転んでも、ロージナはカエルムとの同盟を考慮しなければならない。

 リリスはカインドの手際に驚嘆し、感動した。――すごい、と言いたくなり、……ありがとうございます、と告げたくなった。

 鎖国撤廃を手札の一つに数えた以上、クレイン及びロージナは機体の情報だけを奪う訳にはいかなくなる。カインドはそうした口車を携え、この会議室へと乗り込んだのだろう。結果として、彼の作戦は成功した。

自分に関する情報を元手に、カインドは飛行艇を丸ごと籠絡してしまったのだ。

「わ、私は……一度ロージナへと帰還する。今回の件を報告し、上層部で話し合わなければならない」

 額に汗を浮かべ、顔を青くしたクレイン。そんな彼の衰弱に気を緩め、リリスは颯爽と口を挟んだ。

「あ、あの! 私はどうすれば」

「君は既に我が国の人間となっている。今の所は私と一緒に帰って貰おう。…………だが、ロージナは黒雲の影響で被害も大きい。更にカエルムとの関係について話し合う為、しばらくは行動が出来ない」

 クレインが自分の困憊を見せまいと、顔を真横に逸らす。

「ここへは再び訪れる事となるだろう。しかもその頻度は高くなる筈だ。帰還するのに別の機会が良いと言うのなら、その時まで待とう。…………何しろ、時間が」

 後に続いた言葉は、リリスの耳には入らなかった。

 自分を苦しめていた問題が、やっと解決した。まだ交渉の糸口を掴んだだけだが、カエルムとの同盟が成立する可能性は高いだろう。そうすれば、リリスは自由に両飛行艇間を行き来する事が出来る。義母と実母に、いつでも会えるようになるのだ。友人や、窮地を救ってくれた先輩との永別を避けられたのだ。

 喜ぶな、と言う方が今のリリスには無理だった。

「良かっ……」

 椅子の背もたれに重心を預け、リリスは口を滑らせかけた。クレインが目の前に居るが、心の安らぎを優先したい。重く伸し掛かっていた気分から解き放たれたかった。

「ああ、そうだ。時間が(、、、)かかるんだ《、、、、、》」

 繰り返された呟きが、リリスの語末を遮った。

「えっ?」

 呆気に取られたのは、自分ではなくカインドである。目を瞬かせた彼が、帰ろうとしていたロージナ副艇長を眺めた。

「失礼。まだ席を立つべきではなかったな」

 空いたばかりの席に、再び人が座った。テーブル越しに着席時の振動がリリスに伝わって来る。体の奥底まで震えているようだった。微動の感触が外部からの囁きだとリリスは信じた。そう思いこみたかった。

 収束した筈の問題が、又もや立ち塞がろうとしているなんて、考えたくもなかったのだ。

「ボーデン総艇長。我々は、鎖国撤廃を目標に貴国と交渉を進めようと思う」

「――なっ!?」

 カインドの動揺が声の調子から分かってしまう。クレインが急激に態度を変えたのは、彼にも予想外だったのだろう。

「……カインド・フェン・エグニーム。君の提案には感謝しよう。おかげで我が国の更なる発展が望めそうだ」

「どういう……意味、ですか」

「言葉通りの意味だ。我々は鎖国撤廃、貴国との撤廃を目指す。どれ程の時間がかかるか予想も出来ない。最終的には、どちらも叶わないかもしれない。それでも不平不満を受ける謂れはない」

 得体の知れない企みが水面下で育っている。そこまではリリスも飲み込めた。ただし、クレインが心底で何を思いついたのか読めないのだ。

 カインドも掌を強く握りしめ、困惑していた。顔が下方へと俯いており、彼自身もその体勢には気付いていない様子だ。読み解いているのは、クレインの策略。先刻の短い会話から、あらゆる意図を探り出そうとしていた。

「クレイン、副艇長」

 男性特有の低音が会議室に響く。

「貴国ロージナは、長い時間をかけてでもカエルムとの同盟を望むのか?」

「ああ、そうだ」

 やけに軽い口調でクレインは受け答えた。

 対するボーデン総艇長が発言を並べ始める。長らく寡黙だった彼にしては、かなり長文の言葉だった。

「まずは鎖国撤廃。次にカエルムとの同盟。……確かに相応の月日がかかるだろうな。だが、こちらとしても開発技術に優れた貴国とは、ぜひとも友好を深めたい」

「…………断っておくが、最終的な決定権は私にはない。ロージナの総艇長に窺ってから、全ての話が始まるのだ」

「分かっているが、心待ちにもしている」

 深く首を縦に振るボーデン。

 彼は自分達とは異なり、一切の謎を持ってはいない様だ。もしもクレインの動向が分かっていなければ、こうした会話をする余裕はとてもないであろう。

 ――何が、どうなっているんですか?

 同じ言葉を耳にしているというのに、リリスではボーデンの如き話し合いの成立は不可能だった。自分は、総艇長が達している理解に追いついていないのだ。

まるで透明な鎖が足首に巻かれている気分だった。動きを封じようとする企みが見えず、封じている手段さえも分からない。非常にもどかしい。カインドが誘導してきた未来が目と鼻の先にある。けれども、鎖によって手が届かないと思われた。

ボーデンの声が、又もや聞こえる。

「カエルムとの同盟が決まった時には、恐らくロージナの技術も今より発展しているだろう。その技術はカエルムにも多大な利益をもたらす筈だ」

 視野の隅で金色の髪が勢いよく起き上がった。反応したのは今まで目線を下げていたカインドだった。彼は間髪入れずに叫ぶ。

「交渉期間中に、機体のデータを利用するつもりなのかっ!」

 二人の座談を中断させたカインドが、真っ先に真相を漏らした。見開かれた双眸がクレインとボーデンの二人を眺め回す。

「同盟をする予定ならば、カエルムのデータを利用しても不審点はない。……だが、ロージナは開発国家。鎖国撤廃、カエルムとの同盟。そこまで至る途中で何かを開発する可能性は充分にある! それが、大天使階級に特化した機体であっても!!」

 敬語をかなぐり捨て、カインドは会議室で声を怒鳴らせる。対象は、言葉の檻をすり抜けた知者。相手へと向けた敵視はより強まっていった。

 ふん、と外からの使者が鼻で笑う。

 己が睨み付けられようとも、クレインは飄々と肩を竦めた。カインドに言い含められる以前の笑顔を作り、言葉による逆転を誤魔化していた。

「何の事かな? これは君が言い出した提案だろう? 問題なんて……ある筈がないじゃないか」

 カインドの頬が引き攣った。その瞬間を目撃してしまったリリスは、無意識に感情を落ち込ませていた。

――また駄目だった。もう駄目だった。

失意が自分の身体を飲み込んでいく。ようやく訪れた助け舟も地の果てへと沈んでいってしまった。不遇を吐露する気力も残っていない。胸の底では諦めが沸々と湧いて来ていた。虚ろな感情が増えていく代わりに、希望が消えていく。

 ふと、リリスはカインドの様子を疑った。逆転を更に覆された状況でも、彼ならば何とかしてくれると予期したのだ。

「…………!」

 見なければ良かった、という後悔がリリスを襲う。

 持ち上げた顔の先では、見慣れた青年の面持ちが青ざめていた。考えに老けているとは言い難い。路頭に迷った時の自分と今におけるカインドの様子が重なった。彼にはもう対抗策が残っていない、と一目で分かってしまう。

「……め……、…………ん」

 細々と、カインドが声を紡ぐ。彼の声が小さ過ぎるせいか。それとも自分が外界からの刺激を拒絶しているのか。何を言ったのか聴こえなかった。

「ごめん、リリスちゃん」

 澄まそうともしていない両耳が、はっきりと言葉を受け取る。

 カインドは謝罪していた。顔を歪め、自分の無力を痛感している。数か月間の付き合いを通じ、彼のそんな表情を目撃したのは初めてだった。

「立場を、考慮してなかった……。君を助けられる方法を思いついても、それを実行する権力が僕にはなかったんだ」

 血色を失った額を手で支えるカインド。彼はすぐにでも倒れそうな状態だった。瞳も虚ろ気に揺れている。先刻の帰還から相当に体力を消耗しているのだ。これ以上カインドに無理をしてもらいたくなかった。

 ……謝る必要は、ありませんよ。

 リリスは必死に微笑を取り繕った。両目から涙が溢れ出そうになるが、短く鼻を啜って堪える。懸命に自分を引き止めてくれた人達が居る。その根拠がリリスの笑顔を後押ししていた。

 私、皆さんにここまでしてもらったんですから。……さっき、一度諦めちゃったんですけど。それでも、私は、悲しくなんかありませんよ……。

 一種の清々しさが胸中を吹き抜けた。頑張れる所までやりきったのだ。満足してもいいだろう、とリリスは己に言い聞かせた。

「カインド、さん。もう」

「――っ」

 自分が言い聞かせようとすると、カインドは今まで以上に悲痛な顔を浮かべた。リリス本人の屈服を拒んでいる。「もういい」と告げるのはやはり躊躇われた。だが、どうしようもならない状況からカインドや周囲の人達を抜けさせて上げたかったのだ。

「もういいんですよ」

 そうした一言を絞り出す為に、リリスは瞳を涙で濡らし、隠し様がない程に頬を真っ赤に染めた。

 自分でも諦めが悪いと思っていた。心では偽れても、身体は言う事を全く聞いてくれなかったのだ。

この『8th flight』は実はもう少し続きます。ですが、この辺りでいったん区切りを着けます。続きはまた一週間後に更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ