第一章 異なる世界#1
夜の首都高、車のランプが怪しく煌めく夜の道を、慌ただしい様子の車が駆け抜けていく。
「足立さん!!もっと飛ばせねぇのかよ!!」
「無茶言うな、俺は元免許センターの職員だぞ?速度超過でしょっ引かれるなんて冗談じゃねぇ!」
「けどよぉ!!」
「これでも警察に目をつけられない程度に飛ばしてんだ」
「一番落ち着いて、仕方無いでしょ…」
「あ、あぁ…すまねぇ」
足立に対して食ってかかる春日一番を、紗栄子は優しく宥めた。
窓の外を眺める難波は、重苦しい声で呟く。
「そう簡単にくたばるような人じゃねぇのはわかってても…流石に落ち着いてはいられねぇよ…」
「……ナンちゃん…」
「…あぁ…そうだよ。あの人が…そんな簡単に死ぬわけねぇよな…」
車の中に居たのは『ハマの英雄』と呼ばれた異人町の伝説『春日一番』『足立宏一』『難波悠』『向田紗栄子』の四人だった。
彼らは不安な面持ちで、とある場所に向かっていた。
東都大学医学部附属病院、707号室。
病室に駆け込む四人。中には既に数名の人間が神妙な面持ちで立っていた。
元東城会六代目会長『堂島大吾』元幹部『真島吾朗』『冴島大河』そして春日達の見慣れた顔も有った。
「ソンヒ…ハン・ジュンギに…趙も来てたのか?」
「随分早い到着だったな?お前達も異人町からだろ?」
「ウチには情報通がいるからねぇ。特にソンヒは桐生さんの事となれば…」
「第一報受けたオレらと同じくらいに来とったな。まさか病室の盗聴なんぞしとらへんやろな?」
「その件については今は後回しだ」
「盗聴してんのかよ…」
困った顔で頭を掻く一番。そこに、一人の男が話しかけて来た。
「来たみたいだな」
「まこっちゃん?来てたのか!」
「はい。オレもコイツとは腐れ縁ですから」
彼は『伊達真』足立の後輩にあたる神室町の刑事である。
「伊達さん!桐生さんは…」
病床の上、元東城会四代目会長『桐生一馬』は眠ったまま目を覚さないでいた。
「あぁ…聞いているとは思うが、昨日の昼過ぎに意識を失ってから、未だに目を覚ましていない」
「医者はなんて?」
「わからない……ただ、体の状態から予断を許さない状況らしい。もしもの場合は…このまま目を覚さないなんて事も…」
「そんな…」
伊達の言葉に不安を覚えた後、ベッドの方を見ると、一人の男と可憐な顔立ちの女性、そしてその子供らしき少年の姿が有った。
「あの人達は?」
一番がそう言うと、男が気づいて一番の元に歩み寄った。
「えっと…アンタ達が『ハマの英雄』って人達かい?」
「あ、あぁ…そう呼ばれちゃいるが…アンタは?」
「『秋山駿』、しがない金貸しさ」
その名前に足立が反応した。
「なるほど…東城会と近江連合の大戦争を治めた、桐生、冴島と並ぶ『神室町の伝説』か」
「えっ!?そんな凄い人なのか?なんだか胡散臭い色男だと思ってたけど…」
「おいおい!そんな風に思ってたのか!?まぁ…伝説とか言われるよりかは、堅っ苦しくなくていいね」
「おぉ!アンタわかってるなぁ!」
少し和やかな雰囲気になった所で、紗栄子が咳払いをした。
「それで、あの女の人と子供は?アンタの家族か?」
「いやいや!あの子達は、桐生さんの家族さ」
「えっ!?でも桐生さんって未婚の筈じゃ…」
「あぁ、あの女の子は桐生さんが愛した女性の子供であり、桐生さんが育てた娘『澤村遥』ちゃんだ」
「澤村遥……って!そうか!あの澤村遥か!?」
「なんだよ難波、知ってんのか?」
「当たり前だ!プリンセスリーグで大々的にメジャーデビューして早々に引退したから、グッズは軒並みプレミアが付いたんだ!ホームレス時代には何度も世話になったよ!」
「そう言う話かよ!!」
再び紗栄子が強く咳払いをした。
「…そういや引退した時に、ステージ上で『私は桐生一馬の家族です』って言って話題になってたな…」
「マジの話かそれ!?流石桐生さんの娘…肝が座ってるなぁ…」
「隣にいるのは遥ちゃんの子供で『遥勇』くん、いわば桐生さんの孫だよ」
「そうか…家族も見舞いに来てくれたんだな。それなのに桐生さんは目を覚まさないなんて…」
その場が重い空気に包まれた時、一人の男の声が空気を切り裂いた。
「アホくさ…」
真島が椅子にかけたまま、気怠そうに言葉を漏らした。
「なんやと兄弟?」
「真島さん…流石に不謹慎じゃ…」
「何をお通夜みたいに辛気臭くなっとんねん?お前らわかってるやろ?桐生一馬がどういう漢か」
真島の言葉で、一同は今までの桐生の生き様を思い出した。
「このアホンダラがなんべん無茶苦茶な修羅場生き抜いて来たか、お前らは嫌っちゅうほど見て来たやろ。そんな漢が、こないつまらん死に方するわけ無いやろが」
真島は立ち上がり、眠る桐生の隣に立った。
「それに…ワシはまだお前に負かされっぱなしや。勝ち逃げなんぞしよったらぶっ殺すで…目ぇ覚まさんかったら………やっぱぶっ殺すで!!」
真島の言葉に、張り詰めた空気が少し穏やかになった。
「まっ、桐生さんのしぶとさには、こっちも嫌ってほど付き合わされてますからね」
「せや、散々揉め事起こしておいて、あっさり死なれたら敵わんわ」
「俺だって、コイツが死んだなんて大嘘に付き合わされて、やっとその仕事が終わったってのに、本当に死なれちゃたまんねえぜ」
「これだけ周りを引っ掻き回したんです。きっちりケジメつけてから寝て下さいよ……桐生さん」
「へへっ…やっぱアンタは凄えぜ。こんなおもしれぇ仲間が居るんだからよ」
「なんだ?他人事みたいに言いやがって?」
「俺達もその仲間だろ?一番」
「…あぁ…そうだな」
桐生の隣に座る遥が、桐生の手を強く握り締めた。
「そうだよ…みんな待ってるよ?…だから目を覚まして…おじさん」
目を開けるとそこは、病院の天井では無く、青々とした葉の間から覗く青空だった。
「ここは…どこだ?」
体を起こし、周りを見るとそこは、見慣れない森の中だった。
「俺は…確か病院に居た筈じゃ…」
近くで川の流れる音がする。立ち上がって川の方に行き、水面を覗き込んで驚いた。
「これは!……」
水面が映したのは桐生一馬の姿だったが、その姿は今よりも若く、恐らく40そこそこと思われる姿だった。
それに服装は病院着では無く、彼が着慣れた赤いシャツと白いスーツだった。
そんな自分の姿を見て、桐生は全てを理解した。
「これは……俺の夢なんだろうな…」
ふと周りを見渡し、ゆっくりと深呼吸をした。
(健康な体で外に出るのも久々だ。夢の中とはいえ、折角だから散歩でもするか)
桐生はゆっくりと歩き出し、景色を眺めていた。見慣れない草花や大きな滝。久々の外を満喫していると、突然の物音と嫌な予感を感じた。
(この音は…向こうからか)
音の方へ向かうと、そこには摩訶不思議な光景が広がっていた。
テレビや博物館でしか見たことの無い西洋風の鎧と兜を纏い、剣を構える男が、緑色の肌の人型の化物達と死闘を繰り広げていた。
(なんだこれは?恐らくこれは、春日の言ってた『ドラクエ』の様な世界なのか…にしても、こんな夢を見るとは、俺もアイツに影響されすぎだな)
そんな風に思っていると、鎧の男は多勢に無勢で苦戦している様だった。
「はぁっ…はぁっ…キリがねぇなぁ…」
諦めかけた男の背後から、緑の怪物が棍棒で襲いかかる
「やべっ!?……」
「おぅるぁあああああぁあ!!!!!!」
襲いかかる化け物の頬に、桐生の拳がめり込み、遠くへ吹き飛んだ。
「……えっ?…」
「大丈夫か?」
「……ぇえええええええ!!?!?!??」
「どうした?」
「いやっ!…えっ?…その…素手で…」
「よくわからんが、どうやら話している暇は無さそうだ」
緑色の化物達が二人を囲み、今にも飛びかかって来そうな殺気を放っていた。
「まだやれるか?」
「あ、あぁ……」
「よし………死にてぇ奴だけ…かかって来い!!」
桐生の言葉に反応し、化物達が一気に襲いかかって来る。
「よっしゃっ!やってやるぜ!ふんっ!!おらっ!!」
剣によってどうにか応戦する男の後ろで…
「おらぁ!!たぁっ!!!せぃやぁ!!!!」
化物達を殴り、蹴り、放り投げる桐生の姿が有った。
「な、なんなんだこの人……」
こうして二人の活躍(ほとんど桐生)で、化け物の大群を倒した。
「はぁ…はぁ…た、助かったぁ!!」
鎧の男はその場に大の字で倒れた。
(どうやら体力もあの頃に戻っているな)
自分の体を確認していると、鎧の男が立ち上がり、桐生に歩み寄って来た。
「誰だか知らねぇけど、助かったぜ!ありがとうよ!」
男は兜を外したが、その顔を見て桐生は驚愕した。
「お前は…………春日!?」
その顔は、共に戦ったハマの英雄、春日一番そのものだった。
「はぁ?誰だそりゃ?俺の名前は『イーチ・バーン』ってんだ。一応『冒険者』やってんだ」
「イーチ…冒険者?」
(どうやら、この夢の中では春日はイーチと言うみたいだな)
「それにしてもアンタ凄え強えな!?ガントレットも着けずに戦うモンクなんて初めて見たぜ!」
「ガントレット……モンク?」
「もしかして…しらねぇのか?冒険者も?モンクも?」
「あぁ…すまない」
「アンタ…どっから来たんだ?服装もなんだか見慣れねぇし…」
「そうだな……遠い遠い国から来た…とでも言っておくか」
「なんだ『言っておくか』って!?随分遠い国から来たのか……まぁ、それなら納得できるか?」
そんな会話の最中、桐生は地面に転がる化け物達を見て考えた。
「コイツらは一体なんだ?」
「えぇっ!?アンタ『ゴブリン』もしらねぇのか!?」
「ゴブリン?」
「ゴブリンなんて何処にでも居るモンスターだろ!?」
(モンスター…やはりここは、春日の言うゲームの世界なのか?)
「まぁ、一応説明すると、ゴブリンてのは人型のモンスターで、一体一体は大した事ねぇが、奴等は人間と同じく社会性を持ってて、基本的に大勢で襲いかかって来るから厄介な奴なんだ」
「イーチはなんでその…ゴブリンと戦っていたんだ?」
「町のギルドで依頼を受けててな、最近やたら出没する様になったゴブリンを狩って減らしてたんだ」
「うぅむ……仕事を頼まれたって事か?」
「まぁ、ザックリ言えばそうだな」
「だが、あんな大勢を一人で相手するのは、少し無茶じゃ無いのか?」
「元はそんな大所帯じゃなかったんだけどよ?どうやら近くにゴブリンの集落に出来てて、そこに近づいちまったみたいでな。辺りを警備してたゴブリンに見つかっちまったんだ」
「集落…アイツらがもっと大勢いるって事か?」
「あぁ…恐らく10や20じゃきかねぇな。最近やたら出没してるのも、恐らく町を襲う計画をしてるって事なんだろうな」
「つまり、もうすぐアイツらが大勢で人を襲い始めるって事か」
「あぁ…早いとこ街に応援を呼んで、討伐隊を編成しないと……」
「集落ってのは何処にあるんだ?」
「警備に見つかったのがここから南東の方だから、恐らくその先…」
イーチが指差すと、桐生は一目散に歩き出した。
「っておい!!アンタ何処行くんだ!?」
「決まってるだろ。そのゴブリンとやらの集落だ」
「だから20以上居るんだよ!!一人や二人じゃどうにもなんねぇって!!」
「だが、放っておけば町にまで来るんだろ?」
「そりぁ…そうだけどよ」
「なら、今すぐに潰しておかなきゃならねぇだろ」
「そうだけど…あぁ、もう!!」
いくら言っても聞かない桐生と、後を追うイーチだった。




