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4th Record:together⑦

男主人公が結構活躍してます。また、大分前の伏線が回収されています(第一話の伏線です)。

【7th Flight】

 ある一人を除き、会議室に集結した全員が耳を疑った。あらゆる視線が発言をした人物に向けられる。

同じ言葉を、彼は繰り返した。

「良かった。…………間に合った(、、、、、)よ」

 カインド・フェン・エグニームは、到着した直後にそう口を滑らせていた。彼の目前ではロージナへの帰郷を決めたリリスが座っている。そんな彼女が目を見開き、驚愕の表情を強く主張していた。

「何を、言ってんだよ……兄貴」

 ミエンがカインドの意図を探る。失意の奥で疑念が渦巻いた顔付きだ。暗く沈んだ瞳を細く狭めている。会議室に居る他の者も同様な調子であった。

 肝心のリリスが自らロージナを選んでしまった。彼女をカエルムに引き止めるには、それを阻止すべきだった。しかし、カインドは決断された後に現れながら、臆する様子もなく口にしたのだ。

 ――間に合った、と。

 目論見が成功したクレインが、喜びを押し殺してカインドに話しかけた。

「君も、リリス・エレフセリアの友人か? 少々遅れてしまったが……確かに、見送りには間に合ったな」

 平坦な語勢を貫くクレインだったが、胸中では不安が渦巻いているらしい。小さな冷や汗が額に浮かんでいたのだ。

「ええ。カエルムから離れてしまう前に会えるかどうか、心配だったんです」

 文面通りではない挨拶を、カインドは悠々と返す。本心にして虚飾を含んだ返事がクレインの眉を動かした。

 ――嘘は吐いていない。

 危惧していたのは、ロージナとの交渉手段が無くなってしまう事。鎖国国家のロージナには通信連絡も望めないだろう。ならば、直接会って話し合うしかなかった。だからこそミエンに時間を稼いでくれと頼んだのだ。

「初めまして。クレイン副艇長。僕……いえ、私はカインド・フェン・エグニームと申します。このネア・セリニ学園に通う二年生です」

「楽に喋っていいさ。……だが、君が例の生徒か。話は聞いているよ。我が国の大天使階級が目覚めるきっかけを作ってくれたらしいな」

 くすり、とカインドが苦笑を漏らす。

「褒められる話ではありません。……僕はただ、リリスちゃんが小鳥に乗りたそうだったから手伝っただけです。大天使階級かどうかなんて関係ありませんよ」

「っ……」

 クレインが先程よりも深く眉根を寄せた。自分に合わせていた視線が鋭くなった気がした。勿論、誘発した敵意なので動揺はしない。

 手がかりを掴み、論戦とも呼べる交渉に至る。そこまでの時間を確保できるかどうかが心配だった。到着したばかりなので、この会議室で何が話されていたのかは分からない。けれども、自分は手遅れにはならなかった。その事実が背を押してくれる。

 ――交渉開始、だ。

 カインドが引き締めた面持ちで告げた。

「さて、クレイン副艇長。貴方にお話があります」

 あくまで敬意を払った姿勢を保つ。態度の悪さで話し合いの席に着けなかったら元も子もない。

「……何だ」

 クレインがカインドを警戒しているのは明らかだった。自分へと着席を進めながら、一挙一動に目を凝らされていた。

 監視の針が全身に突き刺さった。心が縮小したかのように、息苦しくなる。だが、ここまで来て退く訳にはいかない。

「これは大天使階級にまつわるお話となります。……それも、ロージナとカエルムの両方に関係してくるでしょう。ですから、決して憤慨せずに聞いて欲しいのです」

「前置きは充分だ。早く言ってくれ」

 カインドが静かな沈黙に陥る。弦の如く伸び切った緊張に引き絞られ、これから飛び出すのであろう発言は重大さを帯びていった。躊躇っているのか。機会を探っているのか。自分でも混乱してきた頃合いに、カインドは布告を告げた。


「ロージナの鎖国制度を、今すぐ撤廃させて下さい」


「「「「「っ!?」」」」」

 クレイン、リリス、ミエン、ミテラ、アネットの五人が愕然と息を詰めた。

「何を言っている、お前は!」

 当然の如く、ロージナの副艇長であるクレインは激怒した。怜悧だった表情を崩し、怒りを直球にぶつけている。言い方が悪ければ、自分へと掴みかかってきたかもしれない。そう思わせる程に彼は心境を逆立てていた。

「一生徒に過ぎないお前が……何様だ! 学校の規模で話し合っているんじゃないんだぞっ!?」

「憤慨せずに聞いて欲しい、と僕は言いましたよ? まだ話は終わっていません。失礼を承知ながら、続けさせてもらいます」

 頭を下げ、カインドは交渉の衝撃を出来る限り宥めた。

 ――重要なのは、ここからだ。

 深呼吸の息遣いが耳に届く。クレインはやはり冷静な性格だったのだ。荒かった鼻息が段々と収まっていく。顔を上げれば、クレインの鋭い顔が視界に飛び込んできた。

「……続けろ。そんな話を持ち出した以上、相応の理由があるのだろう?」

 自分にとっては予想通りの反応だった。立場の違いを出されて一蹴される筈だったが、打っておいた警告が生きている。

 提案を実行する事でロージナにも影響が及ぶ、とカインドは教えていた。その詳細はクレインの態度に応じて明らかにしていくべきだ。手順を誤れば、折角の好機を無に帰してしまうのだから。

「貴国ロージナがリリス・エレフセリアを迎え入れようと、このままでは何の成果もあげられません」

「……根拠は」

「ロージナの鎖国制度――いえ、他国文化の拒絶に原因があります」

 かつてリリスからロージナの事情を聞き、カインドは大天使階級を欲しがる理由を知っていた。彼等は第三世代に突入した以降に落ち込んだ権力を取り戻したいのだ。伝説の大天使階級を取り込められれば、それも夢ではない。

 しかし、カインドが付け込む隙も同時に作っていたのだ。カインドは浅く息を吐き、頭で理論を積み立てていく。今度は長い時間を取らなかった。自分でも予想外に整った言葉が、滑らかに流れ始めた。

「ロージナは他国との交流をほぼ完全に絶っています。カエルムからの大天使階級を受け入れた所で、その事情がある限り、絶対に彼女を生かしきれないのです」

 カインドはリリスの方へ視線を回した。未だに現状を飲み込めていないのだろうか。唖然とした表情のまま固まっている。

 ――なんだか、見覚えのある顔だな……。

 銀髪の幼げな少女に初めて会ったあの日。カインドからのちょっかい紛いの挨拶に帰していた顔だ。当時はこうした関係になるとは思ってもいなかった。

「……ははっ」

 人を馬鹿にした様な笑い声が、耳に突き刺さる。

「そんな事を理由に話を進めていたのか? ……下らんっ」

 クレインが強く言い捨てる。彼が発する威圧に、カインドは顎を引いて緊張の面持ちを作った。

「聞いていないのか? リリス・エレフセリアは元はと言えばロージナの出身だ。例え九年間を他国で過ごしていようが、我が国が彼女を拒絶する理由にはならない!」

 前のめりになったクレインが断言する。そんな彼を凝視しては、カインドが閉じた唇の内側ではっきりと念じる。

 かかった。

 子供騙しの言い合いを、クレインは信じたのだ。自分がリリス・エレフセリアと大天使階級という二つの単語を使い分けている事に、彼は気付いていない。

 畳みかけるかの如く、カインドは口火を切った。

そこ(、、)じゃありません」

 立場の逆転を悟っていないクレインの顔色が、消え失せた。

「例えリリス・エレフセリアがロージナへと帰郷しようが、貴方達は大天使階級の実力を発揮させられないんです」

「っ…………!?」

 カインドの指摘にクレインの瞳が揺らいだ。自分が何に焦点を当てているのか探しているのだろう。その答えに近付く時間は与えてやるつもりだった。しかし、対処法を練る暇は決して与えない。

 彼の眼光から思考を読み取る。不安気に彷徨っていた眼球が定位置に落ち着こうとしていた。また、顔が少し青くなりかけていた。

 整頓の余裕を奪う為に、追い打ちをかけるカインド。

「機体――小鳥(バード)ですよ。大天使階級の機体をロージナは用意できていない筈です。何しろ伝説の階級ですから、専用の機体を開発するには相当の時間がかかるでしょう。その間、大天使階級は無力になってしまいます」

 着眼点の違いが白日の下に晒された。人材の確保だけに夢中になっていたクレインはそこまで考えていなかったのだ。事情を知らない他者からすれば、リリスが使っていた機体をロージナへ持っていけばいいと思うだろう。だが、リリスの機体はカエルム製。他国文化の混入を嫌うロージナにとっては鬼門の存在であった。

「ぐ…! 確かに大天使階級の機体を一から製造していけば時間がかかるだろう」

 クレインの歯ぎしりがこちらまで響いてきた。研ぎ澄まされていた双眸が無骨に細まっている。

 苦しそうに息を吐き、テーブルに重心を寄せた。屈辱でも感じているのだろうか。彼の表情はしばらく治りそうになかった。

想像を裏切る形で、クレインは唐突に吠える。

「だが! 先程の出撃で幾らかのデータは揃っている。それを使えば支障が出ない範囲で機体を――」

 他国が保持する小鳥の性能を勝手に調べるのは許されない。そう返しても、大きな結果は得られないとカインドは理解していた。リリスの身元を確認すのに必須だった、と訳を捏造されればお終いである。

 けれども、総合的に言い詰めると容易くボロは出る。

「大天使階級の機体の情報を利用すれば……ロージナは即座に有罪を言い渡されますよ」

「な」

「貴方が口にした大天使階級の機体とは……単にリリス・エレフセリアの小鳥だけを示していないんです」

 カインドの言葉に同調し、近くに座っていたアネットが声を漏らした。

「あ……そっか。大天使階級の機体は、一つじゃ……ない」

 短く頷いたカインド。

「そう、その通りだ。大天使階級の機体には――このカエルム自体(、、、、、、)も含まれているんだ」

 ロージナ出身の操縦者にまつわる情報ならお咎めはなかっただろう。しかし、国全体の話となれば筋が違ってくる。リリスの機体とカエルムの性能には通じた部分がある。カインドがその点を指摘した故、クレインは知らぬ存ぜぬを貫けなくなった。

「他の飛行艇の情報は無許可で得てはならない。熾天使(セラフィム)階級(クラス)が定めた規律には、確かにその一文があったわね」

 ミテラが唇に指を当てて呟く。学院の卒業生である彼女は授業で習っていたのだろう。自分も最近になって詳しく習っていた。

「…………あ、え?」

一年生である妹もその要約は耳にしていると思われた。だが、ミエンは話に付いて来ている様子もなく、口を小さく開けて呆けていた。

 助け舟――とは言えないが、クレインに釘を刺す為にカインドは解釈を付け加えた。

「飛行艇の性能、及びその技術は各々にとって極秘情報だ。黒雲が真下で蠢く中、空を後悔するのに高機能で悪すぎる事はない。だけど、それを他の飛行艇へと簡単に共有するだけではいけない。……いつか、飛び抜けて発展した技術を独占、又は高額で売買する飛行艇が現れるからね」

 技術が滞ってしまう飛行艇にとっては悲惨な話だ。経済面の事情は内部の住民によって左右される。当然、飛行艇の数だけ違いはあった。技術を隠されれば入手は叶わず、異例な金額を要求されても簡単には支払えないだろう。

「それを防ぐ為に定められたのが、さっきミテラさんが言った規律さ。無許可で飛行艇の情報を得てはならない。……これを言い換えると、対象となる飛行艇から許可を貰わなければならなくなる」

 カインドは言葉の先を脳内で紡いだ。国家級の情報を手に入れる為、ロージナはカエルムとの交渉を強いられる。だが、飛行艇そのものを扱うとなれば、ロージナからも同等の利益を差し出さなければならないのだ。

基準点は出身地の云々から最早ずれていた。国家級の情報に見合う対価とは何か。その質量でカエルムを納得させられるか。リリスが実母と義母の間で苦しんだというなら、今度はクレインの番だった。

「ここで、話は最初に戻ります」

 覚えていますか? という質問は自分でも不躾だと感じた。そんな挑発に顔を歪めるクレインを目の当たりにすると、より強く痛感する。

「ロージナの鎖国制度の撤廃。これが大天使階級の機体を利用する為の第一条件だとは思いませんか? 交渉時、ロージナ側の都合で話し合いが滞る事態は、どちらも望んでいない筈です。…………ボーデン総艇長のお考えは如何ですか?」

 首を振り、カインドは会議室の隅に座るボーデンへと尋ねた。

「…………」

 自分が乱入してから彼は何の発言もしていない。不気味な位の沈黙を保っていたのだ。ボーデンの身分と体格ならば、カインドを会議室から排除するのは容易い。カインドもそうした反感が少なからずあると覚悟していた。だが、総艇長は一切の干渉を切り捨てている様だった。

 この人は……何を考えているんだ。

 寡黙な男の存在がカインドに混乱を与えていた。彼の立ち位置がカエルムとロージナのどちらなのか掴めないのだ。貴重な大天使階級のリリスを手元に残しておきたいのか、厄介事という所以でリリスをロージナに明け渡そうとしているのか。そのどちらもが彼には該当していた。

 重たそうなボーデンの唇は、カインドの逡巡が途切れると同時に開いた。

「ロージナと対等な関係が結べると言うのなら、カエルムは歓迎するつもりだ」

 ただ一言。カエルムの代表であるボーデンはそれ以降に喋る気配はなかった。

「ま、待てっ」

 カインドの眉が顰められる。時を同じくして、クレインが掌を突き出して制止を呼びかけていた。幾分の焦りが声の調子から分かる。

「そもそもだ。鎖国の撤廃は……我が国がカエルムの情報を利用して機体を造る、という前提が元になっている。ならば! ロージナが零から大天使階級の操縦機を製造すればいいのだ!」

 小鳥の開発に当たり、ロージナは他国を頼らない。そうクレインは宣言していた。彼の上げた方法は時間がかかるが、鎖国撤廃を防ぐ確かな説だった。

 どうして頑なに他国との交渉を避けているのか。小さな疑問がカインドの脳裏をかすめた。しかし、微量な違和感も思考の燃料として費やさる。カインドは差し掛かった局面に集中しようと、あらゆる神経を脳に注ぎ込んでいた。

 ――そうだ。その反論までは僕も充分に予想している。

 仮にも開発分野で名を立てた飛行艇。彼等が本気を出せば、高性能の機体を造り出すのは容易いだろう。第一、第二、第三と続いてきた小鳥の世代に、革命を起こす可能性だって考えられた。

 これまでの世代を超える新しい機体。その存在が、大天使階級の少女を奪う名目として強大な役割を果たしている。可能なのか、と問うてもきっと無駄だ。自分であれば、実現させる為に当事者を連れ帰ってしまうからだ。ロージナの住人となったリリスの情報を引き出す事は規律に反していない。

 カインドが薄く眼を細めた。狙うは、現時点でリリスの操縦している小鳥のデータが、ロージナにとって必要不可欠であると証明する事。

「カインド……さん……」

 心許ないリリスの呟きが、自分の耳に触れる。

無邪気さに彩られている筈のリリスは、何処か不安そうだった。中途半端にぶら下げられた期待に怯えているのだろうか。

……そんな顔、しないでくれよ。僕は悲しそうなリリスちゃんを見る為に、頑張っているんじゃないんだ。

 自分とクレインの交渉によって、彼女の人生は完全に決まってしまう。最悪か最高の道がリリスの前に伸びている。二者択一の選択肢に対し、カインドは後者を選んで欲しかった。

 だが、その希望も何処か違うと感じる。自分はしがらみで動けなくなるリリスを見たくなかったのだ。言うなれば――自由に羽ばたく少女の姿を取り戻して上げたいのだ。

 虚無に近い蒼天へ飛び込み、そこで浮かべるリリスの顔。カインドはかつて感銘を受けた表情を胸に刻み、リリスの方を向いた。

「大丈夫」

 短い一言をリリスへと返す。その直後に微笑を付け加えるのも、カインドは忘れなかった。

「クレイン副艇長」

 間髪入れず、カインドは彼の反論を切り捨てる。

「残念ですが……どれ程の小鳥を製造できようが、大天使階級(、、、、、)の小鳥だけは(、、、、、、)製造できないと思われます」

 正面からクレインの絶句が聴こえるが、カインドは意図的に感覚に受け入れなかった。

 頭を真っ白に染め上げ、事実を口に出そうとする。さもなければ、途轍もない事態が待っていると考えられたからだ。一見して自分の発言は矛盾していた。けれども、言葉に潜む異常さを飛び越え、自分の目は正常だったのだ。フリューにも見て貰った故、確信は崩したくても崩れない。

 最初にそれを目の当たりにしたのは、廃棄予定の小鳥に乗った時だった。当時はちょっとした手違いだと信じていた。だから然程気にはしていなかった。

「何故なら」

 会議室中の視線がカインドに集まった。空気が沈黙に塗り潰され、カインドの言葉をただ待ち続ける。

 そして、カインドはリリスの機体に記されていた事実を解き放つ。



「大天使階級の小鳥は……第三、第二、第一世代よりも――あの三十年前の超重力爆発(グラヴィティ・ノア)よりも前に、開発されていたからです」



 この時。ボーデン・ディアスティアが驚愕の表情を初めて晒していた事に、カインドはまだ気付いていなかった。

次回も一週間後に更新する予定です。この作品もクライマックスに差し掛かってきました! 今後ともよろしくお願いします。

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