集落決戦9
鯀の振るう刀の軌道が不自然に逸れる
まるで何かがその刀を押し退けているかのように
武蔵に直撃すると思われたその刀は、明後日の方向へと逸れていく
音速で移動する物体の前方には圧縮された空気の壁が発生する
目には見えないその壁が鯀の刀の軌道をずらした
確実に武蔵に当たるはずだった刀が歪みながら空を斬る
達人級の腕を持つ鯀でも、過去に音速で動く生物を斬ったことはなかった
空気の壁の存在など思いもよらない
故に、その斬り方を知らない
武蔵の咥える刀の向きでは鯀を斬ることができない
代わりに、武蔵の左の爪が青鬼の腹部を軽く切り裂いた
ちょっとした切り傷程度
鬼からしたら、無傷にも等しい
しかしその攻撃には副次的な効果があった
圧縮された空気はその爪の前にも発生している
軽く切り裂いたはずの傷の中には、圧縮された空気が混入する
それは、武蔵が通り抜けると同時に急激に膨張した
軽い傷は、まるで小さな爆発が起きたかのように傷口を押し広げられる
軽い切り傷は、もはや軽くはない
瞬きするよりも早く、傷が炸裂した
武蔵はそのまま2匹の青鬼の横を通り抜ける
少し進み、音速を突破した武蔵がようやく減速する
しかし、攻撃は終わらない
音速を超えた物体は、衝撃波を発する
2匹の青鬼の間で発生したそれは、もろに鬼に直撃する
鯀はその体幹と鬼の圧倒的な筋力で衝撃波に抗う
しかし、腹の傷もあり敢え無く飛ばされた
地面を数回転しながら、それでもすぐに体制を立て直す
武蔵に第二撃に備える
三苗に於いてはもっとひどい
武蔵に足を切り落とされてたせいで、踏ん張りも効かなかった
無防備な状態で衝撃波が直撃した
宙を舞う落ち葉のように、抗うことも許されず吹き飛んだ
上下左右の感覚を失い、自分の身に何が起きたかなど理解することもできずに、地面に叩きつけられた
体の違和感を感じながら、顔お上げた三苗の目線の先には悠々と宙をまう伯智がいた
武蔵は、少し距離を取り振り返る
鯀の刀を目の前にした時、死を覚悟していた
走馬灯が過ぎった
その瞬間、武蔵は思考を放棄した
本能のままに
気の赴くままに四肢に力を込めた
その結果、武蔵は限界を突破した
桃太郎から頂戴したきび団子の力が覚醒した
鬼の力をも凌駕する至高の脚力
正確には、鬼の持つ全ての力を脚力に集中させた場合と同等の進化
今この時、この場に世界一早い生物が誕生した
その武蔵が、振り返る
死を覚悟し、走馬灯で兄弟と再会したせいで、心臓が変な昂り方をしているのを感じる
それでも、平成を装いつつ周囲を見回す
その光景に大きな違和感があった
自分が引き起こしたことが信じられない衝撃波の残滓が空間を揺らしている
2匹の鬼が、土を被った姿に変化している
鯀を視線が交わる
一方、三苗は伯智を見ていた
違和感の正体はここにあった
鯀は特段変ではない
ただ淡々とこちらを殺す目をしている
その腹の傷はもう塞がりつつある
やはり、その回復力は脅威と言わざるを得ない
しかし、今はどうでもいい
問題は三苗である
武蔵が切り落とした足に再生の兆しがない
その足は、かつて戦った緑鬼と同じく既に止血は済んでいる
しかし、生えてきてはいない
片足のまま、伯智を睨みつけている
そして、もう一つ武蔵に違和感を感じさせた大きな要因
三苗の体表が緑色がかっている
花緑青色とでもいうべきか
青っぽくはあるのだが、純粋な青とは異なる色になっていた
少なくとも、エドワードのヤケクソ爆発以前と比べ確実に緑に近づいている
体表が赤い鬼が最も弱く、青に近づくほど強くなる
ならば今、目の前にいる鬼は先ほどよりも弱いのではないだろうか
武蔵はそう確信した
2匹の青鬼相手に、真っ向勝負は自殺に等しいと思っていた
しかし、今ならばぎりぎり対等に戦える……かもしれない
武蔵はそう期待した
しかし、伯智には別の考えが浮かぶ
鬼の体表の変化は想定していた
実際、死ぬ直前の変化を見たこともある
そのこと自体には疑問を持っていなかった
しかし、今回の変化には違和感が付随した
因果が逆なのではないか……と
伯智の背後に突如として青鬼が現れた
武蔵の衝撃波に気を取られた一瞬を突かれた
青鬼の瞬間移動に背後を取られ、鍔迫り合いを繰り広げながら、それでも冷静に伯智は左足で鬼の持つ妖刀の柄を握った
さらに、その左足を軸に体を捻り右足の爪で鬼の目を狙う
青鬼は空中で身を逸らし攻撃を避ける
伯智の右足の爪は僅かに鬼の鼻に傷をつける
伯智の体が反転した
顔が下を向き、地面が目に入る
落下している伯智と青鬼目掛けて、左右から緑鬼の持つ刀が横薙ぎに迫るのが見えた
伯智は左から迫る能力のわからない刀に、左足で掴んでいる青鬼の妖刀をぶつける
青鬼を仰け反らせたおかげで、刀の主導権を一瞬の間、伯智が握っていた
右から迫る透明な刀は、伯智の羽先に装備した剣で受け止める
最初に触れたのは透明な刀だった
伯智の剣と火花が散る
しかし、左から迫る刀とは鍔迫り合いにならない
刀が触れる直前、青鬼が刀ごと瞬間移動したのだ
刀がなければ左の刀は伯智に直撃する
青鬼は絶対に躱せない瞬間まで、能力不明の刀を引きつけて移動した
その瞬間の見極めは完璧だった
間違いなく、伯智を刀が切れるタイミングだった
ただ、伯智の方が一歩上手だった
青鬼『驩兜』の持つ妖刀『渾沌』
その能力は、瞬間移動
妖刀を持つ者の視線の先、最大5メートルまで移動可能
さらに連続時移動が3回まで可能
再使用にはインターバルが必要であり、距離と連続使用の回数に応じてインターバルは指数関数的に増大する
その能力を伯智は知らない
知らないが、少しずつ分析はしていた
伯智は、今まで見てきた妖刀・霊刀に一つの共通点を見出していた
妖刀に選ばれた者が能力を使う際、柄を握っていることがトリガーになっていると……
確信を持ったのは桃太郎の持つ霊刀『鬼喰兼親』
その能力を知った時
この霊刀は刀身の形状を操れる
しかし刀身が折れた場合、再結合は可能だが柄がある方と接続しなければ操ることができない
つまり、主体はあくまで柄がある方である
とはいえ、この情報は対して役に立たない
大抵の場合、妖刀・霊刀は認められたものが柄を握った時にのみ力を使うから
そしてその力は、他者や刀に作用する場合が多い
妖刀『狛犬』も霊刀『鬼喰兼親』も霊刀『大蛇』とて、伯智が柄を握ったところで何もできない
しかし、目の前の鬼が持つ瞬間移動は別だ
能力が妖刀の所持者に作用する
言い換えるなら、柄を握っている存在に作用する
現在、柄を握っているのは青鬼だけではない
その一縷の望みに欠けて、伯智は決して柄を離さなかった
そして、伯智の仮説は正しかった
青鬼と共に伯智も瞬間移動した
青鬼『驩兜』は瞬間移動した直後、ほんの僅かに気を抜いた
雉の首を確実に獲ったと思ったから
なにより、雉と離れて自分の身の危険が退いたと思ったから
まさか、柄を握っていると一緒に瞬間移動するとは思わなかった
その一瞬を伯智は虎視眈々と狙っていた
大きな賭けだった
一緒に飛べる確証なんてなかったから……
ただ、その賭けに伯智は勝った
瞬間移動しても離すことのなかった自分の左足を引き寄せる
同時に伯智の体が前に出る
伯智の目には驚きと焦りの表情をする青鬼が写る
しかし、対応は間に合わない
前に出る勢いのまま、伯智は飛び立った
同時に、青鬼の首が宙を舞った
空高く舞いながら、伯智は現状を確認した
そこで、伯智も気づいた
三苗の体表が、緑に変化していることに
そのあまりにも大きなその違和感に
瞬間移動のインターバル
1メートル先に一回移動なら大体1秒ほど
5メートル先に三連続移動すると500秒ほど
あくまでイメージです




