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第四十四話:鹿と会いたかった

第四十四話

 秋にある行事と言えば、何だろう。

 紅葉狩りしか思いつかない俺は秋とは無縁の日々を送ると思う。

 秋に行われる修学旅行で、俺と深弥美さんは同じ班だった。席が左隣だからね、超ラッキーだよ。向かった先は奈良だ。

 班行動だったはずが、それぞれ彼女がいたり彼氏がいたのでばらけて時間になったら集合という計画で俺は深弥美さんと一緒に鹿を見に行った。

 途中、道に迷って山に向かって…只今遭難中だ。

「……多分、この先」

「そっかぁ…」

 奈良なんて来た事無いので道がわかるわけもない。ましてや、山の中なんてハイキングにいかない俺からしてみればさっぱりだ。

 しかし、深弥美さんは死神だしいざというときは何とかしてくれるだろう。楽観的な物の考えが出来るのは深弥美さんという存在のおかげだ。

「……鹿が、いる」

「え?ああ、まぁ…本来の目的は果たせたのかな?」

 二人で鹿をみるつもりだったから、結果オーライか?

 鹿なんて最後に見たのはいつだったか、それとも実際に見た事が無いのかはわからない。

 でも、鹿って二メートルは超えてないよなぁ…俺より身長でかいんだけど。

「へぇ、鹿ってこんなにでかいんだねぇ」

「……そんなわけ、ない」

 だよねぇ。

 鹿はこちらを一瞥すると去って行った。

「……大きな鹿を、材料に鹿煎餅を作るのかな」

「深弥美さん、鹿煎餅の材料は多分鹿じゃないよ」

「……ボケてみた、だけ」

 顔を真っ赤にしてそっぽを向く深弥美さん。

 カメラとケータイで撮ってしまうほどの可愛さ。

「……消して」

「いやん」

「……消して!」

「はい!」

 人が近くに居ないからって、鎌を振り回そうとしなくてもいいじゃないですか…。

 しかしね、俺もただでは消さんよ。カメラの方はちゃんと消したけど、ケータイの方はうちのPCに送っておいたぜ…ぐへへへ、自宅に帰ってじっくり拝ませてもらおうかな。

 それから三十分後、何とか俺たち二人は下山する事が出来た。そもそも、山と言えるかどうかわからないちょっとした丘で迷子になっていたようだ

「……ついた」

「さすがに疲れたね。ちょっと飲み物買ってくるよ」

 炭酸が嫌いだと言う深弥美さんに以前、炭酸を渡してしまった事があった。

 深弥美さんは口に含んだ瞬間、目を白黒させた後…俺の顔に思いっきりぶちまけてくれたのだ。

 あの時の申し訳なさそうな深弥美さんの表情を撮る…いいチャンスではないか?

「はい」

「……これ、炭酸入ってる」

「あれ?ばれた?」

「……意地悪」

 そっぽを向かれて本気でしょんぼりとされてしまう。

「これには、これには深いわけが!申し訳なさそうな、何とも言えない表情を撮りたかったんだ」

「……そんなの、撮って…どうするの?」

 至極まっとうな疑問だ。

「深弥美さんの表情アルバムを作りたいんだ」

「………ダメ」

「ちなみに、既に『深弥美さん笑顔ファイル』はほれ、この通り」

 深弥美さんに渡してみてもらう。

 すぐさま、顔を真っ赤にして突き返してきた。

「……いつのまに」

「んー、付き合い始めてすぐかなぁ…友達に『お前の彼女は無表情で無口だろ』って言われて否定するために…ね。でもねぇ、これを作った途端、俺は見せるのが惜しくなってね、誰にも見せずに大切に持ち歩いているんだ」

「……ば、ばっかじゃ…ないの?」

 これがまた、たまらなく可愛いんだ。つい写真を撮ってしまう。

「……やめてよ。普通だったら、ツーショットを撮るんじゃ、ないの?」

「え?俺が写真の中におさまっているよりアップで深弥美さんを撮りたい」

「……ツーショットが、欲しい。まだ、一つも無い」

 言われてみればそうだった。

「そっか、じゃあ一緒に撮ろうよ」

「……」

 道行く観光客の一人を捕まえて、俺と深弥美さんは並ぶ。

「はい、チーズっ!」

「……んっ」

「え?」

 初めてのツーショットは、深弥美さんが俺の頬にキスをしてくれると言う…実にすばらしいものだった。

 これは一生の宝もんだ、と深弥美さんに言ったらやっぱり消してくれとお願いされ、カメラから消去されてしまったのだった。

 勿論、バックアップはとっているがな。


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