4th Record:together②
更新遅れてすいません。蒼天のAIRLINE、最新話を書きました! 色々と表現を工夫した箇所もあるので、ぜひ読んでみてください。
【2nd Flight】
『全部隊、散開! 各隊は黒雲の抑制にかかれ!』
――了解! と通信機から様々な声音が入り乱れた。同時に、豊富な色合いの小鳥達が四方八方へと飛び出してゆく。その尾ひれには推進力でもあるエネルギーの輝く残滓が漂っていた。
リリスも自分に宣告された部隊に参入する。
ロージナ救出の為に編成された部隊数は全部で二十四だ。各隊に平均で八機が割り当てられている。二十四小隊×約八機で、全百九十二機。カエルムでは過去最大の機体数を誇っていた。
『おい、リリス』
自分を呼ぶ声で視線を降ろす。甲高くも少年の様な勇ましさを感じさせる口調で通信機から呼びかけられていた。該当するのはミエン・エグニームただ一人だ。
「何でしょうか」
『その、何だ。お前……平気か?』
彼女と自分の機体同士で映像通信は行っていない。リリスを窺っているのはミエンの声音だけだった。けれども、彼女の心配そうな顔がくっきりと見て取れた。
『べ、別に勘違いすんなよっ。同じ部隊になったんだ。アタシの足を引っ張られちゃ困るんだよっ!』
きっとミエンの顔は気恥ずかしさで紅潮しているのだろう。映像通信も紅葉色の頬を見られたくなくて切っているのだ。
リリスは意地悪く映像通信にしようと言い出したくなった。だが、今日だけは彼女の面目を保とうと考え直す。好奇心は変質し、ミエンの不器用な優しさによって温かな火を灯す原料となっていった。
「心配ご無用です。そういうミエンさんの方こそ、部隊に遅れないでくださいね?」
挑発的な態度がミエンの気遣いを払拭させた。
『言ったな、お前。その言葉、後で後悔させてやる!』
その発言の直後、深紅色の鋭利な外形をした機体がリリスの前方へと躍り出た。ミエン専用の隼型であり、学園一の最速を誇ると言われる小鳥だった。
ミエンの登場する機体の双翼が光を強め、末端に接触する程垂直に折れ曲がる。隼型の速度は光量に応じて上昇していった。豪放なミエンらしい直情的な飛翔だとリリスは感じる。
……そうだ、私は心配をかけてはいけないのです。
ミエンの吹っ切った行動をリリスは見習った。自分がうじうじと悩んでいてももう手遅れなのだ。
「……っ」
真横で又しても薄緑色の機体が飛び交った。操縦席を追跡するリリスの眼先に、アネット・レンヴェルフの横顔が入り込む。
眼鏡越しにアネットは自分を顧みた。表情までは詳しく察せないが、自分を心配しているのだとリリスが悟る。付け加えるならば、彼女の小鳥は後方支援に適応した機体であり、自分よりも先へ進むことは本来ありえなかった。
「分かっていますよ、アネットさん。私、きちんと飛んでみせますから」
クラスの委員長は自分の背中をとにかく押しているのだ。彼女を支援係と機能させるにはリリス自身が最前線へと赴けば良い。強引な奮起方法だと思われたが、身の危険を冒してまで自分を信頼してくれている証拠だった。
「最後まで……頑張りますよ!」
操縦桿に意識を吸わせ、リリスは翼を手足の如く稼働させる。
白い十二枚の翼が踊った。加速によってリリスの全身が背もたれに押し付けられる。前線へと急ぐリリスの横では黒雲によって染められた薄暗い景色が流れていった。
――巨大な黒雲の群れが、機体の正面から迫り来る。
「展、開!」
唇で叩いた言葉と同時に機体の周囲が光の膜で覆われた。黒雲の重力を相殺する特殊な力場だ。操縦者はこの丸い膜を維持したまま、黒雲近くを飛行することで重力を減少させていく。
本来ならば重力の抑制と飛行には有限にして同種のエネルギーが必要だった。しかし、破格の階級を冠するリリスは事情が異なってくる。どちらの行使もエネルギーを全く必要としないのだ。本人の意欲が途切れさえしなければ、リリスは半永久的に小鳥の操縦が可能であった。
そして、それこそが大天使階級が特別視される理由でもある。
「右、左、斜め右下、……真上!」
思考を冴え渡らせたリリスは重力が襲ってくる方向を一目で予測した。直感的に判断した箇所から多少の誤差を生みつつ、黒雲が群れから湧き出て来る。
空色の鴉は平行に滑走した。
噴出した黒雲がリリスの右横を通り抜ける。光の膜を張ってある為に押しつぶす力も和らいでいた。球場の力場から溢れ出る粒子が黒雲に触れ、巨大な闇を光で打ち消していた。
……油断は、禁物です。
光る十二本の線が黒雲の中へと走り出した。光る翼による軌道を描いているのだ。
リリスは前へと駆ける。自分の抑制する出力は他の階級と比べて桁違いに高い。何しろ十二枚の翼から展開される光の膜なのだ。
「私が頑張らないと……!」
機体の左側面から黒い塊が弧をなぞって飛んできた。
膜の厚さを強めようと、指先に力が入りかける。
――ビーッ! と、先んじて相棒の警報がリリスの耳を揺さぶり、注意を引き付けた。
リリスは予想より早く斜め右下の黒雲が膨張しているのに気づく。一度に両方を対処するのは危険だと授業で習っていた。二つの黒雲が機体へ衝突するのはほぼ同時だと考えられる。
出力に頼って受け止めることもできた。しかし、黒雲を抑制する操縦者は受け身でいるべきではなかった。
――前へ、飛ぼう!
モニターの先に広がる黒雲の山。その中心が凹んでおり、リリスの瞳は盛大に瞠目した。
「そこです!」
右回りに反転しつつ、機体が更に加速する。
減った分の体積によって盛り上がった出っ張りを、リリスはコースのように沿って走った。背後では鈍い衝撃音が鳴った。
首が回らない方角で先程の黒雲同士が衝突しあったのだ。散った際に放出された重力もリリスの機体を追ってきているだろうが、心配はない。
真下で伸びている雲の弾が塞いでくれるからだ。
「――――八十……五……パーセント!」
リリスを守護する光の障壁が厚くなった。リリス自身が備える無限大のエネルギーをほぼ抑制に割り当てたのだ。自分でも機体の速度が落ちたのが分かっていた。
高密度の海へと空色の鴉が突入する。他にリリスの後を追う者はいなかった。過去最大の規模である災害を前に誰もが尻込みしていた。二つの割合を誤れば死に直結してしまう。飛行に集中すれば重力に押しつぶされ、抑制に集中すれば身動きが出来ず泥沼に嵌ってしまうことは瞭然だった。
……けど、私は違います。
操縦席のモニターが混沌とした闇に包まれる。重量が大きい綿の中を突き進む様な感触がリリスに伝わった。両脇ではためく翼は黒雲と拮抗している。
まだだ、とリリスが意識を操縦桿に注ぎ込んだ。
特に凝縮された黒い雲の塊が直線を引き始めた。後方へと残像が流れる度、機体の速度も上がってゆく。自分の力はこの重力の嵐にも勝っている、と確信した瞬間だった。
「行っけええええ!」
操縦者の声に応じ、機体も駆動音で叫び出す。脳波による操作指示の信号が閃光となって操縦席内を駆け巡った。
眩い球形の光明が黒雲の壁を打ち破る。
貫通された穴が一気に空気を吸い込んだ。自分を包む景色は白色が混ざったように淡くなっていた。引き寄せられる風が翼の表面を撫でていく。
この道程の間に多くの黒雲を相殺していた。通り道も作ったのでリリスより後尾の機体も遅れて現れて来るだろう。
「次へ行きましょう」
十二枚の純白な翼を広げ、空色の鴉が大きく旋回する。
――リリスの予想通り、二番手にはミエンの紅い機体が黒雲を突破した。超速の余韻で生じた衝撃波は自分さえも揺らしていった。豪快な飛び方が苦笑交じりの破顔を誘う。
自分で切り開いた戦端はロージナを救出する最大の要因となった。
ロージナを押し潰そうとしていた重力の渦が弱まっている。短くない時間をかけて飛び続ける操縦者達は良好な成果を予感した。
『ようやく終わりそうね……』
通信機からアネットの沈着な声が響いた。
リリスは半分以上が消失した黒雲の集団を見回した。散らばっていた他の部隊が数十分ぶりに視界へと入って来ている。損傷の酷い小鳥も幾つかあったが、とりわけ任務は続行可能な具合であった。
『……おっと、吉報よ。第八部隊の皆』
後方支援にして部隊内での通信係を務めるアネットは告げた。
『ロージナの発射口が使えるようになったみたい。今までは黒雲で塞がれていて小鳥が出撃出来なかったみたいだけど……これで私達の出番もお終いね』
『そっか。意外とあっけなかったな』
ミエンが率直な意見を申し上げる。実際にカエルム側は重傷者を未だに出していなかった。任務開始前に課せられた重圧感と比べたのか、彼女は何処か拍子抜けをしたのだろう。
本音を言えば、自分もミエンと似た感想を抱いていた。総艇長ボーデンの言い草が脳裏で反響しているのだ。全生徒の存命を維持した帰還。リリスは終了間際になって彼の表現は大げさだったと感じた。
……もう、終わりですよ……。何てこと、ないじゃないですか……。
心底が重みを帯びた。左右に設置された操縦桿への握力が自然と低下する。リリスはアネットの飛報を快く思っていない自分がいることに気づく。
『駄目よ、冗談でもそんなこと言っちゃ』
心臓が飛び跳ねた。リリスは自分を指針にしたかのようなアネットの苦言に驚いた。実際には口にはっきりと出しているミエンが対象だったのだろう。
『私達は小鳥の操縦者よ。確かに……今回の規模は初めて不安だったけど……』
物怖じと思しき語気が通信機から漂う。ミエンは軽口だてらの会話のつもりか、アネットの声を遮ろうとはしなかった。間髪入れず、委員長がその心情を言う。
『――ロージナが無事だったことを、まずは喜ばなきゃ』
「……………………!」
両目を大きく開いたリリスは慄然としていた。自分の心中にはそうした立派な志が存在していなかったからだ。人々の住むロージナが長期間、黒雲で襲われていればいいと願っていた。操縦者どころか、空の住人にあるまじき願望である。
――どうして、私は……?
自覚した胸の内を余所に、通信機を介した会話は続行していた。
『分かってるよ。そんぐらい』
『そうなの、ミエン? 貴女、操縦だけに気が向いていなかった? さっきだって他の機体とぶつかりそうだったじゃない』
『う……うるせーな! 当たらなかったから良いんだよっ』
駄目に決まってるじゃない……、とアネットが溜息を吐く。同時に他の隊員達がくすくすと笑い声を上げた。
ロージナ側の小鳥が出撃可能となったことで余裕が生まれたのだろう。スピーカーから漏れる潜んだ小声に緊張は見られなかった。
ただし、最前線で浮遊するリリスは一人その談笑から外れていた。
「…………」
自分の思考に問い訊ねる。何故、リリス・エレフセリアはロージナ救出を否定したのだろうか。実の母親が居る飛空艇だ。彼女を救いたいと自分は確かに訴えていた。
リリス自身にも解せない疑問である。
――ママを、助けなきゃ。
その為にはロージナ救出を最後まで完遂しなければならない。そして、リリスが最後まで飛びきった後がカエルムから退去する期限だった。
――お母さんと、離れたくない。
自分は矛盾した願いに挟まれている。沈んでいたのは広く深い葛藤の深海だった。海を肉眼で見たことはなくても、海底の深さが如何程か知っている。泳げなければ胸の中身が不快で満たされるのだ。それをリリスは蒼天にて感じていた。
「ママ…………お母さん……」
任務が終了次第、リリスはカインドを含めた知人達と別れてしまう。数日間に渡って苦しんできた事実が、今日も心を焦がして痛めつけた。
モニターに映る光景が緩慢になった。自分の落胆が機体に干渉し始めたのだ。自分は最前線に留まっているので、脱力は禁物であった。
「うぅ……う……」
呻きつつ、操縦桿に意識を通そうとする。
しかし、前方に示される機体速度は落ちてゆく一方だ。かといって重力抑制の膜が拡張している訳ではない。リリスのエネルギー自体が相棒から絶縁されていたのだ。
黒雲による被害を減らそうと頑張った分、リリスの気概も尽きていた。
――なんて酷いことを考えたのでしょう、私は。
そこに罪悪感までも加わり、リリスの感情は反転してゆく。気力が失われるのではなく、嫌悪へと近づいていた。
機体の周囲には濃い暗雲が詰まっている。地表から昇って来た重力の源は自分と全方向から対峙した。黒雲は抑制しなければいけない。三十年前から続く鉄則を、リリスは初めて疎ましく思った。
もう嫌だ。全てを放り出してしまいたい。ここに座っているのは嫌だ。
リリスの理性が働いた時には、既に手遅れだった。
「……もう、飛びたくない……です…………」
憧れていた空は暗く、目指した理想は自分を引き裂いた。
飛翔は永別へと通じ、喪失の悲嘆が手足の自由を奪う。
――そして、思いに答えた翼は、消えた。
「っ!?」
背中に辻褄の外れた感覚が発生する。与えられていたのは大きな喪失感だった。
「何が……っ」
異変を確認しようと背面に目を当てた。
すかさず機体が警報を鳴り散らす。リリスの両耳が緊急事態を警告する騒音で震わされた。まずい、という焦りだけが積もってゆく。対処を一刻も早くしなければと直感に責め立てられていた。
「な、羽が……減って――!!」
括目するも、目前の事実に変化は来たされない。リリスの機体から生えている翼が二枚しか認識できなかったのだ。十二枚が六分の一にまで減少している。
「出力は――っ」
大天使階級は無限大のエネルギーに加え、十二枚の翼を顕現できることで有名だ。その二桁は熾天使階級の六枚羽を優に超えている。抑制における範囲や出力も他の階級より大幅に優位だと評価されていた。だが、本来は歯牙にもかけない問題も提示されている。
一枚一枚の羽根が小さいのだ。
ミエンやアネットのような力天使階級よりも翼の長さや厚さがみすぼらしいと言える。量を重視した分、一つに向けた構成が粗末な代物だったのだ。
そして、飛行と抑制を兼ねる羽の変貌はリリスの現状を危険へと導いてしまった。
「く…………!」
頼りなく伸びた二本を機体の傍へと寄せた。光の膜が薄くなっており、間近へと圧縮させなければ黒雲を耐えるのは無理そうだった。
続けてリリスが見定めたのが周囲の状況。前線に出向いていたせいか小鳥を示す印は少なかった。誰かの保護を受けられる領域までは大分距離がある。
『おい、リリス? どうした?』
ミエンが自分の絶句を嗅ぎ取ったらしい。リリスは自ら最前線に進んでおいて情けないと感じながら、最速の彼女へ救援を求めようとした。
ミエンならばすぐに駆けつけられる。学園一の加速狂と呼ばれる彼女の機体はレーダーに映っていた。速度の鎧を背負う隼型に距離は関係ないに等しかった。
「ミエンさん――」
助けて、という叫びが電波に乗る、寸前。
リリスの全身が大きく落下した。機体が真下へと引きずり込まれているのだ。
「な、一体……っ?」
唐突な重力にリリスが訝しんだ。モニターでは黒雲の反応が段々と増えてきている。作戦は順調に進んでいた。ここまでの量が蠢いたのは今が初めてだった。
……まるで、絶好の機会を探っていたかのような動きだ……。
――作為的な、襲撃。
自然が悪意を持って空色の鴉を落とそうとしているのだろうか。不覚にも、恐怖が身体の奥底から湧き上がってきた。
「あ、しま」
助勢の頃合いを手放してしまった。通信機から雑音が迸っている。恐らくは重力の影響が出たのだ。最も近そうな機体へと接触を試みるも、繋がる気配がない。
リリスは力を極限まで失くした最中、黒雲が一番活発化した地帯へと残された。
重力が今の自分を押し潰すのは他愛ない。リリスが考えていた最悪の事態が、我が身に降りかかろうとしていたのだ。
次回の更新予定は三月八日ぐらいになると思います。続けて執筆するので、E・Dはまだ更新できません。どうか、次回も楽しみにしてください。




