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第四十二話:先のない未来

第四十二話

 二学期が始まって、学園祭の準備が始まった。夏休みだったからか、四季先生の一件が会って以来群青先輩は俺の未来を見ていない。

 学年とか、部活で、ではなくやりたい連中が色々とやって、なにもしたくない連中はただの客の役だそうだ。

 青春を仲間と共に過ごしたい生徒は模擬店やバンドをしたり、彼氏彼女がいる連中はいちゃつくそうな。

 俺はどちらでもない…というわけでも無い為、学園祭ぎりぎりの日から群青先輩の手伝いをしている。

「占いやるんですね」

「タロットカード、星座占い、血液占いで頑張るわ」

 そんなことしなくても群青先輩なら未来が見えるはずだ。

「先輩なら占いなんてしなくてもいいと思いますよ」

「ふふ、それもそうかも。でもね、学園祭の途中で未来が見えなくなったらお客さんに失礼だわ」

 笑っているようにも見えるけど、目は笑っておらず何やら覚悟を決めているようだ。

「その時は適当に言っておけばいいんじゃないんですか?先輩なら信じてもらえますよ」

「不真面目よ」

「すんません」

 群青先輩との仲は冗談を言い合えるぐらいになったと思う。

 文化祭の準備とはいっても、群青先輩の占い屋は椅子と机を揃える程度だ。

 あっという間に終わってしまった。これが二学期始まってすぐからだったなら手持無沙汰になっていただろう。

「…冬治君」

「はい?」

「未来が見えたわ」

「何だか久しぶりですね。そうかぁ…最後に見て教えてもらったのは四季先生の時だっけ…」

 一人で思いを馳せていると、肩を掴まれる。

「一度しか言わないから良く聞いて」

 これまでよりも真剣な表情だった。

「は、はひ」

 噛んでしまった。

 それに群青先輩が拭く事も無く、言われる。

「学園祭の日、何があっても、一番にわたしのところに来てほしいの」

「何があっても…ですか?」

 つまり、何かがあるのだ。

「三つ、未来が見えたの…これまでは無数に見えていたのに」

「三つ?どんなのです?」

「…言えない」

 俺から目をそらした。

 それだけ、酷いものだったのだろうか。

「わ、わかりました。当日、何があっても群青先輩の所に行けばいいんですね?」

「……うん、お願いよ」

 それから学園祭まで、群青先輩とは会えなかった。

 意図的に会ってくれなかったところを見るとどうやら俺の未来に関わる事らしい…。

「……今日が学園祭か」

 今日は家から出ないほうがいいと俺の本能が叫んでいた。

 家を出たらロードローラーとかタンクローリーとかゾウさんが飛んできたり俺の道を阻みそうだった。

 群青先輩から一番にわたしのところに来てほしいと言われているから、行かないという選択肢は…最初っからない。

 朝食も食べずに学園へと向かうことにしよう。

「うーっ、わんわんっ!」

「……無視無視」

 いつもは大人しい犬が俺に向かって吠えていた。行くな、今生の別れになっちまう…そんな事を言ったりしているのかもしれない。

 曲がり角前では一度、落ちついてみた。するとどうだろ…真っ赤なスポーツカーが乱暴に曲がってきて行ってしまった。

「…世界が敵にまわった気分だ」

 道を歩けば棒に当たり、ゾウさんが歩いて行ったり、ロードローラーが転がってきて危うく潰されるところだった。

 工事現場に出たので別の場所に行こうとしたらそっちもまた工事現場、スタート地点である俺の家まで戻って別ルート…等をやって居たらあっという間にいつもと同じ時間帯になってしまった。

「は、走ってぎりぎりか?」

 何とか校門までたどり着く頃には学生服がぼろぼろになっていた。

 学園祭が始まってしまったようなので、急いで群青先輩の元へと向かう。間違い無く、人気の出る屋台だ…チラシも配ったし。

「最上階に設置しなくても…よかったかなぁ」

 階段を駆けあがってそう考える。そりゃそうだ、一階にならすぐにでも会いに行けただろうから。

 廊下を走ったり、階段を走りまくったせいで学園の神の怒りにふれたのか…それとも、ただ単純に運が無かったのか…。

「のわあああっ」

 あと一歩…最上段到達部分に落ちていたたこ焼きを踏みつけ、俺は階段から後頭部直撃コースで落ちたのであった。

 し、死ぬっ…これは洒落にならん…群青先輩…。

 一瞬に考えたのはその程度、人生では滅多に味わう事の無い後頭部からの…落下。

「がっ」

「いたた…」

 確かに、痛みはおとずれた。でも、思っていたよりも軽いものであった。

「群青…先輩?」

「なぁに?」

 ご当地キャラのきぐるみを着た相手は間違いなく、群青先輩だ。俺がぶつかった衝撃か、首が取れて綺麗な顔がさらけ出されている。

「あの、ありがとうございます。今のはやばい感じがしました」

「気にしないで」

「気にします。だって、群青先輩に迷惑かけてますもん」

 立ちあがって、群青先輩を助け起こす。

「本当、助かりましたよ」

「ここ、ではさすがに人が多いわ…こっちに来て話があるの」

「え?」

 気ぐるみの女性に手を引かれているところをみられても、誰も変だとは思わないだろう。学園祭だし、そのまま屋上に上がってもいちゃついているカップルがいるだけだった。

 別に人に聞かれてもいい類の話なのか、群青先輩は周りを気にせずに話せる。

「三つの未来が見えたと言ったのは覚えてる?」

「はい。あの時、話していたら俺はどうなっていたんですか?」

「今日の学園祭に来ないよう努力したでしょうね…一つ目、わたしが屋上から落ちたわ」

 それは俺の未来ではないでしょう?という目で見ると首を振られる。

 屋上から下を見てみた…ここから落ちたら、どうなるんだ。良くて大けが、悪くて…。

「二つ目は冬治君が学園祭で…上から振ってきた何かに当たるわ」

 そう言われて慌てて俺は群青先輩の手を掴んだ。

 嫌な予感がするのだ。

「先輩、此処を離れましょうっ」

「…そうね」

 何で気がつかなかったのかしらと群青先輩と一緒に屋上を後にする。

 あの場所にずっといたら何かあって俺と群青先輩が一緒にダイブするのではないかと思えたのだ。

「今日は大人しく、こうしておこうかしら」

「……ですね」

 脱力感に襲われて、俺と群青先輩は屋上の踊り場で腰を下ろした…その瞬間、後ろから凄い音が聞こえてきた。

「ゴミ箱が落下したぞ!」

「大丈夫か?」

 気付けば俺と群青先輩はお互いを抱き合っていた。身ぶるいなんて生まれて初めてしたぜ、おい。

「群青先輩…ありがとうございます。先輩がいなかったら、俺…どうなってたか」

「わたしが、あの時話して…貴方に家に居てもらえば良かったの」

「でも、そうしてたら群青先輩がゴミ箱に当たって、下に落ちたはずですよ」

「怖かったから…冬治君にも怖い思いをさせてしまった」

 群青先輩が俺よりも震えている事に今更気付いた。そりゃそうだ、だって、俺は未来が見えない…それに比べて、群青先輩は未来がちゃんと見えるんだ。

 自分が落ちるところなんて誰も見たくはない未来だろう。

 未来が見えて、俺を何度も手助けしてくれる頼りがいのある先輩は…単なる女の子だった。得体のしれない誰かに守られているような女の子だ。

「あの、群青先輩」

「うん?」

「…俺が守って見せます。群青先輩の事を…空き缶が頭に当たったら…大丈夫ですかって俺が摩ってあげます」

 そういって抱きしめる。これ以上いい言葉なんて思いつかなかった。

「いいの?後悔、するかも」

「今ここで言わなかった方が後悔してます」

「ありがとう…」

 群青先輩に軽く唇を押しつけられる。それも一瞬、どこに当たったのか理解するのにはもうちょっと時間が欲しかった。

 ばたばたと誰かが走ってきて、俺達を遠巻きに見ている気がする。


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