第三十八話:毛むくじゃらのパパ
第三十八話
群青先輩との花火大会…まだまだかと待っていた。
そして、今日がその時だ。
きっと忘れられない一日になるはずだ。
「冬治君」
「はい!」
家まで俺が迎えに行くのではなく、群青先輩が迎えにやってきた。家に来てほしくないとはっきり言われてしまった…。
「先に謝っておくわ」
「え?何をですか?」
もしかして、いけなくなった…というのだろうか。それならメールで教えてくれるはずだ。
「パパもついてきてしまったの。挨拶がしたいって」
「パパ?」
地響きがしたのかと思った。
ただの、歩く音だ。俺の住んでいるアパート二階は間違いなく、揺れていた。
二メートルを超える大男…。
ぎらつく視線…の割には優しそう、人間よりも伸びた鼻…そして、極めつけは身体中から生えた蒼い…毛。スーツを着た狼人間だ。
俺の両腕を束ねて肉付けしてようやく一本ぐらいの腕の太さ。腕枕されたら絶対に寝る事が出来ないような腕だ。
「うわぁ…逞しいですね」
不思議と怖いとは感じない顔つきだった。いや、怖い顔はしているんだけど何だろう、凛々しい?そっちのほうが先に来るような顔つきである。
「パパ、彼はこういう子なの」
群青先輩のお父さん、全然似てねぇな…おい。
「お前はきぐるみと勘違いしているんじゃないのか?」
「え、これ地毛じゃないんですか?」
お互いの視線が交わる。
「変な奴だ…帰る」
背中を見せられたのでこれ幸いと尻尾にちょっかいを出してみた。
「もふもふ…ぐはっ」
「気安く触るな」
「大丈夫?パパ、この姿が嫌いだからあまりからかってはだめよ」
本気を出されて居たら壁に俺の人型が出来ていそうだ。
クラスメートの赤井がこんな風だったのを偶然知ったけど、やっぱりこの土地って特殊なんだろうか。
血の味がしたのでぺっと吐きだし、立ちあがる。
「悪いな、少し加減を間違えたようだ」
ちっとも悪そうに思ってない。あの目はこの程度で済んで良かったな…小僧、だ。
「今日はパパが挨拶をしてくれるんでしょう?人間に戻って」
「…」
娘に睨まれ、尻尾が垂れ下がった。
「……触りたい」
「ちっ、猫かよ」
手を伸ばそうとするとあっという間に尻尾が引っ込んでしまう。
俺の目の前に現れたのは冷静沈着そうな男性だった。
「群青宏だ」
「白取、冬治です」
でも、俺を睨みつける視線は狼の時より恐かった。一体、俺が何をしたと…尻尾を触ろうとしたからか?
「御免なさいね」
「え?」
「ママも来たの?」
階段の方から声がしたのでそちらを見ると初老の女性が現れた。てっきり、狼人間がまた出てくるのかと思った俺はほっとした。魔女だったらびっくりするが、それもないだろう。
「聞いてくれ!よっちゃん!おれの変身後を見てびびりもせずに友好的に接してきた男がいたぞ!呪いを受けて久しいが、君に受け入れられたとき並みに、嬉しい事だ!」
先ほどまで恐そうだった宏さんがその女性に抱きついている。
「やだわ、宏さんったら…人前だから、ね?」
「あ、ああ…とりみだして悪かった」
そのギャップはやめてほしかった。不良マンガに出そうな感じの面なのに今では超さわやか系イケメンに成ってる。
俺の前までやってきたよっちゃんと呼ばれた人は名刺を出してきた。
「群青良恵です。藍ちゃんの母親です」
「白取冬治です。いつも、群青先輩にはお世話になってます」
「二人でデートの時に会いに来てごめんなさいね。宏さんがどうしてもあなたのことが気になるといってきかなかったの」
「よっちゃん、あたりまえだよ!大切な二人娘のうちの一人なんだから」
隣のおっさん、うるせぇ。
「でも宏さんは気にいったのでしょう?」
「ああ、おれの尻尾を触ろうとしたあの目は無垢な赤子みたいで可愛かった」
てっきり、俺の目の前だったので嫌そうな態度を見せるかと思ったらそうでもないようだ。やっぱり、この人はどこかおかしい。
「そろそろ時間だから」
この中で多分一番まともなのは群青先輩だ。
「あらあら、白取君の前だからっていい子ぶって」
「……ママっ」
「後は若い二人に任せましょう」
「そうだね、おれらもデートを楽しもう…あ、よっちゃんちょっと待って」
そういって階段のところに吉江さんを待たせると宏さんが走ってきた。
「おい、冬治」
「何ですか」
「今度はそっちから挨拶に来い」
「……はぁ、わかりました」
群青先輩に耳打ちされる。パパは『ツンデレ』だからと。
そういって宏さんは言ってしまった。
「えっと、群青先輩のお父さんをデレさせたくはないんですが」
「じゃあ冬治君は誰をデレさせたいの?」
その質問に、俺は答える事が出来なかった。聞かれたらやばそうだ。




