第一章 異なる世界#6
旧ホシーノ伯爵邸を前にした四人。
「さぁ、ここから何が起こるかわからない魔窟だ。準備はいいか?」
「あぁ…問題ねぇ」
「とっくに準備万端だぜ」
「マジで嫌になって来たけど…もう腹括ったよ」
四人は屋敷の扉を開け、中に入って行く。
屋敷の中は薄暗く、誰の気配も無かった。
「誰も居ない…ハズレか?」
「いや…当たりだ」
桐生だけはいち早く察知していた。自分達を取り囲む矢尻の気配を。
「なっ!?」
「囲まれたか…」
すると、暗闇の中からコツコツと足音が聞こえて来た。
「お待ちしておりました」
聞き覚えのある男前の声が聞こえて来た。
「お前は…ハン・.ジュン…」
「おや?名乗った覚えはないですが…まぁ、名前だけは一人歩きしていますからね」
「そうか…お前が」
「改めまして、コミジュールの総帥『ソンヒーヌ』の側近をしております『ハンジュン』と申します。さぁ、奥で総帥がお待ちです。どうぞ」
「俺たちがここに来るのは想定内ってことか…」
「この街のあちこちに、コミジュールの目が有りますので」
ハンジュンの後について行き、通されたのは恐らく伯爵の部屋として使われていた豪奢な部屋だった。
「失礼致します」
部屋に入ると、豪華なテーブルに見覚えのある女性の姿があった。
「アンタがソンヒーヌだな?」
「いかにも、私がコミジュールの総帥『ソンヒーヌ』だ」
「警戒していた割には、頭のところまで直通とは、どう言うつもりだ?」
「それには訳があってな。単刀直入に言わせてもらう。桐生さん、アンタをコミジュールで雇いたい」
「なんだと?」
「どう言う事なんだ!?」
「噂に聞いていると思うが、今コミジュールは、同じくイージンの付近をシマにしている『ハンピリュー』と抗争間近だ。その為に我々は戦力を増強しておきたい。そこで、ゴブリンロードを素手で仕留める程の実力者である桐生さんの力を借りたい」
「そんな事まで知っていたか……だが、そんな話…受ける訳が」
「依頼料として金貨10枚でどうだ?」
「き、金貨10枚!?」
「それだけ我々は、この抗争に負けられないと言う事です」
「それに、既にお前たちにも居所が割れたくらいだ…じきにハンピリューがここに攻めてくるかもしれない」
「時間が無いってことか…もし断ったら?」
「断る?そんな選択肢、あると思うか?」
意味深な笑みを浮かべるソンヒーヌ。断った先に死が待っている事は誰が見ても明白だった。
「桐生さん…こりゃ大人しく言うこと聞いた方が身のためだぜ」
ナンバの耳打ちを聞いた後、桐生が口を開く。
「ひとつ聞かせてもらえるか?」
「なんだ?」
「工房の前での事だが、俺たちがお前らの居所に気付いてるとわかってて、何故アイツに口封じをした?」
「あぁ…あの男は、いわば見習いだったからな」
「見習い?」
「あの男はウチに入ったばかりの新人で、桐生さんと戦わせる事で実力を図るつもりだったのです」
「つまり、あのゴロツキはわざと工房にイチャモンをつけていたのか!?」
「まぁ、桐生さんに勝てる見込みが無いのは明白でしたが、これまでの桐生さんの性質上、殺される心配は無いと踏んでいましたので」
「それじゃあ…口封じをしたのは」
「負けたからと言って、簡単に口を割るようではコミジュールには置いてはおけません。だから、早い段階でリスクを潰しただけです」
「なんてこった…」
「桐生さん、やっぱコイツらヤベェぞ!断ったら…」
「わかった…そう言う事なら…この話、断らせてもらう」
「はぁっ!?」
ナンバとアダッチは声を上げて驚いた。
「ま、待てよ!そんな事したら俺たち殺されちまうぞ!」
「ふざけんな!イーチ!お前からも…」
「いやっ!俺も桐生さんに同感だ」
「イーチ!?」
「人の迷惑も、人の命もなんとも思わねぇような連中とつるむなんて、そんな腐ったマネは許せねぇ!!」
「ふっ…わかってるじゃねぇか」
その時、ハンジュンが懐のボウガンを取り出し、桐生の頭に突きつけようとしたが、桐生はその腕を思い切り払い除けた。
「はぁっ!!!」
「ぐぅっ!?」
ハンジュンは思わずボウガンを手放してしまう。
「おい…お前ら、俺の事を調べてたって言ってたよな?それなら…俺を相手にするってのはどう言う事か…わかってんだろうな」
桐生は拳を握りしめ、指を鳴らす。
「くぅっ!」
すると、ソンヒーヌが机からナイフを取り出し、桐生に向けて投げた。
「おっと!!」
すかさずイーチは剣を抜き、ナイフを叩き落とした。
「俺らが居るのを忘れんなよ!桐生さん!この女は俺たちに任せて、桐生さんはそのいけすかない野郎ぶちのめしてくれ!」
「あぁ…任せろ」
「今までは客人として扱っていましたが、こうなっては仕方がありませんね」
ハンジュンはナイフを逆手持ちし、桐生に向かって構える。
「ホシーノ伯爵にご挨拶して頂きましょう!」
ハンジュンは恐ろしい手数で桐生に斬りかかるが、桐生は冷静に見切り、その全てを避ける。
「それなら…こうですか!」
ハンジュンは桐生の目に向かってナイフを投げ、それを打ち払う桐生の隙をつき、膝蹴りを打ち込もうとするが、桐生の腕で阻まれる。
「はぁっ!!」
ハンジュンはそのままハイキックを仕掛けるが、桐生がその足を捕まえる。
「ぐぅっ!?」
「せいやぁっ!!!」
桐生はそのまま背負い投げの形でハンジュンを投げ飛ばす。
「がはぁっ!!?」
床に叩きつけられたハンジュンはすかさず起き上がり、再び桐生に向かって行く。
「おうらぁあっ!!!!!!」
「ぐあぁっ!!!!!?!」
向かって来たハンジュンの顔面に、渾身の右を合わせ、ハンジュンはそのまま地面に伸びた。
「おぉ!!流石だな桐生さん!!」
「こっちもしぶといが、もう戦えやしないだろ」
「全く、大した女だったぜ」
「お前らぁあ!!!」
すると、突然部屋にコミジュールの手下が駆け込んで来た。
そして、室内の状況に一瞬驚いた男はソンヒーヌに怒鳴られながら何か話している。
どうやら言語が違うようで、何を話しているかはわからないが、ソンヒーヌはその内容に焦っているようだった。
「どうかしたのか?」
「ハンピリューが…この町に攻め込んで来た」
「なんだとっ!?」
「やはりもう居所がバレていたみたいだ…手勢を連れて屋敷の目の前まで来ているらしい…」
「じゃあ町は…イージンは!?」
「さぁな…タダでは済んで無いだろうな」
ソンヒーヌの言葉を受けて、桐生達は屋敷の外まで急いだ。
屋敷の門の前では、既にコミジュールとハンピリューの睨み合いが始まっていた。
「こりゃ…マズイな」
「おいっ、見ろ!」
ハンピリュー達の後ろでは、町の建物が燃えており、住人達が逃げ惑っていた。
「これもハンピリュー達が…」
「あれ?見たことない人達だな」
ハンピリューの軍勢の中から一人の男が現れた。
「お前がハンピリューの頭目か!?」
「そうだねぇ…一応頭張らせてもらってる『チョーテン』っていうんだ。初めまして。で、君達はコミジュールの新人さんかな?」
「用心棒に誘われただけだ。断ったけどな」
「おぉ!そりゃ命知らずな事を。じゃあ早いとこココは離れた方が良い…って、言いたいとこなんだけど、ごめんね。逃げ場をなくす為に町に火をつけちゃったから…」
「やっぱりお前らが…」
「だってぇ…コミジュールってネズミみたいにあちこち逃げ回るからさぁ…こうやって退路を立たないとねぇ」
ヘラヘラ笑いながら喋る姿が、チョーテンの異常さを物語っていた。
「チョーテン!!!」
そこに手負のソンヒーヌが現れた。
「おやおやソンヒーヌ!随分やられたみたいだねぇ。ハンジュンが来ないって事は中でおねんねかな?そんなに腕利の用心棒なら、ウチで雇おうかなぁ」
「最早猶予は無いか…」
ソンヒーヌが聞きなれない言語で軍勢に発破をかける。
「ラッキーだねぇ、これなら楽にシマが手に入りそうだ!」
「舐めるなぁ!!!」
ソンヒーヌの声を合図にお互いの軍勢がぶつかろうとしたその時、コミジュールの先頭に立っていた兵隊が、桐生によって殴り飛ばされた。
「ガバァッ!!!」
「桐生!!邪魔をするな!!」
「用心棒さん、もうお手伝い必要無いよ?危ないから…」
「黙って聞いてりゃ…テメェらスジの通らねぇ戯言をペラペラと」
「はぁっ?」
「テメェらのイザコザに関係ねぇ町を巻き込んで、格好つけてシマ争いだ?そんなスジの通らねぇマネ、極道でもしねぇぜ」
「あのさぁ…何が言いたい訳?」
「テメェらみてぇなのは族でもギャングでもねぇ。タダの喧嘩して周りに迷惑かける…ガキだ」
「なんだと?」
「流石にそこまで言われちゃあ、俺らも黙ってられないよ?」
ソンヒーヌとチョーテンが怒りを露わにし始めた所で、桐生が更に啖呵を切る。
「そんなに喧嘩がしてぇなら、俺がまとめて相手してやる」
「ちょっ!?桐生さん!?」
「はぁっ!?何言っちゃんてんの?この人数相手にする訳?」
ザッと見ても合わせて百人以上の軍勢を前に、桐生は臆する事は無かった。
「イーチ達は巻き込まれないように下がっててくれ」
桐生の言葉に反してイーチ達は桐生の側で武器を構える。
「冗談じゃねぇ!逃げた所で火の海か、連中に捕まって殺されるだけだ!こうなりゃ一人でも道連れを増やしてやる!」
「これでも元衛兵だ。盗賊がこれだけ集まった現場、放っておく訳にはいかねぇ!」
「どんな逆境だって乗り越えてみせるぜ!なんたって俺は『勇者』だからな!!」
「ふっ…わかった…お前ら、死ぬんじゃねぇぞ。『いのちだいじに』だ」
「冗談キツいぜ…」
「…いいぜオッサン…アンタらの遊びに付き合ってやるよ」
「ここまでコケにされて…コッチにも意地ってものがある…お前らぁ!!」
「「殺れぇっ!!!!!」」




