救出戦1
颯:桃太郎の生まれた大きな桃を持っていた頬に傷を持つ男
青雲と伯智の話によれば、矢島には牢獄がある
そこには多くの女性が捕まっていると言う
鬼の慰み者にされるためだけに…………
集落で、武蔵達が戦闘を始めた頃
桃太郎は、単独で矢島に接近していた
この島へたどり着く橋は一本だけ
そこには間違いなく鬼がいる
そう考えるのが妥当だろう
船で接近するにしても、まず鬼達から船を奪う必要がある
しかし、海からの接近に対応できるように何かしら策があるだろう
無いわけがない
なぜならこの矢島、日の本の国に面しているのだから
まるで隠す気がない
人質を奪えるものなら奪って見ろと言わんばかりに
ならば、どうやって上陸するか
簡単だ
海底を泳げばいい
息が続く限り、鬼にも見つからない
鬼に匹敵する桃太郎にならそれも可能だ
それは奇しくも、過去にゆきを救出しようとした颯と同じ方法だった
そして、その作戦は成功する
颯と同じように
桃太郎は、静かに矢島に上陸した
上陸して、青雲と伯智が口籠った理由を理解した
その光景を脳に無理やり刻まされた
そこには、日の本中から集められた美女が座っていた
桃太郎の鼻を女性特有の甘い香りと、鉄臭い血の臭いが同時に襲う
それだけで、目が見えなくても気分が悪くなっただろう
だが、この光景はそれ以上に反吐が出るようなものだった
伯智は矢島に牢獄があったと言った
しかし、そこに物理的な檻などない
誰でもその気になれば、簡単に逃げられる
だが、誰も逃げようとしない
逃げる気がない
ここにそんな気概を持っているものなどいない
そもそも理性を保っているものも少ない
彼女達は完全に鬼に屈服していた
自分の現状を受け入れていた
『洗脳を受けたせいで逃げようとしない』と言う考えを、桃太郎の直感が否定する
むしろ洗脳であればどれほど楽だっただろうか……
ここにいる女性達は、誰一人洗脳を受けてはいない
体液を取り入れた上で、洗脳をされていない
ある意味で、洗脳は救いだ
嫌なことを嫌だと思わずに済むから
どんな仕打ちに合おうとも、それを無意識に受け入れられる
相手に絶対の好感を強制するとはそういうことである
だが、ここの女性達はそれを許されていない
それは、きっと、その方がいい反応をするから
その方が面白いから
暇つぶしとして…………
その答えに辿り着いた時、吐き気が止まらなくなった
矢島には牢獄はない
その牢獄は彼女達の心の中にある
桃太郎が上陸したことに気がついても、誰一人喜びも悲しみもしない
ただ、ぼやっとした眼で見るだけ
大半が、動きすらしない
波風を立てたくないから
比較的若い女性ほど、桃太郎と距離を置く
まだ動けるから
自分は関係ないと言うかのように……
関わりたくもないというように…………
長くここに囚われていると思われる者は動けない
動こうとしないのではない
もう動くことができない
彼女らに体を動かすための手も足もない
切り落とされたそれが、そこら中に転がっている
ただ、体の上に首が乗っているだけ
まるで体温が存在している死体
中には、身籠もって少しお腹が膨らんでいる人もいる
しかし、出産間近に見える人はいない
比較的若い女性達には五体満足のものもちらほらいる
しかし、珍しい
大半が、片足は失っている
他にも両足を失っている者
片腕以外もう無い者など、様々だ
ここにきて、漸く伯智の忠告を理解した
彼女達を助け出すことができないといった理由
わざわざ、時間制限をつけた理由
ここにいる人を助け出すには、それを担いで逃げることができる人が必要不可欠
それも、何十人も
あるいは何隻も
しかし、それを用意する術が現状ないのだ
現実的ではないが、可能な手段が一つだけ
港の制圧を一隻も船を壊さずに行った上で、ここにいる全員の説得
桃太郎にも、それは無謀に思えた
ここにいる全員の説得も、無数の鬼が守る港を船を壊すことなく制圧することも
だからと言って、簡単に諦めることもできない
桃太郎は感情を消して合理的に動けるほど、人間できてはいない
むしろ、感情を優先することの方が多い
時間制限がなければ、きっと諦めると言う選択肢を選ぶことすらできなかっただろう
桃太郎は一通り、矢島を見回した
その中に一人、不思議な女性がいた
若く見えるのに妖艶
達観した節があるのに、五体満足
何より、桃太郎に興味を持っている
ここにいる人間の中で、唯一生きることを諦めていない金色の眼をしていた
桃太郎は、目を合わせたままその人に近寄った
「こんにちは」
「おう」
とても淡白でサバサバとしている
長い黒髪が魅惑的にたなびく
その人を前にすると、無意識に下手に出たくなる
「突然で申し訳ないのですが、私と一緒にここから逃げませんか?」
「愛の逃避行のお誘いかい? 流石におヌシじゃ若すぎる」
「いえ……ここにいる皆で、鬼から」
「はっはっは! おヌシは不思議なやっちゃのぉ
そりゃ、ワシだけじゃなく皆に言うべきことじゃろう」
「たしかに、おっしゃる通りですね……」
桃太郎が全員に向けて声をかけようとした時、それを遮るように金色の眼を持つ女性が話し出す
「……まあ、気持ちはわかるぞ
どうせ、こやつらは逃げてはくれぬと思ったのじゃろ
話すら聞いてくれぬと
正解じゃよ。
大正解じゃ。
ここにおるもんで、お主の言葉に耳を傾けるやつなぞ、ワシだけじゃ
じゃがな、それでもお主は今、ここに居るワシ以外の全員を諦めたのじゃ
全員捕まったままで良いと思ったじゃろ」
図星だった
別に意図していたわけではない
意識すらしていなかった
しかし、指摘されてしまえば、認めざるを得なかった
私は、今……最も助かりそうな人だけを逃がそうとしたと
それ以外を見捨ててでも
「なに、おヌシよ。
別に落ち込むことなんぞあるまい
ワシだけに話そうが、皆に話そうが結果は変わらぬ
むしろ、真っ先にワシの元に来たおかげで時間が節約できたではないか
僥倖僥倖!」
「それでも、私が彼女達を見捨てかけたのは事実です
全員を助けるために来たのに…………」
「……ヌシはめんこいやっちゃのぉ
一ついいことを教えてやろう。
助かる気のない奴を救うことなどできぬ
まして、差し伸べようとした手を拒絶する奴なんぞ捨て置け
ワシらは神ではない
ただの人間なんじゃから
でなくば、助けられる命すら取りこぼすことになるぞ
おヌシのような奴に、それは耐えられまい」
「…………」
ぐうの音も出ないほど、正論に聞こえた
聞こえたが、納得もできなかった
「安心せぇ
ワシと一緒に愛の逃避行をしようじゃないか
たまにはおヌシのようなめんこい若人を喰ってみるのも良い気がしてきたわい
ここにおる腑抜けどもなぞ、捨て置いて組んず解れつドロドロに絡み合おうじゃないか」
金眼の女性が、逃げようとした
今まで一度たりとも鬼に逆らわず、従順に従ってきたこの人が……
五体満足のこの人が……
その事実、その発言に対して、多くの女性が桃太郎に顔を向けた
と同時に、その直後の発言に不快感を示した
鬼に都合よく扱われて、それでも尚そんなことが言えるのかと




