第三十二話:二人の道は緩くて長く
第三十二話
深弥美さんと付き合うようになって俺達にとっては必須と言えるイベントが回避されまくっていた。
そう、曲がり角でぶつかって押し倒し、胸をまちがってもんでしまう事だ。
「……うん?」
「ああ、いや…その横顔を眺めるのも何だか日常になってきたなーって思ってきただけ」
何故なら、隣に深弥美さんがいるからだ。
これでは、ぶつかりようがない。
でもまぁ、曲がり角で女の子にぶつかりそうになる事はある…。
「……待って」
「ん?」
しかし、そうなろうとすると女の勘が働くとかで深弥美さんが防いでくれるのだ。
告白チックな事も当然深弥美さんが回避してくれる。何だろうか、深弥美さんが俺の彼女だと知ったら色々と貢物をもらったりする事も増えたんだよなぁ…。
本当に平凡な一学期を終えて、俺達は夏休みに突入した。
「……」
「ふー…頑張るね」
暑い中、第一実験室で深弥美さんは仕事をしている。
「今日は何作ってるの?」
「……惚れ薬」
「いい値で買おう」
「……浮気、するの?」
「いいや、深弥美さんに飲んでもらってもっと俺に惚れてもらう」
「……必要ないのに」
深弥美さんはこういった怪しい薬を作るのが大得意だった。しかも、それなりに固定客がついたりしている…さながら、学園の魔術師だ。
ただまぁ、何と言おうか…彼女に気に居られている生徒しか薬を買う事が出来ない。料理の時に味覚が少し鋭くなる薬、告白の勇気をくれる薬、惚れ薬(これだけ効果が相手によって違うらしい)他にも色々あるものの主要なものはこういったものだ。
「それは…杖?」
「……媒介」
悲しい事だが、俺にも教える事が出来ない事もあるらしい。何でも、三年生の誰かを守る魔法をかけるそうだ。その人の父親に貸しがあるとか何とかで一年に一回かけるとか。
「俺もかけてもらえば怪我とかしなくなるのかなぁ」
「……ここに、いるから」
「そうだな、深弥美さんがいるか」
魔法使いか、魔術師か…どっちも似たようなもんかなぁ…そこで、尋ねることにした。
「深弥美さんって、魔女?魔術師?」
「……どっちでも、ない」
「そうなの?」
「……説明したいけど、喋るの得意じゃないから」
ただ単純に疲れるのか、長く喋る事はあまりない。
「饒舌になる薬って持ってなかった?」
「……恥ずかしい」
俺の前では顔を見せてくれている為(額の上で髪をまとめてるのも可愛い)、頬が朱に染まるのをちゃんと確認してくれる。
俺と違って深弥美さんは一言でときめかせてくれる。胸に顔を埋めて『……好き』なんて好きな子に言われてみろ…殺されるかと思ったぜ。
「……いつか、ちゃんと告白する」
「こ、告白…今度は深弥美さんからしてくれるのか」
「……違う、さっきの話」
「さっき?ああ、うん。でも彼氏彼女だからって無理しなくてもいいよ」
お互いのすべてを知りたい、教えておきたいと言う人たちもいるだろう。でも、隠し事の一つや二つ、持っておいた方がいいと俺は思う。
お互いを知り尽くしているよりも、もっと相手の事を知りたいと思ったほうが楽しいだろうからな、うん。
ちなみに俺の隠し事は、ケータイで隠し撮りした深弥美さんの言葉には尽くしがたいデレ顔だ。辛いとき、悲しいとき、あれを見るだけでこっちもでれっとした顔にしてくれる破壊力があるのだ。
「……あれ、消した」
「嘘!」
ま、まぁ、一つぐらいなら構わんさ。ふふ、寝顔、怒った顔、これほどまで無いと言うシャッターチャンスで深弥美さんの表情をとらえている。
きっと知ったら恥ずかしいと言う理由で、消されるのだろう。
俺はこの時、帰ってPCのフォルダ毎消されているとは知らなかったのだった。




