二ツ亀
「主人様、あの島のこちら側から見えない面に誰かがいます」
「鬼か?」
「正確にはわかりません。ただ動きの機敏さ、足音から推測される体重などから考えると、人間である可能性が高いかと」
…………
「……接触しよう」
桃太郎は迷った末にそう決めた
「もし敵だった場合、こちらの作戦が瓦解する可能性がありますがよろしいのですか?」
武蔵が不安そうに聞いてくる
「……確かにそうだが、逆に洗脳から偶然逃れられた人間であれば色々な話を聞けるかもしれない。今後の戦いが有利に進められる可能性がある。
それに、あの島の裏面にいるというのが気にならないか? なんでそんな住みにくそうな位置にいる
…………まるで見つからないように隠れているみたいじゃないか?」
「……言われてみればその通りですね。わかりました。行きましょう」
その島へは潮の満ち引きで簡単に消えそうなほど細い砂の道がつながっていた
少しずつ、潮が満ちてきている
その道が通れなくなるのも時間の問題だろう
しかし武蔵にとってそんなことは些事だった
その脚力で、潮が満ちる前に渡り切った
その島まで辿り着いた時、桃太郎にもかすかに生物の気配を感じ取れた
武蔵に事前に言われていなければ気づかないほど小さな気配を
けれどそれは一瞬だった
驚いたことに桃太郎が気配を感じ取ったのとほぼ同時に、その生物は息を潜めた
まるで何かを警戒するかのように
誰かに奇襲を仕掛けるために
おそらく向こうも桃太郎の気配を感じ取っている
感じ取って、身を潜めたのだ
良くない展開だ
これでは接触した瞬間、桃太郎達に襲いかかってくる可能性がある
それこそ文字通り問答無用で
敵ならばそれでも構わない
返り討ちにするだけだ
しかし、味方になりうる人材ならばそこには損しかない
敵の本拠地で、全く利にならない殺し合いをする羽目になる
加えて身の隠し方がただの素人とは思えない
少なくともそれくらいには、その生物は戦闘慣れしていそうである
つまり、桃太郎ですら大怪我する可能性がある
……少しの間、策定する
「武蔵、この島にいる誰かさんが正確にどのあたりにいるかわかるか?」
「はい。誤差5メートルくらいの精度で宜しければ場所はわかります」
「じゃあ、その近くでギリギリ奇襲できない距離まで行ってくれ。……可能ならばお互いの顔を確認できる位置がいい」
「承知いたしました」
桃太郎は、武蔵の背中に乗ったまま島の裏へと向かう
序盤はかなりの速さで丘を駆ける
相手との距離が近づくにつれ速度を落として
最後の方は、歩くよりもゆっくりと
そして、ついに目があった
そこには一人の人がいた
40歳くらいの人が
鬼ではなく、人間が…………
桃太郎はその人間を丘の下から見上げる
けれど桃太郎にはその男を、一瞬同じ人間だとは思うことができなかった
その理由は明確である
今まで会ってきた全ての人間とも鬼とも風貌が異なっていたのだ
特段老いているというわけではない
性別も明確に男とわかる
しかし同じ人間なのかと言えば……なんとも言い難い
いや……人なのはきっと間違いないのだろう
このような人を見たことがないだけ…………
髪は金色に輝き、目は蒼く透き通っていた
背は平均よりも高く、桃太郎同様筋骨隆々である
また、このような日に当たる場所に住んで尚、驚くほどに肌が白かった
その男は桃太郎が初めて見た、外国人という存在だった
桃太郎は警戒する
けれど、鬼ではない
ならば殺す必要はない
何より、彼は味方になれる気がする
桃太郎の直感がそう言っている
突然、金髪碧眼の男が声を出した
「鬼に洗脳されし哀れな子羊よ。私がその洗脳を解いて差し上げよう」
金髪の男が桃太郎を見て声をかける
それは、返答を望んではいない、もはや独り言にも似た喋りだった
その証拠にその男は桃太郎を見ているはずなのに視線が交わることはなかったから
その言葉は、まるで神様仏様に祈るかのようで……
おそらく、男は奇襲を仕掛けるつもりだったのだろう。
しかしお互いの距離が微妙だった
桃太郎があえて、そのような距離で接敵するように調整した
だからこそ無手での突撃を仕掛けてきた
……そう無手で
武器を持っているはずなのにわざわざ無手で
彼のいる洞窟周辺に武器になりそうなものもいくつか転がっているにも関わらず
それは、桃太郎を殺す気が全くないことの表れであった
そして、桃太郎をただの青年と高を括っていたからである
言って仕舞えば、桃太郎は今舐められている
しかし、桃太郎にはそんなことはどうでも良い
興味はない
なにより、それ以上に気になることがあった
「あなたは、鬼の洗脳の解き方を知っているのですか?」
ほぼ無意識に桃太郎の口は動いていた
桃太郎からの返答に金髪の男の表情が変わる
突撃も止まる
目を見開いている
まるで死者を見たかのような表情で
「…………そなた、洗脳を受けているのに自らそれを解きたいと願っているのか?」
信じられないと言った表情のまま、男が桃太郎に話しかける
「いえ……私はそもそも洗脳を受けていません。
…………先に自己紹介すべきでしたね。私は日の本の国から鬼を退治するためにやってきました、桃太郎と申します。
もしよろしければ、あなたの知る洗脳の解き方、この島のこと、鬼のことを教えていただけませんか?」
「……自己紹介か。何年ぶりだろうな…………いいだろう!よく聞け!
我が名はエドワード。
色々あってここに隠れ住んでいるが、いずれは海の王になるものである。桃太郎と言ったか、短い間になるだろうがよろしく頼む」
お互い、警戒しながらじっと見つめ合う
当たり前と言えば当たり前だが、人間だからと言って敵ではないとは言えないのだ
しかしいつまでもその状態では埒が開かない
示し合わせたわけでもなく、二人ほぼ同時に距離を縮めるために歩み寄る
5メートルほどあった距離がだんだんと近寄る
気づけばもう目の前である
そして、しっかりと握手をした
それはもう、がっしりと
……結構痛かった
「人とまともに話すのも、握手も、なんとひさびさだろうか。
たったこれしきの事で、感涙を我慢せねばならぬとは、……私も弱くなったものだな」
そう言うエドワードは、桃太郎がちょっと引くほどに号泣していた
……ええ…………我慢できていないじゃないか
桃太郎は心の中だけでそう思った




