泣いた赤鬼
武蔵と伯智は村の中心に立っていた
鬼ヶ島にある人間の集落の中心である
そして、隣にエドワードはいない
たった一言
「鬼に見つかるまで絶対にそこを動くなよ!絶対だからな!」
そう言って、どこかへと消えてしまった
どこかという表現は少し的確ではないかもしれない
正確には武蔵にはなんとなく居場所はわかっている
この村のどこかにいる
しかしわかるのはそれだけ
方角も距離も、匂いだけでわからない
匂いが無いわけじゃ無い
むしろ逆
至る所からするのである
エドワードの匂いと、それに混じる変な匂いが…………
今日、この村の人々は赤鬼から血を飲まされる予定だった
ある種の儀式
1週間に一回行われる餌付けの日
武蔵、伯智、エドワードは、それをひっそりと待ち続けた
夕刻になり、四人の赤鬼がやってきた
四人一緒に、周囲を警戒しながら
伯智はその鬼をどうやって殺すか、何パターンもの策を練っていた
しかし、それは全て無駄に終わる
そこにやってきたのは、信じられないほどにやつれた赤鬼だった
いや、もはや赤というより桃色である
体表は、赤よりも白に近い色合いをしていた
さらには、首輪をつけられている
鬼の方が人間よりも、扱いが悪かった
その四つの首輪は鎖でくっついていた
まるで一人では逃げられないようにするために
一緒に逃げても、捕まるリスクが高くなるように
少し不便に思う
しかし、伯智は躊躇わない
赤鬼めがけて飛翔した
四人の赤鬼は、疾風迅雷の勢いで飛ぶ伯智を見つけ…………何もしなかった
死を受け入れた
ようやく死ねると
ようやく解放されると
まるでそう言いたいかのように伯智に両手を広げ首を差し出した
4匹の赤鬼は、目に涙を浮かべ幸せそうな表情で眠りについた
そして、その遺体は銀色の液体を残して消え去った
伯智の心に虚無感だけを残して
武蔵も伯智も、とても複雑な気分に陥った
鬼は殺すべき敵だ
しかしあんな姿を見て仕舞えば、全員がそうではないのかもしれないと思わせられる
そして、死以外の救済ができたのではないかとも……
もっと他の手段があったのではないかと……
けれど、時間はまってはくれない
鬼の洗脳の解き方は二つある
一つは、体液を飲まずに長期間耐えること
もう一つが、体液を提供した鬼を殺すこと
今、この瞬間、数千人はいると思われる人間の洗脳が解けたのだ
洗脳の度合いにもよるが、精神を強く蝕まれていなければ比較的すぐに回復する
それは前の戦いから分かっていた
そして、力をあまり持たない赤鬼では精神を蝕むほどの洗脳はできなかったのだろう
そこにいる全員が一瞬で我に帰った
幸い、というべきかはわからないが、洗脳されていた時の記憶も残っていた
そしてその時の感情も…………
おかげでパニックは起こらなかった
代わりに全員が自分の過去の行動に困惑した
後悔し、懺悔した
なぜ、自分達を連れ去り、過酷な労働を強いていた鬼のために働いていたのかと
なぜ家族に残虐なことをしたもの達に命を捧げていたのかと
数千人が頭を抱えて動かない
しかし、それを待ち続けられるほどの時間はない
すぐに異変に気づいた青鬼がここへやってくることだろう
それまでに、ここにいる人間を全て島の北へと逃さないといけない
桃太郎達の戦争に一般人を巻き込むわけにはいかない
それは、犬にも雉にもできない
言葉が通じないから
できるのは人間であるエドワードだけ
そして、エドワードは説得をはなから諦めていた
そんなことをするつもりはなかった
皆が困惑していた中、突如として轟音が鳴り響いた
それは空気を揺らすほどの爆発音だった
村の南側からいくつもの煙が立ち登る
何が起こったかわからない
もちろん武蔵にも伯智にもわからなかった
だが、多くのものが音のした方とその煙を見ていた
その時誰かが叫んだ
「逃げろぉ!北だ。南はヤバい。化け物だぁ!殺さないでくれぇ。逃げろ!!」
その声に、誰かが釣られた
数人が北に向かって走り出した
その小さな波は、新たに別の人を動かす
一人また一人と…………
自分からは動かないが、動いている人がいれば動き出す人
周囲の半分以上が動くと動き出す人
動くつもりはなかったが、人に押されて動かざるを得なくなった人
最初に起きた漣はいつの間にか津波となって、集落の人間をパニックに陥れた
皆が、一目散に北へと逃げる
もはや、誰も煙を見てはいない
我先にと駆けている
そして、最後には集落に武蔵と伯智そしてエドワードだけが残された
叫んだのはエドワードだ
なんなら、爆発もエドワードの仕業である
リーダーがいるわけでもない、ただの烏合の衆
説得するには、一人一人話さないといけない
一対一で数千人と
そんな時間はない
ならばどうするか
恐怖を誘えばいい
それはエドワードにとって何より簡単な仕事であった
こうして、場は整った
人っ子一人いない集落
その中心で鬼を待つ犬と雉
言いつけ通り、エドワードに指示された場所で
どこかで身を潜める一人の人間
そして、真打が登場した
4匹の青鬼
先ほどの赤鬼達を支配していた鬼達
青鬼達は2匹と目が合う
彼らは、今まであった鬼とは違う
大きく異なる
その4匹は黒鬼を除く全ての鬼の頂点に立つ者達
傍若無人の限りを尽くし、それを許される存在
戦士でなければ兵士でも武士でもない
礼儀もなければ、敬意も矜持もない
そんな奴らと目があった
見つかった
それが、戦闘開始の合図だった
気づいた瞬間には、2匹の目の前に2匹の青鬼が立っていた
一瞬という言葉が遅すぎると感じるほど速く、鬼は移動した
そして、なぜエドワードが速さを重要視したのか、その一端を理解した
エドワードの恐ろしさの一部を垣間見た
武蔵と伯智は攻撃を喰らうよりも速く退避した
エドワードと伯智が組んだ作戦はヒットアンドアウェイ
一瞬で攻撃を加え、すぐに離脱する
しかし、エドワードが一つだけ提案をした
最初の一撃だけは鬼達に攻撃させる
そのために、堂々と集落のど真ん中で鬼を待っていた
見つかるまでは動くな
言い換えれば、見つかったら逃げていい
武蔵と伯智はそう考えていたから、青鬼の攻撃を避けられた
2匹も釣れた
それを見たエドワードだけが陰でほくそ笑んでいた
武蔵と伯智の足元には特殊な爆弾が埋まっていた
それを踏んだ状態で2匹は鬼を待っていた
その爆弾は重みが消えた瞬間爆発する
全力で退避する武蔵と伯智
対して、その場から動かない2匹の青鬼
結果は火を見るよりも明らかに…………
青鬼が爆発した
大爆発した
その爆弾は現代で言う地雷である
それをエドワードは独自に作り上げていた
そしてそれを、味方にセットするという狂気じみた作戦を平気で実行した
常識が通用しないのは、鬼だけではない
桃太郎一行も理外の存在である
しかし、エドワードもまた常軌を逸している
彼は……彼だけは生身の人間のまま、常識の外側へと足を踏み出しているのである
おそらく最もイカれている
もし味方じゃなければと思うとゾッとする
だが味方であればこれほどまでに心強いこともない
そんな男である




