船上
武蔵:お供の犬
紫炎:猿王の息子
桃太郎は、武蔵にまたがって夜を切り裂くように走っていた。
驚いたことに、武蔵は桃太郎を乗せて走っても、速度がほとんど落ちなかった。
山の斜面を使い、武蔵が速度を上げ湖畔で踏み切る
桃太郎と武蔵は、湖の上を飛んだ
そのまま船に飛び乗った。
しかし、桃太郎が降り立ったのは船尾付近だった。
想定より着地点が短い。
予定と少しずれている。
「教祖はいるか」
桃太郎が声を張り上げる
すでに、周りは20人近くの日鬼真宗の信者に囲まれている
全員が帯刀している
臨戦体制で睨んでいる
その中から、一人の男が声を上げる
短髪で腕に刺青が入っている男だった
「私が日鬼真宗の教祖を務めております、富岳と申します。お見知り置きを。
ところで、わざわざこのような夜襲を仕掛けてきて、自己紹介もできない蛮族が何のようですか?」
その教祖は、完全に勝ちを確信した顔で、桃太郎をおちょくっている。
少し驚きだったのは、この教祖の出で立ちが達人の雰囲気を纏っていたことだ。
獲物が何かまではわからないが……
おそらく、かなり強い
「私は桃太郎。あなた方が許嫁のねねを攫ったので返してもらいたく、参上した。」
「ねね?はてどの女ですかな。この船に女などおりませんよ、『供物』と『穴』ならあるのですがね。
おっと失礼、どちらも穴であることには変わりありませんでしたな。」
教祖から不快な笑い声が聞こえる
これは、桃太郎の冷静さを奪う作戦である。
そうわかっていても、怒りは湧いてくる。
桃太郎は精一杯に平静を取り繕って、話す。
「では、力ずくで調べされていただこう」
「さすがは蛮族ですね。周りが見えていないのですか?19対2ですよ。まあ別にいいですけど。
馬鹿に付ける薬はないと言いますし。馬鹿につけるべきは薬などではなく現実です。
現実を突きつけるのが一番効果的だと私は思うわけですよ。
というわけで、優しい私は船の中で待っててあげますね。暇ですから『穴』と遊んでることにしましょう。早くしないと穴が壊れてしまうのでお気をつけて。では」
教祖はそう言い放って、船の中へと消えていく。
桃太郎は怒りのままに、教祖めがけて斬りかかる。
美しい白銀の軌跡が後を引く
しかし、その刃は教祖まで届かなかった。
そのはるか手前で、動きが止まる。
普通の人一人では、桃太郎の刀を止めることなどできない。
簡単の吹き飛ばされる。
しかし3人がかりともなれば、さすがの桃太郎でも苦労する。
今回は19人がかりだ。
完全に桃太郎の刀は止められた。
桃太郎の勢いも同時に止まった。
月が霞み始めた
木の船体がきしむ音が、桃太郎の背中を撫でる風と混ざる。
桃太郎の周囲を、十数人の男どもが囲んでいた。
槍を構える者、刀を抜いたまま様子をうかがう者。様々だ。
誰一人、声を発しない。
沈黙が、空気をさらに重たくする。
桃太郎は、全員と一定の距離をとる。
「……来るか」
桃太郎の囁くような声と共に、最初の敵が動いた。
槍が鋭く突き出される。だが桃太郎は、それを左に身を逸らして避け、返す刃で柄ごと斬り払った。
刃が軋む音と共に、最初の血が夜空に舞った。
次の瞬間、四方八方から斬撃が殺到する。
甲板の上を足音が響き、槍の穂先が風を裂く。
刀の鋒が夜を切る
桃太郎は旋風のように動いた。
刀が閃き、敵の刃と激しくぶつかり合う。
だが…………多勢に無勢。
肩口を一太刀受け、膝をつきそうになる。
槍の柄が背中を打ち、息が漏れる。
桃太郎は完全に囲まれ、集中砲火を食らっていた。
幸いしていることは、妖刀『狛犬』のおかげで致命傷は負っていないこと
先の、猿との戦いで包囲された時の対処方法が少し上手くなっていたこと
何よりその時とは異なり、上からの攻撃に注意を払わなくてもいいこと
悪いことと言えば、あまりにも敵が多すぎること
船を殴り壊すわけにはいかないこと
敵に槍使いがいるせいで少しずつ、でも確実に切り傷が増えていること。
桃太郎は、ジリジリと船の上を移動する。
マストがだんだんと近くなる。
この圧倒的不利な状況で、それでも打開策があった。
桃太郎が、船の中央に来た段階で、作戦が次の段階へと移行する。
今、中央にたどり着いた。
合図を送る時だ
バキッ
桃太郎は、足元の木を殴った
床材が二つの入れ、いい音がなる。
一斉攻撃の合図としては、十分だった。
船の周囲から、突如現れた猿達が、一斉に日鬼真宗の信者に襲いかかった。
信者は全員が、桃太郎に注目していたから、背後からの完璧な不意打ちに成功した。
増援はありえないと考えていた信者達は、その戦場は、パニックに陥った。
実際、ここで奇襲をした猿達は湖を泳いできた……というわけではない。
この船は通常の船と異なり、船の側面にカモフラージュ用の木々が貼り付けられていた。
船の背面にはついていなかったから、桃太郎と武蔵は飛び乗れたわけだが、
二人が飛び乗るよりもずっと前、桃太郎が「敵襲だぁ!」と叫ぶよりもさらに前に作戦は始まっていたのだ。
紫炎を筆頭とした猿達は、闇に潜んで一匹ずつ静かに船に接近した。
山の木々から、湖畔に生えている木々へ、そして船の側面のカモフラージュ用の木に移動した。
夜の見張りをしていた二人の信者には、暗闇の中、少しずつ移動する猿達を見つけることはできなかった。
次にカモフラージュ用の木に移動した猿達は中央のマストを経由して左右に均等に散らばった。
そこまで準備が終わった段階で、桃太郎が妖刀『狛犬』を使って二人の見張りを攻撃したのだ。
さらには、日鬼真宗の人間を誰一人として逃さないために、何より、ねねを取り逃さないために、敢えて桃太郎が奇襲を教えた。
叫び声を上げた。
日鬼真宗の船は湖に出ると、水の防壁を手に入れる代わりに、自分達もそこから逃げられない。
行ってしまえば湖は天然の監獄になった。
少し計画とずれてしまったのは、桃太郎の着地点が船尾だったことである。
予定ではもう少し船の中央付近へ降り立つ予定だった。
だからこそ、少しずつ船の中央に移動した
その過程でかなり負傷してしまったが、役目は果たした
結果として、日鬼真宗の信者の目を全部、桃太郎に引きつけることができたのだから悪くはなかった
少しずつ、血を流す量が増える桃太郎を見て、全員がもうすぐ倒せると考えていた。
信者は誰一人として、援軍の存在を疑わなかった。
猿達は、パニックに陥った信者どもを一人ずつ速やかに制圧していった。
この時、あえて桃太郎はあまり位置を動かなかった。
というのも、外側から紫炎達が追い詰めている状況で、信者達の中央に桃太郎がいれば信者達に連携させることなく挟み撃ちにできるからだ。
さらに妖刀『狛犬』は、桃太郎が一人で身を守るのに適していたことも、この作戦の決め手になっていた。
信者の中には、一部立て直しを図ろうとした者もいたが、制圧の方が早く進んだ。
一瞬で、人数差は逆転した
敵はまだ残っている
気を抜ける状況ではないし、抜く気もない。
それでも、あとは早急にねねの救出さえできれば、桃太郎の勝利だ。
勝ちを確信した
してしまった…………
そう思った瞬間、桃太郎に激痛が走った
口から「ウッ」と声が漏れる
桃太郎に攻撃が刺さった
桃太郎の脇腹を矢が深く貫き、そこから血が流れ出した。