第二十七話:黄金家へようこそ
第二十七話
この前の根性会のおかげで入部希望者が増えたと鈴が喜んでいた。しかし、…その入部希望者は『野球部』に全部吸収されたらしい。
夏休みの直前なのに鈴の部は合宿の許可どころか活動も未定だ。
いつの間にか、鈴がいた部活動は『文化系野球部』となっていたし、一体何をする部活なのかも良くわからなかった。野球部も噂の可愛いマネージャーがいなくて混乱したそうだ。
「別に野球部が出来てしまったので…廃部の危機です。お茶です」
「一人だしな…ありがと」
本物の野球部ならこうして部室でお茶を飲んだりはしない。
「入部の時に厳しい試験があるのも問題だと思うんです」
「…試験?」
そんなのあるのか。
ちなみに、新しく発足された野球部の方は来る者は拒まずのスタンス…こっちも、お茶のみ系野球部なのにそれより厳しい入部条件とかなにを考えているんだ。まるで料理がまずいのに一見様お断りシステムみたいじゃないか…。
「冬治先輩を超える事が条件だそうです」
「俺を超える?」
運動神経はそこまでいいわけじゃないぞ。その入部試験の時にわざわざ俺が呼び出されるのだろうか。
「具体的にはどういう事なんだ?」
「この前の根性竹刀を超えないと駄目だそうです。住良木が決めたんですよ」
尻を叩けると住良木先生は喜んでいる事だろう。変な噂がたっていたし(鋼鉄の尻を持つ男)、尾鰭がついた噂も広まっているようだ。
「ふーん、そうか。もし、部員が増えたら仲良くやれよ?」
「はい」
「そろそろ夏休みに入るからなぁ…鈴に会えないと思うと、ちょっとだけ寂しいぜ」
「え…?」
凄い顔をされた。
この世の終わりだーみたいな顔。可愛い後輩が会えないと悲しいと思ってくれるのは実に嬉しい限りだ。でも、何もそこまで…涙をためるまでしなくていいんじゃないかなぁ。
「会いに来てくれないんですか!?」
でもノリが『女、なの?あたしの元から去るのは…女が原因?』みたいな感じだ。
「そ、そりゃあよ、部活の邪魔になったらいけないだろう?」
肩を掴まれ、鈴は俺を前後に揺さぶろうとして…両腕が取れた。そして、バランスを崩したまま転倒しそうになったところを支える。
「全く、何してるんだ…」
「すみません」
慣れてしまったので俺の腕にひっついた鈴の腕を外し、くっつけてやる。
「あ、あの…びっくりさせてしまってすみません」
「いいよ、腕が取れた拍子に後ろに倒れて頭が飛んでいくよりはマシだ」
ばらばらになった部分を回収してくっつけるのは俺の仕事だろうな。
「そんなに一人は嫌なのかよ」
「え、えーっと…は、はいっ」
冗談で言ったつもりの言葉に食い疲れ気味に来られるとびっくりする。
「あの、今度私の…私の家にきま…きませ…連れて行きます!」
目をつぶり、両手をグーにしてそう宣言された。
友達…というより、先輩を家に誘うのってそんなに派手にしなければいけない事なのか。
ああ、そうか。これは鈴なりのボケなんだろう。
「わかった。楽しみにしておくよ」
「で、では、明日の放課後…校門前で待ってますね」
そして、約束の日の放課後…正確にはチャイムが鳴った瞬間に住良木先生にせっつかれていた。
「お嬢様がお待ちです」
「いや、わかってますけども!竹刀で突かないで下さいってば…って、大変だ!」
俺の視線の先には腕が入っていた。その腕が、一体だれのものなのか容易に想像がつく為素早く回収し、住良木先生を無視して校門へ直行する。
「あ、白取せんぱーい!」
彼女は多分、手を振っているつもりだろう。どういう現象なのか、鈴の腕を隠している鞄が激しく動いていた。新手のホラーだ。
「鈴-っ腕、腕っ」
腕を掴んで引っ張るわけにもいかない。抱きしめるようにして鞄の中から
「あ、えとえと…う、嬉しいですけど…人が、見てますよぉ」
「ほらほら、皆さんは帰りましょうね」
住良木先生は俺の考えている事がわかっていたようで人払いをしてくれている。
「…落としものだ」
「あの…ありがとうございます」
ようやく腕を落とした事に気がついたのか少しだけしゅんとなっている。
「気にするなよ…今度から待ち合わせするときは俺が迎えに行くよ」
俺の事を迎えにきたり、今日みたいに待ち合わせしていたら間違いなく何処かに落としそうだ。
「い、いいんですか?」
「ああ」
日本人形のような可愛い女の子をお迎えにいけるんだ。それに、減らせるリスクは減らすべきである。
「世界に散らばった黄金鈴の身体を集めようキャンペーン」
恐ろしすぎる…。
建設的な話をしながら歩いて十分後(住良木先生は残業らしい)俺と鈴は黄金家へとたどり着いた。
「…それなりに大きいな」
純和風のそこそこ大きな屋敷?なのか?門外漢だからわからないけど、池もあるから金かかってるよなぁ。
「そうですか?」
「とりあえず、俺の家よりはでかい」
扉を開けてもらい、中に入ると…威厳のある初老の男性が立っていた。間違い無く、鈴の父親だろう。
「あ、俺…」
「娘は、やらんぞ!」
自己紹介をしようとしたら何か言われた。
「え?」
「お、お父様!まだそのセリフは早すぎます!」
「え?そうなの?パパ、善は急げの体現者だから…白取冬治君、だったね?」
「へ?あー…はい」
「さっきのは忘れておいてほしい。後でちゃんと言うから」
片手で謝られ、ウィンクされた。威厳ありそうな父親像が崩壊していく。
「…はぁ、わかりました」
「白取先輩、こっちです」
靴を脱いでお邪魔する。
入って結構な長さの(ボーリングが出来そうだ)廊下をまっすぐ進み、ふすまを開ける。「此処です」
「綺麗に片づけられているなぁ…現在進行形で」
お手伝いさん達だろうか…清掃活動の真っ最中だ。
「邪魔しちゃまずいよな」
「いえ、お気になさらず…では、ごゆっくりどうぞ」
四人…俺達を含めて六人部屋に居てちょっと狭い程度の広さだ。
清掃活動をしていた四人がいなくなり、二人になると広くなった。
「すごいなー」
「あ、あまり見ないで下さい…ちらかってますから」
「それはさっきの段階で言うセリフだ」
置いてあるものは箪笥、本棚、ちゃぶ台、机に布団と言ったところだろうか。落ちついた感じの色で、ほっとするような匂いまでしてくる。
「いい部屋…」
「娘は、やらんぞ!」
だなと言おうとしたら廊下から鈴の父親がまた出てきた。
「お父様、タイミングが違います!あ、あの、すみません」
「……あ、あのー、邪魔なら帰った方がいいですかね?」
歓迎されていないようだし、ここは大人しく帰った方がいいかもしれない。
何より、面倒くさそうだ。
「いや、悪かった。実はこうして娘が友達を連れてくるなんて初めてでね。わたしは黄金季吉だ」
「はぁ、よろしくお願いします」
差し出された右手をとると結構強い力で握りしめられた。
「俺は…」
「白取冬治君だろう?娘のために、頑張ってくれているそうじゃあないか。毎日のように娘…鈴から話を聞いているよ。君がもし、鈴と交際したいと言うのなら遠慮なく幸せにしてやって欲しい」
「はは、それは…どうも」
「お父様ったら…」
頭ごなしに怒鳴りつけられるよりは…いい出会い方なのか?でも、ウェルカーム状態って結構怖いよなぁ…。
「ただね、やっぱり鈴の父親として『娘はやらんぞ』ぐらいは言いたいものだ」
「は、はぁ…」
「白取先輩、今後もよろしくお願いしますね。末永く」
「え?ああ…」
ん?末永く?
見た目厳格そうな父親なのに、鈴がトイレに経ったら『好きなエロ本はどんなジャンルだい?』とやたらフランクにはなしかけてきたのだった。
色々と厳しい父親だ…。




