第一章 異なる世界#2
茂みの中から覗くと、ゴブリン達がざっと見ても三十匹は群れており、洞窟の入り口を守っている。
「うへぇ…やっぱとんでもねぇ数だぜ…」
「あの洞窟には何が有るんだ?」
「多分…アイツらの親玉が居て、その奥にお宝や攫った女子供が居るのが定番だな」
「人を攫うのか?なら尚更急がねぇとな」
「待て待て待て!!」
立ちあがろうとする桐生を静止するイーチ。
「どうした?急がねぇと攫われた人間が…」
「ここ数日この辺りで神隠しの話は無いし、町で金目の物が盗まれたなんて話も無い。恐らくあの中はガラクタしか無い筈だ。だから街の奴らを待って、それから討伐しても遅くは無い。とにかく一旦町に戻ってくれ!ここから北西にまっすぐ行けば村に着くから!」
「お前はどうするんだ?」
「えっ?」
桐生の質問にあからさまに動揺するイーチ。
「俺を町に行かせて、お前はどうするんだ?」
「そ、そりゃあ…冒険者として色々と…」
「一人で行くつもりだったんだろ?」
「な、なっ!?なんっ!」
「大方、俺を巻き込まない様に追い払ってから、一人でかちこむつもりだったんだろ?」
「か、かちこむ?…な、なんで…」
「お前みたいな奴の考える事は…よくわかってんだよ」
「……俺も冒険者の端くれだ。アンタがどれだけ強くたって、素人を危険な場所に連れては行けねぇ!」
「そうか、素人か……なら、俺がそんなやわな奴かどうか……試してみるか?」
イーチは桐生から尋常では無い静かな気迫を感じた。
「……はぁ…わかった、わかったよ!アンタを相手するのは、ゴブリン相手にするよりずっと厄介だ!」
「ふっ…わかってくれたみたいだな」
「だけど、危険とわかったらすぐに撤退する。これだけは約束してくれ」
「あぁ、わかってる」
「よし…それじゃあ、ガンガン行こうぜ!!!」
イーチは覚悟を決めて剣を抜き、二人揃ってゴブリンの群れに突っ込んだ。
「ふんっ!!おりゃっ!!」
「せいやっ!!だらぁっ!!!」
「や、やっぱ半端ねぇ…」
殴る、蹴る、ぶん投げる、桐生の鬼神の如き戦いぶりで、洞窟の周りのゴブリン達はあっという間に壊滅した。
「すげぇ…本当にやっちまった…」
「…おい…あれは何だ?」
桐生の目線の先には、木で出来た何かの残骸があった。
「これは…馬車か?」
「馬車…と言う事は、乗っていた人間は…」
二人は嫌な予感を覚えた。
「と、とりあえず!洞窟に入ろう!!」
足早に洞窟に入る二人。
「誰も居ないみたいだな」
「さっきの戦いでゴブリンはほとんど倒し切ったみてぇだな」
暗い中を奥に進んでいくと、牢屋の様な物が見えた。
「…中に誰か居るぞ…子供だ!」
「ま、マジかよ!?おいっ!おぉいっ!!」
顔は見えないが、中にいるのは10歳前後の女の子だった。
「ゴブリンってのは…こんな年端もいかねぇガキに手を出すのか?」
桐生が静かに怒りを燃やすと、イーチは怯えながら答える。
「いくらゴブリンでも、ここまでの子供には手は出さねぇ。有る程度の歳までここに閉じ込めるつもりだったんだろう。それにしても…鍵が開かねぇな…何処かに鍵が…」
その時、二人はとんでもない殺気を感じ、ゆっくりと振り返る。
「あれは…」
「やべぇ…コイツは……」
そこに居たのは、先ほど相手にしたゴブリンよりも二回り以上大きな化け物だった。
「ご、ゴブリンロードだ……」
「なんだそれは?」
「ゴブリンの、お、親玉だ…ランクBクラスのモンスター…俺じゃあとても敵わない…」
ゴブリンロードは人間の身の丈近いの大きさの棍棒を振り上げ、こちらに振り下ろした。
「グウォオオオオオオォ!!!!!」
「うおぉおお!!!!?!」
「あぁっ!?」
なんとか避けた二人だったが、元いた場所の地面が抉られ、あれを喰らっていたらひとたまりも無かった事が理解できた。
「う、ううおおぉおおお!!!」
するとイーチが勢いよくゴブリンロードに切り掛かるが、皮が硬い為がほとんど傷を与えられなかった。
「イーチ!」
「お、俺が引き付けてる間に逃げろ!!街の人間に伝えてくれ!」
「だが…それじゃあお前は」
「俺の事は気にすんな!必ずあの子を助けてやってくれ!うぉおおおぉ!!!!」
果敢に攻め込むイーチだったが、ゴブリンロードの手で簡単に払い退けられ、地面に倒れ込んだ。
「がぁっ!!!」
「イーチっ!!!」
「へへっ…俺も…ここまでかな……誰かを守って死ぬならそれも…『勇者』らしいかもな…」
ゴブリンロードが棍棒を振り上げ、イーチめがけて振り下ろそうとしている。
「くっ!!……」
「うぉらぁああっ!!!」
「グモォウオオッ!!?!」
もうダメかと思ったその時、桐生のドロップがゴブリンロードの横っ腹に直撃し、そのまま吹き飛んで行った。
「あ、アンタっ!どうして!?」
「全く……お前はとんだバカだぜ…ついさっき会ったばかりの俺や子供の為に、命を張るなんてな」
「ウゴオォオオオオォ!!!!!!!!」
吹き飛ばされたゴブリンロードが起き上がり、桐生に向かって激昂している。
「マズイ…おいっ!!いい加減早く逃げろっ!!」
「残念ながら…それは聞けない頼みだ」
「どうしてっ!?」
桐生はゴブリンロードに立ち向かい、上着を勢いよく脱いだ。
そして、覚悟に燃えた瞳輝く青龍の刺青が顕になった。
「俺も…お前と同じ…バカなんだよ」
ゴブリンロードは桐生に向かって思い切り棍棒を薙ぐ。しかし、桐生は造作もなくそれを交わし、ガラ空きの背中にヤクザキックを放つ。
「グウッ!?」
「…嘘だろ…剣でも傷つかないゴブリンロードに、蹴りでダメージが通るなんて…」
「グアァアァアガァア!!!!!!!?!」
ヤケになった様子でゴブリンロードは、桐生の頭上から思い切り棍棒を振り下ろす。
「危ねぇっ!!?!?!」
棍棒が直撃したと思ったが、桐生は両手で棍棒を受け止め、そのまま掴んでいた。
「グォッ!?」
「ふんっ!!……ぉおおらぁっ!!」
「グォオオオオ!!?」
桐生はそのまま棍棒奪い取り、ゴブリンロード目掛けてぶん投げる。反撃に耐えきれなかったゴブリンロードはうつ伏せに倒れた。
「はああぁぁ…」
起き上がれずにいるゴブリンロードのそばで、桐生は力を練り上げていた。そして桐生は宙に舞い、右足に全力を込めてゴブリンロードの頭にに叩きつける。
「はああぁああぁ!!!!!」
「ウグアアアアアァァ!!!!!!」
桐生の必殺『応龍の極み』が炸裂し、残心を決める桐生の前で、ゴブリンロードはそのまま起き上がらなくなった。
「マジかよ……本当に…ゴブリンロードを素手でやっちまった……」
桐生は上着を拾い上げ、サッと着直してイーチの前に戻る。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ……なんか…もう何を見ても驚かねぇや」
「…よくわからんが、さっき言ってた『勇者』ってのは?」
「あぁ…冒険譚に出てくる勇者だよ。俺は昔、勇者に憧れててな。恥ずかしい話、冒険者になったのもそれが理由だったりすんだ」
「そうか…」
(夢の中でも春日は春日だな)
「笑いたきゃ笑えよ。ガキみてぇだって笑われんのは慣れっこだ」
「いや……良い夢じゃねぇか『勇者』…人の為に命張れるお前なら…きっとなれるさ」
イーチに向けて手を差し伸べる桐生。
「…へへっ!ありがとよ。そういや、アンタの名前を聞いてなかったな?」
「桐生一馬だ」
「それじゃあ…桐生さんでいいか?」
「あぁ、なんでもかまわねぇ」
桐生の手を掴んで立ち上がるイーチ。
「あっ!そう言えば子供っ!」
二人は慌てて子供の居る檻に駆け寄る。
「多分どっかに鍵が……おっ!ゴブリンロードの懐になんか有るぜ!」
「おい、しっかりしろ。もうすぐ出られるぞ」
桐生の声に反応し、子供は起き上がって桐生の方を向いた。
「あっ!?……」
その顔を見て桐生は驚愕した。その顔は、まだ10歳そこそこだった頃の遥と瓜二つだった。
「よし、今開けるからな!」
檻の扉が開き、子供が外に出てきた。
「ここは何処?…私…助かったの?」
「あぁ、もう心配いらねぇよ」
「…お前…名前はなんて言うんだ?」
桐生の言葉に少しムッとした様に少女は答える。
「私はハルーカ、お前じゃ無い」
少女の言葉は、まさしく遥のそれであった。
(そうか…コレは俺の夢だったな。俺が心の何処かに、あの頃の遥に会いたい気持ちがあったんだろう)
「それで、ハルーカは何処から来たんだ?」
「王都の近くの孤児院にいたんだけど、用があって孤児院を抜け出したの」
「抜け出したって……なんでそんな事したんだよ?」
「ある人を探してたの。そしたら突然盗賊に捕まっちゃって、奴隷として売り飛ばされそうになったところで馬車が襲われて…」
「それでゴブリンに捕まったって事か…」
暫く動揺して黙り込んでいた桐生がゆっくりと口を開いた。
「ハルーカは…これからどうするんだ?」
「さっきも言ったけど、私は人を探してるの」
「誰を探してんだ?」
「………『勇者』を」




