港
桃太郎がエドワードと別れて以降、重要な情報は得ることはできずに再集合する日がやってきた
神社の境内に行くと既に伯智が木の上から見張をしているのが目に入る
さらに数時間待っていると青雲がやってきた
そして、それよりも若干早いタイミングでエドワードも姿を現した
伯智と青雲は初めて会うエドワードのことを警戒している
桃太郎から話は聞いたとしても、初対面の人間は不安なのだろう
それを理解してかはわからないが、唐突にエドワードが自己紹介を始める
「迷える子羊御一行。初めまして我が名はエドワード。大海の覇者を目指すものである。
特技は狙撃と威嚇射撃。何より得意なのは美女のハートを一撃で撃ち抜くことだ!
よろしく頼む!」
この自己紹介に対する反応はさまざまだった
武蔵は、聞いていない
いや、聞いてはいるっぽいな
微妙に耳が動いていた
でも、聞いていないふりをしている
伯智は何か悩み出してしまった
たぶん、なぜわざわざ狙撃の他に威嚇射撃を特技としたのか色々と意味を考えているのだろう
頭が良すぎるのもそれはそれで大変だ
だが…………きっと意味はないぞ
絶対適当に言っただけだぞ
そして、青雲とは意気投合しそうだ
いや、もうすでに青雲が尊敬の眼差しを向けている
もう意気投合したと言ってもいいかもしれない
そんなに美女のハートの件が気に入ったのだろうか……
紫炎、お前の弟はもう手遅れかも…………もしかして紫炎、お前女性関係で奔放だったな
そうじゃないと腑に落ちない反応だぞ……あれは…………
まるで美女を侍らせるのが偉いみたいな話をしているぞ
尊敬する人が、侍らせていたみたいなことも…………
桃太郎はなんだか新たな頭痛の種が生まれた気がした
何はともあれ、エドワードの自己紹介は良い方に転んだらしい
もう、彼のことを誰も警戒していない
もしこれを意図的にやっていたのだとしたらエドワードのコミュニケーション力は大したものである
「…………作戦はこんな感じで行く」
桃太郎が概要を話す
異論は出ない
作戦の都合上、決行は3日後
だから、それまでの間に船着場、鬼の本拠地の偵察をする
まずは船着場
伯智が空から、青雲が地上からその所在を探ったところ、見つかったのはたった2箇所だった
1箇所目が小木港
ほとんどの鬼はこちらの港を利用している
大きく、わかりやすく、ありふれた港だ
伯智の報告によるとこの付近が最も鬼との遭遇率が高く、相応の警戒が必要とのことだ
そしてもう1箇所
1週間の張り込みのおかげでようやく見つけ出せた港があった
それが虫谷の入江
山と山の間にあり、空からも地上からもかなり見つけ難い
しかし、そこは鬼の本拠地の目と鼻の先にあり、より地位の高いものだけが利用できる港のようだった
故に利用頻度もかなり少ない
少ないが、ないわけじゃない
つまりそこには船がある
新しい仲間を呼ぶことも、自分達が逃げることも容易にできてしまうと言うことだ
1週間で見つけられたのは奇跡に近かった
いや、青雲も伯智も見つけ出したことを考えると、きっとこの2匹が優秀だったと考えた方が妥当か
そして今回の作戦では、この港に停泊しているすべての船を破壊する
幸いなことに、船の半数が鬼ヶ島に停泊している
そして残り半数が運行していた
つまり、港に停泊している船を破壊するだけで運行を半減させられるのである
さらには、とっておきの妨害手段もある
できれば実行したくはないのだが、場合によってはやむを得ないだろう
そして、虫谷の入江のすぐそば
そこに鬼の本拠地がある
性善房、矢島、虫谷の入江を線で囲んだ内側に立派な屋敷があった
主な入口は性善房
小木港についた多くの鬼は性善房を通って屋敷へと推参する
一方虫谷の入江は裏口になる
性善房が表、虫谷の入江が裏
では…………矢島は一体なんなのか
桃太郎は軽い気持ちでその質問をした
したが、その答えは重いものだった
桃太郎のその質問に青雲と伯智、2匹ともが返答に窮した
数秒、誰も口を開かない静かな時間が流れた
それでも伯智が口を開く
「…………矢島には……牢獄がありました…………」
伯智が言葉を捻り出した
まるで思い出したくないものを思い出すかのように
その一言で、多くのことが察せられる
その話す姿を見れば、桃太郎にもそれがただの監獄ではないことくらい容易に想像ができた
どうせそこには、罪を犯した鬼が捕まってなどいないのだろう
むしろ、善良な人間が捕まっているに違いない
それも女性の……
「助けよう……」
これ以上捕まった人に苦痛を与えたくない
なにより捕まった女性とねねが重なる
胸を締め付けられるような思いがした
桃太郎と同じ苦しみを持つ人間が多くいることだろう
ねねより悲惨な目にあっているものも、いるのだろう
桃太郎があと一歩遅ければ、そこにいたのはねねだったかもしれない
しかしそれに対し、伯智から意外な答えが返ってきた
「黒鬼を倒すことの方が先決だと思います
…………まず、矢島に続く道は真っ赤な橋が一本だけ。船を使えば助け出せないこともなさそうでしたが、なんらかの対策がされていると見るべきです。
なにより…………あの状況では……某達が全員で助け出そうと思っても無理だと……思います」
その言葉は伯智からの、遠回しの提案であった
あの場所に近づいてはいけないと…………
ある種、桃太郎を気遣った提案
しかし、そんなこと気にならない
それほどまでに、伯智と青雲の苦悶の表情が印象的だった
そのような表情を桃太郎は初めて見た
それでも、桃太郎の意志は変わらない
気を遣われていることも、きっと合理的ではないことも分かっている
その上で、助けられる人にはできるだけすぐに手を差し伸べる
もう二度と同じミスは犯さない
救える命も、不必要な怪我もさせる気はない
拾えるものは全て拾う
「……伯智と青雲が一体どんなものを見たのか、私にはわからない。
きっとそれは見るに耐えないよほどの光景なのだろう。
……それでも、手を差し伸べれば助けられるほど近くにいる人を、私は見殺しにはしたくない。
たとえ、拒絶されようと、巨大な危険がそこに潜んでいようと、見て見ぬ振りなど絶対にしたくはない。
…………これは私のわがままだ。きっと、その女性達を無視することが鬼退治としては正しいのだろう。それは百も承知だ。だが、どうか作戦の中に矢島潜入を組み込ませて欲しい。頼む」
桃太郎は皆に頭を下げた
しかし、その必要はなかった
皆の表情が物語っていた
まあ、そう言うよな、と。
そして、それでこそ我らが桃太郎であると
皆が心の中で思った
「それでこそ主人様です!」
1匹だけ、思ったことを口に出した犬もいた
言わずもがな、伯智も同じことを思った
それでこそ殿であると
しかし、伯智の役割は作戦立案
無謀な作戦を許すわけにはいかない
伯智からすれば桃太郎が一番大事なのだ
「矢島救出作戦は、作戦の一番序盤。桃太郎殿と青雲殿が船を壊す前に実行しましょう。
期限は作戦開始から30分。それまでに彼女達を逃せなかった場合は、黒鬼討伐作戦に移行してください。
これが、私が譲歩できる折衷案です」
伯智が初めて桃太郎の意見に見せた譲歩だった
桃太郎の提案であれば全て飲んできた伯智が初めて折衷案を出した
きっと人質救出はそれほどまでに難しい作戦なのであろう
桃太郎は、その折衷案をしっかりと受け止めた
話はまとまった
作戦は上々
面子は上等
最後の静かな三日間は、疾く過ぎ去った
戦いが始まる




