集落決戦7
武蔵と伯智が家の間と縫うように走っている間、2本目の矢が空を飛んだ
先ほどとは音が少し異なり、ひゅーーーと鳴りながら戦場を悠々と見下ろしている
1本目の矢は撤退の合図
それに対し、2本目の矢は次の作戦の合図
作戦は大火災
この集落の家々は三件に一軒ほどがエドワードの手によって爆弾に変えられている
それは、桃太郎が鬼ヶ島に来てからでは到底間に合わない数
鬼の討伐を考えていた人間は、桃太郎一人ではなかった
エドワードはずっと前から鬼を殺そうとしていた
桃太郎に出会うよりも前から、何年もかけて準備してきた
鬼を確実に殺すために
鬼からあるものを盗み出すために
今は亡き友を見つけるために
かかった年月は10年を超える
しかし、それすらもう必要がなくなってしまった
桃太郎という適任に出会った
盗みたかったものの輝きは失われた
友は墓の下に眠っていることを知った
ならば華々しく燃やそうと思った
せめて、友のために
天に届くほどの手向けの花を
手向けの花火をここで挙げたくなった
桃太郎との約束は果たした
囮はもう十分だろう
今思い返せば、なんとも不毛な十数年であった
唯一良かったことと言えば、お前の忘れ形見を拝めたことだな
なかなかに揶揄いがいのあるやつだった
お前にそっくりで
さぁ、お別れだ…………
「ゲイル……ちょっと長めのお別れだ
次会った時には、地獄の歩き方を教えてくれよな」
そこには、哀愁漂う一人の男の姿があった
エドワードは、火のついた矢を天に向けて解き放つ
一瞬、黙祷のようなの静寂が訪れた
そして鬼ヶ島の中心で、天に向けて花火が花開いた
武蔵と伯智は湖に向けて全力で走る
それが、エドワードと決めた作戦だから
ひゅーーーとなる矢が1本なら湖へ
2本なら山へ
3本なら継戦続行
そして、湖にたどり着いた時に、その意味を理解した
先ほどまで自分達がいたところが燃えている
黒い煙を猛々しく上げ、天にも登りそうなほどの業火が燃え盛っている
所々、激しい音と共に爆発が起こっているのも確認できる
花火には菊や柳など花の名前がついているが、眼前の光景はさながら紫陽花のように美しく儚げだった
やがて火薬は尽き、代わりに地獄のような黒い煙と真紅の炎が残される
その炎は近くの民家に延焼し、終わりが見えない
それでも、武蔵と伯智は理解している
青鬼にとっては、致命傷になり得ないことを
消耗は見込めるが、命には届かないと
この程度では雑兵掃除しかできないと
案の定、炎の中から人影が現れる
三体の緑鬼と、三体の青鬼
湖を目指し移動してきたのだろう
ちらほら見知った顔がある
6体の鬼の目の前に武蔵と伯智が立ち塞がった
「武蔵殿……消耗しているとは言え6対2では某たちに勝ち目はないですよ」
そう話す伯智の顔は言葉とは裏腹に笑っている
「伯智もわかっているのでしょう。このまま引いてしまったら拙は……拙達は主人様に顔向けできないって」
武蔵も伯智と似たり寄ったりな顔をしている
気負っているわけではない
適度な緊張
力み過ぎず、緩み過ぎず
死ぬ気はない
不利かどうかは関係ない
勝つ。必ず。
主人様のために。
2匹と6体の視線が交差する
両者が睨み合う
緊張の糸がピンと張る
まず初めに動いたのは、三体の緑鬼だった
左、右、正面に展開し武蔵と伯智に接近する
右の鬼は刀を
正面は槍を
左は無手……いや、見えない何かを持っている?
武蔵と伯智の反応も迅速だった
2匹とも鬼に合わせるように動く
一瞬で亜音速に達する武蔵の鞍を伯智が掴む
伯智には到達できない速度で正面の鬼に接敵
その理外の速度に鬼は対応が追いつかない
正面の鬼は言わずもがな
包囲するために左右に展開した鬼も、フォローが間に合わない
緑鬼では認識できているかすら危うい
緑鬼では……
ただ一体だけ、武蔵に対応した鬼がいた
武蔵と伯智が知らない青鬼
いや……既視感はある
しかしあり得ない
その鬼の顔は、鯀、三苗、共工の仲間の青鬼に酷似していた
エドワードによる最初の爆発で、一番最初に倒したはずの青鬼
名も知らぬ青鬼
認めたくない現実と、認めざるを得ない視覚・嗅覚の情報
それでも、確からしい根拠はない
次の一言を聞くまでは……
「よぉ、お前らに会いたくて地獄の底から帰ってきてやったぜぇ」
そう言い、正面の緑鬼の前にその青鬼が躍り出た
その手には一本の刀が煌めいている
この鬼の持つ刀の能力は、蘇りか……?
その場合、対処方法がない
武蔵と伯智が対応するため力が入る
その瞬間、その鬼が忽然と姿を消した
同時に気配も消える
見えなくなったわけではない
存在ごと消えた
見える範囲には、完全に後手に回った槍を持つ緑鬼しか映らない
しかし、伯智には見えていた
武蔵には聞こえていた
動物特有の視力と聴力で
武蔵と伯智のすぐ背後
完全に刀の間合いに何かが現れたことを
そして、緑鬼のさらに奥で三苗が刀を構えたのを
伯智の頭脳が凝縮された一瞬に思考を巡らせる
背後に現れたのは間違いなく先ほど声をかけてきた青鬼だ
刀の能力は瞬間移動
そう仮定すれば、初めて対面した時の異常な速度の説明はつく
……代わりに蘇った理由がわからなくなるが
いや、今はそんなことはどうでもいい
この青鬼は瞬間移動かそれに準ずる力を持っている
その事実は変わらない
それよりも、他にも考えるべきことがある
三苗が構えている
それが意味することは一つ
飛ぶ斬撃が来る
間に緑鬼がいることなど御構い無しに放とうとしている
仲間意識などない鬼らしいとも言える
さらに、左右から緑鬼も一拍遅れて迫ってきている
ワンテンポ遅いが包囲は完成した
四方を囲まれた
上しか逃げ道がない……
そう誘導されている
三苗があえてわかりやすく構えたのは、伯智ならそれに対応すると思ったから
これは上に逃げたところを、飛ぶ斬撃で仕留められる構図だ




