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桃太郎-recast-  作者: 星乃光
天地始めて粛す
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老婆

「あの、ごめんなさい。こんな聞き方では困るわよね。

 そうね…………あなたは男の子なのよね」


 老婆は、丁寧に質問を変える

 桃太郎にはその質問の意図がまるで分からない

 分からないが、誠実に応える


「はい。男です」

 その言葉に老婆は少し悲しそうな顔をする


「そうよね。名前も桃太郎というのよね」


「……はい」

 先ほどよりもさらに悲しそうな顔になった

 桃太郎も少し心苦しい


「…………じゃあ、『ゆき』という名前の女の子……いえ、きっともう立派な女性ね。……そういう名前の女性は知らないかしら」


「……ごめんなさい。そのような名前の知り合いは、私の身の回りにはいなかったです」


「…………そうなのね。勝手に連れてきて、こんなに色々と意味不明な質問をしてごめんなさいね。

……ゆきちゃんはね、私の娘なの。たった一人のね。


でも、ずっと、ずーっと昔に鬼に見つかって拐われてしまって、それ以来会えていないのよ」


 見ず知らずの、ずっと昔の物語

 でも、桃太郎にとってもその悔しさを強く共感できる話だ


「そうなのですか。…………もし、まだ鬼ヶ島に捕まっているようなら私が必ずや助け出して見せます! だから、その……諦めないでください!」


 半分虚勢を張りながら、それでも力強く話す

 その姿にお婆さんから少しの笑みが溢れる


「……お兄さんは優しいわね。そんなところも似ているなんてね。でも大丈夫よ。私も分別がつかないほどもう幼くはないから。……だから、そんな顔しないで。


…………ただ、お兄さんの顔が、とてもゆきちゃんにそっくりだったものだから、つい我を忘れてしまっただけなの」


「そんな……でも、まだ諦めるには…………きっと、どこかで」

 桃太郎にはその先の言葉を言えなかった



 このお婆ちゃんがどれほどの想いで、先ほどの発言をしたかがわかってしまったから

 桃太郎に言われずとも、諦めているわけがないことくらい容易に理解できてしまったから

 無責任にその言葉を伝えることができなかった



「あの……もし宜しければ、ゆきさんのことを教えていただけないでしょうか」


 それが、桃太郎にできる精一杯の誠意

 楽しい思い出を共有すること


 それが、彼に唯一できることだった



 その言葉に、お婆ちゃんは少し驚いた顔をしていた

 けれど、すぐにとても優しい顔をした


「……そうね、じゃあ少し聞いてもらおうかしら」


 そこから、お婆ちゃんの昔話が始まった












 その少女は冬のある朝に生まれた


 その日、珍しく雪が降っていた


 しかし、この地で生きる女性は基本的に空を見ることはない

 外を見ることすら許されない

 もし鬼に見つかってしまえば、それで人生が終わるから


 だからその少女も、『ゆき』という名前をもらいながら一度も本物の雪を見たことはなかった





 その少女は、色白で黒髪がよく似合う、少し凛々しい顔立ちの美少女へと成長した

 それはまるで桃太郎を女性にしたような顔立ちだった


 きっと、多くの男性から求婚を受けるほどの美貌だった

 傾国のとまではいかなくても、絶世の美女だったことだろう


 もし、こんな鬼ヶ島に近い土地で生まれてさえいなければ




 その少女が育ったのは外界から隔絶された洞窟の中だった

 噂によると、鬼から女子供を守るために遥か昔に誰かが作った洞窟らしい


 その洞窟は、小さな空気穴を除き出入り口は3箇所しかなかった


 1箇所目は、海の中

 2箇所目は、信濃の大川の中

 3箇所目は、阿賀野川の中


 その3箇所の近くにはそれぞれ、小さな集落がある

 14を超えた少女たちは、いずれかの集落で逢引を許される

 その時だけ、外に出ることを許される


 まさに命懸けの外出

 もし鬼に見つかったら、帰ってくることはできない

 たとえ帰ることができる状況でも、この隠れ穴の存在を知られてはいけないから帰ることは許されない


 少女たちはその外出で生活に必要な対価を得る

 食糧や医薬品、衣類等をこの時持ち帰ってくる


 それが、この洞窟内で生きる女性の命綱である





 鬼には洗脳する力があるので、集落の男共もこの洞窟の入り口を知らない

 そうやって、この地では何年も何十年も命を繋いできた



 しかし、このゆきという少女はあまりに好奇心旺盛であった

 彼女が13になる少し前に、命知らずにも夜な夜なこっそりと抜け出した




 この洞窟に住む女性は皆、外の恐ろしさを理解していた

 子供たちにも、そうやって教えていた

 だからこそ、抜け出すものがいるとは思っても見なかった

 見張りも、そう思って気を抜いていた


 しかし、ゆきの好奇心は恐怖を遥かに凌駕していた





 ゆきが抜け出したのは三つの出入り口の中で海に繋がる出口だった


 ゆきはそこで、一人の男性が浜辺で倒れているのを見つけた

 通常、そのような人間がいれば鬼に遊び半分で殺され生きてはいない

 生きているのは、よっぽど運がいい人だけである


 その男性は、どうやらよっぽど運が良かった

 ゆきが見つけた時、まだ彼には息があった


 もしかしたら漂着してすぐだったのかもしれない


 ゆきは、その男性を助けるために禁断の選択をする



 彼女は、その男を洞窟に連れ帰ってしまった



 13歳の彼女は近くに集落があることを知らなかったのだ

 そのことは、外に出れる年齢になったら教えられる

 故に、隠れ穴へと連れ帰ってきてしまった



 けれど結果論的に語るなら、その選択がその男を助ける唯一の手段だった

 その男は、近くの集落の人間ではなかった


 日本海のどこかで難破し、偶然この浜に辿り着いた人間だった


 そのため、もし集落に連れ帰ってもおそらく誰も手を差し伸べられはしなかった

 鬼を恐れる彼らにはそんな余裕はなかった


 ただまあ、これはあくまで結果論のお話

 その時を生きる人には意味の無いお話である








 洞窟へと帰ったゆきは、大人たちから厳しい説教を受けた

 さらには、その後1週間罰を受けた

 勝手に外出した罰を


 そして新しいルールができた

 ゆきは、16歳になるまで外に出てはならない、と


 それでも、ゆきは後悔してはいなかった

 ゆきのおかげで、その男性は一命を取り留めることができたから


 その男性は船乗りのせいか、かなり日焼けしていた

 髪は赤茶色であり、背はかなり高かった

 さらには身体中いたる所に古傷のような跡があった



 けれども何より目を引いたのは、頬にある十字傷だった



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