狐と葡萄
少し粗暴な会話が展開されます
ご注意ください
海上に一隻の船が浮かんでいる
矢島に囚われていた少女たちが盗んだ数多の船
その中の一隻
ただし周りには他の船はいない
いつの間にやら他の少女たちとは別れた様だった
その船には人間がたった二人だけ乗っていた
たった一組の男女
仲睦まじくも、恋人というよりも親友に近い雰囲気の二人組が
一人は黒髪に金の瞳を持つ絶世の美女
有無をいわせず好意を抱かせるオーラを纏った妖艶な女性
もう一人は金髪碧眼の中々に丹精な顔立ちのおっさん
筋肉で盛り上がった右手には、がっしりとボウガンが握られ、額にはわずかに汗が滲んでいる
二人は鬼ヶ島近海の海とは思えないほど優雅に小さな船を漕いでいる
側からみれば逢引しているようにすら見える光景だ
ただ、当の本人たちの会話は逢引からは程遠かった
「のう、エドよ……ちと派手に燃やしすぎじゃないかの?」
アンは少し引き気味に口を開く
その眼前に広がる雄大な自然を持つ大きな島
鬼ヶ島として恐れられている島
そんな島の中で、一箇所だけ不自然なほど轟々と燃え盛っていた
遠くから見ると地獄の門でも開いたようにすら見える
流石のアンにもその光景には威圧感と恐怖を感じさせた
しかし相対する男は、無神経な程にそんなことお構いなしだった
「アン王女ともあろうお方が、この程度に怖気付いてしまうとは…………
少々、貧弱で腰抜けになられたのではありませんか?」
エドワードは、目の前にいる美女に一歩も気後れすることなく揶揄う
その顔は年甲斐もなく楽しそうである
久しぶりにその美女とゆっくり話せることが心底嬉しいと言った様子だ
その揶揄いにアンも陽気に答えた
彼女もまた、この瞬間が嬉しいのだろう
「ほほう……言うではないか
そう言うヌシは中々に老けたのぉ
わしら3人は、同い年だったと記憶しておるのじゃが…………
どうやらヌシが、真っ先に死にそうじゃのぉ
いやぁ、なんとも残念じゃ
ヌシの粗チンでは、もう勃ちもせぬのじゃろうなぁ
悲しいのぉ
嗚呼、悲しい
まあ、大海賊らしく、威厳だけは出たんじゃないか?
威厳だけは」
「はっはっは。さすがはアン様です
その美貌だけで、国4つを崩壊させたあなた様は相変わらずお綺麗だ。
その美貌の秘訣は鬼のザーメンですかな?
この国の諺では『FUCKIN' cool! 口に苦し』と言うらしいからな
まさしく、あなた様にお似合いですな
苦くて粘ついた栄養満点のミルクだなんて
それに、3人の中でなら真っ先に死んだのはゲイルだよ…………
あの、美しく燃える民家はゲイルへの手向けのつもりさ」
「……なるほどのぉ
ゲイルは死んだか
あれがその手向けとは……
オヌシらしいと言えば、らしいか
あれほど燦然と輝いていれば、生真面目童貞野郎のゲイルでも流石に気づいてくれそうじゃのぉ
地獄じゃ流石に女を抱くこともできなかろう
ああ、可哀想じゃ」
「それがアンさん。あの生真面目童貞で有名だったゲイルが、死ぬ直前に童貞卒業していましたよ」
「……なんじゃと?
詳しく話せ」
「アンも会っただろ?桃太郎という少年に」
「ああ、合うたぞ
中々にめんこい男だったのぉ
1発くらいやってもいいと思えるくらいに
……それがどうしたというのじゃ?」
「アンって、やっぱなんだかんだゲイルのこと好きよな……
彼がおそらくゲイルの息子だよ」
「…………根拠は?」
「彼、自分の出生の謎を探っていてさ
その中に出てきたんよ
名前は違っていたけど、頬に十字傷を持つこの国の者とは思えない風貌の男が
とっくの昔に死んでたんだけど、なんと可愛い彼女を作ってた
この先は予想だが、その忘れ形見が桃太郎だ
なんせ桃太郎は思考や仕草がゲイルそっくり
マジで激似
あんなにも騙しがいのある男は、後にも先にもゲイルと桃太郎だけだろう、と思えるほどに、な」
「なんじゃ…………ゲイルは本当に死んだのか…………
それは、ここ数十年で一番残念じゃな
それに…………
そうだとするなら、ワシらの鬼ヶ島での生活は中々に無意味だったのぉ」
「本当にな。
不老不死の妙薬の話を聞いて遥々ここまでやってきたのだがな…………」
「……それ自体に間違いはなかったがのぉ
流石にあんなものに手を出すほど、ワシらはガキじゃないのでなぁ
航海最終盤で船は大破し、仲間は離れ離れ
情報収集のために、鬼のブツをしゃぶりつくし
仲間の集合を待ってはや数十年
結局残ったのはワシら二人だけとはのぉ
なんだか虚しいのぉ」
「同感だ。
昔聞いた童話で、手の届かないブドウを見て、酸っぱい葡萄に違いないと決めつける狐の話があったが、まさか本当に酸っぱい葡萄だとは思いもしなかったよ
だが、ゲイルの忘れ形見に会えた
それだけは、この数十年でただ一つ嬉しい話だったな」
「そうじゃのぉ
ワシらのような世間のはみ出し者達の中から、世界の果てで人並みの幸せを手に入れられた者がいたことは嬉しいのぉ
なにより、それが生真面目……野郎であったのがいい
奴には海賊は向いとらんかったからの」
「間違いない。
完全に俺らに巻き込まれた常識人だったな
それが一瞬でも幸せを享受できたのなら、なんだか俺らも幸せだ
もし地獄で会えたら、またゲイルも誘って血の海最強の海賊でも目指そう
今まで通り俺が船長、アンが副船長、ゲイルが参謀で」
どこからともなく涙がこぼれた気がした
エドワードは、徐に懐から黒い球体を取り出す
もしここに、武蔵か伯智がいればそれが何か気付いたかもしれない
けれど、アンにはわからなかった
「エドよ、なんじゃそれは?」
「偶然落ちているのを見つけたから拾ってきた」
「おい……どうせ盗んだのじゃろ?
ヌシの手癖の悪さくらい理解しておるぞ
安心せい
ワシはゲイルと違って怒ったりはせぬから」
「いやいや、信じてくれよ
本当に落ちてたのさ
なぜかそこに、鬼の死骸も溶けていたけどな」
「……それを人は拾ったとは言わんよ
で、わざわざ盗んできたのには何か理由があるのじゃろ?」
「……まあ、最後の最後にゲイルの忘れ形見のために、ちょっとくらい援護してあげてもいいのかなってね
置き土産ってやつさ」
「?」
アンはエドワードの発言の真意がわからず、コテッと首を傾け可愛らしく黒い球を見つめていた
エドワードは、その手に持っている黒い球体に傷をつける
直後それは天に向かって登っていく
そして、奇妙な黒色の花火が開いた
とても不気味で、禍々しく、海賊の再出発としてはとてもお似合いの花火が
二人を乗せた小さな船は花火を背に海の彼方へと消えていった
鬼の王たる黒鬼が作らせた花火『黒菊』
この花火を打ち上げるため方法は火をつけることではない
表面に傷をつけることである
そして、この花火はたとえどのような業火にさらされようとも、火では決して花開かない
これは、実力が近い物同士が戦った際にちょっとした傷であえて暴発するための仕組み
故に、四人の青鬼には他の追随を許さない圧倒的な実力が求められた
他を圧倒できるほどの個としての実力を
絶対に暴発させないために
暴発は弱者を意味する
言い換えれば、『黒菊』を与えられている四人の青鬼は圧倒的な武力を持つ者達なのである
通常、それらが手も足も出ずにやられることなどない
あってはいけない
だからこそ、『黒菊』が敵の手に渡ることなどない
…………はずだった
それを、エドワードはいつの間にやら青鬼の死体から抜き取った
そして、その花火に傷をつけた
その黒い球体は、天へ向かって舞い上がり、花開く
そして、黒い不気味な光を放つ
もちろん、その意味は単純明快
全鬼に対する強制指令
「この花火を見たものは、全ての物事を放棄して花火が上がった地点に集合すること」
その命令に背くことはできない
エドワードの置き土産は、鬼に隙を作るには十分だった
明けましておめでとうございます




