桃太郎
「はっけよい……のこった!!」
二人の男が激しくぶつかり合う
片方は15か16歳、対する男は23歳前後
しかし、わずか数秒で歳上の男が大きく持ち上げられ、簡単にひっくり返された。
周囲に集まった者どもから歓声が上がる
「優勝は桃太郎だぁぁぁぁあああ!」
「桃様、おめでとうございます!」
白と橙色の着物を纏った少女が、桃太郎の元に駆け寄ってくる
短い髪を風になびかせながら、少女は桃太郎に手ぬぐいを差し出した。
桃太郎が生まれたあの日から数年が経った。
桃太郎はかなりの力持ちで、村中の大人たちと相撲を取っても、連戦連勝。
いつの間にか、桃太郎はこの辺の集落で一番の力持ちに成長した。
その上、顔立ちも良く、とても優しい心を持っていたため、皆にとても愛された。
そして可愛らしい許嫁が一人。
名前を『ねね』と言い、桃太郎の家で下働きをしている下女の娘だ
とはいえ、子供の頃から一緒に育った一歳年下の幼馴染。
二人には身分の差なんて関係なかった。
桃太郎は慎ましくも幸せな日々を送っていた。
そんなある日、桃太郎の住む小さな村に、一人の旅人がやってきた。
この旅人は、珍しい商品を遠い村からよく運んでくる。
しかし今回は恐ろしい話を持ってきた。
「村長、鬼が出たぞ。今回は坂東の大川の上流。ここから見えるあの山の麓まで降りてきたらしい。」
「なんと。麓まで降りてくるとは珍しいのぉ。念の為、警戒をしておいた方が良いな。村の者たちには私から伝えておくとしようかのぉ。また、何かあったら教えてくだされ。」
そう言って村長は情報料を渡す。
ちょうどその時、桃太郎が近くを通りかかって、偶然この会話を耳にした。
村長と入れ替わりになるように、桃太郎が旅人と話し始める。
「鬼とはなんですか?」
「おお、桃太郎少年ではないか。息災か?」
「はい。おかげさまで。それで……」
「ああ、鬼についてだな。とは言え私もそんなに詳しくは知らないのだ。」
旅人は少し申し訳なさそうな顔をする
「ただ、さまざまな噂だけは耳にするな。
曰く、奴らは人を食う妖怪だとか
曰く、罪を犯した人間の成れの果てだとか
曰く、人の魂が牛や虎に取り付いた怪物だとか」
旅人は桃太郎を怖がらせてやろうと、少しずつ声を張り上げる
しかし、そんなことより桃太郎は鬼に対する興味が勝った。
「お兄さんは鬼を見たことがあるのですか?」
全く怖がる様子のない桃太郎を見て、少し残念そうな顔をしながら、旅人は答える
「実際に見たことはないな。でも様々な土地を旅して、色々な人と話をしたから、わかったこともある。」
「それは一体どんなことですか?」
「一つ。ここから見て、日が沈む方向にある山を越え、その先にある海のさらに奥、そこに浮かぶ島に人に仇なす鬼どもが住んでいる。
一つ。奴らは何故か、その山よりこちら側まではやってこない。
一つ。奴らはその島から海を越え、人里にやってきては金銀財宝や美しい女性を攫っていく。
一つ。奴らは力が強く、凶暴で、人々はその横暴を受け入れる以外に道がない。などだな」
桃太郎は旅人の話を聞き、重苦しい感情が込み上げてくるのを感じます
と同時に自分が生まれてきた意味を理解した気がしました。
自分が人よりも大きく逞しく生まれてきたのは、この邪悪な鬼を退治するために違いない。
昔から、桃には邪気を祓う霊力があると言われている。
名は体を表すとはいうが『桃太郎』それはまさしく、鬼を払う人間の名前としてふさわしい。
私の使命は鬼を祓うことなのだと。
これなら、皆から恐怖心を取り払えると。
桃太郎は嫌悪感と、不快感、そして少しの興奮を胸に抱えて、でもそれを極力隠してお爺さん、お婆さんが待つ家路につきます。
「お爺さん、お婆さん。お話ししたいことが…いえ、お願いしたいことがございます。」
「そんなに改まって、どうしたんじゃい?」
おじいさんがキョトンとした声で答える。
「……どうか、私に……鬼退治の旅に行かせていただけないでしょうか」
桃太郎は目を閉じ、座礼をしてお爺さんの返答を待ちました。
お爺さんとお婆さんは、桃から生まれた桃太郎を、誰よりも愛を持って育ててくれました。
桃太郎の優しいその性格は、この二人のおかげで育まれた賜物と言えます。
だからこそ桃太郎は、二人が絶対に鬼退治の旅を反対すると思っていました。
しかし、お爺さんから帰ってきた言葉は意外な物でした。
「……ほう、では特別な刀がいりそうだね。」
お爺さんがよっこらしょと立ち上がります
それと同時に、お婆さんが言葉を続けました
「長旅になるでしょうから、ちゃんとした食べ物も必要ですね」
桃太郎は驚いて、言葉が口をついて出てくる
「よ……よろしいのですか。」
桃太郎は立ち上がったお爺さんの背中と、こちらを向くお婆さんの顔をまじまじと見る
するとお婆さんは「ふふふ」と笑いながら
「桃太郎。あなたが生まれた時に、実はお爺さんと一つ約束したのですよ。
望んでも得られなかった我が子を、人生の最後の最後に使わしていただけただけで、私たちは十分幸せだから
これからは私たちの大切な桃太郎の幸せのために全ての 時間を使おうと。
こんな老ぼれ達のために桃太郎の人生を縛るのはあまりに可哀想だから、
あなたが望むままに、自由に生きさせてあげようってね」
その言葉は、桃太郎が初めて聞いたお爺さんとお婆さんの本心でした。
桃太郎の目からは、涙がこぼれて止まりませんでした。
そんな珍しい姿を見て、お婆さんが気を遣って優しく話しかけてくれる
「さて、それじゃあ長旅に備えて、一族に代々伝わる、秘伝の『きびだんご』を作りましょうか
特別な妖力を込めた、強力な、きび団子を」