きれぎれの乳房
今宵、欲望が堆く積み重なる夜、餓鬼悪鬼の使いが俺にこう囁く。
「殺しの果てに黎い闇へ淪むは魯鈍、其は惑いの森の膣中」
昼の王冠、有の王者は鳥獣虫魚、生物界の循環が俺に言う。
「おいおいお前はただの脂肪の袋にすぎない、生霊に違いない!」
その声は飆風、眼球内はサイケデリック、俺は酸鼻歪める地獄へ落ちた。
陥落ていく俺をざわざわと削る雑怨は一つの記憶に近づいた。
やけに美しい相貌だけを憶えているあの女。精神を求めて近づいたんだ。
そうだ!あのとき連れ込みホテルでまぐわった女は無防禦だった!睡眠の家で。
無茶苦茶に犯したあの女は、今どうしているのだろうか、俺が殺したのだったかな。
まるで俺は意識が流血しているようだ。自分の姿が爬虫の抜け殻に見える。
声帯は間断なく音楽を奏で、それにしてもいつになればこの最終神話は終わるのだろう?
名もなき終焉はどこにある、扉の開閉音だけが谺する。
犠と牲を犯し狂えば鬱ぎこんだ自我の血痕、それは栓をひねったように湧き出てくる。
やや!あれは他界王、その模擬死の狐の生り代わり、鉄骨に住むと言われる。
曼陀羅華の果敢ない亡き骸、もはや薔薇園の肥料すらなり得ない。
やや!あれは七十四道の王、その唖蝉の失われた叫び、墜落の断末魔。
深傷の神への冒瀆は冷蔵庫に蔵われた。その喘息、その喘鳴。
決まりの悪いアンヘドニア。誰かが教えてくれる幸せは、ああ、どこにある!
俺のいる場所は礫の積み上げられた塔、ねえ、女、お前が愛しいよ。どこにいるのか。
微塵もないお前の顔、お前は女性器のそのもの、けれど快楽に溺れたくない!
ここは神の庭、それは廃屋、それは戦争。そしてそれは王の濫立。
踏みつぶされて殺された蚯蚓の死体。俺の内面に似たその寸断。
行きずりの女から迸流されるいくつかの睡眠薬・オーバードーズ。
神経露出の逃道のない饐えた臭い、それは俺が窮地に立たされた瞬間。
不安の塊りと単純な震顫、ぼんやり一人慄き恐怖すること。
落下するは罌粟の花、咲き乱れるは栗の花。悪意の花束を君に捧る。
褪色していく不安定世界に洋燈はただ暗闇を作り、
丑三つに殺された豚肉はパックとなって、蛆虫が湧いているだけ。
月の乾いた音がする。憂鬱なる歌が聞こえる。青い猫がこう言った。
「お前は死なない。どうせ、これもコマーシャルなんだぜ?」
これに答える独身者の浮浪者。明瞭とこう言う。
「心配しなさんな。あのインチキ宗教が救済してくれるよ」
幻覚を幻覚に見て、俺は滾った血液を火の光に見た。赤く染まった屍体を。
黔々と巻いたこの感情、殺害の念ではないと知ったのはいつだったか。
狂水症の獣に似た俺の慾動はちぎった乳房をいくつもしゃぶってる。
なあ、さ迷った俺はこの胸を掻き毟れば、いいのか?胸に咲いた哀れな魂の欠片。
土を触った村雨が点された街灯に蘇る。遥かに明るい。
行き場を失くした水流が必死に流れようとしている……。
最後の記憶か……。そういえば、女はためらいなく言ったことを思い出した。
「その方法で、うまく、安楽死できるなら、一緒に、死んでくれない?」
その瞬間俺は膝から屑折れて、そして人間に殺される前の犢のように祈った。
燃える大地と裏腹に空には抽象名詞みたいな星々が眩めきながら耀きを放っていた。
俺は苦しくないようにポケットから出した麻薬を、注射跡だらけのその腕に刺して、
彼女の亡き骸に別れを述べた。この世界で痛みを感じないのが幸せなのだろうか、と考えながら。